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(PHOTO:エチオピア)

特集 持続的農業開発と

栄養不良人口の削減に向けて


開発途上国の農業に対する投資についての再考

〜栄養不足人口の削減に向けて〜

FAO(国際連合食糧農業機関)農業局 土地・水開発部 部長 吉永健治

同技術協力局 政策支援部 プログラム分析官 渡邉和眞


 FAOは、1996年にWFS(世界食料サミット)を開催し、世界の栄養不足人口8億3000万人(1990/92年を基準)を2015年までに約4億人に半減すると宣言した。その後、開発途上国による経済発展および生活条件の改善の努力にもかかわらず、食料不安(food insecurity)や栄養不足人口はいまだに普遍的に存在し、減少の速度は極めて緩やかである。さらに、将来における人口増加の可能性は、貧困人口および飢餓人口の削減が求められるアフリカ諸国をはじめ開発途上国に集中している。
 WFS宣言の目標を達成するためには、多くの開発途上国における主要な経済活動である農業に対する投資の重要性を見直し、とくに貧困人口および弱者グループの食料に対するアクセスを改善することが必要とされる。  
 本稿では、こうした背景を受けて、開発途上国における灌漑を含む農業部門に対する投資の実態と適正な分配について、栄養不足人口の削減および食料安全保障の観点から再考する。尚、本稿での引用や資料はFAO(主として、FAO , 2002 , 2000;タイトルなどは本稿末の引用文献参照)に基づいているが、以下の記述のすべてがFAOを代表するものではない。

I.栄養不足人口とWFS宣言の目標

1.栄養不足人口の分類と分布
 図1は、全人口に対する栄養不足人口の比率の程度に応じて世界各国を5つに分類(図の凡例を参照、また以下の分類も同様)したものである。それによると栄養不足人口は南・東南アジア、アフリカ、南米に集中している。分類5に25カ国(うち18カ国はサブ・サハラ諸国)、分類4に27カ国、分類3に34カ国が属し、分類1に入っている国は先進諸国である。

2.WFS宣言の目標
 1996年のWFSにおいて、飢餓人口の削減について実施可能な目標値が検討されたが、それは許容しがたい水準であり、結果的に上述のような意欲的な目標が設定された。その後、FAOは、1997/99年において、開発途上国にはいまだに7億7700万(全人口の17%)の栄養不足人口が存在すると推定している。 
 農業開発や食料生産に対する必要な投資の規模は、達成すべき目標にしたがって決定される。FAOは2015年までにWFSの目標を達成するために、インフラやサービスの整備に必要な投資の規模を年間1800億ドルと算定しているが、現在の投資はわずか300億ドルにとどまっている。図2に示すように、仮に、このシナリオのままだとすれば、すなわち新たな行動を起こさない場合(business as usual)には、2015年において栄養不足人口は5億8000万人と推定され、WFSの目標の達成は困難である。


図1 栄養不足人口の分類と分布

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II. 農業部門に対する国内および国外投資

1.農業部門の役割と投資
 開発途上国における貧困人口の約70%が農村地域に居住し、農民あるいは農業労働者として、またある者は直接的あるいは間接的に農業に生計を依存している。多くの開発途上国において、農業は所得、雇用、貿易などの観点から主要な産業部門であると同時に、貧困人口に対する食料供給という点で社会の安定に不可欠である。また、農村地域の貧困人口にとっても、食料を獲得するための所得確保の手段として重要な役割を果たしている。
 開発途上国における農業開発に対する投資は国内および国外投資(国外からの投資を意味する)からなり、それは公的および民間投資に区分される。しかし、栄養不足人口を抱える国では、低所得層に属する大多数の農民に投資余力が無いことから、民間投資は限定的である。同様に、政府の税収も期待できないことから、国内投資は低い水準にある。したがって、多くの国は農業開発への投資を国外投資に依存することになる。                       

2. 国内投資
 多くの開発途上国において、農業部門に対する公的投資は、過去10年における政策優先度の変化により大幅に削減されてきた。新たな開発政策パラダイムは、道路あるいは教育や健康といった公共財やサービスを提供し、民間投資を促進するための環境を整備することに重点を置くようになった。表1は、栄養不足人口分類にしたがって、政府支出に占める農業部門の割合をその他の関連指標とともに示している。これによると、GDPに占める農業の割合は、栄養不足人口の多い国ほど農業依存度が高いことを反映している。政府支出に占める農業の比率も高いが、これは農業人口や農産物輸出の割合からすれば低い水準にある。

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表1 政府支出に占める農業部門の割合と関連指標(1990-93と1996-99)1)
  区分 栄養不足人口の分類
割合 分類1 分類2 分類3 分類4 分類5

 

90-93 96-99 90-93 96-99 90-93 96-99 90-93 96-99 90-93 96-99

政府支出に占める農業部門の割合
(%)
4.9
(%)
4.7
(%)
2.1
(%)
n.a.
(%)
6.0
(%)
5.5
(%)
7.0
(%)
7.8
(%)
7.0
(%)
4.9
GDPに占める農業の割合 9.1 7.7 10.4 9.9 14.4 15.1 22.3 20.5 32.4 31.1
総輸出に占める農業輸出の割合 8.2 7.0 12.6 12.6 15.1 12.9 16.7 13.7 25.9 30.6
総人口に占める農業人口の割合 29.8 24.8 45.7 45.4 63.1 59.7 72.6 70.3 76.5 71.7
注:1)分類については図1に同様。
   2)幾つかの国では1999年のデータが利用できないため、その場合は95-98年の平均値が使用された。
資料:FAO(2002), 74ページ.


 図3は、政府の全支出に占める農業部門の割合をGDPに占める農業の割合で除したもので、農業のウェイトと投資の規模に関する指標である。この指標が高いほど農業部門への政府支出がGDPに占める農業の割合に近くなる。これによると、分類1の先進諸国は、他の分類国より最も高い投資規模を示している。一方、分類5の諸国は政府支出の農業部門の比率が低く、農業の経済的な重要性に見合っていないばかりか、投資の規模は1990年代において低迷したままである。これらの諸国は、農業に所得や食料へのアクセスを依存している。すなわち、農業部門への投資を最も必要とする栄養不足人口を抱える国において、農業部門への投資が適切に行われていない。

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表2 ODAの農業部門に対する援助実績額(1990年代)1)
(単位:10億ドル、1995年ベース)

  1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
ODA実績総額 102.689 94.487 81.643 84.737 84.575 79.326 79.552 75.519 82.637 83.898
農業部門への実績額
(狭義)2)
8.655 6.102 6.947 5.068 6.394 5.819 6.010 6.689 4.579 4.487
農業部門への実績額
(その他)
4.438 3.517 3.640 2.895 2.723 2.806 2.846 3.948 5.016 4.591
農業部門への実績総額
(広義)3)
13.093 9.673 10.587 7.963 9.117 8.625 8.856 10.637 9.640 9.078
ODA総額に対する農業部門
関係ODA(広義)の割合
(%)
13
 
10
 
13
 
9
 
11
 
11
 
11
 
14
 
12
 
11
注:1)OECD/DACのデータを用いてFAOが計算。
  2)狭義の農業は以下のセクターを含む;土地と水、研究、養成・普及、生産資材の供給、農業サービス、作物生産、畜産、水産及び林業、その他。
  3)広義の農業は狭義の農業の他、製造資機材、環境保護、農産加工業、農村開発及び基盤整備及び河川開発を含む。
資料:FAO(2002), 79ページ.

表3 国外投資のGDP、政府支出及び国内投資に占める割合

 

栄養不足人口の分類

支援の割合1) 分類1 分類2 分類3 分類4 分類5
中央政府支出に対する支援割合
   1990-95
2)
   1995-98

2.1
0.9

6.5
2.1

11.7
5.4

33.1
19.2

51.2
50.5
GDPに対する支援割合
   
1990-95
   1995-98

1.0
0.4

1.8
0.6

6.9
4.3

10.8
9.0

19.4
12.9
総国内投資に対する支援割合
   
1990-95
   1995-98

5.0
1.6

9.1
3.4

31.3
18.6

51.2
38.5

151.8
86.9
注:1)純ODA及び純政府援助(ドナーによる財政、物資、サービスの実移譲から同一期間内でのローン返済額を差し引いたもの)。
  2) 同一グループ同一期間内の単純平均(世銀の“世界開発指標、2000”をベースにFAOが計算)。
  3)分類については図1に同様 。
資料:FAO(2002), 78ページ.


3. 国外投資
 先進国による途上国への国外投資は、低所得食料不足国(LIFDC)において、社会経済の発展や食料安全保障の確立のために重要な役割を担う。表2は、1990年代における二国間および多国間ODA(政府開発援助)の農業部門に対する援助実績額を示している。同期間内における実績額の推移には短期的増減があるものの、中長期的に見ると、1999年において、その額は約91億ドルで、それは94年の水準にあり、さらに90年より低い。95年価格で計測した場合、農業部門への援助額は95年以降増加しているが、それでも90年に比べると約30%も落ち込んでいる。97年と98年における増加は多国間援助によるもので、二国間援助は96年の水準より低い。
 また、FAO(FAO , 2002)によると、農業部門に対する全援助額における譲渡額(concessional assistance;低利子または無利子による貸付け)の割合は98年において65
%で、88年の77%および96年の74%に比べて低い状況となっている。一方、無償援助(grant;無償の供与)の割合はほぼ一定で98年において28%となっている。
 表3は、栄養不足人口を抱える国において、いかに国外投資が重要であるかを示している。同表によれば、1990年代の後半期における国外投資は前半期に比べて落ち込んでいる。それでも、国外投資は総国内投資の約87%を占め、政府支出の約51%を占め、社会経済開発に不可欠であることは言うまでもない。

4.低所得食料不足国と債務国
 当然のことながら、栄養不足人口が深刻な国は1人当たりの所得は低水準にとどまっている。これは貯蓄力の低さを意味し、本来なら生産部門の発展のために使われるべきはずの投資の大半を食料購入のために消費し、結果として債務を負うことになる。さらに悪いことには、これらの国では、生産部門の成長を促進するための投資が不足する状態が続くことになる。図4は、低所得食料不足国のなかで、重い債務を抱える国は栄養不足人口が高率であることを示している。分類5に属する23カ国のうち17カ国が重債務貧困国である。これらの国は貧困者の所得確保や食料安全保障の観点から重要な農業部門への投資が不足する結果となっている。国際社会におけるODAの債務負担免除については、開発途上国の貧困人口や栄養不足人口の削減に対する努力を前提とした議論の展開が必要であろう。

III. 灌漑に対する投資と食料供給

1.灌漑農業の役割
 灌漑は不確定な降雨を補完できる有効な手段であり、食料生産にとって重要な手段である。農家は、灌漑により農業生産に伴うリスクを回避でき、高生産性の種子を用い、肥培管理や病虫害管理に投資を行い、生産性の向上を図ることで農家所得を増加することができる。1997/99年において、開発途上国の灌漑面積は全耕作面積の約20
%を占め、全作物の約40%、穀物の約60
%の生産に寄与している。
 図5に示すように、灌漑農業は天水農業に比して消費水量当たり2倍以上の生産量をもたらす。粗放的(低投入)な灌漑農業でさえ集約的(最適投入)な天水農業より生産性が高い。開発途上国における将来の人口増加を考慮すれば、灌漑農業の農業生産における役割は依然として大きい。
 しかし、灌漑農業が天水農業よりも食料供給に貢献しているわけではない。世界的に見れば、天水農業は全耕作面積の約80%を占め、全作物の約60%を供給している。サブ・サハラ諸国のような少雨熱帯地域では、天水農業は95%以上の面積を占める。灌漑開発は、これらの地域ではコストがかかり、経済的に採算が取れないことが理由のひとつである。

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2.灌漑面積拡大の可能性
 FAOは2000年に公表した「農業:2015/30に向けて(Agriculture: Towards 2015/30)」(FAO, 2000)において、2030年における開発途上国の灌漑面積の増加について予測をしている。表4に示すように、基準年次1995/97年の1億9700万haから2030年には2億4200万haへと4500万haの灌漑面積の純増加が見込まれるとしている。すなわち、現在、灌漑されていない土地の22%が2030年までに灌漑面積に組み入れられて、灌漑可能面積、約4億200万haの60%が灌漑されることになる。この面積拡大は、土地が希少で集約的な営農による生産増加を強いられる南アジア(1700万ha増)、東アジア(1600万ha増)、近東・北アフリカ(600万ha増)において顕著である。逆に、土地が豊富なサブ・サハラや南米での面積拡大はわずかである。後者は、開発コストが高いことに加えて、開発地域が、土壌の劣化が進んでいたり、環境保全や生態系維持に重要な地域であることが多い。
 2030年までの灌漑面積の増加4500万haは過去の約30年間の面積増加9400万haの半分に過ぎない。また、この間の年増加率は0.6%で過去の同期間における1.9%をはるかに下回る。これは、灌漑の適地の減少と水資源の不足、および灌漑投資に対するコスト増加を反映している。ほとんどの灌漑面積の増加は天水農業の農地(4000万ha)を灌漑することによって達成されるが、その他乾燥地域の土地(500万ha)も含まれる。

3.灌漑に対する投資
 農業生産の増加は、1単位面積当たりの土地および水資源が減少するにつれ、粗放的な生産より集約的な生産がなされることによって、もたらされるようになる。こうした生産の増加には、農業、とくに土地および水に対する投資が必要である。しかし、近年におけるこの分野に対する投資の減少は著しい。大規模灌漑に対する投資は1960年代に増加したが、1980年代にはピーク時の80%以上も減少し、1990年代に入ってさらに減少している。過去半世紀にわたって、ほとんどの水関連施設は公共部門によって支えられてきた。なかでも、新たな灌漑開発に対するコストが最近では著しく増加している。たとえば、同期間に、コストが、フィリピンでは50%以上、タイでは40%以上、さらにスリランカでは約3倍になったという報告もある。
 農産物の価格の低迷や環境問題から、今日、新たな灌漑事業を実施することは困難である。さらに、既存の施設の改修に対しても財政面での支援が不足している。しかし、一方で、民間部門による大規模な水関連施設や灌漑に対する投資が増加している。世銀によると、灌漑施設の15%が民間投資であり、今後さらに増加が見込まれている。とりわけ、地下水開発は水利権問題とも関連して民間投資の対象として関心が高い。
 WWC(世界水会議)(Cosgrove他, 2001) は2025年までの水部門に対する年間の必要投資額は1800億ドルと推定している。このうち農業部門は300億ドル程度で現在の割合を大幅に減らし、逆に上下水道や工業用水に対する投資が増加するとしている。さらに、現在の水部門に対する投資水準は、2015年までに開発途上国が最低限度の水へのアクセスを確保するために必要な投資の半分以下であると指摘する。1950〜93年の間に、世界銀行の貸与額の7%が灌漑に配分されていたが、1990〜97年の間で見ると、その割合は4%まで低下している。この傾向は、灌漑の必要性に対する適切な見直しが行われない限り続くものと考えられる。

表4 灌漑面積増加の可能性
区分

利用可能灌漑面積

年成長率

潜在的利用可
能面積の割合

バランス
年次 1961/63 1979/81 1995/97 2015 2030 1961 1995/97 1995-97 2030-2030 1995/97 2030/97
地域別

(100万ha)

(%/年)

(%)

(100万ha)

サブサハラアフリカ 3 4 5 6 7 2.1 0.8 14 19 32 30
ラテンアメリカ 8 14 18 20 22 2.4 0.6 26 32 50 46
近東/北アフリカ 15 18 27 30 33 1.9 0.7 60 77 17 10
南アジア 37 56 78 85 95 2.2 0.6 55 67 64 47
東アジア 40 59 69 78 85 1.5 0.6 62 76 43 27
開発途上国5地域計 103 150 197 220 242 1.9 0.6 49 60 206 160
先進国 27 37 41     1.3          
移行国 11 22 25     2.8          
世界全体 141 210 264     1.9          
資料:FAO(2000), 110ページ.

IV.農業投資の減少傾向の逆転に向けて

 栄養不足人口の多い国は、そうでない国に比して、低い所得水準、低い資本・労働比率および低い労働生産性で特徴づけられる。これらの国では、栄養不足人口の削減のために必要なコストをカバーするために国内投資や国外投資が必要である。とくに、低所得の債務国においては国外投資が必要であるにもかかわらず、農業に対する国外投資は上述したように減少傾向にある。しかも、開発途上国へ流入する外国直接投資(FDI)や民間投資のうち、農業部門や食料生産に配分される額は少ない。
 農業への投資が、国内および国外を問わず、減少している背景として、さまざまな要因が考えられる。その主な要因として、開発途上国における財政的困窮、農業投資に対する低い便益、健康や教育など公共財やサービスに対する優先度の変化、大規模開発適地の減少と環境保全とのコンフリクト、民族闘争や戦争、開発援助にかかわる賄賂行為などをあげることができる。さらに、極端に不平等な財産の分配、とくに土地所有の不平等、市場へのアクセスの欠如、良い統治および適切な制度の不在なども投資の機会を大幅に制約している。
 さらに、多くの開発途上国の農業投資の大半は国内投資であることを考えると、まず開発途上国自らが農業投資に対して適切な見直しを行う必要があろう。それは限られた投資でいかに効果的な便益を得るか、といった観点から進められるべきである。たとえば、既存施設の機能改善や改修、小規模農家を対象とした低コストの灌漑施設の供給、農産物の市場開拓やマーケティングなどは、そうした投資の対象といえる。また、公的機関はこれらの分野に対する民間投資を促進するための環境整備やインフラ、法律、安全などの公共財やサービスの提供を行う必要がある。一方、ODAをはじめとする国外投資は、食料不安の高い諸国にとって国内投資を補完するものとして、適切な援助の規模や対象について再考する必要がある。

V. 結語―栄養不足人口の削減と農業部門への投資―

 栄養不足人口の削減に取り組むことは、結果的には貧困人口を削減することに他ならない。
 栄養不足人口を削減するために必要な財政的コストは、栄養不足人口を放置しておくことにより生じる経済的コストよりはるかに少ない。それは、栄養不足による病気に対する健康手当て、低い労働生産性や低い経済発展、環境への悪影響などによる機会費用を考慮すれば明らかであろう。 
 WFS目標の達成のためには、食料不安および栄養不足問題の背後に存在する政治、社会および経済的問題に対する具体的な行動が必要とされる。これらの問題には、不平等な資産の分配、不十分な人的能力の開発、停滞する経済、低い労働生産性、ジェンダーや人種問題、病気(HIV/AIDS)、戦争などが含まれる。多くが開発途上国自身の問題であり、これらの問題に取り組むために国内の政治、社会および経済的な環境を自ら整備することが優先課題である。そうした環境整備なしには、投資や支援による効果が得られないことは過去の教訓から明確である。一方、国際社会の行動として、土地や水など基礎的な生産要素に対するアクセスの改善、持続的な農業の開発のための投資、病気や災害に対する予防と早期警鐘、および援助の効果に対するモニタリングの確立などが必要とされる。
 開発途上国における灌漑開発が、貧困の撲滅、栄養不足人口の削減あるいは食料の安全保障の確立にいかに貢献できるだろうか。開発途上国の人口の多くが農村地域に集中し、生計を農業に依存している。しかし、農民の多くは小規模土地所有者であり、土地なし農業労働者である。彼らの所得は、土地や水へのアクセス、生産物のマーケティングと価格、教育や健康に対する社会サービスからの最低限の便益などが得られてはじめて実現する。
 とりわけ、土地および水へのアクセスの改善は、農民が食料を生産し、所得を得て、飢餓から脱する機会を提供する。しかし、いくつかの例に見るように、灌漑地区が大地主によって占められ、生産物の市場が地域外であれば、便益は地域内に還元されることなく、地域の貧困者の食料の安全保障に貢献することは少ないであろう。灌漑事業は地域の特性に応じて多様であり、市場の需要に対応でき、農民の参加のもとで運営されるべきである。また、小規模土地所有者や貧困者に対して、経済的に維持管理が可能であるべきである。既存の大規模灌漑についても、改修や機能改善により効率性の向上を図り、また水組合に維持管理を移管するなど、地域農民が便益を享受できるような対応策が求められる。そうして、こうした観点から、灌漑を含む農業投資については検討されるべきであろう。

《引用文献》
1. FAO (2000) : Agriculture: Toward 2015/30, FAO
2. FAO (2001) : Crops and Drops, Making the best use of water for agriculture, FAO
3. FAO (2002) : Mobilizing the political will and resources to banish world hunger, FAO
4. William J. Cosgrove and Frank R. Rijsberman (2002) : World Water Vision, Earthscan

(ガーナ)


世界の食料安全保障と資源・環境制約

農林水産省 農林水産政策研究所 政策研究調整官 嘉田良平

1.食料サミット5年後会合からのメッセージ

 さる6月10 〜13日にかけて世界食糧農業機関(FAO )の本部が置かれているローマで、「世界食料サミット5年後会合」が開催された。ここでは多くの国々から、1996 年の「世界食料サミット」で掲げられた2015 年までの栄養不足人口の半減目標が計画通りに進まなかった原因として、経済成長の鈍化、マクロ経済の不安定性、人口抑制の困難さ、農業成長の鈍化、自然災害の多発などが指摘された。
 栄養不足人口の減少状況に国によって差異が生じた原因として、経済成長の程度、マクロ経済の安定性、人口抑制、農業の成長、自然災害への対応、グローバル化への対応、農業投資の動向などが指摘された。世界食料サミットの目標達成のためには、経済成長、なかでも農業部門の成長、市民社会、とくに女性やNGO の役割の強化、貿易自由化、自然災害への対応について言及があった。またさらに、WTO閣僚会合を踏まえ、途上国が貿易を通じて経済成長が可能となるよう、先進国の市場開放、国内補助金の撤廃を求める意見も述べられた。
 とくに、アジア太平洋地域の国々では、経済成長と相応して、農畜産・水産物の需要が増加しているが、需要の増大から恩恵を受けているのは大規模な生産者や加工業者、とりわけグローバルな活動を広げてきた多国籍食品企業が多く、小規模な農家・漁家の所得向上に結びついていないこと、また、貧困層の参入に当たっては、必要な資金の確保、技術の習得の面で困難な場合が多いことが指摘された。一方、大規模畜産・漁業は、環境的および衛生的な問題を惹起している場合がある。農畜産・漁業は、色々なレベルの食料安全保障に対して正負両面の影響を及ぼすため、各国は貧困層が畜産・水産業分野に参画できるように、政策を転換していく必要があり、FAO や日本などの先進国もこれを支援するべきとされたのである。その際、家計(household)や集落レベルでの食料・栄養の安全保障の確立とその前提となる貧困の解消は不可欠であり、持続可能な開発の重要性が再確認されたといえるであろう。

2.地球環境問題と食料とのかかわり

 食料問題は、地球環境問題とならんで、21世紀前半における人類の最重要課題の一つである。たしかに、第二次大戦後、世界の農業は驚異的な技術進歩をとげた。にもかかわらず、世界の栄養失調人口(あるいは飢餓人口)は一向に減らず、今日なお約8億3000万人の水準で推移している。さらに、近年とくに、食料生産に対する環境変動の影響が世界各地で顕在化しつつあり、将来に向けて暗い影を落としている。
 環境と農業との関係を見ると、地球温暖化などの環境変化による農業生産への影響にはプラスとマイナスの両面の影響があるため、食料予測についての見解は専門家の間でも分かれている。しかし、気象変動などの不確実性の高まりを考慮すれば、世界の農業が今後さらに増大し続ける人口に対して、食料を十分にかつ安定的に供給できるという保障はまったくなく、むしろ大いに危惧されるところである。
 しかも、近代農業は20 世紀半ば以降、地球環境悪化の一つの原因を生み出してきたのである。先進国における大規模で機械化の進んだ商業的農業においては、単作化や連作にともなう化学資材の多用、エネルギー集約的な農法の採用によって、土壌侵食や水質汚濁、地下水の枯渇、食品安全性に対するリスク増大などの問題を引き起こしてきた。わが国においても、単作・連作化に起因する過剰施肥や農薬の過剰な投入、多頭飼育による畜産からの廃棄物など、農業が環境に及ぼす影響はすでに各地で問われている。

3.途上国の食料展望をどう見るか

 発展途上国の場合は、食料安全保障の面で事態はもっと深刻である。たとえば、過耕作や過放牧に起因する土壌侵食や砂漠化によって生産力を失いつつある土地面積は毎年、数百万ヘクタールに上っているが、大半は貧しい途上国に分布している。さらに、農村の貧困化は都市への貧民の流入を引き起こし、社会不安を増大させ、都市環境を悪化させている。
 20 世紀の半ばから始まった人口爆発ともいうべき急激な人口増加の中で、発展途上国では耕境の外延的拡大と単位面積当たり収量(単収)の増大によって食料を確保しようとしてきた。また先進諸国では、畜産物偏重への食生活パターンの変化がオリジナルカロリー消費の増大を引き起こし、これに対応するため、化学資材およびエネルギー多消費型の農業の集約化によって食料生産を増強し続けてきた。このような懸命な努力の結果、現在の世界全体の食料生産量は、地球上に現存する人口を養うに必要な大きさにまで拡大してきた。
 しかしながら、食料の分配面に目を向けると、世界のすべての地域で農業生産が順調に発展したり、食料問題が解決されてきたわけでは決してない。アフリカでは過去20 年以上にわたって、1人当たりの食料生産が減り続けているのが現実である。
 他方、中国やインドネシアをはじめとして、人口が多く経済成長の著しいアジア諸国では食生活の向上とともに近年、かつての食料輸出国が次々と食料の純輸入国へと転じている。人類は全体としては、食料不足とその不安から決して解放されてはいないのである。
 それどころか、今後の人口増加と食料需要の急増に対して、はたして地球が人類を養っていけるのかどうか、全く予断を許さなくなってきた。FAO の推計によれば、増え続ける発展途上国の人口を養うためには、21 世紀前半の50 年間に現在の3倍程度の穀物増産が必要になると予測している(表1参照)。だが、楽観的に見積もっても、世界全体で2020 年までに増やせる農地は1億ヘクタール以下であり、必要とされる農地拡大面積(1億7500万ヘクタール)の半分程度に過ぎない。むしろ、世界各地では農地の潰廃がさらに進行しており、乾燥地域での塩害(塩類集積)や砂漠化、非乾燥地域での土壌流亡などで土壌の劣化が進行している農地面積の割合も、ほとんどのアジア・アフリカ諸国で4割近くにも達している(図1参照)。

表1 FAOによる食料需要の予測(2050年/1995年)

  アフリカ 中南米 アジア 北米 途上国 先進国 世界全体
人口の増加 3.14 1.80 1.69 1.31 1.95 1.02 1.76
食生活の変化 1.64 1.07 1.38 1.00 1.40 1.00 1.28
全 体 5.14 1.92 2.34 1.31 2.74 1.02 2.25
資料:FAO「食料需給と人口増加」(1996年).


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図2 単位面積当たり収量の伸びの動向(図をクリックすると拡大表示)

 

4.求められる水資源の持続可能性

 食料の増産に不可欠な水資源の不足は、世界各地で深刻化している。水不足からくる国家間の水争いは、21 世紀の重大な社会問題となるとさえいわれている。しかも、単収の増加についてもほとんどの発展途上国で増大のペースは大幅に鈍化しており、品種改良などによる農業生産の増大については、多くの自然科学者が悲観的な見通しを示すようになってきた。
 アジアの食料の未来を占う上で、かつて世界中から脚光を浴びた「緑の革命」の影響について、今日的に的確に評価する必要があろう。この緑の革命とは、国際稲研究所(IRRI )などの国際農業研究機関において開発された収量の高い新品種を用いることによって、単収が2〜3倍になるという、まさに夢の技術革新であった。こうした高収量を実現するためには、新品種の導入に加えて、化学肥料や農薬を多量に投入すること、灌漑設備が十分に備わっていること、適切な肥培管理が行われること、などが重要な要件とされた。1960 年代から東南アジア各国でIR−8などの高収量品種が次々と急速に普及しはじめ、70 年代にはフィリピン、タイ、マレーシアなどで広範囲に導入され、多くの国々で華々しい成果をあげたのであった。
 だが、近年、この緑の革命の評価をめぐって、影の側面が各方面から指摘されるようになってきた。一つは、この革命の恩恵を受けたのは、すべての国や農民ではなかったことである。地域ごとに見てみると、新品種導入の程度にはかなりばらつきがあり、導入されても単収がさほど伸びなかった地域もある。さらに、この新技術の導入の過程で地主層と小作農との、あるいは土地なし農民との所得格差が拡大するというマイナス面の影響もみられた。
 もう一つの影の側面とは、当初の単収の伸びの大きさに比べて、近年、急速にその伸びが鈍化しはじめており、緑の革命の成果に大きな陰りが生じていることである。つまり、化学肥料や農薬をさらに追加投入しても、ほとんど単収の伸びにつながらないというケースが各地で現れている(図2参照)。集約的なアジア稲作がもたらしてきた環境問題は、土壌の劣化、塩害、病害虫被害の拡大、水質の悪化など多岐にわたっている。
 以上のような農業の近代化にともなう新たな問題は、いずれも20 年以上という長期にわたる変化の結果であり、その一つの重要な要因として化学資材に過度に依存する集約的な栽培方法に注目したい。やはり、持続可能な農業・農法の採用と適切な資源管理こそが、食料安全保障の基礎となるのである。

5.途上国の農業・農村における「貧困の悪循環」

 発展途上国における農業と環境の関係には、共通する重要な特徴が見られる。それは生産性が低いにもかかわらず、環境問題が多発していることである(表2参照)。
 巨大な人口を抱えた中国とインドにおいては、土壌流亡、塩害、砂漠化、化学資材の多投入にともなう汚染・劣化問題が広範囲に広がっていることが示された。両国とも、食料問題解決のために生産性向上に向けた農業の近代化が積極的に推進されてきた。食料の増産は農地の外延的拡大をともない、結果として限界地における不適切な土地利用を生み、そこに長い期間を経て環境問題が顕在化するという共通のパターンが見い出された。稲作のみならず畑作・園芸生産においてはすでにかなりの量の化学肥料や農薬が投入され、土壌の劣化や汚染という問題が生じている。
 他方、東南アジア諸国のなかで経済発展の優等生といわれるタイとインドネシアの例を見てみよう。熱帯モンスーン風土のもとで両国は、稲作においては緑の革命の成果を可能な限り取り込み、成長する人口と経済に対して十分な食料増産を行うことに成功した。だが、両国とも化学資材の多投入や水資源の不適切な利用によって土壌・水利面での環境問題が深刻化しつつある。農地の外延的拡張のために、国土の重要な部分を占める森林が次々と伐採され、新規に開墾された畑地における不適切な土地利用とあいまって深刻な水問題を引き起こしてきた。
 以上のような発展途上国における農業環境問題のなかから、「貧困の悪循環」という構図が浮かび上がってくる。つまり、貧困なるがゆえに環境破壊を顧みずに資源を濫用し、環境破壊の結果として、さらに貧困が生み出されるという悪循環の構図である。これはとくに、多くのアフリカ諸国、中南米、南アジア諸国で深刻な問題を引き起こしているといわれる。
表2 アジア諸国における農業環境問題と主要政策
国・
地域
主要な農業資源・環境問題 主要な農業環境政策
日 本 ○家畜糞尿処理問題と閉鎖水域における水質悪化
○残留農薬と食品安全問題
○耕作放棄地の増大などの中山間地域での資源管理問題
○環境負荷軽減のための化学資材投入削減
○IPMなど新たな農法の技術開発と普及
○土づくり、リサイクル促進の取り組み
○有機農産物等ガイドラインの制定
○棚田保全活動への助成
中 国
インド
○土壌侵食、塩害の多発
○森林過剰伐採と砂漠化の拡大
○地下水位の低下、水不足、水質悪化問題
○稀少生物種の減少
○一部で土壌侵食防止のための取り組みが開始される
東南アジア
諸国
○緑の革命による集約化の弊害が顕在化
○森林破壊と水不足問題
○土壌侵食(畑地、急傾斜地)
○塩害
○一部でアグロフォレストリー、IPM、複合経営(輪作)への取り組みが開始されつつある

出所:嘉田良平『世界各国の環境保全型農業』p.185, (農山漁村文化協会、1998年)より

図3 農業用水が果たす多面的役割の概念図(図をクリックすると拡大表示)

6.持続可能な農業・農村発展への課題

 最後に、面積では世界の1/4にすぎないが、人口および食料生産では世界の2/3を占めるアジア農業について、今後の課題と方向性を示したい。日本は、風土的にはアジア・モンスーン気候のもとで水田農業を基礎としている。いうまでもなく3000年あまりにわたる日本の稲作の歴史は、いかに超長期にわたって水田農業が持続的であったかを見事に実証してきた。大切なことは、この長期にわたる持続性が人と自然との賢明な関わりのもとで維持されてきたという事実である。広大な森林を残し、それが灌漑水や堆肥利用を通じて、その下流に位置する水田に養分を補給し続けるという、見事な循環型・持続的システムが形成されてきたからである(図3参照)。
 しかしながら、日本の現代農業に環境問題が存在しないわけではない。世界トップクラスの集約的な化学資材の投入による水質汚染や残留農薬の問題、輸入濃厚飼料依存型の畜産に起因するふん尿処理問題などによって、下流部の閉鎖水域をはじめとして、地域的に見れば環境問題はかなり深刻になっている。また、このことは食品安全の観点からは消費者の強い懸念を生んでいる。ただし、他のアジア諸国で広く見られる深刻な水不足、塩害、土壌流亡、砂漠化などの荒々しい農業環境問題は、わが国では全くといってよいほど存在しない。
 日本と同様に、モンスーン・アジアの水田(灌漑)農業においては、稲作生産と人々の社会的基盤とは不可分な結合性を持っている。それは「生存のための水」であり、「生活・文化・環境を支える水」として捉えるべきものである(水谷、2002)。したがって、このことは水田稲作と農村の果たしている多面的機能の評価がいかに重要であるか、そして、コスト・リカバリーやフルコスト原理という欧米畑作型の水の市場経済化の原則は、アジアにおいては不適切であることを示唆している。水田の灌漑システムのもつ多面的機能に立脚した農業政策の展開が、求められるゆえんである。
 最後にとくに強調しておきたいことは、農業の環境問題は消費者や他産業との関係のなかで論じる必要があり、消費者の理解と行動が重要なカギを握るという点である。経済発展とともに、日本の消費者はますます食生活の多様化、高級化を強めてきた。そのことは、農産物の周年供給を要求し、輸入農産物の増大にともなう輸送距離を長くし、ますます食料の加工度を高めることになった。
 こうした食料消費パターンの変化は農業における土地利用とエネルギー利用、食品流通・加工段階でのエネルギー投入と廃棄物の増大など、環境問題をさらに大きくしてきたことを忘れてはならない。食のグローバリゼーションという大きな構造変化のなかで、世界のフードシステムはますます高度化し複雑化している。今こそ、食と農の距離の拡大がもたらす環境問題に注目するとともに、国産農産物の価値を再評価する必要があるのではなかろうか。同時に、わが国消費者の求める「安全・安心な食料供給」という食料の基本に立ち返って、日本農業を再構築することは急務と思われる。まさに、われわれの食卓の足元から、農業と環境を見直すべき時である。

〔主要参考文献、発行年代順〕

(1)嘉田良平『環境保全と持続的農業』(家の光協会、1990 年)
(2)陽 捷行編著『地球環境変動と農林業』(朝倉書店、1995 年)
(3)嘉田良平・師岡慶昇・竹中裕之・福井清一著『開発援助の光と影』(農山漁村文化  協会、1995 年)
(4)ヴァンタナ・シヴァ著(浜谷喜美子訳)『緑の革命とその暴力』(日本経済評論社、   1997年)
(5)是永東彦監修、農林水産省図書館編『国際食料需給と食料安全保障』(農林統計協会、2001 年)
(6)「世界と日本における食料安全保障の現状と課題」特集『農業と園芸』第77 巻第1号 (養賢堂、2002 年)
(7)水谷正一、藤本直也ほか「食料と農村開発のための水」『第3回世界水フォーラムプレシンポジウム論文集』(2002年3月)


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