2026.9 SEPTEMBER 74号
「世界の農業農村開発」第74号 特集解題
この度海外情報誌「世界の農業農村開発」の企画委員長と解題の執筆担当を角田豊氏から引き継いだ。何分浅学菲才の身であり、このような立場は僭越なものと自覚しつつも、農業農村開発に関係する、あるいは関心を持つ方々の助けに少しでもなるように努めたい。
近年グローバルサウスという言葉をよく聞くようになった。概して新興国・途上国の総称として使われているようだが、明確な定義づけはされていない。その源流となるサウスという概念は、欧米を中心とした先進国を示すノースに対して、その多くが南半球に位置する発展途上国を指すものとして使われてきた。それが冷戦後の国際秩序の変化や一部途上国の経済発展による新興国としての台頭に伴い、政治的意味合いも含めてグローバルサウスとして注目されるようになった。とりわけ、かつて途上国であった中国やインドがその経済的発展とともにグローバルサウスの盟主を意識するようになる一方、ロシアによるウクライナ侵攻などを契機に「世界の分断」が進みつつあることなどから、グローバルサウスと呼ばれる国々の行動が政治・経済的に一層注目されている。我が国にとっても、大きく変貌しつつある世界のパワーバランスの中で、このグローバルサウスをどのように捉えて付き合っていくのかが問われているように思う。
今回、グローバルサウスをテーマとして取り上げるにあたっては、ことさらに定義づけを試みるものではない。しかしながら、農業農村開発の世界においてグローバルサウスという言葉がどのような意識のもとで使われているのか、あるいはグローバルサウスという概念が農業農村開発においてどのような意味を持つのか、多少なりともこの特集を通じて浮き彫りにできないかと考えた。それに伴い、開発・国際協力研究に関わる研究者や農政担当者、さらには新興国の農業農村におけるフィールドワークを実践されている研究者など多彩な方々から寄稿をいただいた。
Opinion グローバルサウスの台頭と国際農業協力の展望
平和と開発のための実践的知識の共創をビジョンとするJICA緒方貞子平和開発研究所の峯陽一氏から、グローバルサウスという言葉の意味や使われ方、さらにはグローバルサウスが直面する課題、とりわけ農業問題の解決について提言をいただいた。
峯氏によれば、第二次大戦後に途上国、未開発国、低開発国などと呼ばれていた国々の総称としては、第三世界、南北問題、非同盟等の言葉があったが、東西冷戦の終了によって二極対決を前提としたこれらの枠組みも妥当性を失ったかのようになったという。その後のWTOに象徴されるグローバルな単一市場の成立やBRICSの政治的影響力の増大を経て、グローバルサウスという言葉が国際社会で普及する転機となったのは、UNDPの「人間開発報告書2013年版」で「よりグローバルなサウス(a more global South)」がキーワードとされたことによる。今日のグローバルサウスは、かつてのように開発されるのを待つ遅れた国々ではなく、グローバル化に適応する成長諸国の集合体として、地球規模で裾野を広げつつあると指摘する。グローバルサウスという言葉が多用されるようになった背景には、ウクライナ戦争など各地の紛争をめぐって分裂気味の伝統的な諸大国がそれぞれの思惑でサウスに接近しようとする際に、第三世界や非同盟といった言葉は古めかしく、そのように自称する国もなかったことがあるとの分析は興味深い。
また、このように力をつけてきているグローバルサウスの最大の可能性は、人口の半分が20歳未満というアフリカに代表される若者の活力であり、すでに目覚ましい経済成長を実現させたアジアからアフリカへと重心が移行することは間違いないという。同時に、随所で農業と工業のバランスをとりつつ、すべての人が「食べる」ことが課題であり、その食糧問題解決のためにCARD(アフリカ稲作振興のための共同体)や第三国研修などに代表されるJICAの様々な協力スキームを活用して日本ならびにアジアの経験をアフリカに伝え、サウスの活力を日本国内に還元したいと説く。かつて戦後「サウスの一員」として再出発した日本には、南北の懸け橋という位置取りもしやすく、日本の国際協力のエキスパートにはやるべき仕事があり、期待も大きいとしている。日本の国際協力の道標とも言うべき提言である。
Keynote1 グローバルみどり協力プラン策定の背景
2024年12月に策定されたグローバルみどり協力プランの背景と内容について、農林水産省輸出・国際局新興地域グループの大槻ちひろ氏からの寄稿である。
本稿では、その存在感が年々高まっているグローバルサウスとの多面的な連携強化を目指す我が国が、一連の国際会議などにおいてパートナーとしての働きかけを進めてきた経緯を紹介している。同プランは、2023年に立ち上げられた日ASEANみどり協力プランを踏まえつつ、グローバルサウス諸国の地域特性を十分に踏まえたテーラーメイド型の協力を進めることを特徴としている。また、農業の持続可能性向上は生産性向上と両立して進めること等3つの基本原則のもと、産学官に加えて金融機関や国際機関との連携・協調を進めるとしている。
さらに、農業農村開発関連の主な事業として、「メコン河流域における持続可能な農業生産基盤強化推進事業」、「国際かんがい連携強化事業」ならびに「海外技術協力促進検討事業」が紹介されている。その中で言及されている水田における間断かんがいの普及、ICID(国際かんがい排水委員会)やINWEPF(国際水田・水環境ネットワーク)を通じた活動、あるいはアフリカにおける稲作振興の取り組みなどには、すでに多くの本誌読者が関わっているものと推察する。グローバルみどり協力プランは、我が国が有する農業農村整備技術や農業水利分野の知見の国際展開を通じて、グローバルサウス諸国の発展を支えるのみならず、我が国の経済・食料安全保障の強化に資する重要な取り組みである、とする本稿の指摘に首肯する読者も多いと思う。
Keynote2 都市化と発展のあいだで ─スリランカ農村開発から考える─
山口大学経済学部の麻田玲氏から、スリランカの農村開発を事例として、グローバルサウスという言葉を手がかりに、発展をめぐる見方そのものを問い直す寄稿である。
麻田氏は、都市化を発展の指標として用いることは有効である一方で、それだけでは発展の全体像を捉えきれないと指摘する。スリランカが近年の経済発展の中でも都市への人口集中が限定的でありえた、言い換えれば農村人口を長期的に維持されてきた背景には、農村が教育・医療・交通・生活基盤に支えられた生活の場として機能してきたことにあるという。スリランカの国家戦略ではその歴史的経験に基づいて農村を国家の生活基盤として位置付け、食糧配給制度、教育・医療の無償化とアクセスの確保、バス網の整備などの各政策が別々の目的のもとで展開された結果、麻田氏が「意図せざる持続性」と呼ぶ構造の中で農村での生活が可能になってきたという。農村には多様な収入源があり、村の小さな商店に「必要なものはある」し、多くの住民は都市への移住を強く志向しているわけでもない。これらのことから、発展とは、人びとがどこに住みながら、どのような資源やサービスにアクセスし、どのように生活を組み立てることができるのかという条件の総体として理解される必要があると説く。
グローバルサウスという言葉について、単なる地理的分類として理解するべきではなく、発展をめぐる既存の見方を問い直す手がかりとして用いるに際して、何が発展とみなされ、どのような経験がその枠組みの中で中心化されるのかを問うことが重要であるとしている。発展とは。豊かさとは。持続可能性とは。麻田氏によれば、スリランカの経験から見えるものは、どこに住んでいても教育・医療・移動・生活基盤への一定のアクセスが保証され、人びとが生活を組み立てられる社会の可能性としており、海外の農村開発における深い命題が提示されている。
Keynote3 農業開発協力における「失敗の知」の共有 ─日本農政の政策転換経験から考える─
総合地球環境学研究所の荘林幹太郎氏から、我が国農政における3つの政策分野における判断の事例を踏まえて、グローバルサウスとの協力のあり方についての寄稿である。
国内の行政機関職員としてのみならず、世界銀行やOECDといった国際機関での勤務経験も豊富な荘林氏は、過去の経緯や歴史によって決められた仕組みや出来事にしばられる経路依存性の強い農業政策の世界では、他国の失敗や後悔を知ること自体が重要な政策資源となりうると説き、農業構造政策、直接支払政策および灌漑排水政策について考察している。
まず農業構造政策については、我が国の近年の農政において「家族」という区分よりも「法人化」という区分の方が政策的に重点を置かれるべきとの判断があった可能性を指摘している。さらに、家族単位で農業を営むことに対する社会的意味について深い議論が必要とし、今後農業構造変化が本格化する可能性が高いグローバルサウス諸国においては、規模拡大や法人化そのものを目的化するのではなく、それぞれの社会が家族農業にどのような価値を認めるのかを事前に議論しておくことが重要とする。
次いで直接支払政策について、OECDがモニタリングしている主要国のPSE(生産者支持推計量)の内訳に言及して、農業支援の対象と目的を明確化できる直接支払に早々に切り換えた欧米諸国に対して、コメを中心とした高関税を維持しようとした我が国が依然直接支払という有効なツールを使いこなせる状態になっていないと指摘する。そのため、農産物の価格支持から直接支払への転換の可能性や意義についてグローバルサウス諸国が早い段階から検討を深める意義を強調している。
最後に灌漑インフラの持続性確保について触れ、我が国における膨大な水利施設ストックが更新予算の不十分さなどから顕著に減耗しているデータを示したうえで、他の農業支持政策との関連性、負担と受益の公平性、研究投資さらには更新事業の事前同意取得など幅広い観点から、農家負担のあり方が検討されるべきであったとする。政治的な緊張のもとでの負担金軽減はやむを得ない判断だったかもしれないが、これらもグローバルサウスと共有されるべき貴重な教訓であることを示唆している。
上記の我が国における政策判断は、事後的に振り返れば異なる選択肢もあり得たという意味で、敢えてこれらを「失敗の知」と荘林氏は呼ぶが、まさにグローバルサウスとの協力を進めるうえでの重要な視点ではないか。
Keynote4 スリランカ紅茶産業とプランテーション制度の課題 ─グローバルサウスの現在
宇都宮大学国際学部の栗原俊輔氏から、スリランカ紅茶産業の現状とその課題への取り組みの実践例についての寄稿である。
スリランカ産の紅茶の代名詞であるセイロンティーは世界でも有名であるが、その産業の歴史や現状はほとんど知られていないことに気づかされる。もともと英領時代にはコーヒー産業が主力であったが、19世紀の疫病による壊滅を機に、同じ英領のインド・アッサム地方から茶の木が導入されたのが始まりという。その際にプランテーションによる生産制度と並んでインド系タミル人が労働力として中部高原地帯に移入された。戦後、紅茶栽培は南部の個人経営または個人農家による小規模農園(スモール・ホルダー)に広がり、今ではスモール・ホルダーが生産する紅茶が約7割を占めるようになっている。プランテーション農園は低賃金労働者に依存した労働者集住の生産体制が残り、スモール・ホルダーに比べて生産性が低く、紅茶産業の負担になっているという。また、当初移入されたタミル人とその末裔は21世紀初頭まで市民権も付与されず、財産や教育などの面での課題も多い。こうした人々を栗原氏は「取り残された人びと」と呼ぶ。
このように根本的な変化が見られない前時代的なプランテーション農園のコミュニティを対象に、長年スリランカにおける紅茶プランテーションやその労働者コミュニティと関わってこられた栗原氏は、宇都宮大学の学生らとともに交流や情報発信を行うUU-TEA(Utsunomiya University Tea Estate Assistance)という取り組みを開始した。ここで見えてくるのはグローバルサウスへのしわ寄せだという。それに対して先進国の産業界は何ができるのか、消費者には責任はあるのか、UU-TEAの学生は日々議論し模索している。
同じスリランカの農村を例とした麻田氏の寄稿と読み比べると、プランテーションによる労働者集住の生産体制の光と影が独立後の農村政策に少なからず影響を及ぼしていることが垣間見える。
Information Channel
今号では3篇の報告をいただいた。
まずは、2026年は国連が定める「国際女性農業従事者年」であることから、農林水産省経営局就農・女性課女性活躍推進室の重光真起子氏による、我が国における女性農業者を巡る現状や課題と支援策についての報告である。我が国農業において、女性農業者人口の減少、経営への女性関与の不足、地域の意思決定の場への女性参画の不足が主な課題であり、女性が能力やアイデアを十分に発揮し、生き生きと農業に従事できる環境、女性が暮らしやすい農村を実現することが農業・農村の持続的発展にとってますます重要と訴える。そのため農林水産省では、農業・農村への呼び込み・定着、経営参画・発展、地域の方針策定への参画の各ステージにおいて女性の参加や能力発揮を支援すべく、インフラ環境整備や経営者・リーダー育成、固定的な性別役割分担意識の解消などのための施策を推進している。
次いで、内戦による政治的・経済的混乱が続くアフリカのスーダン国における灌漑農業支援の今後の展開と課題について、NTCインターナショナルの上野真吾氏の報告である。同国リバーナイル州の灌漑農業には、2012年以来JICAの無償資金協力および技術協力を通じて、ポンプ施設の更新や、施設維持や水管理を含めた水利組織の運営能力改善等についての協力が進められ、営農技術向上への支援と相まって、多くの成果を挙げている。さらに続く内戦を踏まえ、2025年5月より、今後の事業展開に資する有効なアプローチを検証する調査が始められている。今後の展開と課題としては、輸入資材への依存度の軽減、収入アップの取り組みを後押しする農業技術・流通面の改善を進めることが持続可能な発展への鍵としている。
最後に、明治大学農学部・大学院農学研究科における人材育成について、同大学名誉教授の登尾浩助氏から報告いただいた。農学を学ぶ学生には、自ら学ぶ農学を世界の農業農村開発の文脈の中で捉え直す力が必要であり、日本の農業の特徴を相対化する視点が求められる。そのために、学部生には長期留学ならびに短期の実習科目「国際農業文化理解」が用意されている。大学院生には主体的な研究活動を支援する制度として海外研究プログラムが設けられ、自らの責任で研究計画を具体化することが求められている。さらに、教員・研究室単位の国際交流、すなわち国際共同研究、研究交流プログラム、国際学会・シンポジウム開催助成制度等を通じて教育研究の国際化を進めている。これらの積み重ねにより、世界の農業農村開発に貢献する人材を育成し、同大学の教育研究をさらに豊かなものにするとしている。