2026.9 SEPTEMBER 74号

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REPORT & NETWORK

明治大学農学部・大学院農学研究科における国際交流
─世界の農業農村開発に貢献する人材育成をめざして─
明治大学 名誉教授 登尾 浩助

 農業は地域に根ざした営みであると同時に、世界と深く結びついた営みでもある。食料の安定供給、農村地域の持続的発展、水資源の利用と保全、土壌劣化の防止、生物多様性の保全、気候変動への適応と緩和など、今日の農業農村をめぐる課題は、一国だけで完結するものではない。世界の各地域では、それぞれ異なる自然条件、社会制度、文化的背景のもとで農業が営まれているが、その一方で、持続的農業の達成という共通の課題にも直面している。

 このような時代において、農学を学ぶ学生に求められるのは、専門的知識や技術を身につけることだけではない。自らが学ぶ農学を、世界の農業農村開発の文脈の中で捉え直す力が必要である。日本の農業を理解するため、海外の農業を知ることは重要である。その際には、日本の農業の特徴を相対化する視点が求められる。

 明治大学農学部および大学院農学研究科では、学部学生、大学院生、教員それぞれの段階に応じた国際交流の機会を設けている。学部学生には、学部間協定校への長期留学や、短期プログラムである「国際農業文化理解」がある。大学院生には、海外研究プログラムを通じて、自らの研究課題を海外の研究現場で深める機会がある。さらに教員には、教員または研究室単位での国際共同研究、大学院学内GPによる他大学大学院との研究交流プログラム、国際学会・シンポジウム開催助成制度、国際交流講演会開催支援などが用意されている。

 これらの制度は、単なる海外派遣や交流行事ではない。学生が海外の農業や農村社会に触れ、大学院生が研究を通じて世界の現場とつながり、教員が国際共同研究を進めることによって、農学部全体の教育研究を国際的に開くための仕組みである。

1 学部学生の国際交流
──海外の農業と文化に触れる

 学部学生にとって、国際交流の第一歩となるのが、海外の大学や地域社会に直接触れる経験である。明治大学農学部では、学部間協定校への長期留学により、学生が海外の大学で一定期間学ぶ機会を提供している。協定校には、米国のミシガン州立大学、テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター、タイのカセサート大学、シーナカリンウィロート大学、チュラロンコン大学、台湾の国立屏東科技大学などが含まれている。たとえば、ミシガン州立大学は1855年創設の米国で最初の農学大学であり、交換学生向けの授業履修が可能である。一方、テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターでは、授業履修ではなく、200以上の研究室の中から希望する研究室を選び、ラボワークを行う形の留学となっている。

 アジア地域の協定校も、農学部の教育研究分野と密接に関わっている。カセサート大学は1943年創立のタイ初の農科大学であり、カンペンセン校には農場、温室、牧場などの農学系施設が整っている。バンケーン校農学部は、2025年度派遣から明治大学農学部の協定校となった。また、台湾の国立屏東科技大学は、亜熱帯・熱帯農業および環境科学関連の研究教育に力を入れており、生産者や現場との関わりが強い実践的な農業教育を特徴としている。

 このような長期留学では、学生は語学だけでなく、農学を海外の教育体系の中で学ぶことになる。作物、土壌、水、気象、生物資源、食品、農業経済、農村社会など、農学が扱う対象は地域の自然条件や社会条件と密接に結びついている。日本で学んできた知識や技術が、海外ではそのまま通用しないこともある。逆に、海外で一般的な農業技術や農村開発の考え方が、日本の農業を見直す手がかりになることもある。

 短期の国際交流としては、農学部主催の実習科目「国際農業文化理解」がある。この科目は夏休み中に実施され、選考合格者を対象に大学が一括して履修登録を行い、修了により秋学期に単位が付与される。隔年開催のインドネシアプログラムと毎年開催のタイプログラムがあり、2026年度のタイプログラムは10泊11日で実施予定であり、農学部1~4年生を対象に最大17名を募集する計画である。

 タイプログラムでは、バンコク市内の明治大学アセアンセンターを拠点に、シーナカリンウィロート大学、カセサート大学カンペンセン校、パンヤピワット経営大学などで研修する。研修は、単なる視察旅行ではなく、協定校等のタイ人学生と交流しながら、日本とタイの農業・環境に関する課題について議論し、持続可能性、食料安全保障、環境問題を改善するための共同提案、すなわち Joint Proposal を作成することが中心に置かれている。

 このプログラムの意義は、農業を単なる生産技術としてではなく、文化や社会との関係の中で理解する点にある。屋上農園を見れば、都市化が進むアジア大都市における食料生産や環境教育の可能性を考えるきっかけになる。食品関連企業を訪問すれば、農産物が生産現場から加工、流通、消費へとつながる過程を理解できる。水上マーケットや鉄道市場の視察は、農産物の流通と地域文化が密接に結びついていることを学生に実感させる。こうした経験は、教室で学ぶ農学を、実際の社会の中に位置づけるための貴重な機会である。

2 大学院生の国際交流
──自由な研究活動を支える海外研究プログラム

 大学院生にとっての国際交流は、学部学生の体験的な学びから一歩進み、自らの研究課題を海外の研究現場で深める段階となる。明治大学大学院では、大学院生の主体的な研究活動を支援する制度の一つとして、海外研究プログラムを設けている。このプログラムの特徴は、単に学生を海外に派遣するだけではなく、採択された研究計画に対して研究費助成が行われる点にある。大学院生は、自らの研究課題に基づいて海外での研究計画を立案し、訪問先、研究内容、調査・実験方法、スケジュール、資金計画を具体化したうえで申請する。採択後は、大学からの研究費助成を受けながら、学生自身の発想に基づく自由な研究活動を海外で展開することができる。

 申請者は、研究課題、実施期間、助成金申請額、研究概要を記入するだけでなく、「自身の研究の位置づけと本研究計画の着想経緯」「研究目的・研究方法・研究内容」「研究の特色・独創的な点」「期待される成果」などを明確に説明することが求められる。また、研究遂行力の自己分析として、主体性、発想力、問題解決力、知識の幅と深さ、技量、コミュニケーション力、プレゼンテーション力などについても記述する構成になっている。すなわち、この制度は単なる旅費補助ではなく、大学院生が自ら研究を構想し、海外の研究環境の中でそれを実行する力を育てるための教育的な仕組みである(写真1)。

 資金面では、渡航費、宿泊費などが助成対象として設定されており、その他の現地交通費や諸費用についても資金計画書に記載することになっている。そのため、学生は研究内容だけでなく、実際に研究を遂行するための現実的な計画を立てる必要がある。さらに、訪問予定機関からの招待状や受入承諾の記録がある場合には添付し、学会発表を行う場合には学会名、発表形態、共同発表における本人の役割を明記することが求められる。このような手続きは、大学院生にとって、研究者として国際的な研究活動を組み立てる訓練にもなる。

写真1 イスラエル・AROボルカニセンターで、Kamai博士およびNadler博士から説明を受ける大学院生と教員

写真1 イスラエル・AROボルカニセンターで、Kamai博士およびNadler博士から説明を受ける大学院生と教員

 この海外研究プログラムの意義は、大学院生の研究活動に自由度を与えている点にある。あらかじめ決められた研修コースに参加するのではなく、学生自身が研究上の必要性に基づいて、どこに行き、誰と議論し、何を調査し、どのようなデータや知見を得るのかを考える。研究室の研究活動の一部として位置づけられる場合でも、申請者本人が担当する部分を明確にすることが求められるため、学生は受け身ではなく、自らの責任で研究計画を具体化することになる。

 このプログラムは、大学院生が「海外に行く」ための制度ではなく、「自らの研究を世界の現場で鍛える」ための制度である。研究費助成によって一定の経済的基盤を確保しつつ、学生自身の発想に基づく自由な研究活動を保障することで、将来、国際共同研究や農業農村開発の現場で活躍できる人材の育成につながっている。大学院生が海外で得た経験は、帰国後の研究発表や論文作成に反映されるだけでなく、研究室内の後輩への刺激ともなり、学部・研究科全体の国際化を支える力となっている。

3 教員・研究室単位の国際交流
──継続的な教育研究ネットワークを築く

 学部学生や大学院生の国際交流を支えるためには、教員を中心とした研究室単位での継続的な国際交流が不可欠である。明治大学農学部では、研究室単位での国際共同研究、大学院学内GPによる他大学大学院との研究交流プログラム、国際学会・シンポジウム開催助成制度、国際交流講演会開催支援などを通じて、教育研究の国際化を進めてきた。

 教員・研究室単位の国際交流は、大学院生の海外研究を支える基盤であると同時に、学部・研究科全体の国際ネットワークを広げる契機にもなる。たとえば、台湾・屏東科技大学、国立台湾大学、タイ・カセサート大学カンペンセン校、米国・ハワイ大学マノア校やグアム大学との交流は、明治大学・学内GP「海外の大学院との研究交流プログラム」の支援を受け、教員・大学院生が相手校を訪問し、研究交流を実施してきた経緯がある(写真2)。このような交流の中で、大学院生は自らの研究を国際的な議論の場に置き、海外の研究者や学生から意見を得ることができる。これらの地域と日本は、気候、地形、土地利用、水資源管理、農村構造に共通点と相違点を持つ。そのため、各国の研究者と学生が同じ課題を議論することは、農業農村工学や農学研究を相対化し、発展させるうえで大きな意味を持つ。

写真2 学内GPの支援により台湾・屏東科技大学を訪問し、日本統治時代に鳥居信平氏によって設計された二峰圳地下堰を見学

写真2 学内GPの支援により台湾・屏東科技大学を訪問し、日本統治時代に鳥居信平氏によって設計された二峰圳地下堰を見学

 研究室単位の国際交流は、学生の派遣や受け入れを可能にする基盤である。教員同士の信頼関係があれば、学生の短期滞在、共同調査、共同セミナー、共同発表などが実現しやすくなる。学生だけを単独で海外に送り出すのではなく、研究室として相手先と継続的な関係を築くことで、教育的にも研究的にも安定した交流が可能になる。

 たとえば、2013年に米国で開催されたアメリカ農学会・作物科学会・土壌科学会(ASA-CSSA-SSSA)年次大会で日本からの土壌物理学者らが主催した福島放射能汚染土壌修復関連シンポジウムを契機として、ケネソー州立大学のDan Ferreira教授との研究交流が始まった。その後、国際交流講演会開催支援により2016年にはFerreira教授が来日し、明治大学および東京大学で講演を行うとともに、福島県飯舘村の研究フィールドを訪問した。この事例は、国際学会での出会いが、研究者間の信頼関係を生み、さらに教育・研究交流へと発展することを示している。

 また、明治大学農学部では、国際学会・シンポジウム開催助成制度を活用した研究交流も行われている。2024年には、生田キャンパスで「土壌中の物質とエネルギー輸送 国際シンポジウム」が開催された。このシンポジウムではノースカロライナ州立大学のJosh Heitman教授による土壌熱的性質を利用した物理性測定、マレーシア・トレンガヌ大学のGoh Eng Giap准教授による土壌中の水蒸気と熱移動など、土壌中の物質・エネルギー輸送に関する発表が行われた(写真3)。さらに翌日には、「土壌測定ワークショップ」が開催され、N₂Oガスセンサの開発、原位置透水係数の空間分布、スマートライシメータ計測、農地における熱収支測定、土壌水分量に依存するN₂O生成経路の測定など、土壌・水・温室効果ガス・熱収支に関わる幅広い測定技術が取り上げられた。このようなシンポジウムやワークショップは、教員間の研究交流にとどまらず、大学院生にとっては英語で発表する貴重な場となり、学部学生にとっても重要な教育機会となる。国際的な研究者の発表を直接聞き、英語で議論する経験は、学生が自分の研究を世界の研究動向の中に位置づけるきっかけとなる。

写真3 2024年に生田キャンパスで開催された国際シンポジウムでHeitman教授との質疑応答風景

写真3 2024年に生田キャンパスで開催された国際シンポジウムでHeitman教授との質疑応答風景

4 世界の農業農村開発と大学の役割

 世界の農業農村開発において、大学が果たす役割は大きい。大学は、研究成果を生み出す場であると同時に、将来の専門人材を育成する場である。農業農村開発に関わる人材には、専門知識だけでなく、現場を理解する力、異なる文化や価値観を尊重する力、多様な関係者と協働する力が求められる。

 明治大学農学部および大学院農学研究科における国際交流は、そのような人材を育成するための重要な仕組みである。学部学生は海外の農業や文化に触れることで、農学を広い視野で捉える。大学院生は海外研究や国際セミナーを通じて、自分の研究を世界の課題と結びつける。教員は国際共同研究やシンポジウムを通じて、教育研究のネットワークを広げる。これらが相互に結びつくことで、農学部および農学研究科の国際交流は、単なる交流事業ではなく、世界の農業農村開発に貢献する人材育成の場となる。

 農業農村開発の現場では、技術だけでは解決できない問題が多い。水利施設を整備しても、地域の管理組織が機能しなければ持続しない。新しい栽培技術を導入しても、農家の経営条件や労働力、文化的背景に合わなければ普及しない。環境保全型農業を進める場合も、収量、所得、労働、政策、消費者の理解など、多くの要因を考慮しなければならない。

 このような複雑な課題に向き合うためには、自然科学、社会科学、現場経験を統合する力が必要である。農学部および農学研究科の国際交流は、学生や研究者がその力を身につけるための実践的な学びの場である。海外の現場で見たこと、聞いたこと、考えたことは、研究や教育の中で再び問い直される。そこから新しい研究課題が生まれ、新しい協力関係が生まれると確信する。

5 今後に向けて

 今後の国際交流では、教育、研究、社会貢献を一体的に進めるために、本文で紹介した短期プログラム、長期留学、海外研究プログラム、国際共同研究、国際シンポジウム、国際交流講演会を連携して運用することで、学部学生から大学院生、教員へと連続する国際交流の流れをさらに強めていくことが重要である。

 食料、環境、水、土壌、農村社会をめぐる課題は、今後ますます複雑になる。その中で、農学部および農学研究科が国際交流を通じて果たすべき役割は大きい。学生が世界を知り、大学院生が世界の現場で研究を深め、教員が国際共同研究と授業での還元を推進する。その積み重ねが、世界の農業農村開発に貢献する人材を育て、明治大学農学部および大学院農学研究科の教育研究をさらに豊かなものにしていくと考える。


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