2026.9 SEPTEMBER 74号

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REPORT & NETWORK

スーダン国(リバーナイル州)での農業開発支援事業の展開と紛争の影響
NTCインターナショナル株式会社 設計技術部 上野 真吾

1 はじめに

 スーダンは、ナイル川がもたらす豊富な水資源と広大な農地を背景に、かつて「アフリカ・アラブのフードバスケット」と呼ばれた農業国である。農業はGDPの約30%を占め、人口の約3分の2が従事する基幹産業であり、2011年の南スーダン分離独立以降は、原油依存からの脱却を図る同国にとって、食料安全保障と外貨獲得の両面で最優先の政策分野となっている。

 一方、政治情勢は長年不安定であり、内戦、南北分離、長期独裁政権の崩壊を経ても混乱は続いた。さらに2023年4月以降、国軍(SAF)と即応支援部隊(RSF)の武力衝突により、国内外に多数の避難民・難民が発生し、国家機能は大きく損なわれた。スーダンは1997年から約10年間、米国の経済制裁下に置かれ、欧米ドナーの支援は人道・貧困分野に偏る傾向があった。他方、日本は灌漑農業・上水・廃棄物処理等の分野で継続的に支援を行い、主要ドナーとして一定の役割を果たしてきた。

 本稿では、過去10年以上にわたりJICAが灌漑農業分野で支援を行ってきたリバーナイル州に焦点を当て、支援事業の展開と紛争の影響について報告する。

2 リバーナイル州の灌漑農業とJICA支援

(1)灌漑農業概要

 リバーナイル州(River Nile State:RNS)は、スーダン北部に位置する主要な灌漑農業地帯であり、ナイル川本流およびアトバラ川に沿って農地が形成されている(図1)。年間降雨量は100mm以下で極めて小さく、農業生産は全面的にナイル川からの灌漑に依存している。州内の土壌は、ナイル川の氾濫によって形成された肥沃な沖積土壌が広がり、適切な水供給が確保されれば高い生産性を発揮できる。加えて、ハルツームやポートスーダンなど主要市場や輸出拠点へのアクセスが比較的良く、農産物の流通面でも優位性を持つ。リバーナイル州では、小麦、ソルガム、タマネギ、トマト、柑橘類等の果樹、デーツ、飼料作物など多様な作物が栽培されており、RNSはスーダンの食料供給を支える主要生産地になっている。農家は古くからその地域に在住する中小規模農家が多数を占めるが、近年は豊富なナイル川の水資源と広大な農地ポテンシャルを求めて、湾岸諸国を中心とした国内外からの民間資本投資によるセンターピボット灌漑を導入した大規模農場も増加している。

図1 位置図

図1 位置図

(2)灌漑インフラの現状と課題

・リバーナイル州の灌漑は、ナイル川からのポンプ取水が中心で、用水はその後、幹線水路以降、圃場まで土水路で配水される。灌漑地区(スキーム)は、州営灌漑スキームと農家が独自に設置したポンプによる個別灌漑が混在している。

・州内の多くの灌漑施設は1970~1990年代に整備されたもので、老朽化が深刻で機能低下している機場も多く存在するが、改修する予算も限られていることから、ギリギリの状態でポンプ場の運営および営農が行われているのが実情と言える。2010年以前はポンプの動力はディーゼルであったが順次改修が行われ、現在はほぼ全ての州営スキームの機場は電動化されている。

・スーダンでは英国からの独立後、中央集権的な政策のもと、州レベルの灌漑スキームは国営農業公社により予算・人員が確保され直営で灌漑施設の運営維持管理が行われてきた。その後、スーダンの主要輸出品であった綿花の価格が国際的に暴落するなか、多くの債務を抱える状況に陥り、90年代に外圧を受け急速に地方分権化が進み農業公社が解体され、州の分割が行われるなかで現在のリバーナイル州がつくられた。急造された州政府は、財政的にも灌漑スキームを運営管理していく能力においても力不足の状況であった。2000年以降、州政府は特に比較的規模の大きな灌漑スキームの運営管理が困難になり、民間企業に管理運営が委託できるように灌漑スキームに係る法律の改定が行われ、現在10以上の州営スキームの施設運営管理が民間企業との契約のもと行われている。このように、灌漑スキーム管理体制を取り巻く状況およびその実施体制は、未だ安定的な管理体制が確立されておらず、民間委託契約を含め様々な試行が行われている変動期とも言える。

3 無償資金協力事業の概要

 スーダンの主要灌漑地域では、既述の通り、旧式ポンプの老朽化や損傷により取水能力が慢性的に不足し、作付計画の不安定化、揚水コストの増大、農家所得の停滞が深刻化していた。特にリバーナイル州アリアブ・キティアブ地区およびカッサラ州ニューハルファK14地区では、揚水設備の故障頻発により灌漑水供給が不安定となり、地域の食料安全保障にも影響を及ぼしていた。こうした状況を受け、JICAは無償資金協力「食料生産基盤整備計画」を実施し、主要ポンプ場の更新、水路・付帯構造物の改修、ならびに維持管理に必要な機材の供与を行った(表1)。更新後は揚水能力・稼働率が計画値を上回り、灌漑水供給の安定性が大幅に改善したことで、主要作物の単収向上や作付面積の拡大が確認されている。また、ポンプ効率の向上により燃料消費量が削減され、運転コストの低減にも寄与している。

表1 食料生産基盤整備計画事業のフレーム

事業名

食料生産基盤整備計画

事業費

約30億円

期間

2012~2015年

対象地区

リバーナイル州:アリアブ・キティアブ地区

カッサラ州:ニューハルファK-14地区

政府実施機関

連邦農業灌漑省(国家小麦増産計画ユニット)

受益面積

リバーナイル州:計4,600 ha

ポンプ場概要

(RNS分)

ポンプ場建物更新・吐水槽・接続水路

電動横軸両吸い込み渦巻きポンプ

アリアブ : 1.0m3/s×170kw×4 台

キティアブ: 1.0m3/s×160kw×4 台

4 技術協力事業の概要

 アリアブ・キティアブ両灌漑地区における無償資金協力事業により、ポンプ場の更新と水供給の安定化が実現した一方で、灌漑施設の運営・維持管理の体制や農家の営農技術といった「ソフト面」の課題は依然として残されていた。これらの課題に対応し、整備されたインフラの効果を最大限に引き出すため、アリアブ・キティアブ灌漑地区を主な対象とした「リバーナイル州灌漑スキーム管理能力強化プロジェクト(2015–2019)」が実施され、水利組合の組織運営能力強化、施設維持管理能力の改善、水管理能力の改善、営農技術の改善が図られた。

 さらに、2021年より後継技術協力事業として「市場志向型農業および灌漑スキーム運営能力強化プロジェクト(2021–2026)」が実施されており、対象地域をアリアブ・キティアブに限定せず、リバーナイル州内広域へと拡大して、先行技術協力事業を通じて確立された灌漑関連および営農関連のモデル技術の普及展開を行っている。併せてフェーズ2では、農家の営農技術向上と市場志向型農業への転換をより重視して、技術の向上が農家所得の向上に資する活動が実施されている。また、プロジェクトでは各種活動を通じて、これまで機能していなかった部局間の横方向の連携、および州レベル・郡庁レベル・灌漑スキーム・レベルの縦方向の連携の強化を図り、州内での技術普及体制の再構築についても併せて支援を行っている。表2・3に、プロジェクトフレームおよびプロジェクトの主な活動実績を纏める。

 これらの活動を通じて、現地に様々なインパクトを与えているが、本事業では、先行業務の経験を活かし、先方機関側関係者が主体的に役割を果たすかたちで活動を進めてきているため、職員の能力強化に大きく寄与してきている点が他ドナー事業と異なる点であり特徴でもある。また、それに応えるように先方政府側も毎月のローカル・コンポーネント負担を紛争後においても途切れることなく継続し、本事業にコミットする姿勢を示していることが特筆される(写真1)。

表2 プロジェクトフレーム

上位目標

モデル灌漑スキームにおける研修受講農家において農業所得が向上する

事業目標

市場志向型灌漑農業モデルがモデル灌漑スキームにおいて構築され、リバーナイル州の他の灌漑スキームに展開される

成果-1

農家の市場志向型灌漑農業に係る能力が向上する

成果-2

モデル灌漑スキームの灌漑管理(組織管理、水配分、維持管理)能力が向上する

成果-3

リバーナイル州における市場志向型灌漑農業の普及展開能力がボトムアップ・アプローチの活用により強化される

表3 プロジェクトの主な活動実績

対象地区

先行モデル地区:8スキーム  (受益面積計:約 28,000ha)

普及展開優先地区:11スキーム(受益面積計:約 36,000ha)

関係機関の対象職員数

380人(州政府・郡庁・スキーム組織)

導入した営農関連モデル技術

夏期換金作物導入・農産物加工による付加価値向上・グループ活動・農家直売・

コンポスト生産・苗/種子生産・新規マーケット開発・民間連携等

導入した灌漑関連モデル技術

組織強化(総会開催、責任分担の明確化、支線水路毎の組織化、bylaw作成)

ポンプ設備(設備維持管理研修、予防保全チェックシステム、ポンプ設備設計)

土木施設(GISスキームMAP作成、水路除草・水路断面整形・ゲート補修・水管理)

導入した技術普及システム

横(農業省内部局間)と縦(州・郡・スキーム)の連携強化、DG主催定例会議の開催

スキーム・レベルからのボトムアップ・アプローチ式の年間活動計画の策定

スキームでの灌漑・営農支援活動予算の確保

写真1 技プロ活動状況

写真1 技プロ活動状況

5 紛争の影響

 2023年4月に勃発したスーダン内戦は、国軍(SAF)と準軍事組織(RSF)の統合問題と権力闘争が決定的な引き金となり、その後、国内広域に戦闘が拡大した。バシール政権崩壊後の移行期において軍事組織の二重構造が解消されず、政治的空白と治安の脆弱化が深刻化したことが背景にある。2024年時点ではRSFがハルツームやダルフールの主要都市を掌握し、国内避難民(IDP)は900万人を超え、人口の半数以上が人道支援を必要とする世界最大級の危機となった。2025年後半からSAFは戦力を立て直し、航空戦力と部族勢力の再編を背景に反攻を開始した。その結果、ハルツームやゲジラ州は2025年末までに政府側の支配下へと戻り、戦況は大きく転換した。しかし、経済は依然として崩壊状態にあり、通貨価値の暴落と食料価格の高騰が続くなど、国家はなお分断状態にある。こうした状況の下、紛争はリバーナイル州で実施中の技術協力事業にも様々な影響を与えた。

 2023年4月の紛争以降、日本人専門家が現地渡航できない状況は2026年7月現在まで継続している。本プロジェクトでは、現地職員を通じた遠隔管理に加え、第三国(アディスアベバ)での定期的な対面協議を組み合わせ、運営管理を行ってきた。このような事態は、他国の開発協力事業においても今後起こり得ることから、以下に現地での主な影響事例を示す。

表4 業務への主な紛争影響項目

業務全般

◈ハルツームの連邦政府関係職員の避難民化

◈政府農業活動予算の削減(軍事予算を優先)

◈燃料・資材不足と物価の高騰

◈100万人以上のIDPがリバーナイル州内に流入
プロジェクト対象地にも多数のIDPが避難

◈農家収入の減に伴う灌漑スキーム組織の水利費徴収率の低下

◈通貨不足、治安条件の悪化

◈現地職員の現地活動範囲制限

◈プロジェクト車両の故障頻発(紛争に伴いスペアパーツが不足し正規ディーラーで車両整備できず)

営農関連

◈首都ハルツームの崩壊に伴う最大の農産物市場の消失

◈新たな市場・環境条件に伴う推奨技術の変化

◈肥料・種子等不足と価格高騰

灌漑関係

◈電力施設への攻撃に伴う停電の頻発(ポンプ場非稼働日数の増加)

◈ポンプ稼働に必要な電気代の大幅高騰

◈ポンプスペアパーツの不足、ポンプメーカー・資材店等の国外退避

6 紛争の影響を踏まえた支援の動向

 スーダン国内の内戦状態が長期化し、リバーナイル州にIDPが大規模に滞在する状況を踏まえ、JICAは既存の技術協力事業に加えて、リバーナイル州等を対象に2025年5月より「スーダン国国内避難民支援に係る情報収集・確認調査」を開始した。本調査では、IDPの自立促進およびIDPと農村ホストコミュニティ(HC)における食料安全保障の改善を通じたレジリエンス強化に向け、農業分野のパイロット活動を行い、今後の事業展開に資する有効なアプローチを検証することを目的としている。併せて、州農業省がIDPおよび地元住民に対し、機能的かつ包摂的な農業普及サービスを提供するための方策について検討している。

 具体的には、灌漑スキームでの農業普及活動の受益者を従来の農家に加えて、村に滞在するIDPにも拡大するとともに、行政レベルでは農業省と社会福祉省の連携を促す仕組みの構築を進めている(図2参照)。また、本調査では、これまでの技術協力事業で有効性が確認されている技術、例えばメスキート(外来種雑木)の伐採・薪炭化、家庭菜園(キッチンガーデン)、農産物加工、コンポスト生産等の生計向上パイロット活動を実施した。なかでも、メスキートの伐採・薪炭化は収益性が高く、地区内の農地拡大にも寄与することから、IDPの自立性を高め、既存コミュニティへの貢献を促す活動として評価されている。さらにコンポスト生産は、価格が高騰する輸入化成肥料の代替となり得る点で、地域からの期待も大きい。以上のように、本調査は短期間ながら、既存の技術協力事業の蓄積を活かして一定の成果を得ており、得られた知見を今後「農業生計向上を基盤としたIDP支援アプローチ」として取りまとめていく計画である。

図2 既存技術普及体制へのIDP支援の内包化

図2 既存技術普及体制へのIDP支援の内包化

7 今後の展開と課題

 首都ハルツームを政府軍がRSFから奪還して約1年が経過したが、紛争で多くのインフラが破壊され、住居や雇用を失った人々の生活再建は進まず、治安面の不安も残っている。このため、依然として約40万人に及ぶIDPがリバーナイル州に滞在している。農村部に居住するIDPを対象に実施したアンケート調査でも、多くが帰還の見通しを立てられず、避難先での滞在が長期化する可能性が示唆された。ウクライナや中東での紛争と比較して国際社会の関心が相対的に低いなかで、スーダンが「忘れられた内戦」となることへの懸念も強い。加えて、従来アフリカ支援の主要な担い手であった米国の関与が薄れつつあることなどを背景に、国際機関を含む国内外の人道支援の規模も縮小する傾向にある。こうした環境下では、一過性の人道援助への依存から脱し、より自立的でレジリエンスの高い農業・農村コミュニティをいかに構築するかが、今後の重要な課題となる。

 他方で、リバーナイル州は、戦闘の主戦場となったハルツーム州やゲジラ州とは異なり、インフラ破壊などの直接的なダメージが限定的であった。さらに、首都から避難した資本や人材が流入したことで、近年は工場建設や商業投資が急ピッチで進み、結果として紛争以前よりも経済活動が活発化した側面もみられる。紛争による経済的打撃を克服するためには、農業生産基盤の安定化、国内の治安改善をベースにしつつ、高騰する輸入資材への依存度を軽減する「支出削減」を強化することと同時に、地理的優位性を活かし、ポートスーダンを通じた輸出ルートの開拓や他州への販路拡大といった「収入アップ」の取り組みを後押しする農業技術・流通面の改善を進めることが、持続可能な発展への鍵になると考える。

 スーダンは7カ国と国境を接し、北アフリカ、サブサハラ・アフリカ、そして中東(アラブ世界)をつなぐ境界地域に位置するほか、紅海にも面するなど、地理的・地政学的に重要な位置を占める。紛争以前にはJICAも重点国の一つとして多様な事業を展開してきた。今後、復興局面に移行する場合には、他ドナーとの協調を図りつつ、これまでの支援実績と現場で得られた教訓を基盤として、我が国が灌漑農業分野を含む支援でより主導的な役割を果たすことが期待される。


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