2026.9 SEPTEMBER 74号
Keynote 1
宇都宮大学国際学部 准教授 栗原 俊輔
1 はじめに
グローバルサウスの国々は、昨今の国境を越えた活発な経済的・人的交流により、先進諸国にとっていまや経済的にも社会的にも欠かせないパートナーである。しかし、グローバルサウスの国々のなかには先進諸国に一方的に消費され、取り残されている産業をいまだに抱えている国もある。スリランカの紅茶産業、とくにプランテーション制度で紅茶の生産をしている農園はその典型である。プランテーション農園内に労働者を住まわせ、代々農園労働に就く、単一作物生産制度での紅茶生産は、スリランカではいまだに主流である。これはグローバルサウスという言葉が生まれるはるか昔、19世紀から先進諸国のサプライチェーンに組み込まれ、紅茶プランテーションから世界へ紅茶を供給してきた名残である。選択肢の限定されたコミュニティで生きていく、当時と変わらない生産制度は、いまではプランテーション以外の生産制度も見られるようになり、むしろプランテーション以外の紅茶生産が軌道に乗り始めたスリランカにおいて、いまだに取り残されたている国家的課題にとどまらない、紅茶消費国も巻き込んだ世界的課題であるといえよう。本稿では、そのようなスリランカの紅茶プランテーションが抱える課題と解決すべき問題を見ていく。
写真1 紅茶農園と摘んだ茶葉を運ぶ女性労働者(ヌワラエリヤ県。筆者撮影)

スリランカの紅茶産業は19世紀のイギリス植民地時代に導入され、現在でもスリランカの外貨獲得の上位に位置している。紅茶がスリランカの経済発展に貢献し続けていることは自明であるが、現在では課題も多い。植民地時代から現在までプランテーション制度が紅茶産業の中心を担ってきたが、近年は曲がり角にある。
本稿では、プランテーションという前時代的な生産制度が、スリランカの紅茶産業の発展にどう貢献し、今ではどう障害となっているのか、産業が抱える課題とプランテーション農園に居住する労働者コミュニティが直面する問題の双方から検証する。また、プランテーション農園が抱える問題への取り組みの実践例として、筆者の研究室で主宰している活動「UU-TEA」を紹介する。
写真2 積んだ茶葉の計量を待つ女性労働者たち(ヌワラエリヤ県。筆者撮影)

2 スリランカの紅茶プランテーションの成立過程
スリランカは「南アジアの優等生」と言われてきた。1人あたりGNIは南アジアで常に上位である1。紅茶はスリランカにとっていまだ重要な産業である。国の旧名を冠した紅茶、セイロンティーとして世界に知られるスリランカ産の紅茶は、長年にわたり輸出世界第1位であった。しかし、旧来のプランテーション制度が多くを占める生産方式は、2008年に後発組のケニアについにその座を明け渡した。
スリランカの紅茶プランテーションは、19世紀のイギリス植民地時代に宗主国イギリスにより導入された。当初はコーヒーが栽培されていたが、コーヒーさび病により多くの農園が壊滅状態となり、同じくイギリス領であった現インド・アッサム地方より茶の木を導入し、紅茶へと転換された。これが、スリランカの紅茶産業の始まりであり、セイロンティーの誕生である(図1のセイロンティーの7大産地のなかのキャンディが、最初に茶畑が開拓された地域である)。すなわち、いまでは世界的な高級茶であるが、その成立頭初からスリランカ人のためにつくられたものではなく、現在でも多くが輸出にまわされている。
プランテーション農園が開拓された際、南インドのタミルナドゥ州よりタミル人が労働力として移入され、農園に住み始めた。紅茶栽培は中部高原地帯から始まり、現在ではスリランカ南部にも広がっている。これらの地域では現在でも住民の多くが当時の労働者の子孫である。スリランカでは彼らのことを当初はインド系タミル人と呼んでいたが現在ではHill-country TamilやUp-country Tamil(どちらも高原タミル人を指す)と呼ぶことが多くなっている。2024年の国勢調査でも”Indian Tamil/ Malaiyaga Thamilar”と高原タミル人を意味するタミル語を併記するようになった。
プランテーション農園には大きい農園で7,000人程度の労働者とその家族が住んでいる。現在では農園内に住んでいる人のなかにも農園外で仕事をしている人もいる。スリランカの人口の4%を占める高原タミル人のほとんどがヌワラエリヤ県や近隣のバドゥッラ県、キャンディ県などを中心に居住している。
3 プランテーションからスモール・ホールダーへ
第二次世界大戦後には南部のゴール県やマータラ県でも本格的に紅茶が栽培されるようになる。南部では、プランテーションはわずかでほとんどが小規模農園や個人農家が中心である。これらを合わせてスリランカではスモール・ホールダーと呼ばれる。高原地帯とは異なり、もともとシンハラ人の農村地域でもあり、広大なプランテーションを開拓するのは適さなかった。
現在は、スリランカの紅茶は、その生産制度と規模により、プランテーション、スモール・ホールダーなどと大別される。歴史的経緯から中部高原地帯のヌワラエリヤ県やキャンディ県、バドゥッラ県ではプランテーションがほとんどであり、農園内に労働者とその家族が居住している。スモール・ホールダーは20ヘクタール未満の農園を指し、農園内には労働者が住んでいる場合もあるが、多くの労働者は居住しておらず、近隣の村などから働きに来る茶園が多い。これらの茶園で収穫された茶葉は、地域にある紅茶工場に製茶を依頼している。スモール・ホールダーの茶葉面積はプランテーション農園の面積よりも大きくなっている2。
4 紅茶産業の現在と課題
中部高原地帯ではじまった紅茶栽培だが、現在のスリランカの紅茶産業は南部の紅茶が生産量、生産額ともに大きくなっている。スリランカの紅茶は栽培される標高によって分類され、標高1,200メートル以上で栽培される茶葉をハイ・グロウン(ヌワラエリヤ県など)、600メートルから1,200メートルまでがミドル・グロウン(キャンディ県など)、そして標高600メートル未満の地域で栽培される茶葉がロー・グロウン(ゴール県など)と大別される3。また、地域別にも茶葉の特徴があり、標高別に加えて7大産地に分けられている。地図上で茶葉の7大産地を見ていくと、その多くが中部高原地帯に広がっているのが分かる。ハイ・グロウン紅茶は世界的にも高級茶として知られ、高い市場価値を維持してきた(図1)。
図1 標高別セイロンティーの産地

出典:Sri Lanka Export Development Board
一方、1970年代に中東からの茶葉の需要が増加した。中東では濃い色と味の茶葉が好まれるため、ロー・グロウン紅茶の需要が高まった。近年はプランテーションの多いハイ・グロウン、ミドル・グロウンよりも生産量が勝っている(表1)。加えて、南部の紅茶生産は(1900年代初頭に開拓された数か所のプランテーション以外は)戦後イギリスから独立後に開拓されたスモール・ホールダーによるものであり、園内居住労働者を抱えないため、生産コストがプランテーション制度より低く、生産性が高い。
表1 地域別紅茶生産量(2026年4月現在)
|
標高 |
生産高(Kg) |
割合 |
|
ハイ・グロウン |
6,328,803 |
26.13% |
|
ミドル・グロウン |
5,253,369 |
21.69% |
|
ロー・グロウン |
12,638,487 |
52.18% |
|
総計 |
24,220,659 |
100.00% |
出典:Sri Lanka Tea Boardホームページより筆者作成
このような状況下で、現在ではスモール・ホールダーが生産する紅茶が、スリランカの紅茶生産の約7割を占めるようになった(Perera 2014)。このようにプランテーションは生産量でもスモール・ホールダー産紅茶に劣るとともに、採算性、持続性が疑問視されており、いまではスリランカの紅茶産業はロー・グロウン紅茶が産業としての維持、継続を担っているといえる。ただ輸出先として中東が多いことは、昨今の情勢を鑑みると安定した取引の不安材料となっている。
一方、ハイ・グロウンとミドル・グロウンの産地である高原地帯は、昔ながらのプランテーション農園での生産が主流である。農園労働者とその家族が農園内に住み、農園経営者であるプランテーション会社による包括管理が続いており、イギリス植民地時代そのままの施設も多く残る。このような低賃金労働者に依存した労働者集住の生産体制の名残は多い。
5 高原タミル人 ─取り残された人びと
これまで述べたとおり、紅茶産業は、南部のロー・グロウン紅茶へと主軸が移っているが、一般に浸透しているセイロンティーのイメージはむしろハイ・グロウンのヌワラエリヤ産やウバ産の高級茶である。しかし、高原地帯のプランテーション農園には、植民地時代にインドから労働者が移入された、高原タミル人が居住し、紅茶産業にとっては今では負担が大きい。この状態を変えないことには、セイロンティーの高級茶のイメージ維持も難しい。
農園には労働者とその家族が暮らすための施設がひと通りそろっている。ただし、その質は劣悪である。スリランカのほかの地方や農村と比較してもその差は大きい。ラインルームと呼ばれる長屋(写真3)は1棟に4~8戸が連なり、各戸は6畳程度の広さの部屋が2~3部屋あり、そこに家族6人程度で住んでいる。ガスは無く、かまどで炊事を行い、水は共同水栓である。(写真4)。トイレも長屋の外に設置され、もちろん水洗ではない。農園内には託児所があり、0歳児から未就学児を預けて母親は茶摘みに向かう。小中学校は農園内に複数個所あるが、遠い場合は1時間近く歩くこともある。高校以上となると街まで行かないと無いことが多い。
写真3 ラインルーム全景。右上に学校が見える。日本で言うところの中学校くらいまでは農園内にあるが、それ以上は街まで行かないと無い。(ヌワラエリヤ県。筆者撮影)

写真4 ラインルームの台所。かまどで炊事。ガスも水道も無い。(ヌワラエリヤ県。筆者撮影)

歴史的経緯からインド政府が住居改修の支援をしているが、抜本的解決には至っていない。農園労働者には土地の所有権が認められていない。プランテーションは国有地であり、プランテーション会社がそれをリースしている形態なので園内にあるラインルームのある区画も国有地であり、住民には所有権がない。スリランカ政府は何度も労働者への土地配分を検討したが一度も実施されていない4。
スリランカが独立した際、高原タミル人は無国籍であった。スリランカ政府とインド政府との間で高原タミル人への市民権付与の問題解決は1983年までかかり、最終的に2003年にスリランカに居住する高原タミル人に市民権が与えられた。彼らはイギリス時代から現在まで産業と政治に翻弄させられてきた人びとであり、産業優先のコミュニティの弊害である。財産権をはじめ、土地も所有でき、子どもは希望する学校に行けるようなコミュニティへと変わることが必要である。
6 植民地時代の生産制度が現代社会にもたらす不具合と矛盾そして希望
これまで述べたとおり、スリランカの紅茶産業は先進諸国の需要を満たすための産業として、山を切り拓き、労働者を移入し、茶葉の生産の効率を優先したプランテーション制度が導入された。
21世紀に入りスリランカの紅茶産業は南部のロー・グロウン紅茶、それも小規模農園や農家(スモール・ホールダー)が主軸となった。産業としては、紅茶の嗜好や時代に合った生産方法で発展してきたが、一方で前時代的な生産制度であるプランテーションは、現代に合った生産制度へと根本的変化は見られず取り残されている。しかし、プランテーション農園に住んでいる高原タミル人にも財産権を認めることや、学校の整備、住環境の整備などがすぐに変わることは期待できない。そこで、宇都宮大学国際学部の学生と筆者研究室では2018年からUU-TEA(Utsunomiya University Tea Estate Assistance)5という取り組みを開始した。学生による発信プロジェクトである。SNSを使い現地農園コミュニティの若者と交流し、現地の状況をインスタグラムなどで発信している。また、2018年からはJICA草の根技術協力事業も実施し、コミュニティリーダー育成などを行っている。次の世代を担う若者たちをリーダーとして、小学生へアフタースクール・プログラムを主導してもらう。そして宇都宮大学の学生たちが定期的に進捗を確認・アドバイスし、SNSで世界へ発信する。この取り組みから見えてくるのは、歴史的経緯も含めて、グローバルサウスへのしわ寄せである。
農園の若者は高校や大学へ行きたくとも現実的でない。また、家庭では薪を取り、水を汲み、炊事をする。農園内でもSNSができる現代では外の世界を容易に知ることができる。土地所有権も無く、コミュニティには農園労働しかない。そのような環境に若者は将来に希望が持てない。一方、日本の大学生にとってこの事実は想像しづらい。しかも、日々飲んでいる紅茶を作る人びとである。UU-TEAを通して、世界の現実に触れている。
グローバルサウスにしわ寄せが行っているのでは?グローバルサウスを真のパートナーとするために、先進国の産業界はなにができるのか?日本の紅茶消費者にも、紅茶プランテーション農園に代々住む高原タミル人の現状に対してまったく責任が無いといえるのか? UU-TEAの学生も日々議論し模索している(写真5)。学生の議論からも、先進国がグローバルサウスを自分たちにとって都合のよいようにパートナーと名付けているのではないかという危惧が感じられる。そこには、消費国側の紅茶飲料等を製造している企業や紅茶関連産業も含まれ、紅茶の都合のよい部分だけを消費者に見せようとしている意識的、無意識的な姿勢があるのではないか。
写真5 農園内の小学校でのアフタースクール・プログラムを訪問した宇都宮大学のUU-TEAのメンバー(ヌワラエリヤ県。筆者撮影)

国籍問題が解決したにも関わらず、イギリスがスリランカに紅茶畑を切り拓いて150年以上経っても、いまだ変わらぬ生活様式の農園労働者の実態を隠さずとも、紅茶産業が発展することは可能なのか?その答えが見つかったときにはじめてパートナーと言えるのではないか。そして、これはスリランカの紅茶産業だけにとどまらない。世界中のグローバルサウス諸国が抱えている問題でもある。
1 最近ではいわゆる債務の罠と呼ばれた経済危機も経験しているが,それでも1人当たりGNIは南アジアでは観光立国のモルジブに次ぐ(https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.PCAP.CD?locations=8S)2026年5月10日閲覧
2 Future of work for Tea Smallholders in Sri Lanka (ILO 2019)
3 Sri Lanka Export Development Board (https://www.srilankabusiness.com/ebooks/industry-capability-report-tea-2021.pdf)2026年5月1日閲覧
5 UU-TEAインスタグラム https://www.instagram.com/uu_tea_srilanka/
Ceylon Today (2023), May 1, 2026 accessed“Plantation workers denied land rights for two centuries” https://ceylontoday.lk/2023/03/25/plantation-workers-denied-land-rights-for-two-centuries/?utm_source=chatgpt.com,
Sri Lanka Tea Board, April 29, 2026 accessed https://srilankateaboard.lk/
Perera, Prasanna (2014) Tea Smallholders in Sri Lanka: Issues and Challenges in Remote Areas, International Journal of Business and Social Science Vol. 5, No.12