2026.9 SEPTEMBER 74号
Keynote 2
山口大学経済学部 准教授 麻田 玲
1「グローバル・サウス」と呼ぶ前に
「グローバル・サウス」という言葉は、いまや広く使われるようになった。国際機関の報告書、大学の研究拠点、開発実務の現場において、アジア、アフリカ、ラテンアメリカなど、欧米を中心とする先進工業国とは異なる歴史的・経済的条件を持つ地域を指して用いられている。かつて「第三世界」や「発展途上国」と呼ばれてきた地域を、より中立的で現代的な表現に置き換えたものと理解されることも多い。
しかし、この言葉は単なる言い換えではない。そこには、世界の不平等をどう捉えるかという、より深い問題が埋め込まれている。Dados and Connell(2012)が指摘するように、「グローバル・サウス」は植民地主義や新自由主義的なグローバル化のもとで形成された不均等な発展の歴史を背景に持つ概念である。またHaug, Braveboy-Wagner and Maihold(2021)は、この語を単なる地理的区分ではなく、国際政治における連携や対抗関係を含み込んだ“メタカテゴリー”としても機能している。
この言葉は世界の不平等を「見える」ようにするが、世界の複雑さを単純化してしまう可能性も持つ。たとえば、グローバル・サウスという区分は、多様な歴史・政治・経済条件を持つ地域を一括して捉えることで、「支援される側」「遅れた側」といった見方を再生産してしまう危うさを含んでいる。分類は説明のために有効である一方で、その分類自体が、何を発展とみなし、何を遅れとみなすのかという基準を、あらかじめ固定してしまうことがある。
本稿ではこの点に注目したい。世界を理解するための言葉や分類が、同時に世界の見え方そのものを形づくってしまうという事実である。分類は現実を整理する道具である一方、その複雑さを削ぎ落とし、特定の見方を自然化する装置でもある。
このような問題意識のもとで、筆者は南アジアの島国スリランカの農村開発を取り上げる。スリランカは植民地支配を経て独立し、その後は福祉や農村開発を重視する一方、内戦や経済危機にも直面してきた国である。そのためしばしば、「債務危機の国」「開発に失敗した国」として語られることもある。その一方で、都市化の進行が緩やかで長期にわたり農村での暮らしを可能にする制度的・社会的条件を維持してきた側面もある。
ここで目指すのは、スリランカを単なる「グローバル・サウスの一事例」として位置づけることではない。スリランカの経験を通じて、経済成長や都市化といった指標によって支えられてきた発展に対する理解そのものを、いったん相対化することである。発展とは何か。所得の増加や都市化の進展だけで測ることができるのか。あるいは、人びとがどこで暮らし、その暮らしがいかなる条件によって支えられているのか。本稿はそのような視点から、発展をめぐる見方そのものを問い直す試みである。
2 都市化は発展の何を説明できるか
ここでは、経済成長、都市化、発展を明確に区別して考える。経済成長とは所得や生産の増加であり、都市化とは人口・雇用・サービスが都市に集中していく過程である。それに対して筆者は発展を、人びとがどこで、どのように生きるかについて、より多くの選択肢を持てるようになることを指す。
都市化と経済成長の間には、相関関係があることが知られている(図1)。都市には雇用機会、教育機関、医療施設、行政サービス、商業機能が集積するため、人びとはより良い生活を求めて農村から都市へ移動する。この人口移動は都市の経済活動を拡大させ、さらなる成長にもつながる。この意味で都市化は、経済成長と相互に関連する現象として理解されてきた(World Bank 2009)。
図1 経済成長と都市化の関係

出典:World Bank Dataを元に作成
このように都市化は、経済成長を理解する重要な指標として広く用いられ、開発政策の設計で中心的な要素となっている。こうした位置づけは、発展を理解する際に都市化を含むプロセスを自然な前提として捉える見方を形成してきたことも意味する。この理解のもとでは、都市人口の比率は発展を測る重要な指標として扱われる一方で、農村人口が多い社会は農業依存、所得水準の低さ、産業構造の未発達といった特徴と結びつけられやすい。他方で都市人口の増加は、経済の近代化や生活水準の向上と関連づけられてきた(Lewis 1954; Todaro 1969)。
都市化は発展を考えるうえで有効な指標ではある。しかし、それだけでは発展の全体像を捉えきれない。都市化の進展は生活条件の改善を必ずしも意味しない。急速な都市化は、住宅不足、非公式居住地の拡大、交通渋滞、環境負荷の増大、雇用の不安定化などを伴うことがある。また、都市に移動しても、安定した生活機会にアクセスできるとは限らない。このような状況は、経済成長と都市化が進む一方で生活の不安定性が残る「成長なき都市化」として指摘されている(Jedwab and Vollrath 2015)。
問うべきは、都市化そのものを評価することではなく、それを、発展をとらえる指標の一つとしてどのように位置付けるか、である。発展を考える際に問われるべきなのは、人びとが都市と農村のどちらに住んでいるかではなく、その場所において教育、医療、交通、雇用、生活基盤へのアクセスがどの程度保障されているかである。日本の経験は、この点を考えるうえで示唆的である。高度経済成長期に都市部への人口と産業の集中が進み、農村部では人口減少と高齢化が進行した。その結果、地方創生、公共交通の維持、医療・教育サービスの確保などが政策課題となった。しかし、一度失われた人口や生活基盤を再構築することは容易ではない。
このような一般的な都市化とは異なる事例として、スリランカの経験は注目に値する。同国は南アジアでも比較的高い教育水準および保健指標を維持してきた国であり、所得水準に比して高い社会開発水準を達成した国として評価されてきた(Isenman 1980; Sen 1988)。一方で、経済成長の面では停滞が続いてきた。独立後に比較的高い人的資本を有していたにもかかわらず、他国のような急速な工業化は進まず、財政赤字、福祉支出の拡大、政治的不安定、民族紛争などの課題を抱えてきた。そのため同国は、社会開発の成功例であると同時に、経済成長の遅れた国としても語られてきた。
しかし、この二分法的理解の中で十分に注目されてこなかったのが、農村人口の持続性である。スリランカでは、人口の大部分が長期にわたり農村地域で暮らしてきた(図2)。都市人口比率は相対的に低い水準にとどまり、農村地域に広範な人口が分布し続けてきた。
図2 スリランカの経済成長と都市化の関係

出典:Department of Census and Statisticsより筆者作成
スリランカは、紅茶を中心とするプランテーション経済、1977年以降の経済自由化、縫製産業やサービス産業の発展、内戦後の復興と観光業の拡大などを通じて、一定の経済成長を遂げてきた。それにもかかわらず、都市への人口集中は限定的であり続けた。
この事実は、単に「都市化の遅れ」として説明されるべきではない。注目すべきは、農村に住み続けることを可能にしてきた条件である。スリランカの農村は、都市への移行過程にある一時的空間ではなく、教育・医療・交通・生活基盤に支えられた生活の場として機能してきた。この点にスリランカの特徴がある。すなわち発展とは、都市人口の増加や都市化率の上昇そのものではない。人びとがどの場所においても、必要十分な公共インフラにアクセスできること、そして都市へ移動することも農村に住み続けることも選べること、その選択肢の広がりとして捉える必要がある。
3「農村ファースト」という発展観
スリランカの農村開発の特徴は、「農村ファースト」と呼びうる発想が一貫した国家戦略として存在してきた点である。ここでいう農村ファーストとは、農村を単なる生産の場や支援対象としてではなく、国家の生活基盤そのものとして位置づける発展観を指す。この発想は、抽象的な理念としてだけ存在していたわけではない。むしろスリランカの歴史的経験、とりわけ植民地支配の記憶と深く結びついて形成されてきた。
スリランカは、ポルトガル、オランダ、イギリスによる植民地支配を経て、1948年に独立した。とくにイギリス植民地期には、紅茶・ゴム・ココナッツなどのプランテーション経済が拡大した。イギリスは外貨を稼ぐ主要な産業としてプランテーションを保護し、その過程で伝統的な稲作農業や村落社会は周縁化され、土地利用の構造も変化した。
独立後の国家形成において焦点となったのは、こうした歴史的背景のもとで衰退した伝統農業および農村の再建であった。プランテーション経済によって形成された外向きの経済構造のもとで、食料生産の確保や農村社会の再建は、国家の安定に関わる重要な課題として位置づけられた。その中で農村は、単なる「開発の遅れた空間」ではなく、国家の基盤として再定義されていくことになる。すなわち、食料の安定供給、灌漑施設の整備、村落共同体の維持といった課題が、国家形成と並行して進められた。
この農村観を象徴するのが、貯水池(wewa)、仏教寺院(pansala)、水田(kumbura)という三つの要素である。古代スリランカでは、大規模な灌漑システムを基盤として稲作社会が形成され、農村は文明的繁栄の象徴として語られてきた。貯水池は水資源の管理を、寺院は信仰と共同体の中心を、水田は生活の基盤をそれぞれ象徴している。独立後の国家形成の過程で、この農村像は再び参照された。農村は過去の遺物ではなく、国家の文化的・社会的基盤として再び位置づけられた。この意味で農村は、都市に遅れる存在としてではなく、国家の方向性を支える構成として理解されてきた。
もっとも、この農村ファーストは理念としての側面だけでなく、その形成過程には、シンハラ仏教ナショナリズムとの結びつきや、政治的正統性の確保といった側面も含まれていた。そのため、農村像の形成がすべての社会集団の経験を等しく反映してきたわけではない。しかし、農村は教育、医療、交通、行政サービスの対象となり、近代国家の制度のもとで再編されていった。この意味でスリランカの農村開発は、農村を過去に固定するのではなく、近代国家の制度の中で維持しようとする実践であった。
4 農村が持続するための制度と暮らし
スリランカにおいて農村人口が長期的に維持されてきた背景には、単一の政策ではなく、複数の制度と社会的条件が重なり合う構造がある。以下ではこれを「意図せざる持続性」と呼ぶ。
農村に長期的に暮らすという現象は、単一の政策によって維持されたのではない。異なる政策がそれぞれの目的のもとで展開した結果、農村での暮らしが可能になったのである。
まず食料政策と貧困対策である。独立前後から食料配給制度が導入され、その後は貧困削減へと発展した。この仕組みは政治的要素や非効率性も含まれていたが、それでも最低限の生活を支える仕組みとして機能してきた。配給制度や支援は完全に均質ではなく、政治的関係や地域のネットワークに左右される側面もあったが、それでも独立時点で貧困化が進んでいた農村に暮らす人びとの日常的な不安定性を一定程度和らげる役割を果たしてきた。
次に教育と医療の無償化である。スリランカでは初等教育から高等教育まで無償教育が整備され、学校は全国に広く配置されてきた。その結果、教育を受けるためだけに都市へ移住する必要性は比較的小さい。医療も同様であり、公的医療サービスは地方にも広く展開され、基礎的な診療や母子保健は地域レベルで受けることができる。都市の大病院に依存する場面は残るものの、日常的な医療へのアクセスは農村でも確保されている。
こうした制度をつないでいるのが公共交通、とりわけバス網である。スリランカでは、山間部や農村地域の奥地までバスが走っており、乗客が少なく採算が厳しい路線も維持されている。政府の補助金によって運行が支えられ、低運賃のまま移動が可能になっている。バスは都市へ向かうための手段であると同時に、農村に住みながら教育・医療・仕事・市場へアクセスするための基盤でもある。都市へ行くことは、必ずしも都市へ移り住むことを意味しない。重要なのは、必要なときに都市に行けることである。このような条件のもとで、スリランカの農村は都市への移行途中にある空間ではなく、生活が継続する場として成立している。
筆者は2018年以降、スリランカ中部州マータレー県ヤタワッタで調査を行ってきた。中心地コロンボからバスを乗り継いで約6時間の山間部に位置するが、住民の生計は農業のみに依存しているわけではない。公務員、教員、軍・警察職員、工場労働者、自営業、海外出稼ぎなど、多様な収入源が組み合わさっている(図3、写真1)。
図3 ヤタワッタの場所。
スリランカの中心部あたりに位置する

写真1 農村にあるさまざまな仕事。左から、所有する水牛を連れて近隣の水田を耕す仕事。自宅の庭で収穫したヤシの実から菓子を作り収入を得る。織物を商品化する仕事

この地域を歩くと、目に入るのは、小さな商店の集積である。「カデ(kade)」と呼ばれるこれらの店では、米、砂糖、茶、掃除用具から調理器具まで幅広い日用品、石鹸やシャンプーの小袋などの日常品が並ぶ(写真2・3)。顔見知りの店では、ツケ払いもでき、店と人々の距離も近い。都市のスーパーのような規模や品揃えはないが、生活に必要なものはひととおり揃う。足りないものがあれば、バスに乗って近隣の町へ行けばよい。
写真2・3 村内にあるカデ。規模は小さいが、日用品のほとんどが揃っている。鍋、掃除用具、菓子、バナナ、米、冷凍食品、文房具までと品揃えは豊富

約50世帯への聞き取りで繰り返し聞かれたのは、「必要なものはある」という認識だった。シンハラ語で 「pahasukam ati」 と表現されるこの言葉には、単なる満足ではなく、生活がその場所で成立しているという感覚を含んでいる。都市と農村は断絶しているわけではない。日常的な行き来によって、ゆるやかにつながっている。農村は閉じた世界ではなく、外部とつながる生活空間となっている。
また、多くの住民が都市への移住を強く望んでいるわけでもない。2世帯を除いた48世帯が都市部への移住ではなく、農村での継続的な暮らしを望んでいた。自然の近さ、空間の広さ、地域関係の安定性、それらはしばしば 「nidahasa(自由・快適さ)」という言葉で表現される。農村は「仕方なくいる場所」ではなく、「選びうる生活の場」となっている。このように見ると、スリランカの農村人口の持続性は単一の政策によるものではなく、制度、インフラ、生活実践が重なり合うことで支えられているのである。これこそがスリランカの農村開発の特徴である。
5 農村の持続可能性から考える発展の条件
本稿は、スリランカの農村開発を手がかりに、経済成長、都市化、発展の関係を再考してきた。一般的には、経済成長は都市化を伴い、都市化は発展を測る重要な指標の一つとして用いられてきた。この理解は広く共有されており、政策や分析においても実質的な意味を持っている。その一方で、本稿が示そうとしたのは、こうした理解が不十分であるという単純な否定ではない。問題は、経済成長や都市化といった指標が発展理解の中でどのように結びつけられ、その結果、何が見えやすくなり、何が見えにくくなってきたのかにある。
スリランカの経験は、その点で示唆的である。同国では一定の経済成長と社会変化が進む一方で、長期にわたり農村人口が維持されてきた。それが都市化の遅れとして単純には説明できない。そこには、食料政策、教育、医療、公共交通といった複数の制度が重なり合い、農村での生活を可能にする条件が結果として形成されてきた。
農村に住み続けることは、都市に移動できないことの結果ではない。必要に応じて都市へアクセスできるインフラが整っていること、そして地域の中で生活が成り立つことと組み合わせて支えられている。この意味で、スリランカの農村は都市と切り離された空間ではなく、都市と日常的に接続された生活圏として存在している。
本稿ではこの状態を「意図せざる持続性」として捉えた。それは、異なる政策領域がそれぞれの目的に基づいて実施された結果、農村に暮らすことを継続可能にする条件が形成されてきたということである。
この視点は、発展をめぐる理解にも一定の再考を促す。発展とは、単に所得の増加や都市化の進展として把握されるものではない。人びとがどこに住み、どのような資源やサービスにアクセスし、生活を組み立てられるのかという条件の総体として理解する必要がある。スリランカの事例は、都市化が進むこと自体を問題化するものではない。同時に、都市化が進むか否かという二分法を強調するものでもない。都市へ移動することと、農村に住み続けることの双方が、一定の条件のもとで選択可能になっているかどうかである。
都市の持続可能性を考えることは、都市内部の制度設計だけでは完結しない。農村における生活条件がどのように維持されているかという問題と、不可分に結びついている。農村での生活が困難であればあるほど、人びとの移動は都市へと集中せざるをえない。
最後に再び「グローバル・サウス」という概念に戻りたい。この言葉は、単なる地理的分類として理解されるべきではない。同時に、それは発展をめぐる既存の見方を問い直すための手がかりとしても用いられうる。ただしその際重要なのは、この言葉を新たな固定的カテゴリーとして再び用いることではなく、何が発展とみなされ、どのような経験がその枠組みの中で中心化されるのかを問うことである。
スリランカの農村開発が示しているのは、都市/農村、成長/停滞といった単純な区分では捉えきれない発展のかたちである。発展とは、都市へ移動することなのか。豊かさとは、所得や消費の増加だけなのか。持続可能性とは、都市を効率化することだけなのか。スリランカの経験は、こうした問いを改めて突きつけている。そしてそこから見えてくるのは、どこに住んでいても、教育・医療・移動・生活基盤への一定のアクセスが保障され、人びとが生活を組み立てられる社会のあり方である。
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