2026.3 MARCH 73号

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REPORT & NETWORK

「第20回国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)運営会議及びシンポジウム」の日本開催の成果
農林水産省 農村振興局 整備部 設計課 海外土地改良技術室 課長補佐 藤本 敏樹

1 はじめに

 2025年11月12日から14日まで、滋賀県大津市において、「第20回国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)運営会議及びシンポジウム」(以下、「本会合」という)がINWEPF日本(農林水産省農村振興局)及び滋賀県の共催で開催された(写真1)

写真1 シンポジウム開催

写真1 シンポジウム開催

 2018年の奈良大会から7年ぶりの日本開催となった本会合には、15カ国(バングラデシュ、カンボジア、エジプト、インド、イタリア、日本、ケニア、韓国、ラオス、マレーシア、ネパール、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナム)及び3つの国際機関「国際連合食糧農業機関(FAO)、メコン河委員会(MRC)、国際水管理研究所(IWMI))の政府関係者・研究者(約50名)と、国内の学識経験者、行政関係者、企業関係者、関連団体(国際協力機構(JICA)、農業・食品産業技術総合研究機構、水資源機構、海外農業開発コンサルタンツ協会(ADCA)等」、大学生等、200名を超える方々が参加し、「INWEPF20年の歩みと今後の展望~効率的かつ環境に配慮した水田農業の展開を通じた、強靭かつ持続可能な農林水産業と食料システムの実現へ~」をテーマに、各国の取組紹介及び活発な議論が行われた(図1)

図1 INWEPFメンバーと連携機関

※グレー着色範囲がメンバー国

図1 INWEPFメンバーと連携機関

 本稿では、第20回目の節目の会議を迎えたINWEPFの20年の歩みを振り返りつつ、本会合の概要と主な成果を報告する。

2 INWEPF20年の歩み

 INWEPF(イネップ)は、International Network for Water and Ecosystem in Paddy Fieldsの略称で、第3回世界水フォーラム(2003年)の一環として開催された「水と食と農」大臣会議を契機とし、「食料安全保障と貧困軽減」、「持続可能な水利用」、「パートナーシップ」の3つの目標達成に向けて、我が国(農林水産省)主導で2004年に設立された国際ネットワークである。

 加盟国は、設立当初、アジアモンスーン地域を中心に水田農業を営む13カ国で発足し、2005年にはエジプト、ミャンマー、2006年にはフィリピン、ラオス、2024年にはイタリア、ケニアが加盟するなど、欧州、アフリカ等の国々にもネットワークが拡大し、現在は19カ国が加盟している。

 INWEPFは3年に1度開催される世界水フォーラムでの効果的な情報発信を目指し、3年毎のフェーズ戦略を掲げ、運営会議・シンポジウム等を開催してきた。議論の変遷を見ると、設立当初の議題(効率的かつ持続的な水利用、多面的機能、参加型水管理等)に加え、気候変動対策、食料安全保障、SDGs、生態系サービス、カーボンニュートラル、自然を基盤とした解決策「Nature-based Solutions(NbS)」等が議論の中心に置かれるなど、社会・経済・環境状況の変化に応じてテーマ設定がなされ、ネットワーク内での技術・知見の共有、世界水フォーラムやアジア・太平洋水サミット等を通じた国際社会への発信が継続されてきた(図2)

図2 INWEPF活動経緯

図2 INWEPF活動経緯

 また、過去の運営会議、シンポジウム、ワーキンググループ(WG)等で各国から報告された成果や優良事例を整理した結果、多くの取組が、SDGs目標2「飢餓をゼロに」、同6「安全な水とトイレを世界中に」、同13「気候変動に具体的な対策を」、同15「陸の豊かさも守ろう」、同17「パートナーシップで目標を達成しよう」等、幅広いSDGs目標へ貢献しており、INWEPFが世界の水田農業・水環境に係るプラットフォームとして重要な役割を果たしてきたことが確認された。

 一方、設立後約20年が経過し、世界人口の増加、気候変動の影響等により、長期的な食料需給のひっ迫が想定され、持続可能性の観点から自然環境への配慮が求められる中、加盟国は、都市化及び都市への人口流出に伴う農村人口・農業者の減少、気候変動に伴う異常災害の激甚化・頻発化、農業水利施設の老朽化等、変化する様々な課題への対応が求められている。このため、本会合では、水田かんがいが持つ多様な機能や水利用特性、包括的な水利用効率の評価の重要性を再認識しつつ、特に重点的に取り組むべき方向性の共通認識を深め、INWEPFの活動成果を国内外へ積極的に発信し、水田農業のポジティブな側面への理解の醸成を図ることを目的とした。

3 会合の概要

(1) シンポジウムの成果

 開会式では、INWEPF紹介動画の放映、農林水産省農村振興局の青山健治次長による開会挨拶に続き、滋賀県から世界農業遺産「琵琶湖システム」に係る動画放映、滋賀県の東勝副知事による挨拶が行われ、国際かんがい排水委員会(ICID)会長のMarco Arcieri氏が来賓挨拶した。この他、会場前で民間企業によるスマート水管理機器等のブース展示が行われた。

 基調講演では3名が登壇した。「尾木ママ」として広く知られ、農林水産省の農地・水保全管理支払交付金第三者委員会の委員も歴任した、滋賀県出身の有識者である尾木直樹氏(教育評論家・法政大学名誉教授)は、「農業が育てる力」と題し、自身の農業との関わり(幼少期の農作業手伝い、大学時代の農村問題研究、教員時代の生徒への農業体験の実施)、農業体験が多い子ほど自己肯定感が高いこと、2020年熊本豪雨災害を経て高校生たちと「田んぼダム」の実践に取り組んだこと、農業が持つ教育力・魅力を発信する重要性等を講演された(写真2)

写真2 「尾木ママ」による基調講演

写真2 「尾木ママ」による基調講演

 かんがい排水や流域水循環の管理などを専門とする京都大学大学院農学研究科の中村公人教授は、「水田農業の地域主体の水管理~環境保全と気候レジリエンスの強化に向けた戦略的アプローチ~」と題し、琵琶湖流域での排水再利用による水質保全や、ローテーションかんがいによる節水効果、ベトナムにおける間断かんがい(AWD)によるメタン排出削減の事例を紹介し、地域組織による水管理が環境保全と気候変動への適応・緩和に重要な役割を果たし得ること、水管理組織の維持・強化に向けた制度設計が今後一層重要になり得る旨を講演された。

 国際機関・メコン河委員会(MRC)のトップを務めるBusadee Santipitaks CEOは、「メコン河下流域における農業の課題と今後の対応」と題し、メコン河流域の農業が直面する課題、日本との共同事業(魚道の設計・施工指針作成、地下水の利用・管理指針作成、AWDの技術指針作成等)の進捗、今後のINWEPFとの共同研究や政策協調の強化について講演された。

 各国からの取組発表では、冒頭、鳥取大学農学部の清水克之教授が、「INWEPF20年の進捗と今後の展望」と題し、上述したこれまでの歩みや本会合の主旨について発信し、滋賀県からは、「琵琶湖と共生する持続可能な水田農業のシステムと歴史」と題し、世界農業遺産「琵琶湖システム」を中心とした持続可能な水田農業の取組が紹介された。続いて、韓国、マレーシア、FAO、ベトナム、ラオス、エジプト、スリランカから、かんがいインフラの更新、気候変動適応・緩和策としてのAWDの推進、持続可能な水管理とスマート農業などの事例が発表された。

 ラップアップでは、京都大学の渡邉紹裕名誉教授(ICID名誉副会長、ICID日本国内委員長)が、各国の取組紹介を踏まえ、水田農業は生態系サービス、文化、景観の維持、コミュニティの強靭化に極めて重要な役割を果たすことを再認識したこと、気候変動の影響、食料安全保障への懸念に直面する中で、水田が持つ多様な機能は益々重要となっていること、INWEPFは価値の高い役割を果たしており、この強化は複雑な課題へ対応していく鍵となること、ICID等他の国際機関との更なる連携に期待する旨等を総括された(写真3)

写真3 京都大学の渡邉名誉教授による総括

写真3 京都大学の渡邉名誉教授による総括

(2)運営会議・ワーキンググループの成果

 2025年9月のICID世界かんがいフォーラム(マレーシア)におけるINWEPFサイドイベントの報告、年間行動計画(2025~2026)の承認等に続き、東京大学大学院農学生命科学研究科の乃田啓吾准教授が、「INWEPF20年の成果~SDGsの下で多面的機能から生態系サービスへ~」と題して、これまでの各国の取組が多様なSDGs目標へ貢献していることを紹介し、滋賀大学経済学部の松下京平教授は、「地域・産業間における水資源の最適配分による持続可能な農業の実現」には、労働、資本、エネルギー等の多要素を考慮した包括的な枠組みが重要である旨等を指摘された。日本水フォーラム(JWF)の朝山由美子チーフマネージャーから2027年3月にサウジアラビア・リヤドで開催予定の第11回世界水フォーラムの概要について紹介された(写真4)

写真4 運営会議開催

写真4 運営会議開催

 続いて、3つのワーキンググループ(WG1:多面的機能とFVCの強化、WG2:気候変動に対応したかんがい排水システムの近代化、WG3:水利用効率・水生産性の向上)が開催された。日本がリード国を務めるWG3では、近畿大学農学部の松野裕教授が議長となり、10カ国・機関が取組事例等を発表するなど、各WGとも活発な発表と議論が行われ、運営会議で各WGの議長から結果報告された。

 更に、参加国による決意表明である「滋賀宣言」の議論なされ、次回(第21回)INWEPF運営会議開催地(韓国・安山市、2026年12月頃)の採択がされた。

(3)現地視察の実施

 INWEPF活動目標の「食料安全保障と貧困削減」及び「持続可能な水利用」の観点から、「日野川第一揚水機場」及び「琵琶湖博物館」(魚のゆりかご水田の展示等)を視察し、参加者から高い関心が寄せられた(写真5)

写真5 「日野川第一揚水機場」視察

写真5 「日野川第一揚水機場」視察

4 「滋賀宣言」の採択

 運営会議では、「滋賀宣言」が議論され、後日各国との調整を経て採択された。この「滋賀宣言」は、水田農業の価値と役割を次世代へ引き継ぎ、持続可能な社会の実現に貢献するというINWEPFの決意表明であり、今後の持続的な水田農業の発展に向けた取組指針と位置付けられた。「滋賀宣言」では、世界情勢の変化として、長期的な食料需給のひっ迫、自然環境等への配慮の社会的要請、農村人口・農業者の減少、気候変動に伴う異常災害の激甚化・頻発化、農業水利施設の老朽化等、様々な課題への対応が求められていることの他、水田かんがいが持つ特性として、高い人口扶養力、グリーンインフラとしての多様な機能、畑地かんがいとは異なる水利用特性を有すること等が認識された。その上で、各WGのテーマに沿って以下の①〜③に重点的に取り組むことにした。

①食料安全保障の確保に向けた、バリューチェーン全体での生産性向上、農林水産業全体での持続的な食料供給(具体策:農業に加え、水源を守る森林保全、水田等を活かした漁業との共生、流域水管理)

②気候変動適応策に加え、緩和策の推進(具体策:持続可能な水源確保・管理、かんがい排水システムの近代化、既存インフラ活用の最適化、統合水資源管理を通じた流域管理等の適応策、AWD、再エネ導入等の緩和策)

③水利用効率の向上に加え、地域間の水の価値や水利用の相違、水田農業が持つ多面的機能等の特性を踏まえた、適切な農地・農業水利施設の整備・保全管理(具体策:湿潤地域と乾燥地域における水の価値や水利用の相違、洪水抑制、地下水涵養等の多面的機能等の理解促進、水・エネルギー・食料のネクサスに係る議論の推進)

5 おわりに

 本会合は、約20年前、INWEPFの設立に繋がった「水と食と農」大臣会議が開催された滋賀県大津市で行われ、INWEPFの歴史と活動を振り返り、現在の立ち位置、今後の目指すべき姿の共通認識を深める最良の機会となった。

 本会合では、鳥取大学の清水教授、東京大学の乃田准教授、滋賀大学の松下教授から、幅広いSDGs目標へ貢献してきた歩み、水田かんがいが持つ多様な機能、包括的な水利用効率の評価の重要性等を、例年のWGでの発表ではなく、多数の関係者が参加するシンポジウムや運営会議で発表頂いた他、今後の取組指針となる「滋賀宣言」の策定・採択を行ったことで、加盟国間のINWEPFの取組や水田農業の特性へのより一層の理解の醸成や協調した発信に向け、一定の成果が得られたものと考える。

 更に、国内での知名度が高い尾木名誉教授の登壇や、開催地・滋賀県からの琵琶湖と共生した持続可能な水田農業のシステムに係る紹介(会場は琵琶湖に隣接)があったこともあり、大学生等を含めた多数の国内参加者による、INWEPFの活動、農業・農村の多面的機能、農業農村整備等への理解が深まったものと考えている。

 今後は、このような成果を踏まえ、「滋賀宣言」を、現行の第7フェーズ戦略に掲げる「より強靭で持続可能かつ生産的な水田農業の発展」に向けた取組指針とし、2027年3月にサウジアラビアで開催される予定の「第11回世界水フォーラム」に向けて、各国・機関とより一層連携し、国際社会へ積極的に発信を継続し、水田農業のポジティブな側面への国際的な理解醸成を図ってまいりたい。


※本会合の開催にあたり、共催頂いた滋賀県の皆様には、多大な御尽力を頂きました。心より感謝を申し上げます。


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