2026.3 MARCH 73号
REPORT & NETWORK
1 はじめに
現在、地球規模での気候変動、人口爆発に伴う食料需要の拡大、水資源の枯渇や土壌劣化といった課題は、一国の努力だけでは解決できない段階に達している。農学は、食料・水・エネルギー・環境が交差する地球規模の複合課題に対応する学問分野であり、国際協力とグローバル人材育成の両面で極めて重要な役割を担っている。そのため、科学としての農学の発展に加え、大学、国際機関や政府機関との連携を通じて研究成果を現場へ適用し、社会実装へとつなげることが求められている。
日本の農学系学部が国際協力において果たし得る大きな役割の一つは、日本型農業の特性を活かした協力モデルの提示である。日本の農業は、限られた土地資源、高い人口密度、多様で変動の大きい自然条件の下で発展してきた。その結果、水管理、土壌管理、作物生理、病害虫防除などにおいて、精緻で現場適応的な知見と技術体系を蓄積してきた。こうした特性は、アジアやアフリカの小規模農家が直面する課題と高い親和性を持つ。また、農業のスマート化や気候変動適応型農業の推進が進む中、低コスト化や水・土管理において日本の果たせる役割は大きく、日本の農学系学部は、「現場に根ざした科学」に基づく国際協力の中核を担う存在である。
農学分野では、自然環境・生産活動・人間社会が密接に結びついており、現場を理解する力と科学的分析力を往復できる能力が不可欠である。海外フィールド実習や国際共同研究を通じて学生が学ぶのは、異文化理解だけでなく、不確実性の高い環境下での観察力、データの解釈力、利害関係者との対話力である。こうした経験は、将来研究者として国際的に活躍する人材のみならず、行政、国際機関、企業などで実務に携わる人材にとっても極めて重要である。農学系学部は、研究技術者などと実践の距離が近いという特性を活かし、他分野にはない独自の価値を提供している。一方で、農学分野における国際協力は、長期的な信頼関係の構築を基盤とする。共同研究、長期フィールド観測、高度人材育成といった取り組みは、政治情勢の変化を超えて継続されることが望ましく、人的ネットワークとして将来にわたって機能する。日本の農学系学部は、国際機関とも連携し、研究を媒介とした信頼醸成を通じて、学術を基盤とする国際関係の安定化に貢献している。
さらに、国際協力やグローバル人材育成を通じて得た知見は、国外に向けられるだけでなく、日本社会に還元されるべきである。気候変動への適応、農山村の持続性、食料安全保障、自然災害への対応といった課題は、日本国内でも重要性を増している。海外で得られた多様な経験は、日本の地域課題を相対化し、新たな視点や解決策をもたらす。また、留学生と日本人学生が共に学び、議論し、フィールドに立つ教育環境は、将来の社会を支える多様性と包摂性を育む。そのためには、単なる学生の派遣・受入に留まらない、学術ネットワークと人的交流を高度に統合した国際戦略が不可欠である。東京農工大学農学部(および大学院農学府・連合農学研究科)では、これまで培ってきた国際共同研究の基盤と、学部におけるAIMS(ASEAN International Mobility for Students)や大学院での高度人材育成等の教育プログラムを軸とした、次世代のグローバル人材を育成する取り組みを進めている。本稿では、本学の国際協力の現状と今後の展望について述べる。
2 国際共同研究の動向:研究の「広がり」と「厚み」
東京農工大学(以降、農工大)の国際協力やグローバル高度人材育成の基盤を支えるのは、教員が実施する「研究活動」である。これまで、本学の国際共同研究は多国間・二国間の枠組みを越え、企業や海外の研究機関との連携を深化させてきた。農工大は、国際共同研究を「学術的な知の創出」から「現場での実装・人材育成・社会的価値の創出」までを一体で進め強化してきた。特に農学系の研究領域では、地球規模の食料安全保障、環境・資源制約、持続可能な農業生産などの社会課題の解決に向けた協働が活発化している。
農工大の国際共同研究は、社会・政策ニーズと研究成果の社会実装を意識した研究が特徴であり、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)の協働で推進される国際共同プログラムSATREPS(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)、やJICAによる科学技術協力プログラム、JSTによる多国間科学技術協力プログラム(e-ASIA JRP)などの制度を効果的に活用している。農工大では2026年1月現在、ペルー・セルバ地域におけるバナナ萎凋病(パナマ病)への対策のSATREPSプロジェクトで代表機関として採択されており、人材育成の観点からも貢献している。
また、農工大はJICAとの連携を通じ、SATREPS以外にも研究者・学生交流、現地技術支援、協力隊との連携など幅広い枠組みを活用している。2024年には、JICA海外協力隊との連携事例として、農工大とJICAが取り組むウズベキスタンにおける農業技術向上支援プロジェクトが始まった。このプロジェクトでは、協力隊員の派遣を通じて現地農業技術の改善と大学間研究交流を推進しており、農工大教員・学生の関与が期待されている。こうした取り組みは、現地の農業現場と研究・教育をつなぐ“ラーニングループ”として機能しており、学術研究だけでは得られない現場知の蓄積と即時の社会貢献につながる活動基盤を形成している(写真1)。
写真1 ウズベキスタン協力隊員の現地での様子


e-ASIA JRPは、東アジアサミット参加国間の多国間科学技術協力プログラムであり、3カ国以上を含む共同研究を推進するための枠組みである。農学・食料分野を含む多様な領域に対応し、研究開発力強化と地域共通課題の解決を目的としている。農工大はこのプログラムに積極的に関与しており、農業(食料)分野の共同研究課題の形成・応募・推進に向けた動きが進んでいる。例えば、2025年には、e-ASIA採択課題として日本(農工大が代表)、インドネシア、タイと間断灌漑による水田からの温室効果ガス削減に関する共同研究が開始されており、農工大の国際ネットワークを多国間で強化する動きとして期待されている。e-ASIAプログラムは、単一国間協力ではなく、東南アジア・東アジア地域全体の共通課題に対応する共同研究基盤であり、農工大はこの枠組みを通じて、農学・食料安全保障・環境保全といった地域共通課題に研究リーダーとして参画している。
JSPS(日本学術振興会)等の二国間交流事業を活用した「協力プラットフォーム」の形成も活発である。農工大ではアフリカ・アジア地域に限らず欧州地域とも国際共同研究を展開している。これらの事業は、研究費の獲得だけでなく、若手研究者の現地調査や共同論文発表の機会を創出しており、持続的なネットワーク形成に寄与している。競争的研究資金に基づく研究プロジェクト以外にも、農工大は大学間MOUに基づく二国間共同研究・研究者交流、合同セミナー、共同指導、学生交換といった活動を継続的に展開している。これらの交流は、大型共同研究の芽の形成やネットワーク深化に役立っている。
農学系、特に農業農村工学分野は、農工大の国際共同研究の中核的領域の一つである。この分野は、灌漑排水・水資源管理・土壌保全・農地インフラ設計・農村防災・気候変動適応に代表されるように、現場の暮らし・生産と直結する工学的課題を扱う。また、データ駆動型スマート農業、リモートセンシング、IoT/AIによる精密農業など、最新技術を活用した農業生産の効率性・持続性向上を図る研究も含む。国際共同研究の現場では、圃場レベルから地域インフラまでの技術実装と、現地研究者・技術者の育成・普及体制構築が組み込まれており、農業農村工学の視点が全面的に求められている点が際立つ。
3 教育プログラムの戦略的展開
研究成果を教育に還元しグローバル高度人材を育成するため、農工大では正規生や非正規生としての留学生の受入のみならず、学生が国際的な舞台で活躍するためのスキームとして、AIMS(ASEAN International Mobility for Students)プログラムが重要な役割を担っている。
(1) 留学生の受入
農工大では2025年度現在388名の外国人留学生が学んでいる。うち、私費留学生が294名、国費留学生が85名、政府派遣留学生が9名となっている。最近5年は毎年おおむね400名弱の留学生が学んでいる(図1)。農学部・農学府・連合農学研究科ではおおよそ200名の留学生が学んでおり、このうち連合農学研究科の博士課程は80名弱である。農工大は全学生数が6,000人弱であり、留学生はおよそ6~7%を占める。農学部・農学府・連合農学研究科での国別受け入れ人数では、中国が最も多く、次いでインドネシア、ベトナム、エジプトと続く。地域別では、アジアが最多で、次いでアフリカで、この2地域で95%以上を占める。他大学の農学系学部や大学院でも同様の傾向があることが推察されるが、農学分野で中心的な、食料・水・土壌・環境といった分野はアジア・アフリカ諸国が直面する食料安全保障、水不足・干ばつ・洪水、土壌劣化・土地劣化などの喫緊の社会課題と強く結びついていることが要因であろう。
図1 2020年から2025年における東京農工大学の外国人留学生の推移

東京農工大学大学院連合農学研究科(以降、連大)は、2025年に創立40周年を迎えた。創立当初より農工大、茨城大学、宇都宮大学を構成大学として、博士課程を連携して運営し、これまでに2,000名を超える博士号授与者を輩出し、そのうち約700名が留学生である。特にインドネシアなどでは、かつて連大で学んだ学生が母国に戻りキャリアを積み、大学や研究所で要職に就くようになり、彼ら、彼女らの推薦で次の世代の留学生が連大で学ぶという好循環も生まれており、非常に強い関係構築ができている。直接目に見えるものではないが、我が国の国際貢献の観点からの貢献はとても大きいと考える。
(2) AIMS:ASEAN諸国との相互受入
農工大では、グローバルな協働を担える人材を育成することを目的として、2014年度から双方向型の学生交換プログラムとして「ASEANにおける持続可能な食料生産、技術革新、地域開発を担う次世代リーダーの育成」を目的としたAIMSを本格的に実施している。AIMSプログラムは、文部科学省の「グローバル人材育成推進事業」の一環として、2014年に農工大、東京都立大学、茨城大学の3大学によるコンソーシアムにより開始された。特徴は、相互の教育の質保証と英語の授業を通した単位互換、そして相互の派遣・受入のバランスにある。
東京農工大学農学部では、これまでボゴール農科大学(インドネシア)、ガジャ・マダ大学(インドネシア)、カセサート大学(タイ)、フィリピン大学ロスバニョス校(フィリピン)、プトラ大学(マレーシア)、マーラ工科大学(マレーシア)等協定校から年間10~15名の学生を受け入れ、本学からは10~15名の学生を派遣している。受け入れ、派遣ともに単位取得を目的として、1セメスターの期間、受け入れ先または派遣先で滞在する。受け入れ期間には、英語開講科目、研究室所属、日本語・日本文化クラスを組み合わせた個別の学修計画を提供している(写真2)。一方、派遣先では、授業科目を受講しながら、現地での文化体験や学生との交流を通して、自国の文化だけでなく、相手国文化を、敬意をもって(学び、共に理解する姿勢を)学ぶ機会を得ている。また、1セメスタでじっくりと現地に滞在し、日常生活や学びを共にすることを通じ、国や文化の垣根を越えた、かけがえのない友情を育むことができる点も、本プログラムの大きな魅力の一つである。なお、本学には、国際交流に関心を持つ学生および留学生を中心とした、150~200名規模のバディクラブ(サークル)がある。このクラブでは、留学生の来日時における日本および本学での生活への定着を支援するとともに、各種イベントや定例のグローバルカフェ等を通じて、学生が自らの海外渡航に向けた情報収集を行い、視野を広げ、国や文化の垣根を越えた友情を育み、日常を共に楽しむ仕組みが整えられている。さらに、農工大では、工学部においても同様のセメスター派遣・受入プログラムを実施しているが、ASEAN諸国だけでなく、ドイツやオランダなどのヨーロッパの協定大学との交流も実施している。
写真2 AIMS受入生と東京農工大学生との交流の様子

AIMSプログラムを通したセメスター受入で、農工大での研究や学び、学生同士のつながりを通じて本学の教育・研究環境に親しんだ学生が、再び国費留学生として本学大学院に戻り、修士課程や博士課程において学びをさらに深める例も見られる。これは連大同様、長期間にわたって大学がコミットする形で本制度を継続してきたことが、特に人材育成の観点から国際貢献の成果として花開いているといえる。
なお本学では、海外渡航が初めての学生にも参画しやすいよう、初心者から中上級者までを対象とした多様な短期派遣研修プログラムを用意している。例えば、タイ、ニュージーランド、ブルネイ、ベトナムなどにおいて、熱帯農業や循環型社会、少数民族や異文化について学ぶ機会を提供している。こうした研修を通じて得られる自信や視野の広がり、新たな自己発見が、その後のより長期の海外留学へとつながっている。さらに大学院では、研究留学やダブルディグリープログラムなども整備しており、本学で修士号を取得すると同時に、ガジャ・マダ大学(インドネシア)など提携校で修士号を取得することも可能である。
4 今後の展望:国際農業農村開発における大学の役割と農工大の位置づけ
国際農業農村開発の現場では、近年、技術単体の導入や短期的成果を重視した協力から、地域の自然条件・社会条件に根ざした持続的な仕組みづくりへと重点が移りつつある。気候変動の影響が顕在化する中で、水資源の不安定化、土壌劣化、農村インフラの脆弱性は、食料生産のみならず地域社会の安定そのものを左右する課題となっている。
こうした状況において、大学に求められる役割は、先端的な研究成果の提示にとどまらない。すなわち、現地の課題を科学的に把握し、技術として設計し、運用・維持管理までを見通した形で人材と制度に落とし込むことである。農工大がこれまでSATREPSやJICA関連事業を通じて取り組んできた国際共同研究は、この点において一定の実績を積み重ねてきた。
とりわけ農業農村工学分野は、国際農業農村開発の中核を担う分野である。灌漑排水、圃場整備、土壌・水管理、農村防災といった基盤的技術は、農業生産性の向上のみならず、地域のレジリエンス確保に直結する。農工大では、これらの分野において、現地観測に基づくデータ取得、数値モデルや設計技術による解析、さらに社会実装を意識した技術パッケージ化を一体的に進めてきた。これは、単なる技術移転ではなく、現地研究者・技術者と共に考え、共に設計し、共に運用する「共創型協力」である。
今後の国際農業農村開発においては、SATREPS、JICA草の根技術協力、e-ASIAといった複数の協力スキームを、個別に活用するのではなく、人材育成を軸に有機的に接続する視点が一層重要になる。学部・大学院段階での国際教育、国際共同研究を通じた若手研究者の育成、さらに現地での実装や行政・普及機関との連携を担う人材の定着までを、一つの流れとして捉える必要がある。大学は、この長期的な人材循環を支える知的基盤として機能することが期待されている。
5 おわりに
本稿で概観したように、農工大農学系における国際共同研究と人材育成の取り組みは、研究・教育・社会実装を分断せずに進めてきた点に特徴がある。特に農業農村工学分野は、水・土・農業インフラという普遍的課題を扱う分野であり、国や地域を越えて共通する課題解決の基盤を提供してきた。国際農業農村開発の現場では、優れた技術であっても、現地条件に適合し、運用・維持管理されなければ持続しない。
農工大が国際共同研究や人材育成通じて培ってきた経験は、研究成果を論文として残すだけでなく、現地の研究者・技術者・行政担当者が自立的に課題解決を担える体制づくりに重きを置いてきた点に意義がある。これは、国際農業農村開発において大学が果たし得る役割の一つの到達点を示しているといえる。今後も、農工大は、水・土・食料・環境を軸とした国際協力を通じて、現場に根ざした科学と人材育成を積み重ねていく。その積み重ねこそが、国際農業農村開発の質を高め、地域社会の持続可能性に長期的に寄与する基盤となることを期待したい。