2026.3 MARCH 73号
OPINION
1 はじめに
去る2025年は、第二次世界大戦の終結と国際連合の創立から80年を迎え、開発協力に携わる人々にとり大きな節目の年であった。加えて、JICA海外協力隊も発足から60周年となり、その記念すべき歩みが盛大に祝賀された。ひるがえって、開発コンサルタントの歴史はどうか。戦前から活動する老舗企業も存在するが、我が国がコロンボ・プランに加盟した1954年を日本の国際協力の始まりととらえれば、開発協力事業に専門的サービスを提供する開発コンサルタントも同じだけの期間、すなわち70年余りの歴史を有すると言えよう。
この長い歩みの中で、開発協力の姿も、それに従事する開発コンサルタントや海外協力隊のあり方も、様々な変遷を遂げてきた。時代や世相は、開発協力業界で働く人々のプロフィールにも敏感に反映される。求められる人材像、その需給の状況、またしかりである。本稿では、海外協力隊OBであり開発コンサルタント企業経営者である筆者自身の体験も交えつつ、多様な人材が開発協力業界で活躍できるための条件および幾つかの提言を示したい。
2 開発コンサルタント業界の人材
明確な定義や統計は無いが、我が国の「開発コンサルタント」の総人数について、一説には3千名から4千名程度と言われる(一般社団法人海外コンサルタンツ協会(ECFA)調べ)。これには、ODAを中心とする海外開発協力事業を専業・主業としている企業に限らず、日本国内の公共事業等におけるコンサルティングやエンジニアリングを手掛ける企業の海外部門も含まれる。また、技術者を支える事務、システム、バックオフィス等の部門も重要な存在であるが、上記の人数には含まれていない。
やや乱暴になることを承知で、海外開発コンサルタント業界における人材の特徴を挙げてみれば、①中途採用やセカンドキャリアの比重が高い、②外国籍要員の登用機会が(おそらく他業種よりも)多い、③技術経験を積んだベテラン・高齢者にも活躍機会が多い、④女性コンサルタントの活躍が(一昔前と比べた筆者の肌感覚では)一層進展している、⑤独立を含む柔軟なキャリア形成への志向が見られる、といった点が着目される。
コンサルタントが、年齢や実務経験の蓄積とともに増していく能力を、ステージに応じた立場・責務を踏まえて十全に発揮できる“ピーク年齢”は、一般に、海外業務の方が国内業務よりも遅い傾向にある。これは、JICA等のクライアントによるコンサルタント選定において実績が重視される評価方法の反映でもあるし、海外出張を伴う業務の性質上、同時に兼務できる案件数に自ずと限りがありプロジェクト経験の積み増し、技術力や総合力の涵養に一定の年数がかかる実態の現れでもある。このように“遅咲き型”の業界である一方、豊富な実績を有し円熟の域に達したベテランは、所属組織の定年制度の影響はあっても、技術力の維持・更新を怠らずかつ心身健康である限り、基本的にはリタイア年齢を定めず長く活躍し続けることが可能であることも、海外開発コンサルタントの特徴の一つに加えておきたい。
3 開発コンサルタントの多様なキャリア
新卒採用は学部卒・大学院修士卒が大半を占めており、近年は博士課程修了者や学位保持者を積極採用する動きも見られつつある。海外協力隊や社会人の経験を積んでからの修士号取得者や第二新卒者も、開発コンサルタント業界では受入れが一般的になっている。新卒採用者の場合、多くのコンサルタント企業に共通する課題が、初期育成のあり方である。社内に国内部門と海外部門を擁する場合は、国内部門で数年から十年程度の技術経験を積んだ後に海外部門配属とする例や、当初より海外要員として採用された者には国内部門(或いは国内事業を手掛けるグループ企業等)への出向として数年程度の技術経験を積ませる形が一般的であり、特にエンジニアリング系の企業ではこの育成ルートが多い。他方、海外業務に特有な、言い換えれば日本国内の業務には必ずしも汎用的でない分野・専門の場合には、若手育成の場を国内に求めることが難しく、海外OJTや自社負担での起用を含め、各社それぞれに知恵を絞り対応している。
キャリア採用者の場合は、開発コンサルタント経験者の業界内転職は別として、非常に多様なバックグラウンドを有する人材が参入している。筆者の知る範囲でも、ゼネコン、商社、銀行、メーカー、公務員(普及員や研究職)、教員、研修指導員、NGO、大使館、国際機関、そしてJICAなど、様々な職歴の方が開発コンサルタントを第二・第三のキャリアとして活躍している。特に、農業・農村開発分野においては課題範囲が多様なため、マルチタスクチームを組成して案件に当たることがしばしばあり、上記のような異業種出身者の経験、資格(例えば栄養士や獣医師も)、人脈が大いに活用されている。
どの職業にも当てはまるが、開発コンサルタントも、“なって終わり”“就職してあがり”ではない。職に就いた時がスタートである。業務経験を積みながら、専門性を深めつつ守備範囲も広げ、たゆまぬ自己研鑽を続けることが求められる。とりわけ海外業務では、技術力に留まらず、臨機の対応力と総合的な人間力を備えることが、優れた開発コンサルタントの条件の一つと言える。一人前になるための長いキャリアの途中に、短期でも他の職業や業務外のボランティア活動を経験してみることは、決してマイナスにならないと考える。キャリア形成については一直線上ではなく振幅をもった形で常に考えること、それを大袈裟に言えば生涯続けることも、開発コンサルタントの一側面と言えよう。
4 海外協力隊と開発コンサルタントの関わり
前述のとおり、JICA海外協力隊は2025年に発足60周年を迎えた。これまで99か国に累計57,671名が派遣され、職種は約180に及ぶ。男女比は累計だと55%:45%だが近年は女性の方が多くなっている(以上、「JiCA Magazine」2025年8月号より)。なお、海外協力隊の年齢幅は20歳から69歳までだが、以降の段では断りのない限り20歳~45歳の「青年海外協力隊」にフォーカスする。
隊員の帰国後の進路は、就職・復職、進学、起業・独立から、議員や国連ボランティア・地域おこし協力隊に至るまで様々であり、近年は日本国内への社会還元支援や起業支援にも力が入れられている。開発コンサルタント業界にとっても長年にわたり、協力隊経験者は人材の貴重な供給源となってきた。正確なデータは持ち合わせないが、筆者の感覚としては、開発コンサルタント企業の大多数において協力隊経験者が在籍し、活躍している(ちなみに筆者の属するNTCインターナショナル㈱では社員数の3割を占めている)。農業・農村開発分野に携わる企業では、隊員の職種として代表的なものを挙げると、食用作物、稲作、野菜栽培、土壌肥料、農業土木、農業機械、農産物加工、家畜飼育、コミュニティ開発(旧称:村落開発普及員)等である。
帰国後の進路として開発コンサルタント業界が志望される動機としては、国際協力や開発支援にプロとして現場レベルで携わり続けることへの希望や、専門力を隊員時代より向上させて高度な協力活動を提供できる人材になろうとする決意を、耳にすることが多い。派遣国で、開発コンサルタントと活動上の接点あるいは交流を持てたことがキッカケになったという例も存在する。業界側も応募を待つだけでなく、海外コンサルタンツ協会(ECFA)経由で現役コンサルタントを派遣前訓練所や帰国後進路セミナーに講師として送り業界の説明を行う活動や、個社レベルでは「協力隊サポーター企業」に登録する等、様々なアピールに努めている。
2020年から2023年に世界を襲ったコロナ禍は、海外協力隊にはとりわけ深刻な影響をもたらし、止むを得ない一斉帰国により歴史上初めて派遣中隊員がゼロ名になる事態となった。幸い、収束とともに徐々に派遣が再開され、2025年からは隊員が任期満了して帰国する正常なサイクルにほぼ戻っている。開発コンサルタント業界への就職ケースも再び聞かれるようになった。
開発コンサルタント業界が協力隊経験者の採用に前向きである理由として、従来は主に、不自由・劣悪な生活環境への耐性や、困難に立ち向かうエネルギー、そして(コンサルタント業務とは異なるものの)開発途上国への支援という括りで一定の経験・技術力を持つと見なせること、が挙げられてきた。これらは今も通用する理由であるし、いわゆる“内向き志向”が若い世代に広まる昨今にあっては一層貴重なメリットとも捉えられよう。しかし、不便への耐性や、語学力、採用後の即戦力性だけが協力隊経験者の強みではないと筆者は考える。業務のTOR遂行に対価を得るコンサルタントとは違い、要請時にセットされた大枠は存在するものの基本的には自らの考えと行動で仕事を切り拓いていくボランティアである協力隊員は、任地で数えきれない程の挫折や無力感、孤独感に直面する。また、現地の人々の生活に密着する中で、人生の諸相を(よそ者の視点ではあるが)好悪問わず目の当たりにする。こうした体験を逃げずに咀嚼し、消化不良を起こしても一旦のみ込み、時間がかかっても(時には何年も何十年もかかる)最終的に自分の血肉にできたと思えるまで向き合う能力、これこそが協力隊経験者の真価であり、開発支援事業やコンサルタント業を粘り強く続けていく上でも発揮される強みであろう。
5 筆者の体験:協力隊員から開発コンサルタントへ
この章では、筆者自身の歩みを振り返ってみたい。四半世紀前のことであるため、時勢に合わない面もあると思うが、一つのケースとして読者の参考になれば幸いである。
農学部にて土壌学研究室を卒業し、そのまま修士課程に進んだ筆者は、就職活動にあまり熱心な学生ではなく、漠然と研究職を進路に思い描いていた。指導教官の科研費プロジェクトにより西アフリカのマリ国で初めて海外土壌調査を経験し卒論にまとめたこと、博士課程の先輩に協力隊経験者がいたこと等に後押しされて、筆者も協力隊を受験し、修士課程修了の翌年から2年間、南米チリ国に派遣された。研究で土壌物理を扱っていたことや、農業開発全般について若者なりに考えるところがあり、職種は土壌肥料ではなく農業土木を選択した(経験不足を補うためJICAつくばセンターの補完訓練も受講)。
チリでは、年降水量500ミリ前後の半乾燥地にある沿岸農村の役場に配属された。日本人のボランティアが来る話は伝わっていたものの、明確な業務指示やカウンターパートは決まっておらず、机も別の職員と共同で、すべて手探りのまま始まり、何とか活動らしき形に持って行くまで半年かかったが、これは協力隊員には普通によくある話である。活動の軸は以下の3つに定めた。
(1)役場職員としてのマンパワー的な仕事(小規模灌漑の導入を望む生産者が農業省に申請する補助金のプロセス支援、および、村内の水利権の登録・更新に係る現場調査等)
(2)村内唯一の中等学校における実習圃場の改良整備
(3)ため池建設プロジェクト案の再発掘およびプレF/S(予備的実施可能性調査のきわめて初歩的な段階)
役場の同僚とは活動(1)を、学校の教員とは活動(2)を進めたが、活動(3)の実施にあたり心強い存在となったのが、たまたま同じ下宿に暮らしていたチリ人コンサルタントI氏である。
当時、任地の村を含むチリ中部沿岸半乾燥地域では、世界銀行の支援で貧困農村開発プロジェクト「Prodecop-Secano」が実施中であり、エリア毎に現場管理コンサルタントが常駐していた。筆者の任地を任されていたI氏は、幸いにも農業土木を専門とする個人コンサルタントであり、役場の近所にオフィスを構えて忙しく働いていたが、夜や休日には下宿先で一緒の時間を過ごしながら、世銀事業の仕組みや苦労、役場職員や議会・村長への接し方のコツなどを色々と教えてもらうことができた。無論、これらのことは随分と後年になってから頭の中で整理できたものであり、当時は彼のコンサルタントとしての立ち位置や役回りをきちんと理解できていたわけではない。
多くの協力隊員に共通の思いであろうが、任期中に何か一つ、まとまった形になる成果を残したいと筆者も考えた。役場や学校のマンパワー業務もそれなりに充実していて、変わったところでは10年に一度のチリ国勢調査に調査員として加わり、僻地の集落でインタビューを重ねて各家庭の実情をつぶさに知るといった機会にも恵まれたが、地球の反対側からはるばる来た身としては若干物足りなさを感じた。そのような中、かなり昔にFAOが支援した地域開発調査報告書に、村内のとある小河川に灌漑用ため池を建設するプロジェクトの構想が存在したことを知り、任期の後半はその再検討に注力することを決意した。とは言え、学生あがりで実務経験の無い筆者には、何から手を付け、どこまでのことをやって(移動手段は自転車であった上、自前の活動予算も持っていなかった)、どのような形でまとめるのか全てが未知であったし、役場同僚もそのような経験は有していなかったところ、I氏が多忙の合間を縫ってイロハの手ほどきを授けてくれたことが大きな助けとなった。
細部は割愛するが、河川流量データが存在しないため雨量から換算すべく首都の気象庁まで出向いてトレーシングペーパーに等雨量線図を写し取らせてもらったことや、ハンディGPSを持ち歩いて(吠え寄る犬を石で追い払いつつ)河床や山腹など数百点を位置同定し、苦心して地形モデルを作成したこと、満座の好奇心と半ば以上反対の雰囲気に包まれた住民集会を何とか開催し遂げたこと等は、特に鮮明な記憶として残っている。最終的には、拙いながらも報告書を村役場と、チリ政府の灌漑委員会に提出し、隊員活動を終えることができた。
先述のとおり、筆者は就職活動に大変疎かった学生であり、恥ずかしながら開発コンサルタントや建設コンサルタントという職業について殆ど何も知らなかった。しかし、チリでの協力隊活動と同宿人I氏を通じて、このように専門的な技術サービスをもって開発に貢献できる職業があることに目が開き、日本にもそのような企業が多数存在することを知って、帰国後は復学し研究者を目指すという考えを取り下げ、進路の筆頭に開発コンサルタントを据えた。実際には、帰国後にJICA広尾訓練所(当時)に何度か出向いて求人票のキングファイルをめくり、進路相談員のアドバイスも受けつつ連絡してみた会社の一つが関心を示してくれ、契約社員採用として開発コンサルタントの道に入ったという次第である。27歳での初就職であった。
6 接点の大切さ
協力隊経験者が開発コンサルタントに進んだ事例として、任国のコンサルタントを手本とした筆者のケースは、やや稀かも知れない。我が国のODA事業が実施されている国々の多くで、開発コンサルタントと協力隊員は同時期に活動していながらも、日本人会等の交流イベントで接触する程度に留まる。JICA直営専門家の場合はもう少し隊員との接触機会が多く、中には直営型技術協力プロジェクトの投入の一部としてまとまった数の協力隊員がグループ派遣された例も存在する。いずれにせよ、現地・任国での接点を意識的に増やすことは双方にメリットがあり、今後も工夫をこらしたいところである。
直近ではルワンダ国に面白い事例がある。東部県ルワマガナ郡において、無償資金協力でため池をメインとする灌漑施設が整備された後、その安定水源と水路網を用いた参加型水管理と営農改善を推進する技術協力プロジェクトが実施された。筆者の属するNTCインターナショナル㈱が両事業のコンサルタント業務を担ったが、現在では、同地区に海外協力隊員(職種:農業土木)が派遣されており、プロジェクト終了後のフォローアップや効果の定着・横展開に尽力している。開発コンサルタントと海外協力隊の相乗効果は、このような形でも見出すことができる。
7 開発コンサルタントにおける人材確保のための提言
開発コンサルタント企業間の会合で、人材難が絶えず話題になるようになって久しい。求める人材像は、企業が海外事業専業であるか国内事業も兼ねるかで大きく異なる上、そもそも人員が充足しているか否かはビジネスの規模と見通しによって、個社単位でも業界全体でも変わるものである。以下では筆者なりに、広義の開発コンサルタント業界で人材を確保するために進めて行くべき、トライしてみるべきではと考える提言を掲げてみたい。
(1)異業種からのキャリア採用を促進するためのアピール
学生向けのリクルーティングについては個社でも業界でも様々な努力・工夫が為されており、論説も多いのでここでは取り上げない。着目したいのは、異業種から開発コンサルタントへの転身の促進である。ECFAや㈱国際開発ジャーナル社が開催する社会人向けのキャリアイベントは毎回盛況であるが、重要なのは、会場に足を運ぶまでには至っていない潜在的関心層をも掘り起こすことであろう。このためには、一案として、開発コンサルタント業界側のイベントに集客を図るだけでなく、こちらからも各業界側のイベントに積極的に参加・出展する、各業界誌に寄稿して開発コンサルティングの実態・魅力を発信する、といったアプローチが有効と考える。その際に、海外協力隊経験者が各業界に在籍していれば、格好の結節点として機能し得るのではないだろうか。
(2)人材の定着を強化する方策
採用に力を注ぐのと同じくらい、又はそれ以上に、人材の定着も強化していくことが必要である。実感できる働き甲斐の不断の更新や、待遇の継続的改善といった、多くの業界に共通する方策に加え、開発途上国への出張が必須である当業界では、送り出してくれる家族の健康・サポートも必須であることを踏まえて、安全対策に関して家族が抱く不安感を払拭し、この仕事に対して積極的に理解の醸成を(出来れば、誇りの共有も)図る働きかけは、これから益々重要となるだろう。女性の活躍が増え、高齢化も進む現状にあっては、出産・育児・介護といったライフイベントに伴う離職を防ぐ仕組みも、業界全体の課題として対応する必要がある。また、様々に異論はあるだろうが、定年や再雇用の年限の延長、ベテラン退職者のリターンを促す工夫、副業・兼業の柔軟な扱い等も、早晩、現実的な議論の俎上に上ってくることは確実である。
(3)業界全体の人材バスケットで考える
日本の人口が縮小し、全ての業界で労働力を巡る競争が生じる状況下では、これまでと同量・同質の業務を、同じ人員で回していくことは困難になる(無論、外国籍社員の活躍の余地は広がる)。開発コンサルタントも必然的に、本来の専門の他にも守備範囲を広げ、マルチタスク的なプレーヤーになることが求められてくるであろう。将来的には、コンサルタント企業、JICA、官公庁、国際機関、大学・研究機関、NGO、海外協力隊・各種ボランティア等が、それぞれに人材を抱え込むのではなく、広義の開発業界として人材の流動化や共有化を受け入れ、むしろ活用するといった方向に進めないであろうか。海外協力隊経験者の創立したNGOや農園が、JICA本邦研修の視察先・受入れ先として活躍している事例も多くあり、そういった協力者・協力団体がどれだけ多様に存在しているかも、開発業界の底力や健全度をあらわす尺度たり得よう。
8 おわりに
筆者の周囲には、アフガニスタンの用水路整備に身命を賭して尽力された中村哲氏に憧れ、この業界に入ってきた人が何名もいる。元よりコンサルタントは、不要な露出を避け黒子に徹することを良しとする傾向が強いものの、インドの地下鉄整備事業を成功に導いた女性コンサルタントの活躍が書籍化・漫画化される等、フォーカスされる事例も少しずつ現れている。人材確保の決め手はやはり、この仕事および仕事に携わる人物像について、いかに魅力と働き甲斐を伝えられるかに尽きよう。是非、開発コンサルタント業界も、多くの人に手本として目指してもらえるような人物を輩出したいと願う。その新たなステージに、多くの海外協力隊経験者が共鳴し、加わってくれることを期待する。

「JiCA Magazine」2025年8月号
木下滉大・小林維円「ルワンダの灌漑運営能力強化に向けた継続的支援の展開」水土の知、2026年1月号
阿部玲子(2018):『マダム、これが俺たちのメトロだ! インドで地下鉄整備に挑む女性土木技術者の奮闘記』 佐伯コミュニケーションズ