2026.3 MARCH 73号

前のページに戻る

Keynote 3

マラウイ共和国における海外協力隊の活動経験と技術者の成長 -国際協力の現場が教えてくれたこと-

宮城県農林水産部農村振興課(元マラウイJICA海外協力隊員) 菅野 将央

1 はじめに

 本稿では、マラウイ共和国での現地活動とその成果を紹介するとともに、海外協力隊(以下、協力隊)活動を通じて得た経験と所感を、特に若手技術者や海外でのキャリアに関心を持つ方々へのメッセージとして詳述したい。国際協力に現場で技術者が果たす役割と、そこから得られる多角的な視点について、本事例が皆様の一助となれば幸いである。

2 マラウイ共和国の概要と灌漑施設の変遷

(1)マラウイ共和国の概要1)

 マラウイ共和国(以下、マ国)は北部及び北東部をタンザニア連合共和国、東部・南西部をモザンビーク共和国、西部をザンビア共和国と接する南北に長い内陸国である(図1)

図1 マラウイ共和国位置図

図1 マラウイ共和国位置図

 国土面積は約12万㎢で、そのうち20%をマラウイ湖が占めている。マ国の貧困率は約71%にのぼる。基幹産業は、農業で就業人口の75%を占め、主要作物は主食のメイズ(トウモロコシ)、米、ジャガイモ、トマト等で、輸出農産物としてタバコ、綿花、コーヒー、紅茶が栽培されている。農業に従事する人口の約90%が1ha未満の小規模農家である。乾期作が困難でかつ収量は気象の変化に対し脆弱であった。マ国政府は、世界銀行、アフリカ開発銀行等から支援を受け、灌漑施設の建設を進め、乾期作(灌漑農業)を実現させ食料安全保障と小規模農家の収入向上を図ってきた。

 我が国も、独立行政法人国際協力機構(以下JICA)が中心となり、50年以上にわたって公衆衛生、教育などの多分野の無償資金協力及び技術協力を実施している。

(2)2010〜13年の灌漑施設の状況

 長年にわたるJICAの技術協力により、現地の自然素材で採用された小規模な堰の普及が進み、農村部で技術が定着していた(写真1)。これらの施設は雨期の河川氾濫前に撤去し、灌漑期前に再設置を行うため、仮設的な施設といえる。マ国では効率性向上と農家の労力軽減を図るため、このような施設の新設または改修する場合、取水堰はコンクリートによる固定堰に、開水路はレンガとモルタルによるライニング水路が採用され(写真2)、灌漑施設は仮設的なものから、コンクリートを利用した恒久的施設への移行期にあった。

写真1 自然素材を利用した取水堰

写真1 自然素材を利用した取水堰

写真2 コンクリート取水堰

写真3 ブワンジェ·バレー頭首工

 施設建設以前は、仮設または恒久的施設によらず、雨期と雨期後の小乾期(冬)にのみ作付けされ、乾期は農閑期となっていたが、施設建設後はメイズをはじめジャガイモなどの市場性の高い作物の乾期作が可能となった。乾期作が可能になったことにより、食料確保とともに農家の収入が大きく改善された。なお、建設後は各地区で、水管理組合(以下WUA;Water Users Association)が政府主導で組織され、組合役員は水利費の徴収や維持管理の推進役を担っている。しかしながら各地区の施設の維持管理体制は十分に構築されていないことが多いのが実態であり、これは天水依存型農業の歴史が長いため、受益者の間では水路等が地域共有財産だという意識が薄く、かつ共同管理の経験がないことから、WUAが水管理に関する様々な問題に対応できないことが大きな要因の一つである。

 また、2003年にJICAの無償資金協力で建設されたマ国を代表する大規模灌漑施設である800haの計画灌漑面積を持つブワンジェ・バレー頭首工もWUAの大規模灌漑施設における運用モデルとしての役割を期待されながら、実際は施設管理改善の途上にあり、組合運営にも苦慮していた状況であった(写真3)

写真3 ブワンジェ·バレー頭首工

写真3 ブワンジェ·バレー頭首工

3 海外協力隊活動と草の根技術協力事業との組合せによる課題解決2)3)

 宮城県は「技術職員のキャリア形成」、JICAは、「専門技術を持つ隊員数の増加」を目的として、2010年5月に宮城県知事とJICA理事長との間で県職員派遣支援体制等に係る合意書を締結した。これは、協力隊員派遣と草の根技術協力事業(以下草の根事業)を組合せた全国初の試みである。合意に基づき、宮城県は2010年に協力隊員派遣を開始し、2012年から草の根事業を開始した。

 私は、2010年度から2020年度までの10年間、マ国の支援事業に携わり、事業別では、協力隊活動で3か年(2010~2013年)、草の根事業で9か年(2012~2020年)に関与した。

(1)海外協力隊活動

 協力隊選考試験と派遣前訓練を経て、派遣先はデッザ県灌漑事務所に決定した。デッザ県はマ国中部に位置し、モザンビーク国境に接する高原地域の町で、本県は、標高1,500mの高原地帯から標高500mのマラウイ湖畔の平地までを含む多様な地形条件を持つ地域である。

 主な活動内容は、①灌漑施設の設計と建設(JICA現地業務支援経費を活用)、②村の灌漑施設の維持管理指導(村落での実践指導)、③大規模灌漑施設の管理支援(維持管理や取水記録票を現地語版と英語版で記録表を作成し、データの記録・保存を指導)、④既往の灌漑施設のデータベース作成(ドナーへの提案や農業普及員の活動計画策定に活用)、⑤大学からのインターン学生に測量指導、⑥現地の農業事情等の調査(草の根事業へ向けた課題と課題解決のための技術移転の内容選定に必要な現地調査)を行った。①~②、⑤は協力隊の職務としては標準的な業務であったが、③、④については、これまでの技術者としての知見を活かし、持続可能な管理体制を構築に貢献できたと考える。

 また、「ふろむマラウイ」と題し、マ国の風土や生活を紹介する記事を宮城県ホームページで不定期連載した。(https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/nosonshin/malawi-report.html

(2)草の根技術協力事業の活動

 協力隊活動での調査・分析した結果を基に、草の根事業では、マ国からの研修員受入れや県からの短期専門家派遣を柱に活動を展開した。関係する組織は、政府機関にとどまらず、リロングウェ農業大学とも構築し、官学連携のもと事業を推進した。

 特に注力したことは、「適正技術」の移転である。移転技術の選定にあたっては、持続的に活用され、広く普及することが最重要であると考え、①現地で入手可能な自然材料を使用し、②エンドユーザーである農家の手でメンテナンス可能な技術であることに注目し、水路護岸工法として「粗朶(そだ)工法」を選定した。粗朶工法は、日本では間伐材等の木材(粗朶)と自然石を利用した伝統工法の一つである。そこで、粗朶工法の設計・施工技術を有する事業者の協力を得て、技術移転を実施した(写真4)。研修員の帰国後まもなく工法の導入が試みられ、モデル地区を設定し、河川護岸工が施工された。その効果発現が顕著で、農地保全対策だけでなく、マ国政府の災害対応部局からもこの技術に注目を集めている(写真5)。なお、マ国では、木材は農村部で燃料としても利用されているため、代替材料として、竹やエレファントグラス(イネ科多年草)などの利用研究をリロングウェ農業大学で進めている。さらなる普及と定着を目指し、マ国内での施工事例を整理し、マ国政府、リロングウェ農業大学と共同で技術マニュアルを編纂した。

写真4 日本での粗朶製作実習

写真4 日本での粗朶製作実習

写真5 マラウイでの粗朶工法の実践。堤防に支柱を立て、粗朶を絡ませて強化

写真5 マラウイでの粗朶工法の実践。堤防に支柱を立て、粗朶を絡ませて強化

 草の根事業は、最終的にマ国政府灌漑省、リロングウェ農業大学、デッザ県を中心に近隣3県へと拡大し、マ国内4県をまたぐプロジェクトに成長した。

4 海外協力隊活動について

 帰国後、宮城大学などの教育機関で、マ国の紹介や協力隊活動について講演する機会を得た。参加された皆さんからの質問や関心を踏まえ、改めて協力隊活動を振り返る。

(1)海外協力隊に応募した動機

 幼少期から、アフリカの雄大な自然に漠然とした憧れを抱いていたが、学生時代は国際協力や海外での仕事への関心はなかった。自分が開発途上国支援に関わるになるとは、当時は想像すらしていなかったのが正直なところである。

 マラウイの位置はおろか国名すら知らなかったが、「この先アフリカに旅行することはあるかもしれないが、アフリカに長期間住み、生活することはまずない」と思い、想像できない生活への好奇心が、一気に高まった。したがって、私の協力隊応募の最大の動機は「好奇心」と言える。この好奇心こそが現地の生活を「楽しむ」原動力となり、前述した「ふろむマラウイ」の作成にもつながった。

(2)コミュニケーションについて

 協力隊をはじめとする国際協力の仕事に魅力を感じながらも、語学への不安から、隊員応募をためらう人は少なくない。ここでは、現地でのコミュニケーションに関する課題にどのように対応したかを紹介する。

 マ国の公用語は、英語、現地語であるチェワ語である。JICA二本松訓練所での語学訓練は、主に英語によるコミュニケーション訓練が行われた。当時の私の語学力は中学英語程度で、訓練を経て、会話に対する心理的抵抗感は和らいだものの、飛躍的な向上には至らなかった。業務遂行に必要な語学力を100とすると、習熟度は30〜40%程度にとどまっており、赴任後にその不足を補う工夫が必要であった。

 赴任直後の現場では、会話だけでは技術的議論が難しい場面も多く、訓練所で学んだ技術的用語を説明する英文を準備し、それを覚えた上で、現場で簡易スケッチを交えて不足する情報を補った。技術者同士であるため、専門用語と図解によるコミュニケーションは効果的であった。

 また、JICAマラウイ事務所での研修で、現地語であるチェワ語の基礎を学び、赴任後も継続して学習した。現地では、市場のおばさんたちや同僚に教わりながら、積極的にチェワ語を使用したことで、村の人々との距離が縮まり、信頼関係を築くことにつながった。さらに、英語とチェワ語を使うことで同僚たちとの会話が増え、語学力の向上につながったと考える。英語による円滑な会話ができるまで約半年、チェワ語は簡単なスピーチをできる程度まで上達し、村の人たちの話の70%くらいまでは理解できるようになった。

 語学を事前に習得していれば、派遣後の活動に集中できるのは事実であり、何事も円滑に進む可能性が高い。しかし、協力隊活動に限って言えば、語学力の不足が必ずしも業務上の不利に直結するわけではない。語学習得を継続しながらも、スケッチや現地語など、あらゆる手段を駆使し、不足している部分を補うことで、意思疎通は可能である。

(3)海外派遣の適齢期に関する考察

 協力隊への参加をためらう理由の一つに、技術的経験の不足を不安に感じることが挙げられる。派遣当時、私の技術者としての業務経験は14年であった。前述のとおり、現地調査し、マ国の農業土木分野の現状や課題を分析した上で、草の根事業に関する覚書(MOU)締結に向けた基盤作りを担う立場であった。そのため、一定の業務経験は必要であり、実際に現地活動に活かされたと感じている。

 しかし、語学と同様に、経験が不足している場合でも、他の手段によって補完することが可能である。農業土木分野や国際協力における技術移転に関する文献は多数存在し、それらを活用することで知識面の補強は十分にできる。また、現地と日本とは社会的・技術的背景が大きく異なるため、実務経験の差が活動に与える影響は限定的であると考えられる。若年層は、語学習得の速度が速く、コミュニケーションの課題を早期に解消される傾向がある。一方で、豊富な経験が先入観となり、柔軟性の欠如を招き、活動の妨げになることもある。したがって、若い技術者が一概に不利とは言えない。重要なことは、自分の知識や経験値を客観的に把握すること、現場を丁寧に観察する姿勢を持つことである。派遣先では新人であると自覚し、謙虚な態度で臨むことが、円滑な活動の第一歩となる。

 技術系隊員にとって、年齢や業務経験の多寡は必ずしも適齢期を規定する要素ではない。むしろ、思い立った時が派遣適齢期であり、どの段階であっても活躍できる機会は存在する。さらに、組織として日本から若手技術者を支援する体制を整備することは、人材育成の観点からも有用と考える。

(4)協力隊活動から得られたこと

 マ国側の技術水準は決して立ち遅れているという印象はなく、JICAが長年にわたり移転してきた技術はしっかり継承されていた。そのため、私は、単なる新技術導入や指導ではなく、互いの技術や知見を持ち寄って課題を解決することを重視した。新たな技術導入に取り組む場合には、現地の社会的背景を理解し、それに適合するかたちでの展開を心がけた。技術的には、①施設設計はシンプルな構造を目指すこと、②将来にマ国技術者がアレンジできる余地を残すこと、③農家が維持管理に取り組みやすい環境を整えることの3つを意識し、活動期間を通じて一貫して取り組んだ。

 気候風土や社会構造が日本とは大きく異なり、かつ限られた資源でマ国の課題解決を目指す日々の活動の現実は、トライ&エラーの連続であった。失敗してもへこたれず、明るく、トライする姿勢を大切にし、それが大きなやりがいとなった。特に、コミュニケーション力、交渉力、多角的視点から考える力など、技術者として求められる要素が大いに鍛えられた。また、農業土木の専門分野のみでなく、社会学をはじめとする他分野の教養を深める機会に恵まれた。

 なお、JICAマラウイ事務所発行の「協力隊マラウイ派遣50周年記念誌」4)には、マ国政府職員により、私の活動に関する寄稿が掲載されている。任国側から見た協力隊員像を読み解く上で参考になると思われるのでぜひ一読いただきたい。

https://www.jica.go.jp/malawi/office/others/volunteer_50th/ku57pq00003ue8za-att/JOCV_50thBOOK_JPN.pdf

5 おわりに

 宮城県とマ国は、農業土木分野で強固な信頼関係を構築し、現地の風土や社会的背景に適した形で技術移転を実現した。これらの技術は、着実に定着し、持続的に活用されている。協力隊の活動が草の根事業に活かされたこと、そして両者の顔が見える交流を通じて、身の丈に合う支援のかたちを作ることができたことが成功の大きな要因であると考える。

 国際協力に関する専門的な知見が乏しくとも、語学力に多少の不安があっても、協力隊活動は「なんとかなる」。実際、私自身がそうだったからである。大切なのは、相手国の文化や価値観に対して敬意を持ち、真摯に向き合う姿勢である。

 名前すら知らなかった国で働き、現地の人々と心を通わせた経験は、私にとってかけがえのない財産となった。灌漑施設によって集落の状況が大きく向上して行く様子を目の当たりにし、「灌漑」の持つ力を実感するとともに、農業土木技術者としての喜びを感じることができた。協力隊は、自身の自由な発想と行動力で任国の発展に貢献し、そして互いに成長を実感できる魅力的な仕事であり、我々が培ってきた技術は、国際協力の現場で必ず大きな力となる。

 マラウイ政府、JICAをはじめとする関係機関の皆様、2010年1次隊の同期隊員のほか、多くの協力隊員の仲間に活動を支えていただいた。また、3年に及ぶ協力隊活動を無事に過ごすことができたのは、丈夫に育ててくれた両親のおかげである。

 本稿の結びにあたり、事業を支えてくださったすべての皆様に、深く御礼申し上げる。


[引用文献]

1) 独立行政法人国際協力機構:マラウイ共和国JICA国別分析ペーパーJICA Country Analysis Paper(2024)

2) 新藤惣治、田尻淳、金森秀行、郷古雅春、橋口幸正、松原英二:農業農村開発協力の特徴と経験継承の必要性、水土の知90(2)pp.81~84(2022)

3) 郷古雅春、千葉克己、菅野将央、猪股秀匡、渡邉一昭:青年海外協力隊現職派遣と草の根技術協力による地方自治体の技術協力、2020年度(第69回)農業農村工学会大会講演要旨集、pp.743~744(2020)

4) JICAマラウイ事務所:協力隊マラウイ派遣50周年記念誌、pp.82(2021)


前のページに戻る