2026.3 MARCH 73号

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Keynote 1

海外農業農村開発の新たな展開方向と海外で活躍する人材育成

農林水産省 農村振興局 整備部 設計課 海外土地改良技術室長 髙野 伸

1 農村振興局における今後の海外農業
農村開発に関する展開方向について


 農村振興局では、従来、農業農村開発分野における我が国の先進的な知見や技術、人材を国際社会へ提供し、関係国や関係機関との友好関係を構築してきた。

 昨今の世界情勢の変化等を踏まえ、農村振興局では「農村振興局における今後の海外農業農村開発に関する展開方向」を策定し2025年4月に公表しており、その内容を紹介する。

農業農村開発をめぐる世界の情勢

 世界の人口は2050年に約97億人に達すると予測され、今後も食料需要は増加すると見込まれる。しかし、塩害や過放牧等による農地の劣化や気候変動による洪水・干ばつの頻発など、農業を取り巻く環境は厳しさを増している。一方、世界の耕地面積は横ばい状態にあり、かんがい面積の増加による単収向上で食料生産を支えており、今後の食料需要の増大に対応するためには、引き続きかんがい施設の整備が必要である(図1、図2)

図1:土地資源

土地資源

図2:水資源

図2:水資源

 特に水資源は、世界の水使用量の約70%を農業が占める中、生活用水や工業用水の需要は増加している。世界の農業用水のうち75%がアジアで使用されており、アジアの水田農業は水使用量が多く、農業用水の効率的な利用が必要になっている。

食料、農業、水に関する国際的な議論と日本の立場

 2015年の国連サミットにおいて採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、食料安全保障や水資源管理、気候変動対策等を含む地球規模課題に対処すべく、目標とターゲットを設定している。国連食料システムサミット(2021年)、G7広島サミット(2023年)、G20ニューデリーサミット(2023年)などでは、食料システムの強靱化、農業生産性向上、気候変動対策等が議論された。

 水分野では、SDGs目標6「水・衛生」、ターゲット6.4において「水利用効率の大幅な改善」が掲げられ、モニタリング指標6.4.1では、全産業セクターにおける「水利用効率の経時変化」が定義されている(図3)。しかし、この指標では、かんがい農業(特に水田農業)が他産業に比べて低く算出される仕組になっており、水田農業の価値が正しく評価されない懸念がある。私達は、水利用の地域特性や水田農業の多面的機能を国際社会に発信し、単一指標による評価やその結果に伴う政策決定がなされないよう主張していく必要がある。

図3:モニタリング指標6.4.1

図3:モニタリング指標6.4.1

海外農業農村開発の課題とリスク

 国際社会において、水田農業は、水利用効率が低く、GHG排出量が多い、といった認識が広がっており、国際的なルールメーキングが畑作農業を前提に進む場合、日本の水田農業を基盤とした施策が改善要求を受けるリスクがある。

 また、開発協力の主眼が、気候変動対策等の持続可能な開発にシフトしており、農業農村開発協力においても、気候変動等に対応した開発協力のより一層の推進が求められるが、開発途上国のニーズと日本が有するインフラ技術・製品等が合致しない場合、協力案件の形成が難しくなる恐れもある。

 さらに、畑作農業を主体とし、環境保全を重視する欧米諸国を中心とした国際議論に対し、水田農業国が連携しながら主張を強化する必要がある。また、これに向けて、農業農村開発分野の協力案件が減少し、海外人材派遣者数が減少する中、関係国との信頼関係を維持・強化する必要がある。特にアジアモンスーン地域等への協力案件がさらに減少した場合、関係国との信頼関係の希薄化を招き、日本のプレゼンス低下にもつながる。

今後の展開方向

 これまで述べた現状や課題を踏まえ、農村振興局は、次の3つの内容を柱とする海外農業農村開発を展開することとしている。

1-水に関する国際的な議論への対応
(水田農業の価値を世界に発信)

 水田農業は、洪水防止、生物多様性保全、地下水涵養、景観形成など、多面的な機能を有している。こうした価値を国際社会に理解してもらうため、世界水フォーラム(WWF)、国際かんがい排水委員会(ICID)、国際水田・水環境ネットワーク(INWEPF)、アジア太平洋水フォーラム(APWF)などの国際会議に積極的に参画し、持続可能な水田農業の在り方を発信していく。また、国連食糧農業機関(FAO)やメコン河委員会(MRC)、国際水管理研究所(IWMI)等の国際機関との連携を強化し、効率的な水管理手法や災害リスク低減技術の実証を進めていく。

 さらに、世界かんがい施設遺産制度を活用し、かんがいの歴史的意義や文化的価値を発信する取組も進めていく。これは、農業水利施設が単なるインフラではなく、地域社会の歴史や文化を支える存在であることを示す重要な活動となる。

2-気候変動等に対応した農業農村開発の推進
(質の高いインフラと技術で未来を切り拓く)

 日ASEANみどり協力プランや熊本水イニシアティブに基づき、グローバルサウスにおいて、気候変動に対応した水管理技術やGHG排出削減技術の開発・実証を進めていく。さらに、ICTを活用した水管理システムや、二国間クレジット制度(JCM)を活用したメタン削減プロジェクトなど、脱炭素社会に向けた取組も加速していく。

 日本が有する質の高いインフラ技術、ノウハウ、製品は、我が国の強みであり、これらの海外展開を強化する。これらは、農業農村開発の質を飛躍的に高めるものであり、グローバルサウスにおいて限られた水資源を最大限に活用し、食料生産の安定化に寄与する。

3-関係国・地域との連携強化
(人材とネットワークで国際連携を強化)

 二国間での技術交流や、日本への留学・研修により培われた人的ネットワークの活用等を通じて、アジア・アフリカ諸国との協力関係を深化させるとともに、国際会議等での情報発信やルールメーキングへの参画を通じて、日本が水田農業国の代表としてリーダーシップを発揮する。大使館、JICA専門家、国際機関への人材派遣は、現地の課題把握や開発協力案件形成を促進するものであり、同時に国際人材育成にもつながるため、こうした取組を通じて、関係国・地域との連携を強化していく。


 以上の3つの取組の実施を通じて、水田農業の価値を正しく伝え、気候変動に対応した農業農村開発を推進することにより、地球規模課題の解決と国益の実現に寄与していく。

2 農村振興局の最近の活動事例紹介

 農村振興局では、従来、委託・補助事業、国際機関を通じた協力、二国間協力、国際的な水議論等への参画等の様々なスキームを通じて、我が国の先進的な知見や技術、人材を国際社会へ提供している。ここでは、農村振興局で国際関係業務に携わっている職員や海外に派遣されている職員の最近の主な活動事例を紹介する。

■ICID国際ワークショップにおいて気候変動予測に関する取組事例を発信

 2023年11月、インドで開催された第25回ICID総会における国際ワークショップにおいて、農村振興局は、日本の取組事例として「日本の農業インフラの排水事業計画への気候変動予測の適用」について発表した。本発表は、当該ワークショップにおけるベストペーパーに選出された(写真1)

写真1 取組事例の発表

写真1 取組事例の発表

■世界水フォーラムにおいて日本及び韓国によるINWEPFワークショップを共同開催

 2024年5月、インドネシア・バリ島で開催された第10回世界水フォーラムにおいて、日本(農村振興局)と韓国は、INWEPFワークショップを共同で開催し、水利用効率の向上や気候変動への適応・緩和に資する持続的な水田農業について、国際社会へ情報を発信した(写真2)

写真2 ワークショップ開催

写真2 ワークショップ開催

■「日ASEANみどり協力プラン」へ位置付けられる補助事業を実施

 2023年より、農村振興局では、「熊本水イニシアティブ」に基づき、アジアモンスーン地域において、ICT水管理を活用した間断かんがいの実証等を通じた、農業農村開発分野における気候変動適応策と緩和策を実証する補助事業を実施している(写真3)

写真3 ICT水管理システム

写真3 ICT水管理システム

 カンボジア、ラオス及びベトナムを対象国とした本事業は、ASEAN地域への我が国の協力イニシアティブである「日ASEANみどり協力プラン」に位置付けられている。

■JICA専門家の技術指導により「質の高いインフラ」の整備を実現

 農村振興局から派遣されたJICA専門家が、派遣国のニーズに対応した農業農村開発の実施に貢献している。カンボジアでは、これまでドナー毎の異なる設計思想に基づいてかんがい施設が整備されてきたが、JICA専門家の技術指導により、2023年に設計基準案を策定した。併せて、現地の関係者に対し、適切に施設を運用するための研修を実施した(写真4)

写真4 研修受講者へ修了証交付

3 農村振興局における海外人材派遣

 農村振興局は、大使館・JICA専門家・国際機関への海外人材派遣を通じ、開発途上国等において、農業農村開発に関する技術の移転・普及、制度構築、研究開発、人材育成等の支援を実施してきており、これにより、関係国との連携強化、開発協力案件形成等を促進している。

 海外人材派遣は1959年に始まり、2024年4月までに延べ1,288人を派遣している。2026年2月現在、大使館、JICA専門家、国際機関、留学生含めて41名を派遣中である図4

図4:農村振興局からの海外人材派遣者数の推移

 JICA専門家は、次のとおり「技術協力プロジェクト専門家(通称:技プロ専門家)」と「個別専門家」に大別される。

「技術協力プロジェクト専門家」・・・特定の目標・成果を達成するため、計画に沿ってプロジェクトを遂行。

「個別専門家」・・・政策アドバイザーとして先方政府関係者の相談役としての任にあたる政策助言型、援助窓口機関に配置され、援助事業全般の調整・実施促進等を行う援助調整型等の専門家として業務を遂行。


 農業農村開発分野においては、設計・施工に関するハード面での技術協力のほか、我が国の土地改良区をモデルとし、かんがい排水施設を持続的に利用するため、農業者がオーナーシップを発揮するよう、プロジェクトの計画段階から施設の設計・施工・管理に至るまで農業者が自発的に参加する参加型水管理(PIM)等に関する技術協力も広く実施してきた。

 この他、毎年200人を超える開発途上国からの研修生に対し、我が国の農業農村整備事業の制度紹介、国営事業実施地区での現地視察等を実施している。

4 海外で活躍する人材育成
ー入り口からキャリア形成まで
    ※本項目は筆者の個人的見解


 世界の食料・水資源をめぐる課題は深刻化し、農業農村開発分野は国際的な注目を集めている。気候変動、人口増加、食料安全保障、水資源管理など、複雑な課題に対応するためには、技術力だけでなく、国際的な視野と協調力を備えた人材が求められる。しかし、現状ではこの分野における若手人材の確保・育成は十分とは言えず、人材育成には時間が必要であることを踏まえると喫緊に対応すべき課題である。JICAを通じた協力案件の減少や海外派遣機会の縮小により、国際経験を積む場が限られていることも課題である。

 農業農村開発分野の人材育成は、段階ごとに分けて、技術教育、国際協力、政策形成も含めた総合的なキャリア開発が必要になる。

(1)入り口段階:分野への関心を高める情報発信

 農業農村開発分野は、一般には「専門的で聞きなれない」「海外協力は限られた人の仕事」というイメージが強く、若者の関心を引きにくい現状がある。これを打破するためには、情報発信の強化が必要であり、例えば次の取組が考えられる。

①海外プロジェクトで活躍する若手・中堅の技術者の事例を紹介し、「国際協力×農業工学」の魅力を伝える等、キャリアモデルを提示する。

②SNS・動画コンテンツの活用により農業農村開発の現場を映像で紹介し、課題解決の意義をわかりやすく発信する。

(2)初期段階:現場経験と専門スキルの基盤形成

 この分野に入ってきた若手が専門性を高めるためには、現場経験が不可欠であるが、海外派遣機会の減少や案件の縮小により、経験を積む場が限られる。そこで、例えば次の取組が考えられる。

①民間企業と連携し、スマート農業技術やインフラ輸出に関する実務経験(OJT)の場を提供してもらい、ICTを活用した水管理やスマート農業等の実証現場で経験を積む。

②JICA等と連携し、アジア・アフリカの農業農村開発関係の調査業務等に参加する。ICIDを始めとした国際会議に参加できる機会のさらなる創出と、旅費等の支援を充実する。

③農業土木の技術力に加え、国際協力関連のスキルとして、英語やプロジェクトマネジメント能力を強化する。

(3)中期段階:国際ネットワークの構築とリーダーシップの育成

 専門性を高めた若手が国際的な舞台で活躍するためには、国際ネットワークの構築とリーダーシップの獲得が鍵になり、次のような取組が考えられる。

①ICID、INWEPF、世界水フォーラム等の国際会議や日本と二国間で行う技術交流へ積極的に参加してもらい、日本の技術や研究成果を発信する等を通じて国際ルール形成に参画する。

②ASEAN諸国、韓国、中国との二国間技術交流の場への参加等を通じて人的ネットワークを構築し、発展させる。

③国際的な共同研究等のプロジェクトマネジメント能力・スキルを強化、政策提言力を養成、国際会議で日本の立場を発信できる能力を強化する。

(4)最終段階:専門家から政策形成者へ

 最終的には、技術者としての専門性に加え、政策形成や国際協力戦略に関与できる人材の育成につなげる。


 このような海外農業農村開発分野における人材を確保・育成していくには、入り口段階から最終段階までの流れを可視化し、若手に将来像を提示することが必要となる。また、これを実現するためには、企業・行政・大学が連携し、それぞれが持つ強みや得意分野を融合し、総合的に取組むことが効果的であり、そのための体制づくりが必要になる。この他にも、共同研究、海外実証、政策提言を一体的に推進する等の取組も考えられる。

 このような取組を実行し、人材育成を進めていくことで、日本は、質の高い技術と人材を活かし、農業農村開発分野で国際的なリーダーシップを維持・発展させることができる。と同時に、地球規模課題の解決に貢献し、持続可能な農業と農村の未来を世界と共に築いていくことが可能となる。


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