長期土壌炭素貯留に貢献する農地基盤整備の確立

農研機構 農村工学研究所 主任研究員 北川巌

1. はじめに
  最近、身近な日常生活に影響する気象災害の頻発が顕在化してきました。原因の一つである気候変動に対する「すべての国が力を合わせて取組む地球温暖化対策」(環境省、2008)では、「社会活動のなかで、早急に本格的な対策を講じないかぎり、現在の変動の方向は変えられない」との指摘をしています。地球規模での温室効果ガスの増加による地球温暖化に対する特効薬はなく、早急に具体的な取組みを進めなければなりません。
  地球温暖化を引き起こす原因の一つとなる地球上の炭素は、石灰石などの炭酸塩、石油などの化石燃料資源が多く、次いで、植物・土壌などの有機物の炭素として存在します。大気中に放出される年間の炭素量は、化石燃料資源消費量64億トンから自然界の吸収量30億トンを引いた34億トンです。地球温暖化はこの積み重ねによって、大気中の二酸化炭素が約0.01%増加するなどにより起こりました。もし、地球上の炭素がすべて大気に放出されると、大気の90%が二酸化炭素になり、地球は灼熱の星になるとされ、炭素放出を抑制することの重要性がわかります。
  他方、農業は植物の光合成により二酸化炭素を吸収し、その炭素を固定できる産業です。農業が地球のために果たせる役割には、こうした炭素循環があります。地球に優しい取組みとしては、低炭素社会を実現する農業の実践があります。日本では、とくに「土づくり」による、土壌への炭素貯留が注目されています。深さ1mまでの土壌には、大気中の炭素量7600億トンの2.6倍に相当する炭素量2兆トンが蓄えられています。適切な農業による土壌管理で、長期土壌炭素貯留に貢献するさらに数百.数千億トンの膨大な炭素貯留が可能と考えられています(農業環境技術研究所、2007)。
  本報告では、日本の農地土壌の実態に基づき、今後の農業生産にも必要となる農地基盤整備を活用した、農地土壌への炭素貯留技術の確立に向けた取組みを紹介します。


図1 農地土壌の全炭素含有率の変化(北海道の畑の例;北海道立中央農業試験場、2006)

2. 農地の土壌管理の現状
  農地土壌の理化学性は常に変化しています。農業という人間活動が土壌にどのような変化をもたらすのか日本の畑の4割を占める北海道の例を示します。農業における二酸化炭素の発生源となる土壌の炭素は、農耕の条件により大きく変化します。
  水田では、その開墾時に全炭素含有率が減少しますが、その後の営農による顕著な減少はありません。このことから、水田は有機的で持続的な農業といえます。
  一方、畑では、1980年から一貫して減少し、2000年までに1.7%も減少しました(図1)。畑の土壌炭素減少の原因には、酸化条件での有機物の分解促進と化学肥料主体の農業の普及による堆肥や作物残ざん渣さなどの有機物施用の減少が考えられます。この原因には、農業者が堆肥や有機物施用の重要性を理解しているが、堆肥がない、価格も高い場合や運搬・散布の労力が不足していることなどがあります。
  しかしながら、これまでどおりの土壌管理を続けるならば、土壌炭素が低減し、土壌の地力、保水性や透水性などの機能低下による、生産力の低下が危惧されます。


図2 下層土を改良する土層改良の概念図


図3 堆肥を下層土に投入する土層改良工法例


図4 多様な有機物を下層埋設する低コスト土層改良(新工法)の研究例
(農村工学研究所・北海道農業開発公社が共同開発)

3. 地球温暖化に貢献できる農業土木技術
(1) 土層改良による長期土壌炭素貯留技術
  これまでの土壌改良としての有機物の表面施用は、作土の肥沃度向上のために取り組まれてきました。この方法では短期での改良効果は得られず、長期的な取組みが必要です。生産力を短期間で改善するには、有機物を活用して土壌全体を抜本的に改善する土層改良が必要です。
  土層改良には、水田の暗あん渠きょ排水による地下排水を補助するため、縦溝状にモミガラなどの疎そ水すい材を入れる補助暗渠があります(図2)。また、畑では縦溝に堆肥などの疎水材を入れる有材心土破砕もあります(図3)。さらに、表面に配置した堆肥や作物残渣を機械走行だけで下層に埋設する新工法が開発されるなど、工法の簡便化・低コスト化も進んでいます(図4)。
  これら土層改良は、農業生産力の向上効果が見込め、国や地方公共団体から施工費用の補助がない場合でも経営的な収支が増益に結びつき、補助事業の活用によっては短期間での償還ができることから(表1)、特定の地域で導入が進んでいます。


表1 各土層改良の経済性


表2 土層改良・暗渠に用いた有機物資材による炭素貯留の評価例


図5 土層改良により下層埋設した有機物(バーク堆肥)
の炭素残存量(積雪寒冷地の場合)

 ここでは、これら土層改良の炭素貯留機能について、有材心土破砕により投入した堆肥の炭素量の長期変動を示します(図5)。
  有材心土破砕により深さ30 .55cm に下層埋設された堆肥は、積雪寒冷地で約20年後も多く残ります。本土層改良で下層埋設された堆肥の炭素残存率は、施工時にバーク堆肥(木質系堆肥)を200トン/ha(炭素量で1ha 当たり20炭素トン)と比べ、5 年で78%(同15.6炭素トン)、10年で61%、18年で41%となり、分解の遅い水田の作土へのバーク堆肥埋設時の既知の炭素残存率である5年で約65% より高いことがわかりました。このことから、有材心土破砕によるバーク堆肥の下層埋設は、より高い土壌炭素貯留能を有し二酸化炭素吸収活動として有効です(後述および表2)。
(2) 暗渠疎水材による長期土壌炭素貯留技術
  日本では、農地の排水性を改善する暗渠の整備が年間に1.2万haも行われます。この暗渠の整備には、排水を促進する資材である疎水材として、モミガラやソダなどの有機物が使われます。この疎水材の使用量は莫大で、下層埋設されたこれら有機物の炭素を、炭素貯留として評価できるか検討しています。とくに、北海道や東北では疎水材として分解しにくい木材チップ(以下、チップ)の使用が増えており、炭素貯留量の増強の可能性を検討しています。


図6 有機物の暗渠疎水材の経年変化


図7 有機物疎水材の細胞の経年変化

 チップは乾燥密度が1立方メートル当り370kgとモミガラの3倍で、堅くつぶれにくく、透水性も良好です。また、チップはモミガラより炭素/窒素比が高く、細胞壁にリグニンを多く含み耐腐朽性に優れています。そのため、チップ暗渠はモミガラ暗渠に比べて11年経過しても疎水材の形が維持されます(図6)。一方、モミガラは5年程度でクチクラの凸凹の溝にそって崩壊し、モミガラが細かく分解します(図7)。
  このように暗渠疎水材に耐久性のある有機物資材を使用することで、炭素貯留効果が見込めます。表2には、チップ暗渠による炭素蓄積量の評価例を示します。チップ暗渠の炭素貯留量を推定すると、施工時で1ha 当り34炭素トン、10年後で同23炭素トンが見込めます。一方、モミガラの場合は、有機物分解により10年後の残存があまり見込めません。このことから耐久性のある木質資材により、炭素の長期貯留効果が十分に見込めます。
  チップ疎水材は、現在、年間に約600ha 規模で実用されています。この規模の場合では、10年経過時に貯留できる炭素貯留量が1.4万炭素トン(二酸化炭素換算で5万トン)も見込め、有益な二酸化炭素吸収活動となります。
  これらのように、暗渠や土層改良などの基盤整備に地域有機物資源を活用することは、地域の産業振興にも貢献できる具体的な温室効果ガス削減対策になると見込まれます。
(3) 基盤整備による温室効果ガス排出削減効果
  現在の農業は、温室効果ガスの排出源です。水田からはメタン、畑や草地からは一酸化二窒素と二酸化炭素が主に排出されます。農業における温室効果ガス排出削減のためには、有機物管理による炭素貯留と排出抑制技術の導入が不可欠です。
  具体的には、農業生産力の向上と安全で高品質な農産物生産のために行われている農地基盤整備が、広く温室効果ガス排出削減技術として期待できます。
  たとえば、水田に対する暗渠や客土、土壌改良による乾田化は、還元による根の障害回避や養分吸収の改善により生育収量を改善するだけでなく、温室効果ガスのメタン発生を抑制します。


表3 異なる水田管理が与える温室効果ガス排出への影響

 表3には湿田が多い北海道の水田での温室効果ガス排出量について、営農管理や基盤整備による排出量の増減の調査事例を整理しました。
  水田から発生する温室効果ガスであるメタンの発生量は、土壌や栽培管理の条件で大きく異なります。水田からのメタンガス発生は、ワラの搬出や堆肥化施用などの有機物管理の寄与が大きく、中干しや落水の水管理などによっても大幅に削減でき、適切な営農管理が重要になっています。それに加えて、基盤整備によって適切な用水・排水管理を行える用水・排水路や暗渠の整備、客土・土壌改良による作土の理化学性の改善により土壌が酸化的に維持され、メタンガスの抑制に貢献できると考えます。このことから、基盤整備の実施による適切な営農管理の改善にともなう温室効果ガス排出削減について、より詳細な効果の把握が重要になります。


図8 有機物活用の土層改良と他の基盤整備の整備費と
投入エネルギーの事例(土層改良は図4 の工法で自給の堆肥を用いた場合)

4. 地球温暖化対策となる農地下層への長期炭素貯留技術の確立に向けて
  基盤整備による地球温暖化対策となる技術の確立にあたっては、地域条件にあった整備技術も必要です。くわえて、各技術の炭素貯留効果や温室効果ガス削減効果の把握とともに、整備工種により大きく異なる整備時に係る資材使用やエネルギー消費(図8) などによる温室効果ガス排出量を把握し、さらには農業の改善効果を含め、総合的な評価が必要です。
  そのため、農地整備による有機物資材の下層埋設による長期炭素貯留技術については、各種の整備工法におけるエネルギー消費や農地からの温室効果ガス排出量に与える影響などを把握して、各種のインベントリーのデータベース化を進めて、全国的な二酸化炭素吸収活動としてのポテンシャルを明らかにするため、関係機関の協力を得ながら研究を進めていきます。

<参考文献>
1. 環境省(2008):H20環境・循環型社会白書
2. 農業環境技術研究所(2007):2007.11.14プレスリリース
3. 北海道立中央農業試験場(2006):北海道耕地土壌の理化学性の実態・変化の方向とその対応(1959 .2003年)、北海道農業試験会議資料
4. 北海道立上川農業試験場(2005):道内の農耕地から発生する温室効果ガス(水田におけるメタン)の発生実態、平成16年度北海道農業試験会議(成績会議)資料
5. 北海道立上川農業試験場(2002):砂充填細溝心土破砕(砂心破)による水田の透水性向上技術,平成13年度北海道農業試験会議(成績会議)資料

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