農業用水路を利用したマイクロ水力発電システムの開発

石川県立大学 生物資源環境学部 准教授 瀧本裕士

1. 研究の背景と目的
  これまで、電力エネルギーは大規模集中型方式によって、広域に供給されてきた。この方式は供給効率の点では高いながらも、環境への負荷や莫大なコストが掛かることから、新たな開発は大きな困難を伴うであろう。
  そこで近年、大規模集中型に対して、環境への低負荷および低コストでの導入が可能な自然エネルギーを利用した、地域分散型のシステムが注目されつつある(宮崎、 2 0 0 6)1)。太陽光や風力に比べ、マイクロレベルの水力はほとんど普及していないのが現状であるが、エネルギー密度が高く、安定したエネルギー源を確保できる点で優れている。そのようなことから、二酸化炭素削減に向けた取組みの一環としても、地域に根ざしたマイクロ水力発電システムの導入が期待されている。
  これまで水力開発の行われなかった平野部において、豊富に存在する農業用水を利用し、低流量・低落差の条件下でも効率良く稼働する小型水車を開発することは、マイクロ水力発電システムの核となる重要な課題である。
  本取組みの目的は、農業用水の落差工に注目し、小規模レベルでも効率よく発電し、かつ維持管理が容易で、耐久性にも優れた水車を設計・開発することである。水車は大規模レベルでの発電に適した形での技術は確立されているが、スケールメリットの得られない、小規模発電での技術開発は全く進展していない。従来の水車を小型化しただけでは使い物にならないことから、新たな技術開発が必要である。
  このような課題を踏まえ、本研究では新しいタイプの水車を考案し、低コストかつ高効率のシステムを開発することに成功した。以下に、その概要について述べる。

2. 高効率マイクロ水力発電装置の開発過程
(1) 小型化に伴う発電効率の低下
  水力発電装置を開発する際に核となるのは水車である。水車が水のエネルギーを効率よくキャッチし、羽根で得られた動力を、安定的に発電機へ接続することが重要である。
  これまで行われてきた大規模水力発電では、発電効率が80%近く得られ、水車効率は90% 以上発揮されているものと判断される。この高い効率を誇る実績が水力発電のメリットであり、技術的にも確立されていると言われる理由である。しかしながら、大規模水力発電の技術を小規模レベルで適用しても、所期の結果が得られない事例が多いのも事実である。


図1 水力発電規模と発電効率の関係

 図1は、全国の事例をもとに発電規模と発電効率の関係を調べたものである。ここでは、発電規模として、理論出力を用いることとした。理論出力は、重力加速度をg、落差をH、流量をQとしたとき、g×H×Qで算出される。これは物理的に発電できる最大量を示す。図1より、発電規模が小さくなるにつれ、発電効率が低下していることがわかる。この要因として、マイクロ水力発電では流水の変動を受けやすいこと、および発電機とのマッチングが難しいことなどが挙げられる。
  本研究では、小規模ながらも効率の高いマイクロ水力発電システムを開発することを目標としており、実用化に向けた技術的課題に取り組んだ。


写真1 南砺市高屋地区にある「らせん水車」
(羽根の直径90cm、水車の長さ180cm)

写真2 傾斜式開水路
(富山県立大学水理実験室)

(2) 「らせん水車」の特性
  本研究ではまず、富山県の産業遺産である、「らせん水車」に着目した(写真1)。「らせん水車」は、大正時代に砺波(となみ)市の鍛冶(かじ)職人によって作られた水車であり、当時は農業用動力源として用いられていた。低流量・低落差の条件下においても、安定的に動力が得られることから、全国でも1万台以上普及したと言われている(田中、1990)3)。
  アルキメデスの揚水ポンプと類似した「らせん水車」は、経験的に作製されたものであり、水理条件に対する動力特性などのメカニズムは明らかにされていない。そこで、株式会社北陸精機の協力を得て、現物「らせん水車」の1/2モデルを作製し、富山県立大学の水理実験室において、動力特性の実験を行った。写真2に示すような傾斜式開水路に「らせん水車」を設置し、動力特性および発電特性の計測を行った。まず、動力特性について、一例として設置勾配2 5°の状況を図2に示す。流量に比例して、出力(=トルク×回転数)が増加する傾向にある。最大出力は概ね回転数が5 0rpm 付近で発生している。出力ピーク時の曲線勾配は、ほぼフラットであることから、粘り強い動力が得られていると言える。水車効率は概ね5 0%であり、在来水車(水車効率1 0 .3 0%)と比較しても、高い水車効率が得られた。


図2 「らせん水車」の動力特性曲線

 維持管理上、農業用水などの水路を流下するゴミ対策も考えておかなければならない。本実験装置においてペットボトル、空き缶、ひも、布、ビニール、枝、葉を流してみたところ、ほとんど問題なくゴミを流下させることができた。ただし、長いひもや大きなビニールは羽根に絡む傾向にあり、流入時に除去しておくことが必要である。
(3) 鉛直型「らせん水車」の特徴と高効率に向けた改良
  これまでの実験により、「らせん水車」は傾斜勾配の場合、効率的に能力を生かすには勾配2 0°.2 5°で設置することが望ましい。しかしながら、勾配をできるだけ大きく取ることは、落差を大きく取ることであり、発電ポテンシャルを高めることができる。また近年では、農業用水は整備され、落差工が多く見られるようになった。落差工での水流は滝のように鉛直に落ちることから、水車は位置エネルギーを利用するタイプが望ましい。「らせん水車」を鉛直に設置することで、増速機や発電機が水流にさらされる危険性がなく、維持管理を行う上でも有利である。


図3 鉛直型「らせん水車」のイメージ

 そこで、図3に示すようなイメージで水車の性能試験を試みた。その結果、図3をそのまま採用した形では、十分な発電効率を得ることはできなかった。実際に農業用水で毎秒0.3 立方メートル、落差1.5m の条件下で実証試験を行ったところ、1kW 程度の出力(発電効率2 3%)しか得られなかった。鉛直型では、水流の運動エネルギーと重力エネルギーにより回転トルクを発生させるが、一方で水車内に滞留する水が回転に対して抵抗となり、全体的な水車効率が低下してしまう。したがって、水車の構造改良と共に、流水制御についても、新しい方法を考えなければならない。
  本研究では、上記の「らせん水車」の問題点を踏まえ、新しく高効率の水車を開発しようと試みた。水のエネルギーを水車羽根に効率よく作用させ、回転数を増加させるために、整流制御のガイドベーンを設置し、羽根枚数は2枚にするなどの改良を加えた。このシステムを農業用水の落差工に設置し、先述と同じ流況条件で実証試験を行ったところ、出力3.1kW、発電効率7 0%と目標とする実用レベルにまで達することができた。


図4 手取川扇状地の落差工(■は落差工)

3. 新たな市場規模と用途開発について
(1) 農業用水の落差工における包蔵水力の算定
  本研究で開発した高効率水車は、多くの地点で活用されると期待できる。しかし、実際にどのくらいの市場規模があるかというと、定量的なデータは無いのが現状である。そこで、石川県手取川扇状地の事例を取り上げ、どのくらいの包蔵水力(未開発地域のポテンシャル)があるのかを調査した。存在する落差工の地点を図4に示す。扇状地に存在する落差工は6 0 0 か所以上あり、非灌漑期でも6 6 0 0kW の包蔵水力がある。これは一般家庭2 0 0 0 世帯分を賄う電力量に相当する。このことからも、本開発水車の適用範囲が大きいことがわかる。
  本開発製品の水車発電システムは、既存の水路にそのまま設置できることから、土木工事費の軽減が見込まれ、経済性にも優れていると言える。
(2) 用途開発
  エネルギーの地産地消を目指すマイクロ水力発電システムは、地域の特性に応じて、多くの利用用途が考えられる。想定される利用用途を列挙すると、以下のようになる。
〔1〕農作業用管理電源(作業小屋の照明、ビニールハウスの電源、貯蔵庫など)→ 農業利用
〔2〕防虫灯、有害動物へのサイレン → 農業利用(安全かつ安心な農業生産に寄与)
〔3〕地域の街灯 → 自治体、地域住民の安全確保(防犯効果)
〔4〕自家発電による家庭用電源の確保 → 一般市民の暮らし
〔5〕公衆トイレの浄化槽用電源 → 自治体
〔6〕災害時の非常用電源 → 自治体、中山間地域住民
〔7〕通信用電源 → 通信関連企業
〔8〕電気自動車への充電 → 自動車業界
  このように、さまざまな活用法が考えられ、利用用途に応じた発電システムを構築していくことが大切である。


写真3 農業用水の落差工に設置した鉛直型「らせん水車」

(3) 環境対策
  本開発システムにより、発電量kW・h 当り二酸化炭素重量にして約0.5kg の排出量削減効果が期待できる。また、水車発電システムの小型化を図ることで、用水路の持つ本来の機能を阻害しないという利点もある。さらに、写真3に示すように、水車は流速の速い部分に設置され、用水路の流速が遅い両岸部分はスペースがある。このスペースに、たとえば魚道を設置することもできれば、動植物との共存も可能で、生態系への配慮も行える。

4. おわりに
  本研究では,富山県の産業遺産である「らせん水車」に着目し、改良と工夫を加えた結果、実用化に耐えうる高効率水車を開発することができた。今後は、実証試験を重ね、より信頼性のあるマイクロ水力発電システムとして、社会に展開していく予定である。

<参考文献>
1. 宮崎平三、螺旋水車で水力発電、現代農業1月号、2 0 0 6
2. 小水力発電事例集、全国小水力利用推進協議会、2 0 0 7
3. 田中勇人、らせん水車─富山平野の小水力全盛期、自主出版、1 9 9 0

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