バイオガス・プラントでキルギスの農村生活を改善

国際協力機構(JICA)チーフ・アドバイザー
帯広畜産大学 特任教授 西崎邦夫

1. キルギスとの出会い
  2 0 0 9 年1 0 月末、独立行政法人国際協力機構(JICA)の要請を受け、トルコのイスタンブール経由にてキルギスを訪問した。学会やシンポジウム、あるいはJICAの専門家として、これまで多くの国を訪れているが、中央アジアの国は初めてであった。
  キルギスは1 9 3 6 年、ロシア連邦共和国から分離し、ソ連邦を構成する1 5 の共和国の1つ「キルギス・ソビエト社会主義共和国」に昇格し、9 1 年に共和国独立宣言を行い、9 3 年に国名をキルギス共和国とした。現在は中央アジアの1国家として、ロシアやベラルーシとの統合組織であるユーラシア経済共同体を形成している。
  キルギスは北緯3 9 度から4 3 度、東経6 9 度から8 0 度と、中央アジアの北東に位置している。大陸性気候で寒暖の差が激しく、年間を通じて降水量は少ない。緯度はほぼ日本の北海道と同じで、首都ビシュケクの7月の平均気温は2 5 ℃、1月の平均気温は5℃ と北海道の十勝地方の気候とよく似ている。
  訪問目的は、この国で展開されているJICAの「バイオガス普及支援プロジェクト」の運営指導ということであった。このプロジェクトは、同国にバイオガス・プラント技術を普及させ、これを中核技術として農村住民の生活改善を推進しようということにある。

2. 子供たちが自慢する「きれいなトイレ」
  生活改善の推進は具体的には、貧しい農村にバイオガス・システムを導入して、発生するバイオガスをエネルギーとして調理や入浴、暖房に利用し、副産物として投入原料と同量出てくる発酵後の消化液(発酵残渣〔ざんさ〕)を肥料として利用する技術を普及させることである。バイオガス技術の良いところは、燃料となるバイオガスができるばかりでなく、消化液を肥料として利用できるところにある。両者が生産物ということもできる。併せて、生活環境の改善を図る試みが取り入れられ、一挙両得ではなく、一挙三得? をもくろんでいる。
  バイオガス・プロジェクトは、家畜の「糞〔ふん〕」ばかりでなく、人間の屎尿〔しにょう〕、つまりは「ウンチやオシッコ」も原料にしてしまおうというところが面白い。「ウンチやオシッコ」を効率よく集めるという理由で、すべてのプラントに水洗トイレを設置している。キルギスの農家のトイレは、母屋から離れた畑の隅に、穴を掘って屋根をかけただけのものが多い。衛生的ではなく、とくに女性や子供には苦痛の種である。しかし、これは遊牧民族の文化であって、家の中にトイレを容いれることには、かなりの抵抗感があるようだ。


写真1 農家に設置された水洗トイレ


写真2 キルギスの山々

 屎尿もバイオガス・プラントの原料として利用できることをよく説明し、トイレやシャワー室を家の中あるいは居住空間に隣接して設置した。遊牧民族のキルギス農民にとっては、一大決心を要することであった。しかし、子供たちは「僕の家のトイレは家の中にあり、きれいで、臭いもしない」と、学校で自慢した(写真1)。
  個人的には、いくつかの開発途上国での仕事の経験から、上・下水の衛生管理が農村・農業開発の第一歩と考えている。キッチンやトイレがきれいなると、生活を改善することに意欲がわき、飛躍しすぎるが、農業の機械化(著者の専門は農業機械)にも、好影響を与えると考えている。

3. エネルギー事情とバイオガス・プラント
  キルギスのエネルギー事情はこのところ芳しくなく、ここ1 0 年で、電気は4倍、天然ガスは7倍に高騰している。加えて肥料も2倍になっている。昨年、暮れも押し詰まって、電気代はさらに2倍になった。このような情勢を背景に、十分に活用されてこなかった畜糞や屎尿から、エネルギーや肥料を生み出せるというバイオガス・プラント技術は、その重要性をいっそう広く認められて、プロジェクト・オフィスにも、毎週、多くの農民が遠くからもやってくる。
  このプロジェクトは、JICAの「キルギス共和国バイオガス技術普及支援計画」として2年前に始まり、開始後2年間にして、1 0 か所のモデル・プラントを建設している。首都ビシュケク近郊に3 か所、さらにビシュケクから5 0 0km ほど離れ、イシク・クル湖の東端に位置するカラ・コルという町の周辺に7か所が点在している。町は、天山山脈の最高峰ポベダ(ロシア語で勝利の意。勝利峰)への登山口にもなっている。イシク・クル湖は東西が約1 8 0km、周囲が約7 0 0km と琵琶湖の9倍ほどの大きさで、湖の色は吸い込まれるように青い。「中央アジアの真珠」、あるいは「キルギスの海」と呼ばれ、南北を万年雪や氷河を有する7000m級の山々に囲まれている(写真2)。
  ビシュケクからカラ・コルのモデル・プラントまでは、この湖畔を約5 0 0km、5.6時間をかけて車で移動しなければならない。道路は日本のように整備されておらず、凹凸が多い。冬期間は当然に雪道となる。周囲の風ふう光こう明めい媚びと引き替えに、腰痛と疲労という負荷と戦わなければならない。
  カラ・コルは北緯4 2.5 度に位置しているが、イシク・クル湖の影響か、海抜2 0 0 0mの高地でありながら、それほどに寒くはならない。この湖は海抜1 6 0 0mに位置する、世界でも珍しい高山湖なのであるが、不思議なことに冬も凍ることはない。ちなみに「イシク・クル」は、キルギス語で「熱い湖」という意味のようである(写真3)。


写真3 “ 熱い湖” イシク・クル湖

写真4 ドーム型発酵槽

写真5 バイオガスを利用した共同浴場

 カラ・コル周辺のモデル・プラントは、1か所を除きすべて1 0 立方メートル(発酵槽の大きさで規模を表す)の小型個別農家向けとなっている。モデル・プラントであるため、3つの異なるタイプを建設している。一つ目はタンク型と称し、円筒形のタンクを地下に埋設する。二つ目はドーム型と称し、文字どおり円柱型のレンガ製のタンクに半球状の屋根をかけた発酵槽で、ドーム部分だけが地表に出ている(写真4)。三つ目はカナル型で、これも文字どおりで長さ1 0m、幅1.5mのV字型発酵槽で、その上にビニールハウスを設置している。農家は、この中でのキュウリ栽培を計画している。
  これらとは別に、25立方メートルの発酵槽のもので、他国の援助で設置されたが、まったく稼働したことがないプラントがあり、その修復業務がある。このプラントには、それを稼働させることの他に、その後このプラントをどのように運営するかという、一見関係のないような課題もある。このプラントは共同浴場であるが、利用農家は7戸で、残りの農家は自宅に浴室の設備を持っている(写真5)。すなわち、7戸の農家が共同で家畜の糞を集め、プラントに投入してガスを発生させ、そのエネルギーでシャワーを浴び、残ったエネルギーをどうするかを決めなければならない。日本的に考えると、至極簡単なことに思える。しかし農協組織をもたない、共同作業に慣れないキルギスの農家の人たちにとっては、大いなる問題のようである。この組織が円滑に動かないことには、プラントは稼働しない。厳冬期は1日か2日かの管理ミスで、配管などが凍結してしまう。
 
4. COP1 5とキルギス
  初めての訪問後、期せずして1か月後に、この「バイオガス普及支援プロジェクト」のチーフ・アドバイザーとして、キルギスに赴任することになった。
  折しも、デンマークのコペンハーゲンにおいて開催されているCOP1 5(国連気候変動枠組条約第1 5 回締約国会議)の展開が、世界のメディアで大々的に報じられている頃であった。
  COP1 5 は数年前からポスト京都、すなわち京都議定書で決められている第1約束期間( 2 0 0 8 .1 2 年)の温室効果ガスの削減義務に加えて、1 3 年以降の削減方向が決定されるものと期待されていた。しかし、「総論賛成、各論反対」という予測されていた結果が、そのまま現実のものとなった。国家主権を国際条約によって制限されることになるので、国家間の主張が激しくぶつかり合うことは当然であろう。
  一般的には、経済成長とエネルギー利用量は比例すると考えられている。したがって、経済成長を続ける国が温暖化ガス削減のために、化石燃料の使用を制限すれば、成長はすぐに鈍化してしまう。開発途上国の側には「現在の気候変動は、化石エネルギーを大量に使用して経済成長を遂げた先進国の責任であり、まず先進国が大幅な削減目標を示すべきだ」という主張がある。
  一方、先進国側には「現在の温暖化の急激な進み方からみても、今後、全体的に経済成長が予測される開発途上国も、一定の削減義務を負わなければ、将来の気候変動を防止できない」と主張し、意見はかみ合わない。
  地球のために何かをしなければならないということでは、共通した考えを持つようになったが、各国の立場はさまざまで、交渉の駆け引きも複雑化している。「産油国は利益の減ること」をおそれ、一方で「海面上昇で沈みそうな国や砂漠化の危機にさらされている国は、国の存続自体が危うくなること」をおそれている。
  報道によると、キルギスやカザフスタンの代表も、COP1 5 に参加した模様である。
  キルギスにおいて、温暖化によるであろう影響をみると、2008年7月、天山山脈の標高3700mにある「ズンダン氷河湖」が急速に拡大し、湖ができ始めてからほんの2か月半で決壊してしまった。土石流が発生して住民3人が死亡し、農家ばかりでなく畑や道路にも被害が出た。氷河湖の決壊は各地で起こっているが、このように短期間で決壊する例はない。天山山脈の氷河は全体的に後退しており、決壊も気温上昇により、氷河の溶ける量が急激に増したためとみられている。これまでの氷河湖決壊の例をみると、できてから決壊するまで数十年かかっており、今回のような短期間での決壊は、急速な温暖化を示す例として注目されている。
  キルギスは、豊富な水系を利用した水力発電が利用エネルギーの9 5%を占める。その意味では、地球温暖化対策優等生国である。しかし、昨今のエネルギー需要の増加から電力不足が生じ、2 0 0 8 年からは計画停電が行われ、エネルギー価格は高騰し続けている。
  一方、政府も2 0 0 8 年に「再生可能エネルギー法」を制定し、水力と太陽光に加えてバイオガス・エネルギーの開発に力を注いでいる。同時に世界的な地球温暖化対策に呼応して、エネルギー効率の向上にも力を注いでいる。再生可能エネルギーの潜在能力も、現在消費されている量の半分以上に相当する量があるとされているが、そのうちの0.2%しか利用されていない。
  このような背景を考えても、現在実施されている支援プロジェクトは、同国のエネルギー事情および低炭素型農業に、多大な貢献をするものと考えている。


写真6 バイオガスで調理する主婦

写真7 多くの農家がバイオガス・プラントに関心があり
オフィスを訪れる(説明する筆者、左2人目)

5. 安定的バイオガス技術の普及
  プロジェクトは、2010年12月で終了する。残りは10 か月程度しかない。課題はたくさんあるが、設置したモデル・プラントがこの厳冬期にうまく立ち上がり、安定的に運転できることを第一に考えている。今は農家の主婦が「ガスが出ました。ただで調理ができます。シャワーも使えます」と喜んでくれる(写真6)。また、毎週、数人の農家の方が、「バイオガス・プラントを作りたいが、どうすればよいのか?」と訪ねてくる。なかには、冬道を数時間かけて、家族で来てくれる農家もある(写真7)。
  しかし、こうした喜びや期待を裏切らないためには、来年の冬も同じようにバイオガス・プラントが動いていなければならない。そのためには、共通する運転マニュアルが必要で、立ち上げの手法から日常運転までを細かく、かつ農家が理解できるように、簡明に記述する必要がある。
  もちろん、それぞれのタイプごとに施工マニュアルも作らなければならない。入手可能な資材を選定し、農家が施工可能な工法を工夫し、施工コストの低減を図らなければならない。修理、メインテナンスの手法も確立しなければならない。さらに、低コスト化や融資制度の検討も必要であろう。
  ともかく、「キルギスにバイオガス・システムが普及していくための基礎づくりを、しっかりお手伝いできれば」と考えている。

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