「開発途上国の森林減少・劣化による温室効果ガス排出量の削減」の取組みの動向

早稲田大学 人間科学学術院 教授 天野正博


1. 森林の炭素収支と京都議定書
  人類は1 8 5 0 年から1 9 9 8 年までに、約2 7 0 0 億トンの炭素を、化石燃料の使用やセメント生産を通して大気中に放出してきた。一方、森林減少を主とした土地利用変化で1 3 6 0 億トンの炭素を放出してきた。大気中の炭素は海域と陸域生態系に吸収されているが、排出量が吸収量を上回っているため、大気中の炭素はこの間に1 7 6 0 億トン増加している。これを大気中の二酸化炭素(CO2)濃度でみると、2 8 5ppm から3 6 6ppm への増加となっている(IPCC〔Intergovermental Panel on Climate Change : 気候変動に関する客観的、中立的な情報を提供するために、1988年に世界気象機関と国連環境計画によって設置された国際学術団体である「気候変動に関する政府間パネル」の英字の略称〕, 2 0 0 0)。
  全地球の炭素収支を図1に示したが、陸域の炭素吸収量は2 3 億トンと推定される。一方、土地利用変化によって、毎年1 6 億トンの炭素が排出されていると推定される。土地利用変化による排出については8 7%が森林地域での土地利用変化や伐採、森林火災、1 3%が草地での耕作によると推定されている(IPCC, 2 0 0 1)。大気中の炭素の吸収も、陸域では森林生態系の働きに大部分を依存している。
  このように陸域は、化石燃料の使用などによる大気中への炭素排出量6 3 億トンの約1/ 3を吸収していることから、植林や森林管理技術を用いてCO2 吸収能力を促進させる取組みが、京都議定書に組み込まれた。しかし、第1約束期間( 2 0 0 8 .1 2 年)においては、先進国の森林が対象となっただけで、開発途上国の森林については植林のクリーン開発メカニズム(CDM)という、先進国と開発途上国が共同して実施する植林プロジェクトでのCO2 吸収量が、各国の削減目標達成に用いる仕組みとして認められたものの、ほとんど機能しなかった。


図1 1989〜98 年にかけての平均的な年間炭素収支


図2 気候帯別の炭素貯蔵量

2. 気候帯別・地域別にみた森林生態系の炭素収支
  森林生態系は、バイオマスと土壌の中に大量の炭素を貯蔵している。図2は気候帯別の1 9 9 8 年頃での森林植生と地下1mまでの土壌中の炭素貯蔵量を示したものであるが、森林バイオマスに注目すると熱帯の森林に圧倒的に多いことがわかる(IPCC, 2 0 0 0)。熱帯地域では湿地を除いて土壌の厚さが薄く、土壌中の有機物の分解速度が速いため、土壌中の炭素量が北方林に比べ極めて少ない(IPCC, 2 0 0 0)。地球全体では森林植生に3 5 9 0 億トン、土壌中に7 8 7 0 億トンの炭素が貯えられている。ただ、森林生態系内での炭素量は自然環境や人為インパクトにより、局所的に大きな変動があることから、情報の収集手段や推計手法、推計時点の違いにより、さまざまな推定値が公表されている。たとえば、国連食糧農業機関(FAO)の「2 0 0 5 年森林資源評価報告書」(FAO, 2 0 0 6)では、バイオマス中の炭素量を3 2 1 0 億トン、地下3 0cm までの土壌と落葉中の炭素を3 1 7 0 億トンと推定している。この数値に基づけば、森林生態系内の炭素貯蔵量は大気中の炭素蓄積量とほぼ同じと言える。


図3 地域別の森林バイオマス中の炭素貯蔵量の推移


図4 地域別の森林面積の増減

 森林と温暖化の関係を論ずる場合には、森林生態系内の炭素貯蔵量だけでなく、森林の炭素収支を見る必要がある。図3は、1 9 9 0 年、2 0 0 0年および2 0 0 5年における地域別の森林バイオマスに含まれる炭素貯蔵量を表したものである。炭素貯蔵量の増加は森林が吸収源であること、減少は排出源であることを示している。これをみるとヨーロッパ・北および中央アメリカが吸収源、アフリカ・アジア・南アメリカが排出源であり、吸収量・排出量ともに、増加傾向にあることがわかる。なお、炭素収支を論ずるのであれば、正確には土壌中の炭素の変動量もみる必要があるが、現時点では広域における土壌炭素の変動を表す統計情報の入手は不可能である。
  炭素貯蔵量の変化は、森林面積の増減に負うところが大きい。森林が増加する地域ではCO2 の吸収源となり、減少しているところでは排出源となる。そこで、各地域の森林面積の増減を見ると図4のようになっている。これをみると先進国は増加か横バイ、アジアを除いた開発途上国は大幅に森林面積が減少している。アジアの森林面積が2 0 0 0 年以降に増加しているのは、中国が大規模な植林を実施しているためで、中国を除けばアジアの森林面積は減少傾向にある。このように図3および図4から、森林減少によって多くの炭素が放出されていることがわかる。人為活動による温室効果ガス排出量の約2 0%は、森林減少が原因と推定されている(IPCC, 2 0 0 0)。


図5 開発途上国の分野別炭素排出量

 2000年から05年の間に、年平均で1290万ha の森林が消失している。一方で新規植林や自然回復による林地の拡大もあり、年平均の森林面積の純減は730万ha である。ただ、森林減少の6割はブラジル、インドネシアの2か国で占められる特異な構造になっている。一方、森林面積が増加している国は先進国を除けば中国、インドなど一部の開発途上国であり、大多数の開発途上国では森林分野は排出源であり、図5に示すように開発途上国全体の排出量でみると土地利用変化と森林分野からの排出量がもっとも多い。この森林減少由来のCO2排出量は58億トン(15.8億炭素トン)と推定されている(IPCC, 2007)。以前のIPCC報告書でも、森林減少による森林からのCO2 排出は報告されていたが、「第4次評価報告書」(IPCC, 2007)では、気候変動枠組条約締約国会議(COP)での森林減少に関する議論の高まりを受け、森林減少の抑制が迅速な温暖化対策になることを強調している。迅速な効果とされるのは、光合成によるCO2吸収は樹木の生長に伴う、比較的ゆっくりした貢献であるのに対し、森林が減少する際には一気に大量のCO2 が大気中に放出されるので、これを防止する効果が大きいためである。
  森林減少だけでなく、火災や病虫害、気象害(干害、風害など)や、焼き畑、不適切な伐採などから生ずる森林劣化によるCO2 の放出も看過できない。図3をみるとアフリカ、南アメリカだけでなく森林減少が止まったアジアにおいても、炭素貯蔵量が着実に減少していることがわかる。被害後も森林蓄積は回復せず劣化したままの森林は、開発途上国全体で年平均2 4 0 万ha ずつ増加しているとみられる(IPCC, 2 0 0 7)。

3. 気候変動枠組条約による森林減少・劣化の抑制方策
  気候変動枠組条約のCOP10、11 あたりから、パプアニューギニア、コスタリカが中心となって、開発途上国が熱帯林減少を止める努力に対し、炭素クレジットを取得できるプログラムの提案が出されるようになった。当初は乗り気でなかった先進国も、IPCCの「第4次評価報告書」で熱帯林減少を止めることが大気中の温室効果ガス濃度の安定に不可欠とされたこと、2006年に出されたイギリスのスターン報告でも熱帯林減少抑制を積極的に評価したことなどを受け、次第に熱帯林問題に前向きになった。07年にバリ島で開催されたCOP13 において、第2約束期間から「開発途上国の森林減少・劣化による温室効果ガス排出量の削減(REDD: Reducing Emmisions from Deforestation and Degradation)」を取り入れるための議論が、気候変動枠組条約の交渉日程に正式に書き込まれた。そして、09年12月にコペンハーゲンで開催されたCOP15 において、下記の事項がREDDの対象として取り上げられることが決まった。
(1) 開発途上国の分野別炭素排出量 森林減少による温室効果ガス排出量の削減
(2) 森林劣化による温室効果ガス排出量の削減
(3) 森林の持つ炭素蓄積の保全
(4) 持続可能な森林経営
(5) 森林の有する炭素蓄積の強化
  また、各開発途上国の森林政策や森林管理および炭素蓄積のモニタリング、報告などに対する能力を向上させる段階を設けること、先住民の権利や知識への配慮についても、REDDの実施において重要であることが、決定文書に書き込まれた。

4. REDDの運営方法として議論すべきこと
  2010年11月.12月にメキシコ市で開催されるCOP1 6 までの1年間をかけて議論されるのは、以下の事項である。
(1) REDDによる削減量の評価方式
  現状のままで推移した森林減少・劣化に対し、REDDの取組みで森林減少・劣化を抑制した分を、REDDの成果として評価する方式を具体化する。
(2) クレジットの算定と発行方式
  開発途上国がREDDによって得られるクレジットは、国レベルあるいは準国レベルで評価し発行することになっているが、REDDで達成した削減量をどのようにクレジット化し、どのように発行するかを決める必要がある。
(3) 資金提供方法
  REDDを実施するための資金や、そのために各国政府の政策遂行能力やモニタリング制度の整備、住民の能力を向上させるための資金を、どのような形で先進国や国際社会が提供するかを決める必要がある。すでに、日本が拠出している世界銀行の森林炭素パートナーシップ基金(FCPF)やUN.REDDプログラムといった国際基金、オーストラリアやノルウェーが行っている二国間の基金がREDDに用いられている。
(4) REDDに関連する活動の基準
  どのような活動を、REDDの対象とするかについての基準作りを行う必要がある。
(5) 基金方式と市場方式の連携方法
  現在は、開発途上国のREDDに関連した能力向上のための基金と、REDDによって得られるクレジットの市場における販売収入を原資として、途上国が森林減少・劣化の抑制に努めることになっている。今後は、両者をどのように組み合わせていくかについて、具体的に議論することになる。

<引用文献>
1.FAO(2001), Global Forest Resources Assessment 2000, 479pp, FAO
2.FAO( 2 0 0 6 ), Global Forest Resources Assessment 2005, 320pp, FAO
3.IPCC( 2 0 0 0 ), Land Use, Land-Use Change, and Forestry, 377pp, Cambridge University Press
4.I P C C( 2 0 0 1 ), C l i m a t e C h a n g e 2 0 0 1 .Mitigation., pp3 0 1 .3 4 3, Cambridge University Press
5.I P C C( 2 0 0 7 ), C l i m a t e C h a n g e 2 0 0 7 .Mitigation., pp5 4 1 .5 8 4, Cambridge University Press
6.World Bank(2008), The little green data book 2007, World Bank

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