─マラウイ─
農民による灌漑施設の建設、運用、
維持管理に向けた新たな取組み

株式会社 三祐コンサルタンツ 海外事業本部 家泉達也

1.はじめに
「プロジェクトの『後』を追わせない。農民と普及員が『共』に創り上げていける灌漑プロジェクトを追求する。簡単な技術で、そこにいる人材で、そして、そこにある資材を使いながら、広域に展開していく」
  これは現在ザンビアで実施中のJICA「小規模農民のための灌漑システム開発計画調査〔注 )詳細 http://cobsi.web.fc2.com/ 〕」が目指す、持続的開発アプローチである。こうした考え、視座は、かつてマラウイで展開された小規模灌漑開発調査( 2 0 0 2 .0 4 年)が原点となっている。
  本稿では、小規模灌漑開発とその普及に新機軸を打ち出すこととなった、マラウイにおける上記調査について、いくつかのキーワードとともに振り返る。

2.アフリカの灌漑、マラウイでの新たな取組み
  マラウイをはじめ、アフリカにおける灌漑の歴史を紐解くと、いずれも計画、設計、施工は政府が主体であり、かつ灌漑施設とシステムの運用、維持管理についても政府が直接的に実施してきた。ガーナやケニアでは、支線水路毎に農民を組織化し、水路の維持管理を農民組織に委譲する試み(IMT; Irrigation Management Transfer)がなされてきたが、いずれにしろこれまでの灌漑開発ならびにでき上がった灌漑施設のO & M(維持管理)における主役は政府であった。

写真1
写真1 堰建設中
現地材料を使って建設中の堰(川幅約6m)

 もちろん、農民レベルで実施してきた小規模な灌漑(伝統的な灌漑)も、たとえば降雨に恵まれるケニア山麓など一部地域では古くから実施されてはいたが、農民が自前で灌漑システムを建設し、運用と維持管理までをプログラム化して実施したのは、本件調査がおそらく初めての試みであろう。
  マラウイでは、多くの灌漑施設が建造されてきたが、1人当り国民総所得が1 6 0 ドル、同国内総生産の成長率が. 0.2%の状況下(つまり、人口増加率が経済成長率を上回っている)、もはや政府にそれら灌漑施設を維持管理する余力はない。ましてや、新規の灌漑開発や施設建設は困難を極めており、いまや全農家の7割を占める小規模農家に対する農業生産基盤の整備支援は大きく立ち遅れている。そのため、マラウイ政府は小規模農家の貧困削減に向けた手段として、小規模灌漑の振興による農業生産性と生計の向上を挙げており、小農を対象とした灌漑開発を国家的な緊急課題として位置づけている。
  そのため小規模灌漑普及にあたっては、取水堰をはじめとする主要な灌漑施設の建設に際し、必要材料は外部から持ち込まず、あくまで現地にある材料(木や竹や草、粘土など)を用いることを基本としている。また、それら建設材料の調達にはじまり、施設の建設自体も農民が行い、さらに完成後の運用、維持管理のすべてが農民の手によって、将来にわたって営まれていくための仕組み作りとその普及方法を提案している。

写真1
写真2
写真2
貯水深約1mのブラッシュ・ダム
写真3
幅約4mの小河川に建設中の堰
/背景(右下)

 本件調査では、パイロット事業の実施中に2 8 7 か所の小規模灌漑サイトを開発し、その後に引き続いて実施されたJICA技術協力プロジェクトと合わせ、本開発調査で普及を開始した2 0 0 3 年から0 8 の6年間に1 9 9 1 か所の小規模灌漑地区が開発されている。小規模灌漑展開の中心となっているのはフロントラインの農業普及員であるが、彼(彼女) らが、いつやって来るか分からないドナーからの支援が必要な中.大型のプロジェクトを待つよりも、農民と「共」に行う、実施可能で持続的な小規模灌漑開発の技術を習得したことが、この爆発的なサイト数増大に繋がった。
  先述のとおり、マラウイにおける小規模灌漑はその施設建設材料にセメントや鉄筋を使用しない施設、すなわち恒久的な施設ではないことから、取水堰などは雨期(洪水期)を乗り切ることができない。そのため、取水堰は毎年更新することになる。雨期の初め、洪水による流失を避けるため、また、河川通水の阻害となることを回避するため、取水堰はいったん取り外され、主要な部材はコミュニティ内に保管する。そうして翌乾期の始まりに、それら保管した部材を再利用しつつ、取水堰を建設し直すことが必要である。
  このように繰り返される灌漑施設の建設、とくに自然材料で建設する簡易の取水堰は、一見したところ非効率であるが、実は、毎年、毎年、農民が自前で更新可能な技術レベルであること自体が持続性を担保するものであり、世代から世代へと伝えられる、すなわち「文化としての小規模灌漑」の発現可能性をもっている。いわゆる「高度で高価な技術」が現地の文脈に適応できる場面はむしろ少なく、それより在地の技術に目を向け、発掘し、応用していく姿勢が求められた。

写真4
写真5
写真4 河岸の岩肌を這う水路
写真5 沢を渡る水路橋

3. それまで小規模灌漑が普及してこなかったワケ、技術のパラダイムシフトと普及ツール
  ところで、マラウイでは本件調査が行われる以前から、すでに小規模灌漑振興が試みられていたが、発展的普及には至っていなかった。その主たる技術的原因は、「取水堰をはじめ現地の施設建設技術は往々にして、サイト条件に対する適用能力が低く、開発適地が極めて限定されていた」、「技術レベルが開発現場での適応性を著しく超えており、普及員でしか(あるいは普及員にあっても)対応できない、すなわち農民には導入困難な技術であった」、「小規模灌漑開発の規範となる作業手法や普及展開に係る技術体系が不備であった」、さらには「セメント、鉄筋といった施設建設資材は、政府やNGOからの無償供与に依存しており、資材供給が途絶えて工事が中止になった現場が多数ある」などであった。
  これらの問題の解決に際して、もっとも留意すべきことは、「開発した技術や手法が、実地の現場で、いかに実効性を発揮できるか」にある。なかんずく、小規模灌漑開発の入り口ともいえる取水堰や用水路建造技術の適否が、その後の灌漑開発の全国普及に及ぼす影響の大きさを考慮すると、考案した技術やアイデアの試行錯誤を繰り返し、そこから得られる教訓をふまえて、問題点を克服していくことが最善かつ現実的な選択である。本件調査では、そのため、その実践と実証の場としてのパイロット事業を通じた技術開発と普及システムの確立に取り組んだ。
  パイロット事業では、灌漑施設は「そこにある資材」を使用して農民自身が建設し、運用と維持管理ができ、かつ容易に模倣できる技術レベルであることを目指すとともに、事業を通じて政府灌漑技師や農業普及員や農民の灌漑技術力の向上と促進を実施方針とした。そのため、わが国の伝統工法から本件に適用可能な技術と事例を分析する一方、在地の技術と現代技術を組み合わせることで多様な技術を考案し、試行を経て実用化した。かつて、武田信玄が河川治水に用いた聖牛(せいぎゅう)の基礎である「牛枠(うしわく)」が利水技術として関東平野で利用されたものをモデルとして導入した取水堰はその一例である(写真7)。

写真6−1
写真6−2
写真6−3
オフセットラインレベリング
ラインレベルで水準を見る農民
ラインレベル:簡易水準器
写真6 ラインレベル(簡易な水準測量)

写真7
写真7 牛枠をモデルに建設された簡易取水堰
農民が自前で建設、維持管理する取水堰(延長約20m、水深約1m)
/背後を支える三角支柱(左下)

 自ら施設を造り維持管理していく人々に、真に活かされ、根付く技術を模索した本件調査では、在地の技術を改良して、その適用範囲を拡大し、またそれまで現地にはなかった技術を新たに定着可能なレベルで導入したことで、灌漑開発可能なサイトを増大し得た。開発されたサイト周辺では、近くの農民が施設建設技術をコピーし、独自で灌漑開発に向かう相乗効果も生んでいる。
  普及展開には、その一方策として小規模灌漑開発のためのガイドラインを編纂(へんさん)した。政府灌漑技師、普及員および農民が現場でこれを参照しつつ、小規模灌漑開発を実践していくことを企図したもので、パイロット事業で試行の末に確立した数々の技術や手法や教訓をもとに、小規模灌漑開発技術を体系化している。
  マラウイでは中央→地方農政局→県農業事務所→ 普及所を経て農民に至る農業普及機構が確立しており、ガイドラインの有用性をフル活用するには、この階層化された普及構造の各利用者層別に対応することが効果的である。そこで、地方農政局と県農業事務所の灌漑職員向けには「包括的ガイドライン」を、普及員とその支援に当る県農業事務所の灌漑技師向けには「技術マニュアル」を策定した(写真8)。前者は、小規模灌漑開発の戦略とフレームワークに始まり、取水地点の決定、適切な取水堰タイプの選定、河川流量に応じた開発面積の算定などの手法を体系的に論じている。また、後者は実際の施設建設に役立つより実践的な技術書であり、イラストを多用して作業工程を説明することで、利用者の視覚による理解の一助とした。
  さらに、小規模灌漑の全国的な展開と普及を図るためリーフレットやポスターを作成し、最前線の普及員事務所を通じて農民に配布した(写真9)。これら広報用ツールでは、小規模灌漑の紹介、安価で容易に建設できる灌漑施設、灌漑からの便益などを平易に解説して、農民の関心を惹く内容としている。

写真8
写真8 普及員、農民用の技術マニュアル例
 
写真9
写真9 普及用リーフレットの表紙

4. 「そこにいる人材」、点から面への展開
  人は人に教えるとき、すなわち自らの言葉で語るとき、その知識は初めて自らのものとなる。調査団から農業普及員へ、その普及員から同僚の普及員へ、普及員から農民へ、農民から農民へと、自らが学び経験したことが、そこにいる人々の中で伝播していくとき、彼(彼女)らの知識と技術はその地域の文脈の中で生きる資産となり得る。本件調査では、調査団から灌漑技術師や普及員への技術移転を小規模灌漑普及への開始点としつつも、一歩進めて政府職員から政府職員への技術移転の「場」を提供することで、その後の面的展開を可能とする普及体系を確立した。
  人材を外部から連れてくるのではなく、現場の人的資源、「そこにいる人材」を活用する。その人材、普及員は技術とともに現場に残ることとなり、研修を受けた普及員は、学んだ技術を周辺のコミュニティに対し試行していく。実用的で住民がすぐにでも始められそうなことを、コミュニティ単位で住民を対象に現場研修を行っていく。それにより、住民の工夫やアイデア発現の呼び水とすることもできよう。すなわち、住民同士の相互啓発に加え、普及員と住民間での相互啓発も生まれる。できるだけ多くの人々が知恵を出し合える機会を整えることが、うまくいく確率を高めていく。その際、多少の失敗は発生しようとも、それはあくまで点としての失敗と考え、そこで得られた教訓こそを次段階へのフィードバックとして活かしながら、面への展開に向かっていくこととなる。成功か失敗かという2者選択ではなく、面(点のプロジェクトから、点の集合としての面へ)として進めるなかで、灌漑が暮しの一部となる地区を増やしていくアプローチである。

写真10
写真10 研修の様子

5. 小規模灌漑、今後への展望と結び
  パイロット事業や技術協力プロジェクトで得られた成果から、本件調査で提案および実践した小規模灌漑開発アプローチは、小農の食料確保と生計向上に寄与したのみならず、事業関係者の灌漑開発技術力の向上にもつながる有効な方法を提示した。マラウイの小規模灌漑は、その後、恒久施設を中心とする中規模灌漑開発へと連動している。
  今後、小規模灌漑には、灌漑開発の各段階に呼応するため、農民が行う中小規模ため池の建造など、いっそう多様な技術の案出が必要である。さらに、灌漑開発は水源となる流域の環境に影響を及ぼすことから、灌漑用水を利用して植林用の苗床建設を行うなど、灌漑と植林を融合した流域保全対策を含む、小規模灌漑開発の総合技術体系を構築していくことも必要となろう。さらに、冒頭にも記したように、マラウイ小規模灌漑を通して得られた知見や経験の一部を活用しつつ、隣国ザンビアでもその普及展開の試みに向け端緒が開かれている。

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