─ベトナム─
参加型水管理への取組み

国際協力機構(JICA) チーフアドバイザー 大平正三
同専門家 平林秀紀
同専門家 齊藤一俊

1. はじめに
  参加型水管理(Participatory Irrigation Management;PIM)とは、灌漑管理のあらゆる面で水利用者である農民の意見を反映させ、農民自らがその実施に参加する概念であり、現在、世界的な取組みが行われている。ベトナムにおいても、1 9 9 0 年代後半から2 0 0 0 年代初めにかけてPIMの取組みが相次いで始まり、世界銀行、アジア開発銀行などの援助機関がその灌漑プロジェクトにおいてもPIMを重要なコンポーネントとして展開している。今回、JICAプロジェクトでは、現場レベルでの活動を中心とした取組みを実施しているので、ここに報告する。

2. ベトナムの概要および水管理の現状
(1) ベトナムの概要
  ベトナムは、日本と同じように南北に長く、その国土は約3 3 万2千平方キロメートルであり、地形状は丘陵地と山地とで構成され、平地の割合は約2 0%にすぎない。ベトナムの北部は大部分が高地と紅河〔注)鉄分を含有し赤味を帯びているので「赤い河」と呼ばれる。別名ホン川〕デルタで構成され、約1万5千平方キロメートルの面積を有する平坦な紅河デルタは、南部のメコンデルタより面積は小さいが、活発な開発が進められ人口密度も高い。そして、全国土の約3 0%にあたる9万4千平方キロメートルが農地とされている。
  南北に長いベトナムでは、緯度差ならびに地形上の違いから地域ごとに大きな気候の違いがある。南部の平野部では、年間を通して温暖である一方、北部地域や山間、高原地域においては、季節による大きな気温差が見られるのも特徴である。年間降水量は南部のホーチミンで約2 0 0 0mm、北部のハノイで約1 7 0 0mm である。
  人口は約8 6 0 0 万人( 2 0 0 8 年)で、0 1 年のデータでは就農者は約2 5 0 0 万人と就労者の約7 0%を占めており、依然として農業が国の基幹産業で、GDP の2 3%を占めている。なお、紅河デルタのある北部地域は、戸当たり面積が0.4ha で、コメも自己消費が中心となっている。
(2) 水管理のシステムと現状
  ベトナムにおける灌漑管理のシステムは、各地方省の農業農村開発局(Department of Agriculture and Rural Development;DARD)の管轄下にある灌漑公社(Irrigation Management Company / Enterprise;IMC / IME)がダム、頭首工、幹線水路などの基幹施設を、圃場レベルにおける末端施設については、各コミューン(村)毎に組織されている農業協同組合(Agricultural Production Cooperative;APC)が管理していることが一般的である。灌漑管理について、IMCは省政府の補助金と農家からの水利費で、APCは農家からの水利費で運営されている。ちなみに建設に関しては、本的に基幹施設については中央政府が、末端施設については地方省が責任を負うことになっている。
  灌漑管理を行うIMCは全国に約9 0 社存在し、APCは8 0 0 0 以上の組織があるとされている。加えて2 0 0 0 を超えるその他の水利組織があり、それらが連携しあって水源から末端、圃場への配水を管理している。しかし、IMCとAPCなどの水利組織間の関係には情報の共有や管理の連携などの点で課題があり、加えて施設の劣化や機能低下が進行しており、国、地方省は財政の制約上、これらを改善する資金力も十分とはいえない。また、末端圃場では、十分な水供給を受けられない農家は資金面の問題や意識の低さから灌漑管理への参加が少なく、水の効率的な利用が図られていない。

3. ベトナム政府の取組み
  これまで、ベトナムでは、援助機関の支援を受けて、多くの地域で灌漑プロジェクトが実施されてきた。世界銀行は国内6地域を対象に「水資源支援プロジェクト」を実施しており、主な内容として灌漑施設の整備と補修に力点を置いているが、PIMに関する人材育成も含まれている。アジア開発銀行も「紅河流域水利プロジェクト」で灌漑施設の補修と合わせて人材の育成に取り組んできた。その他にもIMC.APCの管理体制とは別に、新たな水利組合の設立を目的としたプロジェクトや管理公社などから農民組織への管理移管(Irrigation Management Transfer;IMT)のプロジェクトなどがある。この1 0 年あまりのベトナム政府は、機能低下の進む灌漑施設の改善と灌漑管理システムの改善に関する取組みを推し進めてきた。
  さらに、上述の取組みのなかで、PIMの導入に対応するため、2 0 0 4 年に「参加型水管理発展のための行動計画」が策定され、農民のニーズに合った営農と水配分にかかるノウハウの体系化および普及、そのための人材育成を目指すこととなった。0 5 年には、農業農村開発省の国立水利研究所(Vietnam Academy for Water Resources; VAWR)にPIM センターを設立し、国内における参加型水管理の普及に取り組んでいる。
  このような現状をふまえて、ベトナムにおけるPIMを中心とした灌漑管理の改善の取組みを支援することを目的とした本プロジェクト「農業生産性向上のための参加型水管理推進計画(参加型水管理プロジェクト)」が2 0 0 5 年からJICAの支援により開始された。

4. JICA参加型水管理プロジェクト
  本プロジェクトは、その名のとおりPIMを推進するものであるが、灌漑管理が生み出す結果(農業生産性の向上)もそのプログラムに取り込んだことが特徴といえる。本プロジェクトは、大きく分けて2つの活動を中心としている。1つは、モデルサイトにおけるPIM実践活動であり、もう1つは、研修活動で、モデルサイトにおけるPIM実践活動を通じて、研修機能を強化させる狙いがある。プロジェクトの実施機関はVAWRで、期間は5年である。
  プロジェクト目標は、「モデルサイトにおいて、農民リーダーと水利技術者の能力向上を通じて、農民参加による水管理が推進され、収量とコストとの両面で農業生産性が向上すること」である。活動によるアウトプットは、「〔1〕AWRにおいて農民参加による水管理を推進する機能が強化される、〔2〕IMC / IME の技術者が水管理に関する知識と技術と経験を獲得する、〔3〕モデルサイトにおいて、農民組織による水管理が改善され、作物の多様化が図られること」となっている。プロジェクト対象地域は、ベトナム北部2 6 省(モデルサイト2省3か所)である。
  プロジェクトの柱の1つである研修活動は、「〔1〕 VAWRスタッフへのPIMトレーナー研修、〔2〕IMC / IME技術者研修、〔3〕農家研修、〔4〕日本での研修」により構成されている。研修と並行して実施するのが、モデルサイトにおけるPIM実践活動である。これはVAWRスタッフ(PIMトレーナーを含む)、IMC / IME技術者と農家が各サイトにおいて、実際にPIMによる灌漑管理の改善活動を行うもので、そこから得た知識、経験、教訓を研修のなかに生かす仕組みである。

5. プロジェクトの取組みと成果
(1) モデルサイトにおける水管理の現状
  先に、ベトナムにおける水管理のシステムと現状について述べた。ここでは実際にプロジェクト活動において直面している、現場レベルでの現状について述べる。
〔1〕配水に関する現状
・ IMC / IME、APC(灌漑ブロック含む)、農家間の話し合いの場がなく、連携と意思疎通と情報共有が不十分である。
・ 配水スケジュールはイリゲーター(各灌漑ブロックのゲート操作等担当者)を通じて農家に口頭で伝えられるが、全員に伝えるのは困難である。
・ 灌漑ローテーションを無視して、水路壁や分水ゲートに開けた穴から好きな時に取水している。
〔2〕灌漑施設の現状
・ ポンプ灌漑(Hai Duong 省 Hop Tien 地区とGia Xuyen 地区)
  河川から引いた水路を水源として、ポンプで揚水し、幹線水路(レンガ製水路)を通じて末端水路(土水路)に配水。しかし、末端水路は用排兼用であり、圃場の地表面より低い位置にある。よって、末端水路に水を溜めて、そこから再度、手汲み(バケツ) や小型ポンプによる灌漑が必要となり、多大な労力を要する。
・ 重力灌漑(Quang Ning 省 Yen Dong 地区)
  ダムを水源として、ライニング水路(幹線水路)、レンガ製水路(二次水路)、U字溝(三次水路)を通じて田越しにより各圃場に配水(ポンプは使用しない)。しかし、二次水路、三次水路における穴開け行為、損壊による漏水により、末端まで十分な水が配水されない。
〔3〕水路の草刈が不十分で、水路内にゴミを捨てる。
〔4〕灌漑施設の通水能力が不足している。
〔5〕 灌漑施設の施工管理(とくに品質管理)に対する認識が不十分である。
  これら現状と課題からは、一見すると解決が容易そうであるが、農家と関係者にはこれら現状の把握と問題点に対する認識が欠如しているために、改善の取組みを行う際にはそれらが最大の障害となっており、その事を理解してもらうことが大きなテーマとなっている。

写真1
写真2
写真1 末端部における水汲み作業
写真2 水路の穴開け行為による取水

(2) モデルサイトにおける取組みと成果
  これらの現状を踏まえ、農家などモデルサイト関係者とVAWRスタッフは課題の解決に向けて参加型で取り組んでいる。従来、ベトナムではPIM活動を難しく捉えてきた傾向があるので、活動内容を明確にするため、現地での取組みは以下の4つの活動を中心に行っている。その際に、水管理は、末端圃場まで灌漑用水が到達し、農家の満足が得られることが重要と考え、また、既存の水管理組織(APC およびIMC / IME)を活用し、その水管理機能の能力向上に努めている。
〔1〕定期的な会合の開催(水管理組織の改善)
・ 地方政府、IMC / IME、APC、配水操作員、農家など、各関係機関が参加する会合を毎月開催している。
・ 現状の配水や施設の問題点について情報を共有し、問題点の解決と改善に向けて議論している。
〔2〕配水計画の策定(公平で効率的な配水の実施)
・ 各灌漑ブロックへ公平に配水するため、毎月の会合において配水スケジュール(各灌漑ブロック毎のポンプ運転時間など)を作成している(前月の配水に係る問題点と課題をふまえて、次月の配水スケジュールを決定)。
・ 農家も負担して集落内で村民への放送を行うスピーカー・システムの導入を図り、策定された配水スケジュールの周知に取り組んでいる。
〔3〕施設の維持管理の改善(適切な施設管理の導入)
・ 定期会合などを通じて、水路壁に開けられた穴からの取水が、下流域への配水量不足の主要因となっていることを説明し、下流域への適正な配水を行うため、取水穴の所有者と協議のうえ閉塞作業を実施している。
・ 末端水路の浚渫と草刈は、農家から負担金を徴収し、地元の婦人会や老人会などに作業を委託する仕組みをPIM活動の1つとして定着させている。
・ 施設管理(管理の内容、役割分担)、施設保護(施設破損者への罰則)に関する規定を作成し、関係者に周知している。
〔4〕施設の改善
・ 農家が要望する施設の改善と新設については、計画立案、建設などにかかる経費負担割合を定期会合などで議論したうえで実施している。
・ 施設の改善後においても、関係者による設置状況の確認、その後のモニタリングをふまえた更なる改善、改良点の議論を継続している。
  上記活動により、モデルサイトにおいて以下のような効果、成果が得られている。
・ 問題点の解決や改善など各種取決めについて、議論をふまえた関係者の同意により、民主的に決定できるようになった。
・ VAWRスタッフが問題点の解決と改善について、具体的かつ実践的に、技術的な支援をすることで、VAWRスタッフの実践能力、IMC / IMEスタッフの技術力が向上した。
・ Hop Tien 地区では毎月の配水計画の策定、配水情報提供のためのスピーカー・システムの導入によって、より安定した灌漑が可能となり、アンケート調査によると、配水に対しては、下流の流量が増加することにより農家の満足度が向上した。また、手汲みによる揚水の労力が減少している。
・ Gia Xuyen 地区では、スピーカー・システムの導入、水路末端部へのゲート設置により、従来に増して適切な時期に十分な灌漑が可能となり、ポンプ稼働時間の約2 0%の減少、水管理にかかる労働力の節減が実現した。
・ Yen Dong 地区では、二次水路から取水した水が末端に届かない課題があったが、管理改善後には到達流量が3倍に上がるとともに、灌漑水の安定化によりモデルサイト外に比べて、コメの収量が1 0%以上増加するなどの効果が現れている。
  これら灌漑管理改善活動の効果を通して、水管理に対する責任感は向上し、VAWRスタッフ、モデルサイト関係者、とくに農家の意識の改善がなされ、活動への参加意欲の向上、農業生産向上に向けた意欲(畑作面積規模の拡大、より商品価値の高い品種への転換など)の向上がみられるようになった。これらは、農家の間で生活の質の向上という実感をもたらし、さらなる灌漑管理改善へのインセンティブにつながることで、現在でも自主的かつ積極的な活動が続けられている。

写真3
写真4
写真3 モデルサイトにおける定期会合
写真4 施設改善後のチェック活動

(3) 研修活動
  本プロジェクトのもう1つの柱である研修活動については、以下のとおりである。
〔1〕 VAWRスタッフへのPIMトレーナー研修
    VAWRにおけるPIMトレーナー研修は、PIM に関する概念、ベトナムにおける事例などを中心に、日本における土地改良事業の仕組みや土地改良区の役割などを題材に実施した。PIMトレーナーは、その後現地でのPIM実践活動を通して、PIMに対する理解、経験、知識を深めて、能力と技術力をより高めていった。
〔2〕IMC / IME技術者研修
    PIMトレーナー研修をベースとして、より現場に近いレベルで実施しているのが、IMC / IME 技術者研修である。PIMの概念はもちろんであるが、流量測定や配水計画策定など、現場で必要となる具体的な技術実習も取り入れたのが特徴である。PIMが決して難しい話でなく、灌漑管理のうえで基本的な技術や知識が必要であることを研修しているので、現場レベルでもPIMに対する「気付き」〔注)国際協力の人材育成の場で用いられるawareness の訳語〕が高まっている。
〔3〕農家研修
   PIMトレーナーとIMC / IME技術者が講師となって取り組んでいるのが、農家研修である。農家が果たさなければならない義務やルールの遵守など、さらに基本的な講義をしている。一方でPIM トレーナーやIMC / IME技術者も講師を経験することで自分たちの知識、技術をより理解し、農家との直接的な関わりから、PIMに対する理解をより深めていることが、この活動の大きな成果となっている。
〔4〕日本での研修
    日本におけるPIMの事例として土地改良区などにおいて実践的に研修を行い、PIMに対する理解を深めた。参加者は、習得した知識、経験については、モデルサイトの農家への研修を行い、その共有化に努めている。
  このほか、北部2 6 省への研修とセミナーも開始している。これもプロジェクト活動の1つであり、VAWRは自主的な企画とその実施に取り組むようになった。どの研修も写真、図面を多く取り入れて、視覚で理解できる教材作りを心がけている。また、外国の事例や他の地区の事例ではなく、プロジェクトのモデルサイトにおける取組みや成果を中心に、常に改定を加えており、聞く側にとっては、身近でより具体的にPIMの取組みやその効果を理解できるようになっている。
  このように具体的となった活動成果を通して、Yen Dong 地区のあるYen Hung 県では、自主企画、自主予算で県内の農家研修を実施するなど、現場レベルで自立発展性の効果が現れており、今後の持続性が期待できる成果につながっている。

写真5
写真6
写真5 IMC研修における流量観測実習
写真6 モデルサイトにおける農家研修

6. おわりに
  本プロジェクトは、現地でのPIM実践活動において試行錯誤しながらも、現れた効果をすぐに示すことで、関係者の理解を深め、「気付き」を高めるように取り組んでいる。「PIMは難しいものではない、新しいものでもない」、「皆ができるし、実際にすでに取り組んでいる」、「効果もこれだけ出ている」というような形で、PIMに対して、より親近感を持ってもらうことで、この取組みに対する参加意欲を高め、「気付き」の改善を図っている。
  PIMに関しては多くの論文、レポートで「制度論」が語られているが、現実的には「制度」を作っても「機能」しない、あるいは「効果」が見えないなど、多くの案件で課題を抱えているところではないだろうか。本プロジェクトは、「制度」がよくなれば「水が届く」ということではなく、「機能」がよくなれば「水が届く」という視点に立ち、現状の管理(維持管理と配水管理)をまず把握し、どこに課題があるのか、現在ある地域資源をどのように最大限発揮する機能に改善するのか、というところからPIMの取組みを行っている。
  なお、PIMに携わる灌漑技術者に対しては、彼らの理解が深まるように水理学における水の速度を求める公式であるマニングの式を灌漑管理という視点から捉え直し、公式のなかで水の流れ難さを表す粗度係数n、断面積A は物質や施設の性能ではなく、「管理の状態(良し悪し)」に左右されることを説明すると、よく理解してもらえた。このプロジェクト活動を通して得られた、もう1つの教訓である。

<参考資料> 
1. 独立行政法人国際協力機構農業開発協力部;カンボジア、タイ、ベトナム アジア農業基礎調査(農民参加型水管理)調査報告書( 2 0 0 4)

2. 財団法人日本水土総合研究所;平成2 0 年度現地適正化技術開発交流セミナー報告書( 2 0 0 8)

3. 農林水産省農村振興局整備部設計課海外土地改良技術室監修;農業農村開発協力の展開方向( 2 0 0 6)

4.Participatory Irrigation Management And Emerging Issues, Agricultural Publishing House ( 2 0 0 8)

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