モード・バーロウ著 佐久間智子訳
『ウォーター・ビジネス』
世界の水資源・水道民営化・水処理技術、
ボトルウォーターをめぐる壮絶なる戦い

ウォーター・ビジネス

 本書は、「表層水の汚染」、「氷河の溶解」、「地下水の枯渇」などにより、地球上の淡水資源が失われていくなか、「水道民営化やボトルウォーター産業」、「浄水・海水淡水化技術などウォーター・ビジネスの最前線」、そして「安全な水へのアクセスを求める世界の市民・住民による活動」、「今後、安全な飲み水を保障するために、どうしていくべきなのか」などについて、最新の情報をもとに書き下ろされている。
  経済協力開発機構(OECD)や世界水フォーラムなどの国際的な水議論においては、近年、水を経済財として扱い、水サービスの民営化やフルコスト・リカバリー(全コスト回収)を推進させようという大きな動きがある。その一方で、本書では、「水は公共財であり、私たちが生き残るためには賢く、持続可能な形で共有されねばならないとの認識を取り戻すことがなによりも重要であり、そのためには、新自由主義によるグローバル化という基本原理を拒絶しなければならない。現在、必然とされている競争、無限の成長、そして私的所有は、水に関しては、協力、持続可能性、そして公的な管理に置き替えられねばならない」と、水サービスの民営化に真っ向から反対しており、たいへんに興味深い。ここで、著者の言葉を拾い上げながら、全体を概観してみたい。
  まず、次の3つのシナリオが相乗して、水危機の悲惨な事態が起きるとしている。
(シナリオ1)
世界から淡水が失われつつある(減少する淡水供給)。
(シナリオ2)
清浄な水にアクセスのできない人口が、日々増加している(不平等な水へのアクセス)。
(シナリオ3)
企業による強力な水カルテルが出現し、企業利益のために、水をあらゆる面から支配しようとしている(企業による水支配)。
  とくに、シナリオ3は、シナリオ1と2に記した危機的状況を、さらに深刻化させるものとして、水道民営化の契機、背景および弊害などについて詳しく述べられている。
  1 9 世紀末から2 0 世紀初頭にかけて、ヨーロッパや北米(遅れて日本)などの先進国では、公衆衛生と国家の経済発展のために、分け隔てなく全ての国民にサービスを提供するため公共上下水道が選択され、わずかの例外を除いて、これらの国々では今も公共の事業体が水道サービスを担っている。
  一方で、南側の国々では事情はかなり異なる。当初は北側の国々の公共水道モデルに基づいて水供給の達成目標が設定されていたが、次第に、公共水道モデルが放棄され、ヨーロッパの多国籍水道企業に恩恵をもたらす民営化モデルが推進されるようになり、実行されていった。
  民営化モデルが推進されるようになった契機として、新自由主義と呼ばれる市場原理主義に端を発し、世界銀行やその他の地域開発銀行による「アメとムチ」(債務救済策や融資自体がアメとして、援助資金の引揚げという無言の脅しがムチとして機能)、国連、世界水会議などの諸機関によって水道民営化のグローバル・コンセンサスが形成されていったとしている。
  では、その水道民営化は成功したのか? 過去2 0 年近くの間に報告されてきた民営化の数々の失敗事例や、世界銀行と世界中に進出した水道サービス企業に対して広がる反対運動のおかげで、民営化が腐敗、水道料金の高騰、数千万もの人々に対する給水停止、水質の低下、ネポティズム(縁故主義)、汚染、労働者の解雇、契約不履行などの数々の問題を引き起こしてきたことが明らかになったとし、そのいくつかの例を紹介している。また、その失敗の理由として、企業による水支配の持つ以下の3つの問題点を上げている。
・ 企業には汚染を止める動機がない。
   どんなに誠実な事業者であっても、営利企業であるかぎり、節水と水源保全という非常に重要なことが実践できず、実際に水道企業は競争力を維持するために、世界中で水質の悪化を放置している。
・ 清浄な水を得られるのは富裕層だけになる。
   上下水道サービスから、ボトルウォーター、浄水技術、海水淡水化まで、全ての水と水のインフラが、必要とされるところにではなく、カネのあるところに集中するようになることである。民間企業の最終目的は利潤を上げることであり、全ての人に給水するというような社会的な使命を全うすることではない。
・ 自然界は必要な水を自ら確保しなければならない(不可能であるが)。
    規制や政府による管理が行われない限り、自然界を保護し、生態系を水の収奪から守ることができない。
  このような問題が表面化したことにより、企業による水の乗っ取りに対して、世界各地で草の根の「ウォーター・ジャスティス・ムーブメント」(公正な水の扱いを求める運動)が発生し、成功を収めている事例が紹介されている。この運動は、数々の国際会議への参加を経て、組織化され、世界規模の運動に発展してきている。この運動では、誰が水を管理するのかという問いに決着を付けるために、国際法を変更するよう求めており、著者も、水に関する世界条約を策定することを提案している。そこでは、水条約には水危機の3つのシナリオにそれぞれ対応した、以下の要素が含まれなければならないとしている。

・ 清浄な水に対する地球と他の生物の権利を認識し、世界の水源の保全を公約する人々と政府による「水保全条約」
・ 水と資源を所有する北側の国々と、これらを持たない南側の国々が、全ての人が水を得られるようにすることと、地域による管理を求めて連帯するための「ウォーター・ジャスティス条約」
・ 水を得ることは全ての人にとっての基本的人権であるとの認識を法制化するために、各国政府の間で締結される「水デモクラシー条約」

  本書には、訳者により、日本の「ウォーター・ビジネス」をめぐる現状と問題もまとめられており、こちらも有益である。いずれにしても読み応えのある書なので、是非一度ご覧頂きたい。

日本水土総合研究所 主任研究員 香山泰久
* 作品社刊 本体価格 2400円

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