生活を続けられるアフリカ農業に
〜チャドとブルキナファソの事例から〜

緑のサヘル 代表 岡本敏樹

1.はじめに
 「緑のサヘル」は、アフリカのサハラ砂漠南縁のサヘル地域に位置するチャドとブルキナファソにおいて、生活保障と環境保全の活動をしているNGOです。サヘル地域は砂漠化の危機に直面している場所として知られています。「砂漠化」とは砂漠の拡大ではなく、砂漠化対処条約第1条によれば、「乾燥、半乾燥、乾燥半湿潤地域における種々の要因(気候変動および人間の活動を含む)に起因する土地の劣化」と定義されています。つまり、地力の低下により植物の育ちにくい土地になってしまうこと、それが「砂漠化」なのです。
  砂漠化の進んでいる地域では、「肥料投入が不十分なままの連作」、あるいは「綿花など、肥料分を多く吸収する作物の栽培」により、地力の低下が顕著になっています。また、耕作地は砂質土壌であることから、植生の減少に伴って表土の被覆を失った緩い傾斜地の場合には、雨期の集中的な降雨により浸食が始まってしまいます。この浸食は、年々広く、かつ深くなり、やがて土地そのものが耕作地として適さない状態にまでなってしまいます。これらのことから、耕作地における生産性の低下が広くみられ、それが生産量の低迷へとつながり、最終的には住民生活の困窮化をもたらしているといえます。このように、サヘル地域における農業を考える場合、生産性と生活の両面に関わる問題、つまり食糧の問題がクローズアップされてきます。
  一方で、サヘル地域における穀物生産量を数値でみた場合、それほど変化が見られないか、年変動の範囲内として理解されるかもしれません。しかし、その実態は栽培面積の拡大によるものであって、単位面積当たりの生産能力の向上ではありません(図1)。別の見方をすれば、地力の低下している耕作地が広がっている、ということです。生産性の低下した耕作地の拡大とその結果としての食糧不足という現実が、数値からもうかがえます。

図1
図1 サヘル諸国における穀物の栽培面積と生産量の推移

 対策の方向性として、下記の3つの視点があります。
(1)農業生産からの視点
  もっとも直接的な対策は、「地力の回復」や「浸食を緩和および防止する」取組みを行い、耕作地の栽培条件の改善により生産性の向上を図ることです。ただし、地力の低下は急速に進みますが、回復にはかなりの時間と労力、資材の投入を必要とします。また、栽培条件の悪化は、複数の要因が結びついた結果として引き起こされている場合が多いため、単独の技術を導入することでは効果を発揮できないことがあります。相互補完的な組合わせによって、相乗効果が期待できる対策を取る必要があります。
(2)流通と購入からの視点
  アフリカの国々においても、流通が発達してきていることを考慮しなければなりません。近隣諸国間のみならず、国内や地方においても、定期市場では日用品にとどまらず、穀物の売買が行われており、住民は消費用穀物の不足分を購入によって補っています。流通によって必要量が確保できていることが前提になりますが、購入できるだけの現金を手に入れることを目的とする収入創出の取組みは有効です。
(3)備蓄からの視点
  流通は発達してきていますが、市場での購入は季節による価格変動が激しく、かつ近隣諸国間では栽培条件が似かよっているため、不作の年に不足量を調達することは困難です。したがって、あらかじめ備蓄をしておくことは、予測できない食糧不足の年に備えた危機管理として、万一のときのダメージ軽減につながります。

2.「緑のサヘル」の取組み
  これら3つの視点、「生産」と「流通と購入」と「備蓄」は、これからのアフリカにおける農業に関して、食糧事情という観点から把握することを可能にし、現地の住民生活への効果を考えるうえで重要なポイントになります。「緑のサヘル」では、1991年の設立以来、幅広い分野で数多くの取組みを行ってきました。以下に、その取組みのいくつかをご紹介します。
「生産」の視点からの取組みとして、[1]野菜栽培の普及、[2]穀物備蓄の支援、[3]アグロフォレストリー技術の普及を行いました。
[1]野菜栽培
  農閑期となる乾期における農業生産が可能になることに加え、食生活の改善に寄与できます。この点については、生産された野菜は生食だけではなく、乾燥させて保存性を高めることによって、食材が不足する時期の備えにもなります。また、市場で販売できることから、現金収入の手段ともなります。
[2]穀物備蓄
  文字通りの「備蓄」ですが、翌年の播種用種子の確保という意味もあります。不作の年は地方の市場では穀物が品薄であり、かつ価格が高騰しています。消費用穀物の確保すら困難であるため、播種用種子まではとても手が回りません。しかしながら、種子の確保は、穀物の安定した生産に向けた基礎的な条件であり、穀物備蓄支援はその下支えとなります。
[3]アグロフォレストリー技術
  これはさまざまな実施形態がありますが、「緑のサヘル」では耕作地内にアカシア類を植付け、そのアカシアとアカシアとの間に穀物を栽培するという方法を普及しています。アカシア類と共生する根粒菌よる窒素固定力によって地力の回復を図り、同時に栽培穀物の成長を促進するという、二重の効果を期待しています。
  また、ブルキナファソにおいては、[4]ザイ技術の普及、[5]ディゲットの設置を行なっています。
[4]ザイ技術
  穀物栽培地に直径30cm、深さ20cm程度の穴を掘り、乾燥糞(ふん)などの有機質肥料を投入した後に埋め戻し、その上に播種するというものです。栽培穀物に対する直接的な養分補給が可能になるため、本来的には耕作に適さない土地での穀物栽培の方法として用いられてきました。また、穴の周囲に草が繁茂するため、表土流亡を防止する効果も期待できます。
[5]ディゲット
  緩い傾斜地に石による堰を設置し、雨や流水による表土流亡を防止するという方法です。加えて、雨水の地中への浸透を促す効果もあるため、土壌水分の保持につながります。単独で行われる場合もありますが、ザイと併用される場合が多く、相乗効果をもたらします(写真1)。

写真1 ザイとディゲットを実施した圃場
写真1 ザイとディゲットを実施した圃場

 食糧増産は、現地の住民にとって最大の関心事項であるといえ、その達成は緊急性の高い課題です。ただし、取組みを続けるなかで、派生的な課題も出てきています。たとえば、アグロフォレストリーでは、耕作地内に植えたあとの苗木の管理が懸念事項となります。居住地から離れているため、「水やり」や「家畜などによる食害の防止」が困難になるからです。
  なお、ディゲットについては、設置に大量の石を必要とします。必要量の石を確保できる場所が近隣にあること、運搬手段(大型トラック)を用意できることなどが条件となります。また、ザイ技術では、穴を掘るための特別な道具を必要とすること、投入する有機質肥料を効率よく収集できることなどがポイントになってきます。
  これらの課題が意味することは、「生産」に関する取組みは、技術の「有効性」ではなく、「普及」を目的にしなければならないということです。さらには、技術の「移転」ではなく、「持続」に配慮した工夫が、普及に組み込まれている必要があるといえます。
  次に、「流通と購入」についてです。この観点からの取組みは、現金収入の機会と手段を創出あるいは強化することを目的とします。「緑のサヘル」では、2004〜06年にかけて、ブルキナファソにおいて、[6]石けん作り、[7]裁縫(さいほう)技術の導入と普及を行いました。これらの活動内容は、村落の女性の希望をベースに、他地域への視察と意見交換をふまえて、女性たち自身によって選択されました。実施に際してはグループを組織し、講習会による技術の習得を図りました。作られた石けんや刺繍(ししゅう)の施された布や服は、村内や定期市で販売され、グループの収入になりました。技術だけではなく、収支の記帳方法についても講習し、利益のなかから材料費を調達して、活動を維持できるようにする工夫もしました。
  しかし、課題もあります。石けんについては、材料のなかでも主原料になるカリテバター(原地に自生するカリテの木から生産する固形の油脂成分。別名、シアーバター)が高騰し、調達が困難になりました。世界市場における価格変動が、アフリカ大陸の一国の地方にある村にまで影響を及ぼすのです。世界市場は、世界中の消費者の嗜好に左右されます。グローバリゼーションによってネットワークとしての世界のあり方についての理解が広まりましたが、顕在化した弊害とその対策についてはまだまだ注目が不足しています。そこで、カリテバターに頼るのではなく、身近にある別の素材を利用して作る試みを行いましたが(写真2)、素材の必要量の確保や石けんの質などに問題が残っています。

写真2 カリテバターの代わりに現地で手に入る材料を用いて作製した石けん
写真2 カリテバターの代わりに現地で手に入る材料を用いて作製した石けん

 裁縫については、市場性と技術そのものに起因する課題が発生しました。対象地域では、服を新調するときには好みの布地を購入し、仕立屋とデザインについて相談しながら作ります。いわば、オーダーメイドが主流で、既製服は古着と考えられるため、それほど需要がありません。この点については、服だけではなくカーテンや子どもの背負い布など、レパートリーを広げることで対応しました。しかし、いずれも恒常的な消費ではないため、販売の面で限界があります。くわえて、裁縫は個人的技量に左右される技術であるという側面をもっています。オーダーメイドが主流という習慣もあることから、グループではなくメンバーの個人に注文する傾向があり、偏りが生じてしまいました。
  収入創出に対する取組みは、支援活動において常に意識しておかなければならないポイントです。しかし、新たに技術を導入する場合も、村にある素材や技術をふまえ、工夫を加える場合も「売る」ことを意識し、「経営」できる仕組みづくりを構築することが必要なのです。たとえば、近隣市場の動向に注意を払いつつ、時機を見計らった産品の「作り方」や、早出しや遅出しを交えた「売り方」に関する戦略が求められています。
  最後に、「備蓄」についてですが、チャドとブルキナファソにおいて、[8]穀物備蓄クレジットを行いました。手順としては、村ごとに組織された住民組合を対象に、当団体が現金にて穀物購入資金を支援します。次に、住民組合が販売価格の安価な時期に地域の定期市で穀物を買い付けます。購入された穀物は共同倉庫に備蓄され、村内での必要に応じて貸し出されます(写真3)。組合員でなくても利用できますが、返済時に適用される利率が異なります。この村内における食糧備蓄は、飢饉への備えとしてだけではなく、播種用種子を確保する意味もあります。実際に、不作により播種用の分まで消費してしまった住民や共同農場への播種用として、貸し出されました。

写真3 村落の倉庫に備蓄された穀物
写真3 村落の倉庫に備蓄された穀物

 農業を生業とする住民にとって、主たる現金収入源は農産物の販売です。落花生やゴマなど、換金性の高い作物もありますが、売買される農産物の多くはモロコシやミレットなどの穀物です。収穫の時期になると商人が買付けに訪れ、安い単価で買い上げていきます。住民は、「現金による支払いの機会が増加したこと」や「場合によっては、生活上から止むを得ずにかかえた借金の返済に迫られていること」もあって、収穫された穀物が地域にあふれているこの時期には価格交渉ができず、安価で売却せざるを得ません。そして、半年後には、播種用の種子を高い価格で購入することになります。ここには、生活のために行っていることが、生活を追い込んでいっている構図を垣間見ることができます。穀物備蓄は、販売による穀物の地域外流出を抑制し、時期的な価格変動による影響を軽減する効果もあります。
  この穀物備蓄の取組みは、ブルキナファソではさらに進んだ段階に至り、村の住民全員を対象にした、村による備蓄システムに発展しました。しかし、村レベルでの備蓄では、将来的に安定が見込めるとはいえません。さらに複数の村の参加による共同備蓄へと拡大したとしても、十分であるとはいえません。備蓄の規模を大きくし、地域外への流出を抑えたとしても、扱われる穀物の総量が不足していれば保障にはなりません。つまり、穀物備蓄が機能するためには、生産ベースでの変化を必要とするということです。

3.これからの取組みに向けて
  主に「生産」、「流通と購入」、「備蓄」の視点から述べてきましたが、これらは個別的にではなく、相互に関係している一体のものとして取り組むべきことがらです。これまでは、それぞれを農業分野における個別的ステージとして捉え、各ステージのなかにおいて、関連性を持たせた複数の活動を行うというのが一般的だったといえます。これからは、ステージそのものを結び付け、トータルに把握することによって、「生活にとって、一貫性のある効果を創出すること」、そして「持続可能な生活の達成」、つまり「これからも、続けていける生活を達成すること」を意識するべきです。
  事業を始める際には、住民の意見を含めて現地の状況を調査し、内容を分析し、適切と思われる方法を選択し、計画を立案するという手順がふまれます。しかしその時、常に「問題とその解決」しか見ていないのではないでしょうか。また、その時に配慮する「持続性」とは、「技術の持続性」ではないでしょうか。しかし、実施する事業において留意すべきもっとも基本的な点は、「技術」ではなく、「生活」を意識することだと思います。したがって、生産性の向上や収入創出、食糧の安全保障といった個別のテーマを目的とするのではなく、これらのテーマの総合である「これからも、続けていける生活」を目指して、そのためにできることは何か―つまり、「生活からの視点」を発想の出発点にすることが肝要といえます。
  そこから、現地の住民が今の生活のなかで取り組めること、あるいは生活スタイルの少しの変化で可能なことを提案し、積み重ねる工夫を凝らしていくことが、可能になるのではないでしょうか。アフリカの農業は、現地の住民のこれからの生活のために考えなければならないことです。「生活の持続性のためにできること」の本当の意味が、これから問われてくるのではないかと考えています。

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