西アフリカ内陸小低地における水田適地の選定手法

国際水管理研究所(IWMI) 上級研究員 藤井秀人


1.国際水管理研究所のアフリカでの活動
  国際水管理研究所(International Water Management Institute:IWMI)は国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の15の国際農業研究機関の1つです。本部はスリランカのコロンボにあり、アジア・アフリカ地域に10の地域事務所と支所を有し、食料・生活・自然のための水と土地の管理の改善をミッションとしている研究機関です。IWMIにはアフリカに3つの支所(西アフリカ、東アフリカ、南アフリカ)があり、西アフリカ支所がアフリカ地域事務所を兼ねています。以下では、ガーナの首都アクラにある西アフリカ支所が2007年から実施している、内陸小低地(Inland Valley)の水田適地の選定手法に関する研究の紹介をいたします。

2.なぜ、内陸小低地の水田開発か?
  東アジアや東南アジアでは水資源の豊富な内陸小低地(日本では「谷津」あるいは「谷地」と呼ばれている)の水田稲作農業が古くから行われてきましたが、西アフリカでは主に畑作農業が中心に行われ、内陸小低地は農地としては、ほとんど利用されずにいました。ところが近年、西アフリカのコメ消費量が著しく増加し、1964年の約100万トンに対し、2004年では864万トンと40年で8.5倍に増加しています。しかしながら、消費量の急増に生産量が追いつかないため、不足分は輸入米に頼っています。コメの輸入額は年々増加し、西アフリカ全体で年間10億ドルの外貨がコメの輸入に使われています。このため、コメの国内生産を飛躍的に増大させることが、西アフリカ各国の重要な政策となっています。西アフリカには約2000万〜5000万haの内陸小低地が存在するといわれていますが、その10〜25%程度しか、農地に利用されていないとみられています。これは水稲作の歴史が短いことが主な要因ですが、くわえて道路や市場へのアクセスの悪さ、水媒介性疾病、土地制度などの要因が考えられます。
  西アフリカでは、イネの栽培はほとんどが天水畑地稲作と天水低湿地稲作で占められ、灌漑稲作はごくわずかです。平均収量は天水畑地稲作が1トン/ha程度なのに対し、天水低湿地稲作では2トン/haで2倍の収量が得られます。内陸小低地は氾濫水位よりも高い台地に比べ、水資源が豊富なだけでなく、土壌肥沃度も高いため、そうした場所の水田開発は西アフリカにおける稲作の生産性向上に極めて有望と思われます。さらに、谷津を流れる小河川の簡易な堰や小さなため池による小規模灌漑のポテンシャルも高いと考えられています。写真1はアフリカ開発銀行の融資により、ガーナ食料農業省が実施している内陸小低地水田開発プロジェクト(Inland Valley Rice Development Project:IVRDP)で開発された水田です。

写真1 内陸小低地に開発された水田
写真1 内陸小低地に開発された水田

3.内陸小低地の水田適地評価モデル
  西アフリカ支所では、内陸小低地の水田適地の選定手法の開発を目指した研究プロジェクトを実施しています。適地を評価するために、さまざまな指標を選定し、内陸小低地ごとに求めた指標の総合点をもとに、内陸小低地の水田稲作適性を評価しようとするものです。
(1)内陸小低地の水田開発適性の評価指標
  内陸小低地の水田開発の適性を評価する指標は、生物・物理的要因、技術的要因、アクセス要因、社会・経済的要因、健康要因の5つに分類され、全部で29個の指標からなります。以下に、要因ごとの指標の概要を示します。
[1]生物・物理的要因:気象(降水量、蒸発散量)、農業生態系(作物生育日数)、水資源(比流量、水流次数)、地形勾配、植生密度、土壌(土性、肥沃度)などが評価指標となります。
[2]技術的要因:イネ栽培技術(経験、収量)、水管理技術、収穫後処理技術などを指標とし、現地で聞取り調査を行ったデータをもとに評価をします。
[3]アクセス要因:内陸小低地と集落の距離、道路までの距離、市場までの距離を指標にして評価します。これらの指標の多くは衛星画像やデジタル地形図があればGISで半自動的に評価指標のスコアが得られます。
[4]社会・経済的要因:土地制度(借地料)、労働力、融資の可能性、農業普及員の数、農家のインセンティブなどを指標とし、現地での聞取り調査の結果をもとに、内陸小低地の開発適性を評価します。
[5]健康要因:内陸小低地の水媒介性疾病(マラリア、住血吸虫)の発生状況を現地で調査し、開発適性を評価します。
(2)GISによる内陸小低地(谷津)の水田適地評価モデル
  衛星画像処理とGIS処理技術により、対象地区の内陸小低地の抽出、特性把握、指標ごとのスコアの重ね合せ、適性分布図の作成により、内陸小低地の適性を判断できるモデルを開発しました。このモデルを用いて、さまざまな指標を組み合せたシミュレーションが可能です。

4.内陸小低地の河川水資源の評価
  研究サイトとして、年間降雨量1500mm程度の熱帯半落葉樹林帯と1000mm程度のギニアサバンナ帯から、それぞれ試験流域を選び、試験流域の内陸小低地について、先に述べた指標を分析し、適性の評価を行っています。以下では熱帯半落葉樹林帯に位置するガーナのアシャンティ州のマンクラン(Mankran)川流域を例に、水資源に関する指標の1つである比流量の調査結果について紹介します。

図1 マンクラン川流域のサブ流域と水資源量評価のために設置した雨量・水位観測点
図1 マンクラン川流域のサブ流域と水資源量評価のために設置した雨量・水位観測点

図2 マンクラン川流域の内陸小低地と河川
図2 マンクラン川流域の内陸小低地と河川

 図1はマンクラン川流域のサブ流域分割と水資源量評価のために設置した雨量観測点(5点:図中のRa〜Re)と水位観測点(7点:図中のA〜G)の位置を示しています。図2は同流域の詳細調査地区(15km ×15km)の内陸小低地と河川網を示しています。

写真2 内陸小低地の河川に設置した量水標と流量観測の様子(水位観測点:D)
写真2 内陸小低地の河川に設置した量水標と流量観測の様子(水位観測点:D)

 写真2は、内陸小低地を流れる河川に設置した量水標と流量観測の様子です。マンクラン川試験流域の流域面積は586平方キロメートル、年間降雨量は1400〜1500mmの熱帯半落葉樹林帯ですが、乾期になると河川の流れはなくなります。表1は試験流域で2007年〜08年に観測したサブ流域ごとの比流量と河川の流れのない期間を示しています。サブ流域ごとに、比流量や流れのない期間にかなりの差があることがわかります。

表1

 図3は、先きの29個の指標から10個の指標を選んで、マンクラン川流域(図1と重なる範囲)の内陸小低地の水田適性を評価した例を示しています。色の濃い場所は「開発適性が高い」と、色の薄い場所は「低い」と判断されるところです。

図3 マンクラン川流域の内陸小低地の水田適性の評価例
図3 マンクラン川流域の内陸小低地の水田適性の評価例

5.おわりに
  IWMIが西アフリカで実施している、内陸小低地の水田適地を評価する手法の研究を紹介しました。西アフリカにかぎらずサブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南のアフリカ)には、多くの未開発な内陸小低地が存在します。水資源や土壌肥沃度の面で台地よりも高い農業生産性を有する内陸小低地の水田開発を進め、アジア型の稲作農業を普及させることは、停滞している西アフリカの食料の生産性を大幅に改善できるでしょう。しかし、アフリカの道路事情、市場へのアクセス、稲作普及技術、農民への融資制度、マラリア・住血吸虫の水媒介性疾病をはじめ、さまざまな制約が多く存在していることも事実です。
  谷地田の開発や水田稲作技術は日本が得意とする分野であり、それら技術の移転や普及はサブサハラ・アフリカの食料生産の改善と貧困改善のための有効な支援方法であると考えます。

<参考資料>
1.八丁信正、「国際水管理研究所(IWMI)と水土の研究」、ARDEC No.38、Apr.2008

前のページに戻る