アフリカの食文化と農業

東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科
教授 志和地弘信

1.アフリカ農業の特徴
  人々の命を長い間支えてきた穀類やイモ類などのいわゆる主食作物は、近年では自動車燃料などのエネルギー原料としても利用されるようになって、これまでの農業生産体系における位置付けの見直しを迫られている。しかしながら、主食作物は家畜の餌(えさ)としても使われることが多くなったとはいえ、アフリカ(ここではサブサハラ・アフリカと呼ばれるサハラ砂漠以南のアフリカを指す)ではまだまだ人々の重要な食料であるため、主食作物の利用がエネルギー原料と競合し始めた現状は食料不足と貧困問題の拡大に拍車がかかる可能性が大きい。
  アフリカでは食用となる穀類やイモ類は、ほとんどが伝統的な焼畑農法によって栽培されている。収量を重視し効率を追求して、いくつかの作物を集約的に生産する農業の世界的な潮流とアフリカ農業とでは顕著な違いがみられる。たとえば、穀類は世界的にみれば、トウモロコシを除くとコメとコムギが主流であるのに対して、アフリカではモロコシやミレット(雑穀に分類される)の生産が多い(表1)。

表1

 また、世界平均では食用作物のうち穀類がイモ類の2.5倍も消費されているのに対して、アフリカではイモ類が穀類の消費を上まわっている。世界の98%(5000万トン)のヤムイモ(ヤマノイモ科の作物)、51%(1億1700万トン)のキャッサバ(マンジョカ、タピオカとも呼ばれる)、60%(900万トン)のタロイモ(サトイモ科の作物)がアフリカで生産されている(表2)。このような作物生産とその消費の特徴を背景にして、広大なアフリカにはアジアとはまた異なった独自の食文化と農業の多様性がみられる。

表2

2.アフリカの営農体系
  アフリカの人々の食を支える農業の特徴は、自然環境に対応して多様性に富むこと、そして飢餓のリスクをより低くする工夫がなされていることにある。十分な降雨量が望める地域ではココア、コーヒー、アブラヤシ、ゴムなどの換金作物のプランテーションを中心に、食用作物はこれらの間に植えられている。湿潤地域ではキャッサバ、ヤムイモ、タロイモなどの根菜作物や料理用バナナを主食としている。やや雨量の少ない地域はトウモロコシ、ミレット、モロコシなどの穀類を多く栽培するとともに家畜を飼育して、雨量の少ない地域では乾燥に強いミレット、フォニオ(アフリカ原産の雑穀)、テフ(アフリカ原産の雑穀)、生育期間の短いササゲマメなどを生産しながら家畜飼育に重点を置いて、干ばつのリスクを分散している。また、いずれの農業形態でも多くの種類のマメ類を生産して、タンパク質を補っている点に特徴がある(とくにササゲマメは世界の90%に相当する440万トンを生産)。一方、アジアで消費が多いコメは西アフリカの数か国とマダガスカルで局所的に生産されている。
  アフリカの営農体系はおおまかに、次のように分類することができる(Hallら2001:後掲)。
(1)樹木作物営農体系(Tree crops farming system)
  西アフリカ沿岸部のコートジボアール、ガーナ、ナイジェリア、カメルーン、ガボン、コンゴ民主共和国、コンゴ共和国およびアンゴラの湿潤地帯に発達。7300万ha(湿潤地帯の合計面積)の面積に約1000万haの作付が行われ、推計2500万人の農民人口を支える。ココア、コーヒー、アブラヤシ、ゴムなどの換金作物の栽培が多くみられる。
(2)森林営農体系(Forest based farming system)
  コンゴ民主共和国、コンゴ共和国、カメルーン南部、中央アフリカ、赤道ギニア、ガボンにみられる。エチオピアとスーダンの国境地域にも、わずかであるがみられる。作付面積は約600万ha、農民人口は推計2800万人である。作物は叢林休閑法(そうりんきゅうかんほう)〔森を切り開いて2〜5年利用したら放棄し、7〜20年の休閑で地力を回復させた後に、再び耕作を行う方法〕でキャッサバ、トウモロコシ、モロコシ、マメ類、タロイモなどが栽培される。
(3)根菜作物営農体系(Root crop farming system)
  西アフリカのシエラレオネからコートジボアール、ガーナ、トーゴ、ベナン、ナイジェリアを通り、カメルーン、中央アフリカに達する湿潤な地域と中央アフリカの森林地域に接した地域にみられる。キャッサバ、ヤムイモ、タロイモなどの根菜作物を主食としている。作付面積は約2800万haで、農民人口は推計4400万人である。これらの地域の降雨は安定しており、作物が全滅するリスクは少ない。
(4)穀物・根菜作物混合営農体系(Cereal-root crops mixed farming system)
  根菜作物営農体系の北側のギニアからコートジボアール、ガーナ、トーゴ、ベナンのそれぞれ北部、ナイジェリアの中部を通り、カメルーンの北部にかけての地域にみられる。ウシの飼育が多い。トウモロコシ、ミレット、モロコシなどの穀類が多く栽培されるが、畜耕があまりないところではヤムイモやキャッサバの重要性が高い。しばしば、干ばつの被害を受ける地域である。
(5)牧畜営農体系(Pastoral farming system)
  サヘルとよばれるサハラ砂漠南縁と西アフリカの乾燥地帯で、モーリタニアからマリ、ニジェール、チャド、スーダン、エチオピア、エリトリアの北部地域にみられる。面積は広大であるが、牧畜民の数は概して少ない。ウシの飼育を中心に、ヒツジ、ヤギ、ラクダの飼育も多い。干ばつが頻発する地域である。
(6)沿海漁業営農体系(Coastal artisanal fishing faming system)
  ガンビア、セネガル、ギニアビサウ、シエラレオネ、リベリア、コートジボアールから、ガーナ、ナイジェリア、カメルーン、ガボンにつながる沿岸地域にみられる。生活は漁業と沿海部での作物生産に依存している。根菜類、果樹、ココヤシの混作が多いが、沼地を利用した稲作もみられる。
(7)農牧ミレット・ソルガム営農体系(Agro-pastoral millet/sorghum farming system)
  西アフリカのセネガルから東へ帯状に延びて、ソマリアやエチオピアの一帯でみられる。半乾燥地域で、農業と牧畜の重要性が同等になっている。ウシを中心に、ヒツジ、ヤギ、ラクダの飼育が多い。ミレットとソルガムが主な作物で、ゴマやマメ類も生産される。家畜は、運搬や畜耕に利用されるほか、ミルクとその加工品が換金物資となる。干ばつが頻発する地域で、家畜が非常時の保険になっている。
(8)乾燥営農体系(Arid farming system)
  スーダン、チャド、ニジェール、モーリタニア、ボツワナ、ナミビアの砂漠地帯でみられる。オアシス周辺での灌漑による小規模の農業。面積は広いが、農民人口は少ない。
(9)高地永年作物営農体系(Highland perennial farming system)
  エチオピア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジでみられる。湿潤・半湿潤の気候下で、作付面積は約600万haで、農民人口は推計3000万人である。土地利用は集約的で、個々の農民が所有する土地は狭い。料理用バナナ、バナナ、エンテーセ(バショウ科の作物)などの永年性作物が多く、キャッサバ、サツマイモ、マメ類、トウモロコシ、ミレット、モロコシが作られる。ウシの飼育も多い。
(10)高地温帯型混合営農体系(Highland tempera-ture mixed farming system)
 1800〜3000mの高地にみられる。エチオピア、エリトリア、レソト、アンゴラ、カメルーン、ナイジェリアの一部地域。土地の肥沃度が低く、生産性が低い。コムギ、オオムギ、テフ、マメ類、ジャガイモなどが栽培されている。周期的に飢饉にみまわれる地域もある。
(11)イネ・樹木作物営農体系(Rice-tree crops farming system)
  マダガスカルにみられる。作付面積は約220万haで、農民人口は推計700万人である。湿潤・半湿潤の気候下で、食用作物のコメ、キャッサバ、トウモロコシのほかに野菜やコーヒー、バナナが栽培される。
(12)トウモロコシ混合営農体系(Maize mixed farming system)
  東部、南部アフリカにおける営農体系で標高800〜1500mの地域でみられる。ケニア北部、ウガンダ東部、タンザニア、ザンビア、マラウイ、ジンバブエ、南アフリカ、スワジランド、レソトがそれにあたる。作付面積は約3200万haで、農民人口は推計6000万人である。気候は半乾燥から半湿潤で、雨期は年に1回と2回の地域がある。主食作物はトウモロコシで、家畜の飼育が多い。また、タバコ、コーヒー、茶、綿花などを栽培している。
  いずれの営農体系もその特徴は、自然環境に対応して多種多様な作物が栽培されていることで、天候不順などで一つの作物が不作になってしまっても、他の作物や家畜で日々の食料をまかなえるよう工夫されている。しかし、近年、急速に増加した人口は、その伝統的な営農体系では支えることが困難になってきている。

3.アフリカの食文化
  アフリカでは、イモ類や雑穀の生産が多く、それが独特の文化を育んできた。西アフリカから中央アフリカにかけての地域は根菜農耕文化圏と呼ばれ、ヤムイモなどのイモ類は日常の祭事にまで用いられるなど、多様なイモ食文化がみられる(写真1)。また、半乾燥地域はサバンナ農耕文化圏と呼ばれ、種実作物(主に雑穀)の利用が多いのが特徴である。

写真1 ヤムイモのマーケット(ガーナ)
写真1 ヤムイモのマーケット(ガーナ)

 アフリカの食は主食と副食で構成される。主食と副食は区分されるが、別々に供されるわけではない。もっとも多いのは、日本のカレーライスのように白いご飯があり、それにさまざまな具の入ったものをかける形が多い。炊き込みごはんのような形態は少数派である。食事は1日に朝夕の2回とするところが多い。中間のおやつの時間には、焼いたイモ類や茹(ゆ)でたマメ類が多い。食事の分量は主食の穀類やイモ類が多く、おかずになる野菜や肉、魚などは少ない。しかし、主食とする穀類やイモ類は、粉にする、発酵させる、パスタ状にするなど、さまざまな加工を経て、多彩なバリエーションを生んでいる。
  多くの地域で主食は調理の前に、粉にしたり、搗(つ)いて餅状にしたりするために、よくかみ砕くことを一般にしない(写真2−4)。

写真2−4 ヤムイモを搗(つ)いているところ(ナイジェリア)写真2−4 ヤムイモを搗(つ)いているところ(ナイジェリア)写真2−4 ヤムイモを搗(つ)いているところ(ナイジェリア)
写真2−4 ヤムイモを搗(つ)いているところ(ナイジェリア)

 多くの場合、呑(の)むように食べる。トウモロコシは碾(ひ)いて粉にして調理され、キャッサバは皮を剥(む)いてから磨(す)りおろし、自然発酵によって解毒して、加熱乾燥を行って「gari(ガリ)」と呼ばれるキャッサバ粉に加工する。これらの粉はお湯にといて、加熱しながらペースト状に練り上げる。ペースト状に料理されたトウモロコシは東アフリカでは「ugali(ウガリ)、nshima(シマ)」などと呼ばれ、キャッサバは西アフリカでは「egba(エバ)」などと呼ばれている。茹でたイモを熱いうちに、茹で汁を少しずつ加えながら杵(きね)と臼(うす)で餅状に搗きあげる「fufu(フフ)」は、西アフリカのもっとも代表的な調理法である(写真5)。トマトやメロンの種子のシチューといっしょに供する。ヤムイモ、タロイモ、キャッサバなどがフフの主食材であるが、調理用バナナやサツマイモなども用いられる。

写真5 ヤムイモのフフとトマトシチュー
写真5 ヤムイモのフフとトマトシチュー

 味付けは基本的には塩、トウガラシ、ニンニク、ショウガを中心にしたシンプルなものが多い。トウガラシを使った料理が多いが、アジアのタイ料理やインド料理などに比べてスパイスは多用しない。しかし、魚、エビ、貝、マメ類などを発酵させた調味料をベースに、タマリンドやバオバブの葉などの酸味とアブラヤシやラッカセイの油のコクが加えてあり、奥行きの深い味付けになっている。
  表3は西アフリカの農耕文化と食材の例である。モロヘイヤ、バンバラマメ(ラッカセイのように土中に豆がつく)、シアーバターノキ(食用油とされるほか、石けん、チョコレート、化粧品の原料にされる)、コーラ(覚醒作用がある)、バオバブ(葉、果実、種子などが食用とされる)などの食材は、アフリカ大陸固有の植物である。

表3

4.在来作物の生産性改善に支援を
  アフリカにおける農業研究や開発支援はトウモロコシなどの主食穀物、外貨獲得作物あるいはキャッサバのような外来種(トウモロコシも外来種)に集中しがちであった。農業開発を通したミレニアム開発目標への貢献、さらには「緑の革命」の推進には、アフリカ農業の多様性の保全と活用が今後のカギになると考えられる。とくにミレニアム・ビレッジプロジェクト〔注:国連ミレニアム・プロジェクトの (Millennium Villages)計画。コミュニティが参画して、健康、食料生産、教育、浄水の確保に投資している。〕などを通じて認識されてきたアフリカの国々の内需向け作物、そして伝統的に利用されている作物の生産性や活用を高めることが重要である。ところが、アフリカ在来のヤムイモ、タロイモ、モロコシ、ミレットなどはこれまで研究開発の対象にされてこなかったために、いまも低い生産性にとどまっている。日本が支援するコメ生産はリスク分散の新たなるオプションであり歓迎されるものの、コメの消費地が西アフリカの一部を除き大都市部にかぎられており、農村部での消費は少ない。
  そうした背景のなかで、アフリカ在来の主食作物の生産性改善(品種や栽培技術の改良や収穫後の管理方法など)に取り組むことは非常に重要と考えられる。とりわけイモ類の生産性改善については、ヤムイモの一種である長芋や自然薯(じねんじょ)、タロイモの一種である里芋などに高い生産技術をもつ日本やアジアの国々が支援できるだろう。ヤムイモとタロイモの生産性は日本や台湾では20トン/haであるが、アフリカでは9トンほどである。これらのイモ類の生産に関しては、欧米の支援は得られない。ヤムイモやタロイモは欧米ではほとんど栽培も利用もされておらず、ノウハウや研究者が少ないからである。

<参考資料> 
1.Dixon John, Aidan Gulliver and David Gibbon. 2001. “Farming systems and poverty”. Malcolm Hall eds. FAO and World Bank Rome and Washington D.C
2.志和地弘信、足達太郎、稲泉博己、菊野日出彦、豊原秀和、中曽根勝重:『アフリカのイモ類−キャッサバ・ヤムイモ−』社団法人 国際農林業協力・交流協会、p270(2006)
3.吉田集而、堀田満、印東道子:『イモとヒト』平凡社、p356(2003)

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