齋藤晴美監修
『アフリカ農業と地球環境』

 本書は、08年3月に独立行政法人緑資源機構(同年4月に解散)の主催、国連食糧農業機関(FAO)日本事務所、独立行政法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の共催により、東京で行われたフォーラム「アフリカの農業と環境を考える〜農村開発の視点から〜」の成果がベースとなっている。これまでアフリカの農業・農村開発協力に携わってきた農村振興局、農政局、JIRCASなどの関係者が分担執筆し、齋藤晴美農村振興局次長の監修により編纂された。実際の援助の現場で得た知見なども豊富に含まれ、ARDECの読者にとっても、たいへん興味深い内容となっている。本書の内容を簡単に紹介する。
  2008年初めコメ、小麦、ダイズ、トウモロコシなどの主要穀物の価格が軒並み高騰を続け、食料輸出国で輸出規制が行われるなど世界各国で混乱が広がり、市民の抗議活動や暴動が発生した国は20か国以上にのぼるといわれている。価格高騰にはさまざまな要因があるが、近年の干ばつ、洪水、台風などの発生頻度の増加や強大化といった気候変動もその一因といわれている。07年のノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、「地球温暖化による気候変動は、世界の水、生態系、食料、人の健康などに、重大な影響を及ぼす可能性がある」と警告を発し、世界に衝撃を与えた。
  このような地球規模の食料問題や環境問題は、依然として貧困と飢餓にあえぐアフリカにとっても深刻な問題である。アフリカは、53か国(世界の約3割)、9億の人々(世界人口の約14%)が暮らし、鉱物資源なども豊富であり、世界の政治、経済にとって重要な位置を占めている。しかし、不安定な政情、遅れたインフラ整備、砂漠化の進行をはじめとする多くの問題をかかえ、その解決はいまや世界にとって喫緊の課題である。とりわけ、人口の約70%が暮らす農村とその90%が従事する農業への支援は重要となっている。
  こうしたなか、食料価格の高騰は、小麦の55%、コメの35%を輸入に頼るアフリカに深刻な影響を与えている。また、IPCCの第4次報告書では、将来の気候変動により、アフリカで大部分を占める天水農業の生産量は、2020年までに50%程度減少するとの衝撃的なシナリオを提示している。まさに、アフリカにとって農業・農村の持続的発展は重要であり、そのための支援が求められているのである。
  しかし、アフリカの農業・農村問題は、その国の文化、伝統、慣習、経済、政治、人的資源などが絡み合っており、きわめて複雑で難しい。ヨーロッパ諸国や国際機関がこれまでさまざまな開発支援を行ってきたが、プロジェクトが完了すると現地に根付かず消滅してしまうケースが多いといわれている。それは、いきなり高度な技術を持ち込んでも、人的資源に限界があり、政府ガバナンスに問題のある地域では適切に機能しないことに原因がある。
  また、農業と環境の問題にも、十分に配慮しなければならない。生産性の向上や気候変動の対応策として、灌漑施設を整備することはきわめて重要であるが、乾燥地域においては不適切な灌漑によって環境が悪化することにも十分な留意が必要である。河川からの過剰な灌漑取水は、下流域での流量不足を引き起こし、流域全体の水循環に悪影響を及ぼす。また、農地への過灌漑と排水の不備は、地下水位の上昇と土壌表層の塩類集積をもたらし、砂漠化や作物収量の低下をまねく。このように、アフリカでは厳しい条件のもと、農業生産性の向上と環境保全が両立する、持続的な農業・農村開発が求められるのである。どのようにすれば、そのような持続的な農業・農村開発を着実に、地域に根付かせることができるのだろうか。
  本書では、緑資源機構の20年以上にわたるサヘル地域での試行錯誤の取組みを通じて、そのための重要な方策を明らかにしている。1980年代前半、サハラ砂漠南縁のサヘル地域をかつてない干ばつが襲い、食料危機と砂漠化の拡大が世界的な注目を集め、支援の必要性が叫ばれた。農林水産省はいちはやく、サヘル地域での砂漠化防止のための基礎調査予算を確保し、1985年より、わが国の農用地整備に実績のある緑資源機構が調査を開始した。以来、同機構はサヘル諸国において基礎調査や実証調査を積み重ね、砂漠化防止のための現地適応技術を集大成すると共に、そうした技術的蓄積をベースとして、地域住民主導の総合的な農村開発手法を見出し、持続的な農村開発による砂漠化の予防的防止に一定の成果を上げるまでになった。とくにマリでの取組みは、住民の自主的参加による農村開発のモデルケースとして、国連から世界の4つの優良事例の1つに選定されるなど、世界から高く評価されている。
  本書では、このような取組みを具体的に紹介しながら、持続的な農業・農村開発を着実に地域に根付かせるためには、地域の文化や伝統に根ざした、身の丈に合った技術や手法の確立とその普及・定着、住民が自らの問題を自ら考え解決するという、当事者意識を持つためのアプローチ手法の確立が重要であることを解説している。
  さらに、本書は品種改良と灌漑開発の重要性についても言及している。アジアでは、1960年代後半の「緑の革命」により、主食となる穀物の単収は大きく伸び、コメの生産量は3倍となった。これは、高収量品種の普及、化学肥料などの農業生産資材の供給、灌漑施設の整備がもたらした成果である。アフリカにおける「緑の革命」の実現のためには、乾燥に強い品種の改良や発展の段階に応じた灌漑開発などが不可欠である。
  JIRCASは、1998年以来、アフリカ稲作センター(WARDA)とネリカ米の共同研究を実施してきた。ネリカ米は、アフリカに適した耐乾性の強い品種として、その開発・普及に世界の期待が集まっている。本書では、JIRCASでの研究成果などをふまえ、ネリカ米についての現状や将来性などについて詳しく解説している。
  また、アフリカ農業は天水に依存しており、灌漑施設の整った農地は、全農地の6%にすぎないといわれている。今後、温暖化が進み、干ばつが頻発するようになると、農業生産性はさらに低下し、砂漠化や貧困がいっそう深刻化することが懸念される。アフリカでは、わが国の協力により、さまざまな灌漑開発が行われている。本書では、石材や土砂を使って小堤を築き、雨水を集水するウォーター・ハーベスティングと呼ばれる小規模灌漑(エチオピアの事例)、河川沿いの低湿地を利用した減水灌漑やため池灌漑(ニジェールの事例)など、現地適応型の灌漑手法の普及定着の取組みを紹介している。そのうえで、本格的な灌漑開発プロジェクトとして、わが国の拠点的な水田灌漑開発プロジェクトとして一定の成果を収めているタンザニアの事例、サブサハラとは異なるが大規模な灌漑事業の実績を有するエジプトの灌漑開発を取り上げ、わが国の協力の下、持続的な灌漑のために不可欠な水管理技術の普及や農家の組織化の取組みについて紹介している。
  このほか、食料問題や環境問題をめぐる最新の動向をはじめ、TICADW、G8北海道洞爺湖サミットの内容についても詳しく解説しており、本書を読めば「世界そして日本が、持続的な農業・農村開発の視点から、どのようにアフリカへの支援に取り組んでいけばよいか」を総合的に理解できる内容となっている。
  昨年末にアメリカから始まった「百年に一度」といわれる金融危機は、各方面で海外からの支援に頼るアフリカにも深刻な影響を及ぼすことが懸念され、アフリカ問題への関心は、今後も高まっていくであろう。世界の食料問題や環境問題、あるいはアフリカ問題に関心のある方々は、是非ご一読されてはいかがだろうか。

(独立行政法人 森林総合研究所 中村 出)

*家の光協会刊 本体価格1600円

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