誰のためのプロジェクト
〜アジア開発銀行(ADB)に20年勤務して〜 

財団法人 日本水土総合研究所(JIID) 主席研究員 宮里哲郎

 アジア開発銀行(ADB)は1966年に31か国が創立メンバーとなり設立され、フィリピンのマニラ市に本部を置く国際開発金融機関です。67か国がメンバー国となり48か国がアジア・パシフィック域内、19か国が域外からのメンバー国となっています。メンバー国は、その出資額に応じて議決権を与えられ、現在、日本とアメリカが12.8%の議決権を保有しトップにあり、中国(5.4%)、インド(5.4%)、オーストラリア(4.9%)と続いています(表1)。ここで特筆されることは、中国と台湾が同じ国際機関のメンバーなっているということです。香港も、まだ独立した議決権を保有しています。

 総裁は歴代日本人が勤め、黒田春彦総裁(2005年2月就任)は8代目です。ADBは基本的に各メンバー国から、その出資比率に応じて幅広く人材を登用することになっており、現在、約800名のプロフェッショナルと呼ばれる職員が50か国から雇用され、そのうち日本人とアメリカ人が100人を超す勢力となっています。また、女性の雇用を積極的に進めており、女性職員の比率も30%を超えています。
  2007年度(1月―12月)の貸し出し総額は101億ドル(約1兆100億円)また供与は6.72億ドル(約672億円)となっています。民間への投資も17.5億ドル(約1750億円)行っています。

貧困解消
  現在、ADBの第一の目標は域内の貧困解消です。この目標を達成するためADBは中央政府はもちろんのこと、民間、NGO、開発機関、地域住民組織、財団などと共に手を組み、努力をしています。
  2008年に策定した長期戦略の枠組みは、以下の三つの柱からなっています。 
[1] 総合的成長 [2] 環境に優しい持続可能な成長 [3] 地域統合
  ADBはこれらの長期戦略目標達成のため貸し付け、供与、技術援助、指導助言を行うとともに、蓄積された知識などを活用し、効率よく業務が進められるように配慮しています。

何のため、誰のためのプロジェクト
  私は20年余ADBに勤務する機会を得て、多くのことをADBから学ぶことができたことに感謝しております。その一つが、プロジェクトのプロセスです。
  まずプロジェクトを計画する際に、現状の問題点の洗い出しを徹底的に行います。たとえば灌漑プロジェクトの場合、なぜ農家の所得が増加しないのか、なぜ農業生産が向上しないのか、なぜ既存灌漑水路が補修できず、田に水が十分に来ないのか、管理組織のどこに問題があるのか等々を分析します。これには、プロブレム・ツリー・アナリシスの手法を用いてチームで徹底的に議論を重ね、さらに住民対話などで問題点を掘り下げていきます。ときとして意外な結論が導き出され、驚いたこともありました。当初考えていたことと異なったところに問題点があり、プロジェクトの計画を変更することもありました。
  ステークホールダー分析を行い関係者を全て洗い出し、コンサルテーション集会を繰り返します。このようなプロセスを経てでき上がるプロジェクトは形成にかなりの人手と時間を要します。また、環境影響評価、用地買収計画、原住民保護計画などの計画書を公開することが義務づけられています。
  また、プロジェクトが完成した時点で受益者にどの様なインパクトがあるのか、生活がどの様に改善されるのかなどの詳細な計画の提出が求められます。
  このようにして実施されたプロジェクトが無事に完成すると、今度は厳しい評価が行われ、当初の計画どおりの効果が出ていない場合は徹底的な原因の究明が行われ、この教訓を次の類似のプロジェクトの計画に反映させることが求められます。

 図1は皆さんよく見慣れているプロジェクト・サイクルです。プロジェクトは一部の金持ちや、地域の政治家のためのものではなく、真に受益者のためになる計画と実施をするにはどうしなければならないか、常に考えて行動することが必要です。

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