食料価格危機に求められるグローバルな対応

国際食糧政策研究所(IFPRI)所長 ヨアヒム・フォン・ブラウン

 世界中で食料価格が上昇しているために、インフレが予想以上に悪化し、政治不安が高まり、多くの国の経済が混乱した。ここ数か月は(執筆時は2008年8月)横ばい状態であったが、07年および08年に食料価格が急速に上昇したことで、世界の最貧困層、とりわけ食料危機にみまわれる前から1日50セント以下で生活してきた1億6000万人の人々に深刻な影響がもたらされた。低所得国では、貧困層は、消費支出の2分の1から4分の3を食費に当てている。食料価格の値上げに対処するため、彼らは食費を切り詰め、栄養バランスも悪化している。食料価格の急騰は限界にあった彼らの購買力を著しく低下させ、生計そのものを危うくさせている。健康に不可欠なその他の基本的な商品やサービスを購入できなくなっている。

 現在の世界的な食料価格危機は複雑な要因をはらんでおり、単純なアプローチでは解決できない。急騰する食料価格の影響にもっとも影響を受けやすい人々を支援し、さらには発展途上国における農業生産性の強化を支援するためには、協調的なグローバルな対応を取ることがが急務となっている。IFPRIは、次の2つの政策措置を呼びかけている。[1]食料援助と安定供給のための緊急対策、および[2] 現在および将来の課題に対処できる、弾力のある食料システムの確立。これらの対策はいずれも早急に実施されるべきものであるが、貧困や農業、経済全般への影響は、時間の経過とともに差が生じるであろう。

1.緊急対策
(1)緊急対応と人道的援助の拡大
  世界食糧計画(WFP)や国家的組織など危機対策に取り組んでいる機関は、緊急対応と人道的援助の準備に一層の資金を投入し、もっとも影響を受けやすい人々の置かれている状況を常に十分に把握し、必要な支援をするために、その力を結集させるべきである。また、これらの機関は、現在の食料価格危機のような遅発性の緊急事態において、自らの活動を活発化させる契機とする必要がある。最貧困層に配布される食料や現金をより充実、拡大できるよう、これらの機関へのさらなる支援が必要である。食料をはじめとする援助物資の確実な流通を維持し、貧困層を保護するため、こうした機関の食料援助予算は、食料価格の国際的な上昇率に合わせて増強されるべきである。
(2)農産物輸出の禁止と規制の排除
  これらの措置は短期的に食料不足のリスクを低減するかもしれないが、国際市場をより「薄く」、より「不安定化」するため、結局はリスクは低減されない可能性が高い。また、輸出規制は純輸入国に悪影響を与える。IFPRIの研究によれば、輸出禁止を撤廃すると、穀物価格の変動幅は安定し、価格水準は最大30%低下し、農業生産性が高まることが分かっている。
(3)重要地域での速効性のある食料生産プログラムの実施
  農業生産力を飛躍的に高めうる短期的な措置が必要であり、そのためには、小規模農家の種子、肥料、信用などへのアクセスを確保することが必要となる。また、小規模農家の長期的な世界市場価格を反映した最低保証価格での公的な買入プログラムへのアクセスを確保することも必要である。IFPRIの推定では、アフリカの農家のうち最貧困層の50%に上記の買入プログラムを利用できるようにするためには、年間23億ドルがさらに必要になる。
(4)バイオ燃料政策の変更
  バイオ燃料の生産に現在使用されている穀物や油糧種子をより多く、迅速に食料向けとして確保するために、さまざまな対策が検討されるべきである。対策としては、バイオ燃料の生産を休止もしくは減少させることや、穀物と油糧種子価格が低下するまで、それらをバイオ燃料の原料にすることの一時的停止などがある。ちなみに穀物を原料とするバイオ燃料生産を一時的に停止すれば、トウモロコシは20%、小麦10%の価格低下が見込める。また、食料を原料としないバイオエネルギー技術も同時に促進されるべきである。

2.弾力的な食料システム対策
(1)「協調した公的穀物備蓄」などによる市場の沈静化 
  現在の逼迫した市況において、国際的な穀物備蓄を増加させることは不可能である。しかし、各国は「緊急事態と人道的援助のための穀物の現物備蓄」および「価格危機に際して穀物市場に介入するため、地域レベルおよび世界レベルで備蓄量の一定量を協調してプールし、その情報を共有すること」について、協調的な一連の約束を取り付けておくべきである。
(2)社会保障への資金投入
  価格高騰の時期には、短期的リスクを緩和し長期的なマイナス影響を防ぐために、最貧困層への総合的な社会保障プログラムが必要である。そのような枠組みは、「子供の栄養」「女性」「貧困層」を重点的な対象とすべきである。国によっては、そうしたプログラムを実施するための十分な資金がないため、「援助」、ならびに「公共支出の監視・評価」が必要となる。
(3)持続的な農業成長のための投資拡大
  将来の危機に向けて食料システムを自立、強化するためには、持続可能な農業成長を支援する長期的な投資が必要となる。こうした投資には、農村のインフラ整備、サービス、農業研究、科学、技術への公共投資の拡大がある。IFPRIの推定では、すべての発展途上国で貧困と飢えに苦しむ人々の割合を2015年までに半減するのに必要とされる追加的な国際公共投資は、140億ドルに及ぶ。サハラ以南のアフリカでは、年間約40億〜50億ドルの追加投資が必要になるだろう。
(4)公正で開かれた貿易の促進
  世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンド交渉は失速している。しかしながら、食料価格が高騰したこの時期に、規則に基づく貿易を強化するため、これらの交渉を完結することは今なお重要である。
  これらの提案された政策措置の実施には、国際的な協力が必要であるが、最終責任は国家レベルにある。そのため各国がプログラムを作成し、それぞれのプログラムを持つべきである。優先順位の決定、実施の順序、透明性、説明責任も、成功には不可欠である。つまり、多くの発展途上国における政策およびガヴァナンスを強化していく必要がある。
  現在の食料価格危機に対処するためのさまざまな提案と資源投入が提示されてきたが、実際にどのように実施するかについて十分な注意が払われていない。現在必要とされるのは、協調のメカニズムを明確に理解し、立ち上げることである。農業と食料安全保障、栄養に関する現行のグローバル・ガヴァナンス構造では、今日の危機を防げなかったことは明らかである。提案された解決策を実施し成功を収めるには、それらの3つに関する新たな構造が必要となる。そのような構造では、国際的な食料システムのなかに新たな主体(民間企業、市民社会、大規模な基金など)を、国家政府や国際機関とともに明確に関与させるべきである。

 日本で開催された先のG8サミットの議題では、食料安全保障が最優先課題となっており、また、次回サミットでもそうであろうと期待される一方で、世界の指導者たちは、食料危機に対処するための国際的な協調を阻害する要因を解消していくという課題に、直ちに取り組む必要がある。

〈参考文献〉
1: von Braun, J., A. Ahmed, K. Asenso-Okyere, S. Fan, A. Gulati, J. Hoddinott, R. Pandya-Lorch, M.W. Rosegrant, M. Ruel, M. Torero, T. van Rheenen, K. von Grebmer, 2008. High Food Prices: The What, Who, and How of Proposed Policy Actions. Policy brief No. 2, Washington D.C.: International Food Policy Research Institute.
2: Fan, S. and M.W. Rosegrant, 2008. Investing In Agriculture to Overcome the World Food Crisis and Reduce Poverty and Hunger. Policy brief No. 3, Washington D.C.: International Food Policy Research Institute.
3: von Braun J. and M. Torero, 2008. Physical and Virtual Global Food Reserves to Protect the Poor and Prevent Market Failure. Policy brief No. 4, Washington D.C.: International Food Policy Research Institute.
4: Fan, S. and M.W. Rosegrant, 2008. Investing In Agriculture to Overcome the World Food Crisis and Reduce Poverty and Hunger. Policy brief No. 3, Washington D.C.: International Food Policy Research Institute.

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