アフリカの農業開発と水利用

国際協力機構(JICA) 農村開発部
課題アドバイザー 西牧隆壮

1.はじめに
  本年5月に横浜で、第4回目のTICAD(アフリカ開発のための東京国際会議)が開催される。TICADは、わが国のイニシアティブのもとに、アフリカの首脳、国際機関のトップ、NGO関係者、アジアの開発担当者などが、5年に1度、日本に集まり、アフリカの開発について議論し、方向性を打ち出していく重要な国際会議である。
  TICADT、Uが開催された時点では、「保健医療」、「飲料水」、「教育」など、基礎的な分野への開発が議論の中心であったが、前回のTICADVでは、基礎的な分野にプラスして、農業・農村開発を中心とした経済開発が、アフリカ開発の大きな柱として取り上げられた。その結果、過去5年間アフリカ各国の経済は、さまざまな困難や政治的な混乱などに直面しながらも、多くの国で5%以上の経済成長を遂げてきた。
  今回のTICADWではこういった現状を踏まえ、「成長の加速化」、「人間の安全保障の確立」、「環境・気候変動への対処」が大きなテーマとなる予定であるが、いずれのテーマについても、農業・農村開発が重要な議題となろう。アフリカの3分の2の人々は農村に住み、そのうち3分の2は貧困者とされているからである。アフリカの経済開発を加速するうえでも、人間の安全保障を確立するうえでも農村部の開発はなくてはならない。また環境・気候変動によって一番大きな影響を受けるのも農業である。そして、大陸の3分の2が乾燥地・半乾燥地であるアフリカの農業・農村開発にとって、最大の制約要因は「水」である。

2.降雨量からみたアフリカの農業形態と水
  アフリカ農業のほとんどが天水依存のため、大陸の東西南北、国境を越えて年間の降雨量によって、農業の形態は分類できる。
  年間の降雨量が200mm以下の乾燥地では、オアシス農業が発達している。オアシスでは、浅井戸や伝統的な水利施設であるカナート(フォガラ、ハッターラ)などから利用できる水によって、高木であるナツメヤシ、低木であるオリーブで構成された小さな生態系のなかで牧草、小麦、野菜などを栽培し、ヤギ、ヒツジを飼う三層農業が確立していることが多い。
  300〜600mmの地域ではウシの放牧が主で、短い雨期にミレット、ソルガム、テフといった雑穀を作り、乾期にはその枯れた茎と葉がウシの餌となっている。農家によっては、干ばつに備えてキャッサバを栽培している。雨期には、棘のあるアカシア類の木々の緑が点在する。
  600〜800mmの地域になってくると、放牧から舎飼いの畜産が主体となり、作物栽培はメイズとマメ類が優勢となってくる。ユーカリやマンゴーの緑も豊富になってくる。
  800mmを超すと農耕適地では、畜産も乳牛を導入しているケースが増えてくる。メイズ、コメ、イモ類、食用バナナのほか、茶、コーヒー、カカオ、サトウキビといった輸出用の工芸作物、野菜、花卉、果樹といった多様な作物栽培が見られる。
  営農面からみて、もっとも困難な状況にあり、しばしば食料危機に脅かされるのは300〜600mmのあたりで、西アフリカではサハラ砂漠に隣接するサヘルと呼ばれる地域、東アフリカではエチオピア、ケニアのリフトバレー(大地溝帯)がこういった状況にある。この地域では、人口圧力、干ばつなどが引き起こす過放牧、過耕作、過伐採によって砂漠化が進行し、周辺の気象環境をいっそう悪化させている。

図1 サブサハラ・アフリカにおける主要穀物の生産量と消費量

  アフリカの主要な穀物の生産と消費状況の年別の変化は図1のようになっている。メイズ、ソルガムといった伝統的な穀物の生産が、消費とバランスしているのに対し、コメと小麦の消費が生産を大きく上回り、輸入が急増していることがわかる。
小麦は気温の関係で栽培可能な地域がアフリカでは限られるのに対し、コメは水があればほぼどこでも作ることが可能で、アフリカの食料安全保障を考えるうえで、もっとも有力な作物と考えられる。

3.アフリカの灌漑農業事情
  アフリカ大陸には、ナイル、ニジェール、セネガル、ザンベジといった大河や、ビクトリア、タンガニーカ、マラウイ、チャドといった大きな湖があり、こういった水資源を活用した大規模な灌漑施設もある。しかし、これらの大河や湖は国際河川・湖沼でありその利用が政治的に制約されるうえ、長期的な水位の低下に悩まされている。また、最近は環境への配慮からも、これらの水資源のさらなる活用は限定的となっている。
  さらに、開発に必要な気象データや、河川の流量データ、流出解析といった基本的な情報とそれを活用する人材が圧倒的に不足している。
  また、中小河川などの地表水や、地下水の活用に有利な灌漑農業適地の多くは、植民地以来の大農園(エステート)を経営する大土地所有者のものとなっているケースが多く、貧困農家が地表水や地下水にアクセスして農業を営むには困難な場合が多い。
  一方、水を取り扱う省が水資源・環境省、鉱山動力省であることが多く、農業省は必ずしも灌漑水確保のために、上流から下流まで強い権限を持っているわけではない。また、圃場に近い下流部分の灌漑施設については、地方分権化によって、地方の州、県、さらに郡レベルに権限が委譲されているが、人と予算が伴っていっていないケースがほとんどで、灌漑に責任をもって対処する組織は弱体である。農業普及に当たる普及員のシステムも、世界銀行などが主導する民営化路線のなかで大幅に削減されている。また、エチオピアのように、灌漑開発公社を持っていた国でも公社の民営化が進み、小規模、貧困農家は置き去りにされつつある。
  この点、国立の農業試験場は中央から地方にいたるまで一定のシステムを残している国が多く、研究所が直接普及にあたるほうが合理的な場合が多くなっている。ただし、灌漑に特化した研究所を持つ国はほとんどない。
  将来的に灌漑開発に当たる人材の育成が重要であるが、大学のなかでも灌漑農業に特化したコースを持つところは、ほとんどないのが現状である。
  したがって、アフリカの農業開発と食料増産を進める上では、大規模な新規灌漑プロジェクトを考えるのではなく、既存の灌漑システムの維持管理と改善、雨水の利用(ウオーター・ハーベスト)といった、農民が自分たちで取り組める小規模な灌漑技術、灌漑農業の開発と普及が、当面取り組むべき課題である。そして一方において、長期的な視点から、気象や流量といった基礎的なデータを整備するとともに、灌漑に携わる人材の育成と組織の確立を図る必要がある。

4.農業形態別の水利用の改善方向について

写真1 モーリタニア・アドラール地方のオアシスの浅井戸からの取水
写真1 モーリタニア・アドラール地方のオアシスの浅井戸からの取水

(1)オアシスの灌漑農業
  オアシスではワジ(枯れ川)沿いの伏流水を、浅井戸またはカナートで取水して利用している。浅井戸については伝統的な手汲み、はねつるべから、動力ポンプの導入による過剰な汲み上げが生じ、地下水位の低下をもたらしているケースが多い。カナートについては、その維持管理に多大の労力を要することや地下水位の低下による流量減に悩んでいるケースが多い。一方、こういった環境にある貴重な水にもかかわらず、オアシス農業では伝統的な水盤灌漑に頼っている結果、圃場における水効率が悪く、水をむだに使っていることが多い。水盤灌漑を畝間灌漑に変えることだけでも大きな成果が得られるし、点滴灌漑の導入、水路のライニングといったことに取り組めば、さらに効果が上がることが確認されている。
  写真1はモーリタニア・アドラール地方のオアシスの井戸からの手押しポンプでの取水状況である。後方のドラム缶に手押しポンプで汲み上げた水を一度貯留し、それを野菜に灌水することによって、「作物が必要とする水量を、農家に理解してもらう」ための実証調査の風景である(国際協力機構の開発調査で実施)。
(2)半乾燥地の灌漑農業
  半乾燥地では、雨期と乾期がはっきりとしており、年間の降雨量は少ないながら、雨期の降雨を利用すれば、ミレット、ソルガムといった穀物の栽培は可能なところが多い。しかし、雨期の降雨量は年ごとに大きく変化し、数年に一度は干ばつにみまわれる。また、雨期の始まりと終わりも年毎にばらつき、安定した営農を阻害している。そのため農家はヤギやウシなどの飼育によって、生計を安定させようとするが、結果的には過放牧と過耕作をまねき、干ばつの年には餌となる草や穀物の茎葉不足から、大きなダメージを受けることが多い。 
  半乾燥地農業を改善する上では、雨期の水をワジや、低地沿いの低いところで貯留させる溜池などをつくり、これらの水を補給灌漑として使用し、生産性を少しでも上げることが重要である。そのために、それぞれの土地に適した、ウオーター・ハーベスト技術の開発と、灌漑水の有効利用によって、たとえば雑穀よりも生産性の高い陸稲栽培の導入など、灌漑営農技術の開発が求められる。半乾燥地では、放牧が尊重され、作物栽培を低く見る社会・文化的な背景がある。こうしたなかで新しい技術の開発と普及を進めるには、農業開発だけでなく、保健、教育、生活改善といった小規模総合農村開発の一環として、農業開発を行うことの重要性が指摘される。
(3)農耕適地の灌漑農業
  ケニア、ウガンダ、タンザニア、マラウイ、ザンビア、モザンビーク、マダガスカル、ナイジェリア、ベナン、ガーナ、コートジボアールなどには、豊かな降雨量に支えられた広大な農耕適地がある。しかし、その多くは植民地時代以来のエステートとなっている。
  例示的にウガンダを取り上げると、地味がよく灌漑に適したところは、茶、コーヒー、サトウキビ、メイズ、牧場などのエステートとなっており、多くの一般農家は丘陵地で天水に頼り、主食であるバナナ、メイズ、キャッサバを植え、低湿地ではパピルスの間でタロイモやわずかな野菜を栽培し生計を維持している。1970年代に中国が1000ha規模の灌漑水田を3か所開発し、そのうち1か所はウガンダ政府が民間企業に払い下げ、大型直播稲作のエステートとなっている。2か所は基幹施設の維持は国営で、末端施設は農民が水利用組合をつくり、維持管理をしているが、いずれも十分に機能せず、上流で大規模な盗水が行われている。地区内は1農家に0.5haずつ割り当てられているが、実際の土地所有は不在地主もかなり存在すると見られる。
  この3か所が基点となって、東部ウガンダでは水稲栽培が定着しつつあるが、平均収量は1.5トン/ha程度である。国際協力機構はこの東部ウガンダの22県を対象に1か所20ha未満の小規模な稲作灌漑施設を整備しながら技術普及を図るプロジェクトを本年6月から実施する予定である。当初から住民の参加が前提で、住民の同意を取り付けたうえで事業を開始する。また、この種の小規模な住民参加型の灌漑プロジェクトを、タンザニア、ケニア、マラウイ、ザンビア、シェラレオネ、ガーナで協力または準備中である。

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