非食用作物の
バイオ燃料化における微生物の利用

独立行政法人 農業環境技術研究所
生物生態機能研究領域 領域長 對馬誠也/主任研究員 北本宏子

1.はじめに
  ここ1、2年、国内でバイオエタノールの生産に向けた取組みが盛んで、最近の数か月間などは、バイオエタノールに関する記事が新聞紙上に取り上げられない日がないほどである。アメリカとブラジルを中心として世界各国で生産される燃料用バイオエタノールは2005年末時点で3650万キロリットルと推計されているのに対し、国内でのエタノール生産は2005年時点で30キロリットルと微々たるものである(2007年2月バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議)。
  バイオエタノール生産の取組みが始まった背景に、地球温暖化の問題があるのは周知の事実である。再生可能な植物(バイオマス)は、大気中のCO2から炭素を固定している。このためバイオマスから生産されたエタノールを燃焼した際に排出されるCO2は、もともと大気中に存在していたものであり、大気中のCO2総量の増減に影響を与えない(カーボン・ニュートラル)。政府が2005年4月に閣議決定した「京都議定書目標達成計画」、および2006年3月に閣議決定した「バイオマス・ニッポン総合戦略」では、輸送燃料におけるバイオマス由来燃料の利用目標を2010年に50万キロリットル(原油換算)としたが、このなかで中長期的には600万キロリットルの生産が可能と試算された。2006年11月に、当時の安倍内閣総理大臣が国際バイオ燃料の生産拡大を指示したことにより、バイオ燃料の生産が本格化した。
  加えて、2007年2月の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書で「温暖化がすでに起っており、その原因が人間活動による温室効果ガスの増加である」とされ、ますますバイオエネルギー生産に向けた動きが活発になった。しかし、バイオマスとエタノールの生産過程では、石油エネルギーを熱源として使わなければならず、カーボン・ニュートラルを達成することは、なかなか簡単にいかないようである。
  著者らは、現在、農業生態系を構成するイネ、コムギなどのいくつかの作物から約2万株の微生物を収集している。これを「微生物インベントリー(微生物のバンク)」としてデータベース化し、その情報の一部については、icroForcem(商標登録第5060447号)という名でウェブ公開するとともに、収集した微生物の利用法を研究している。これまで、植物に生息する微生物を微生物資源として考える研究者は少なかった。しかし、これまでの研究報告などから、植物体の表面では紫外線、気温の急激な変化といった環境ストレスと植物体の防御システムが常に働いていることが明らかになり、生息微生物が、これらへの対抗手段として、さまざまな機能を有していると考えられるようになった。このことは、これら微生物のもつ機能が、さまざまな分野で有効利用できる可能性を示唆している。そこで、著者らは、これら微生物のなかに、バイオエタノール生産に役立つものがあるのではないかと考え、探索および情報収集を行うことにした。ここでは、これまで得られた情報を基に、とくに「非食用作物のバイオマス燃料化における微生物の役割」について記したい。

2.非食用作物のバイオマスの利用

写真1 バイオエタノール生産試験(十勝産業振興センター)
写真1 バイオエタノール生産試験
(十勝産業振興センター)
写真2 原料となる規格外コムギ
写真2 原料となる規格外コムギ

  現在、ブラジルではサトウキビ搾汁液の糖から、アメリカではトウモロコシの実(でんぷん)から、エタノールを生産している。前者のような糖質原料としては他にテンサイなどがあり、後者のようなでんぷん質原料としてはトウモロコシの他にソルガム、ジャガイモ、コムギなどがある。ちなみに、国内で試験的に着手された、バイオエタノール生産事業のバイオマス原料は、たとえば宮古島ではサトウキビの廃糖蜜で、北海道の十勝ではコムギ粒(規格外コムギ)(写真1、2)が用いられている。このように食用部からのエタノール生産が盛んな理由は、エタノール生産の最初の段階の「糖化工程」が容易だからである。
  しかし、このような食用部の利用については、すでにいくつか問題が生じている。たとえば、トウモロコシに関していえば、アメリカがトウモロコシの食用部から大量にエタノール生産を行ったため、家畜飼料やそれに関連する食品の価格が軒並み高騰して、世界経済に大きな影響を及ぼしていることはよく知られている。また、国内においては、食用部からエタノールを得ること自体に抵抗を感じる人もいるようである。作物生産過程で排出される非食用部の莫大なバイオマスをバイオエタノール生産に利用できれば、このような問題が解決することから、現在この技術の開発が注目されている。

写真3−1 さまざまなバイオマス―イネ
写真3−1 さまざまなバイオマス―イネ
写真3−2 さまざまなバイオマス―サイレージ
写真3−2 さまざまなバイオマス―サイレージ

  こうしたなかで、2007年になり、アメリカが非食用部のセルロースをエタノールに変換する研究に着手することが新聞紙上で報じられた。国内においても、前述の「バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議」でセルロースなどを含む未利用バイオマスからのエタノール生産を奨励している。それによると、国内の未利用バイオマスは約1740万tあり、この内訳は、農作物非食用部約1400万t、林地残材約340万tである。この非食用部の約30%は堆肥、飼料などに利用されているが、残りの70%は未利用である。この未利用部位からのエタノールの生産は、たしかにバイオマス有効利用、地球温暖化対策のために一石二鳥の有効な手段となる(写真3−1、3−2)。しかし、このセルロースなどを含む非食用部からのエタノール生産は、とりわけ多くの課題があるようである。

3. バイオエタノール生産技術上の問題点
  バイオエタノールの生産は、糖化、発酵、蒸留、脱水の工程からなっている。
  糖化は、食用部あるいは非食用部から、酵素や酸を用いてエタノール発酵の原料となるオリゴ糖や単糖(グルコースなど)にすることであるが、この工程をいかに低コストで効率的に行うかが重要である。この工程は、前述したように原料として糖質を用いるか、あるいはでんぷん質や、セルロースやヘミセルロースを含む非食用部を利用するかで大きく異なる。一般的には、よりグルコースに近い状態のものを原料とする場合の方が、より作業工程は少ない。たとえば、サトウキビから生産されるエタノールのエネルギー量は、製造にかかる投入量の3.7倍と試算され、トウモロコシで1.1倍である(『日経サイエンス』2007年4月号)。当然、非食用部の糖化がもっとも難しい。したがって、非食用部からのエタノール生産に関しては、この糖化の段階が、でんぷん質や糖質からのエタノール生産に比べ、研究や技術開発でもっとも力を入れなければならない工程といえる。
  発酵は、グルコースをアルコール発酵によりエタノールに変換することである。この工程では、糖化工程で出てくる副産物などが発酵の効率に影響を及ぼす(たとえば熱や酸でバイオマスを処理した場合は、酢酸などの有機酸、フラン化合物やフェノール系化合物など)。その点を考慮しながら、発酵効率をより高める技術(発酵効率の高い酵母の探索など)が必要のようである。
  生産されたエタノール液は濃縮と脱水の2段階で蒸留される。蒸留過程で消費されるエネルギーは、生産されるエタノールの約半量といわれ、その削減が大きな課題となっている。濃縮過程では、まずエタノールを96%程度まで濃縮する。通常は熱蒸留法が用いられるが、熱源として化石エネルギーを使う場合は、カーボン・ニュートラルに反することから、代わりに、作業工程から出てくる残りカス(バガスなど)を用いたり、地域で出てくる余った熱源(メタン発酵エネルギー、ゴミ消却場から出る熱源など)を利用する試みもあるようである。また、新しい方法として膜処理を用いる研究が進められており、投入エネルギーが削減されることから、開発が待たれている。次に、96%程度の純度に濃縮されたエタノールをさらに99.6%以上にするため脱水する工程がある。この工程も、通常は熱蒸留法で行われており、蒸留過程に必要なエネルギー量の2分の1を占める。宮古島で実施された環境省地球温暖化対策技術開発事業では、この工程に膜蒸留法を用いており、熱蒸留法に比べてエネルギー量は約10分の1になるという。膜による脱水は、イニシャルコストは高いが、ランニングコストが低く、技術的に実用化段階であることから、今後の導入が期待される。
  以上が一連の作業工程であるが、さらに、問題点としては、発酵工程などで生じる廃液の処理も重要である。発酵蒸留廃液は、BODおよびCOD値が高く、得られるエタノールの数倍量生産される。現在は活性汚泥法などで処理される。しかし、廃液の栄養価が高いことから、メタン発酵や飼料化が検討されている。副産物に付加価値を付ければ、エタノール生産費総額を削減させることができる。さらに、原料由来の不純物の処理工程が必要である。宮古島におけるプラントでは、サトウキビから砂糖を分離したカスである廃糖蜜を原料にしているため、原料由来の黒色の廃液を脱色する処理技術の開発が求められている。
  以上から、バイオエタノール生産においては、原料によって作業内容はかなり異なるものの、どの原料を用いた場合にも、コスト面から考えると、効率的な生産技術の開発が必須であり、そのために改良しなければならない技術は多数あると考えられる。なお、本来コスト計算では、原料の収集、運送費なども考慮する必要があるが(バイオマス・ニッポン戦略会議)、紙幅の制約もあり割愛する。

4.非食用部位からのバイオエタノール生産における微生物の利用
  以上から、非食用部からのエタノールの生産では、食用部からのエタノール生産とは異なり、糖化の段階で多くの技術開発が必要となってくる。非食用部はセルロースなどから構成されていることから、まず、このセルロースをグルコースに変換する技術の開発が世界中で進められているようである。物理化学的な方法としては、木質などを蒸した後、粉砕しつつ濃硫酸につけて加水分解する方法が用いられている。しかし、この方法では強い酸を使用するという点や、廃液の処理、処理に必要なエネルギー量が普及上の課題のようである。
  これらに代わる方法として微生物由来の酵素などを用いた生物的処理法がある。実際、アメリカではセルロース分解菌の探索・利用を計画しているという情報が最近新聞にも掲載された。そこで、ここでは、とくにセルロース分解菌とその酵素(セルラーゼ)を中心に現状と課題を記す。
(1)セルラーゼのコスト
  カビの一種であるトリコデルマ菌から採った酵素がノボザイム社から出され、産業や研究現場では広く利用されているが、エタノール生産のためにはコスト的に問題があるようである。したがって、今後、酵素活性が高く、酵素を大量生産するスーパー分解菌の探索が必要である。
(2)不純物存在下で高い活性を持つセルラーゼの探索
  植物はセルロースの他に、ヘミセルロースやリグニンなどを含んだ構造体を持つため、分解菌やその酵素がそれらの存在下でセルロースを効率よく分解するのは難しい。このため、これら成分の存在下でも強い活性を持つ菌や酵素を見つける必要がある。また、あらかじめ低コストの物理化学的方法で構造体を少し分解した後に、酵素などを利用する技術の開発も必要である。
(3)セルロース分解菌以外にも、さまざまな機能を持つ菌が必要
  セルロースは、六単糖であるグルコース(C6)に分解されるが、ヘミセルロースが分解されると、グルコースだけでなく、キシロースやアラビノースといった五単糖(C5)になる。しかし、ほとんどの酵母はC5の糖からエタノールを生産できない。現在、国内外の研究者が、C5を発酵させる細菌の利用や新しい酵母株の作成などの研究を行っている。

写真4 イネをアルコール発酵する酵母(右)
写真4 イネをアルコール発酵する酵母(右)

(4)その他
 以上のように、非食用部の利用としては、植物体のすべてを利用することが理想的である。微生物は、土壌のみならず、植物体上に多数生息している。著者らの研究では、培養できる細菌だけでもイネの葉鞘から1g当たり約106〜107個、コムギの葉鞘から約104〜105個が分離される。細菌以外にも、多数のカビが生息している(写真4)。これらのうち、病原菌などのなかには、セルロースを分解して植物に侵入する微生物がいることはすでに報告されており、今後これらの微生物を利用して、バイオエタノール生産に役立つ技術開発を進めていきたいと考える。

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