地球温暖化と農業農村開発協力

独立行政法人 緑資源機構 海外事業部 企画評価課
課長 内藤久仁彦

1.はじめに
  2007年、IPCC〔気候変動に関する政府間パネル:世界中の科学者が報告した気候変動に関する研究成果をとりまとめるために、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が設立した組織〕が6年ぶりに最新の報告書(第4次報告書)を発表した。この報告書では、「現在、100年あたり0.74℃で温暖化が起きている」「20世紀以降、温暖化の速度が近年になるほど加速している」という現状が述べられている。
  緑資源機構は、永年にわたって農業農村開発をベースとした地球環境問題への取組みを続けてきたが、今後、地球温暖化に対する対応能力が低い開発途上国に対して、どのような視点で取組む必要があるかについて考察した内容を紹介したい。

2.地球温暖化が農業農村に及ぼす影響
  気候変動は、全世界に大きな影響を及ぼすものであり、IPCC第4次報告書によると、温暖化や海面上昇が起こっていることが「疑う余地がない」と断定されている。また、その原因とされる温室効果ガスの濃度がたとえ安定化しても、引き続き数世紀にわたって温暖化や海面上昇が継続することが指摘されている。
  降水量についても、陸地のほとんど全域において長期変化の傾向が観測されている。高緯度地域では降水量が増加すると予測される一方で、「今世紀半ばまでに、年間平均河川流量と水の利用可能性は、中緯度地域のいくつかの乾燥地域および熱帯乾燥地域において10〜30%減少する」と予測されている。
  このような気候変動は、飲料水や食料といった人類の生存基盤に非常に大きな影響を及ぼすことになるが、とくにインフラ、技術、情報、資金、管理能力などが脆弱な開発途上国における影響が大きいことが予想される。そのなかでも、自然資源に深く依存した生活を送り、自然災害に対して脆弱な農村に居住している人々は更に大きな影響を受けやすいであろう。

図1 砂漠化進行の悪循環
図1 砂漠化進行の悪循環

  現在、多くのアフリカ諸国では、貧困層の人々の多くが自然資源に頼って生活しているが、貧しさゆえに過剰耕作や過剰伐採などで過度に資源を収奪してしまい、資源が枯渇し、さらに貧困が進むといった悪循環で砂漠化が進行している(図1)。今後、気候変動により、干ばつが更に頻発したり、降雨強度の増加などによる土壌侵食で土地資源の劣化が進んだ場合、このような人為的な要因による自然資源の劣化の速度が速まり、このことがさらなる地球環境へのストレスを増大させていくという、非常に大きなスケールでの悪循環を加速していく恐れがある。

図2 20年間に約200km南下した等雨量線(マリ)
図2 20年間に約200km南下した等雨量線(マリ)
写真1 砂漠化の進む大地(ニジェール)
写真1 砂漠化の進む大地(ニジェール)

  IPCC第4次報告書では、アフリカ大陸は、気候変動に対してもっとも敏感でかつ脆弱であると指摘しており、「2020年までに、7500万〜2億5000万の人々が、気候変動に伴い増加する水ストレスに曝される」と予測している。さらに、「農産物生産可能量が、半乾燥地域および乾燥地域の縁に沿って減少することが予測される。このことは、この大陸において、食料安全保障に一層の悪影響を与え、栄養失調を悪化させる。いくつかの国において、降雨依存型農業からの収穫量は、2020年までに50 %程度減少しうる」という非常に衝撃的なシナリオを提示している(図2、写真1)。
 このようなアフリカ諸国、さらには海面上昇による洪水の影響を受け易いアジアおよびアフリカの大河川のデルタ地帯、あるいは小島嶼で、リスクの高い地域に集中している貧困コミュニティの受けるダメージは相当に大きなものと予想されている。したがって、このような地域への有効な支援を行うことは、たとえ地球温暖化自体が避けられないとしても、その影響を最小限に食い止め、「破局的な気候変動」を避けるために非常に重要な役割を担っている。

3.気候変動に向けた農業農村協力のあり方
  2007年3月に、外務省国際協力局が気候変動への適応の分野における開発途上国支援(有識者会議による提言)をまとめた。そのなかで、基本的考え方として「適応策は、気候変動への適応のみを目的とした独立した政策ではなく、貧困削減、農業開発や水資源の確保、防災などの政策と密接に関連しており、人間の安全保障と持続的開発の観点から、総合的に取り組むべき課題である」としている。この「人間の安全保障」と「持続的開発」の2つは、従来より農業農村開発協力にとっても基本となる要素であるが、気候変動に取組むうえでも忘れてはならない重要なキーワードと言える。
  気候変動に伴う環境の変化の影響を受けやすい、自然資源に依存した生活を送っている人々に対して、保護や能力強化を行うとともに、貧困コミュニティの適応力を高めていくことが重要であり、気候変動に対して、土地・水資源の持続的な利用を確保しながら取組んでいくことが必要である。そのためには、今まで我が国が展開してきた住民参加型のコミュニティベースでの農業農村開発は、ますます重要になってくるであろう。
  以上を背景に、今後、具体的にどのような農業農村開発に関する技術協力が必要かについて考えてみたい。
(1)地球温暖化(気候変動)緩和策

写真2 農民リーダーへのCDM事業導入の説明(パラグアイ)
写真2 農民リーダーへのCDM事業導入の説明(パラグアイ)

  同報告書には、「地球温暖化の多くは、緩和によって、回避、減少または遅延させることができる」とされている。今後も温室効果ガスの排出量が増加の一途をたどるシナリオ(多元化社会)では、2100年の平均気温は1990年レベルから3.4℃上昇すると予測される一方、資源の利用効率が向上するシナリオ(循環型社会)では、気温上昇は1.8℃に抑えられると予測している。現在、気候変動を緩和させるためのクリーン・エネルギーや省エネルギーの促進に関する開発途上国への支援が積極的に進められてきている。こうしたなか、緑資源機構はクリーン開発メカニズム(CDM:先進国が開発途上国で温室効果ガス削減事業に投資し、削減分を目標達成に利用できる制度)を農村開発事業のなかに取り入れ、住民の生活向上や持続的な資源利用にも寄与するような手法の開発に取組んでいる。具体的には、農村開発のコンポーネントにアグロフォレストリーを導入し、住民活動のなかで森林を維持管理する方法論を構築したり、バイオマスなどの化石燃料の代替エネルギーの使用や、農業用水の送水ロスを減らして、ポンプ燃料の節約を図るような取組みを、農村開発のなかに位置づけていく方法論の構築に取組んでいる(写真2)。このような方法論・実施方法が確立されれば、民間投資家のCDMへの関心も高まり、世界各地で取組みも促進されるのではないかと期待している。
(2)地球温暖化(気候変動)適応策
 緑資源機構は、今まで住民参加型農村開発をベースに砂漠化防止、土壌侵食防止などの地球環境問題対策に取組んできた。現地で住民とともに行う実証調査を通じて開発された技術や手法は、途上国自身や、国際協力機構(JICA)をはじめとする援助機関などにも活用され、普及・展開されてきた。
 一方、今後予想される気候変動による影響の種類や大きさは、各地域の自然条件やその適応力によって大きく異なる。地域の状況に応じた、きめ細かい技術の適用や、より条件の厳しい地域での高度な技術開発も必要になってくる。そのため、緑資源機構は以下の3点に重点を置いて、今後の技術・手法開発に取組んで行きたいと考えている。

写真3 住民からの聞き取り調査(ブルキナファソ)
写真3 住民からの聞き取り調査(ブルキナファソ)

[1]具体的な影響度合いの把握、効果を評価する指標の整備
 今後、気候変動への対応を効率的に進めていくためには、温暖化による具体的な影響をよりきめ細かく分析していくことが必要である。衛星画像による広域的なモニタリングと現地でのフィールド調査を結びつけ、たとえば、土地の脆弱性を考慮して放牧の頭数を増やせる場所や禁牧が必要な場所を特定し、効率的な放牧地マネージメントを行ったり、地域の条件を勘案して砂漠化を止めることができるような植被率や樹種の選定などにも取組んでいきたいと考えている。また、今まで行ってきた住民参加型の農村開発への取組みが、持続的な農牧林業の定着を通じた植生の定着や回復に、どの程度役に立ってきたかを数値化・指標化する取組みにもチャレンジしたいと考えている。非常に困難な取組みではあろうが、現地での体系的なアンケートによる分析や、住民が経験的に持っている伝統的知識の共有化なども行いながら、環境の変動に少しでも効果の高い活動が行えるよう努力していきたい(写真3)。

写真4 浅井戸を利用した野菜栽培(マリ)
写真4 浅井戸を利用した野菜栽培(マリ)

図3 淡水レンズ断面図(マーシャル諸島) マジュロ環礁は、陸地部分のほぼすべてが炭酸塩類起源の礫や砂から成っており、透水性が非常に大きい。島の地下には周辺から塩水(海水)が浸透している状態となっているため、地表から浸透した淡水は、地下の塩水の上にレンズ状に浮かんだ状態でのみ存在する。淡水レンズからの取水は、その平衡状態を維持できる水量や取水方法をとる場合にかぎり、持続的に可能である

図3 淡水レンズ断面図(マーシャル諸島)

[2]適応対策技術・手法の高度化
 気候変動による影響に対して、自然資源の管理に留意しながら持続的な農業農村開発を行っていくための技術・手法開発は今後も重要な課題である。とくに、今後、干ばつの頻発が予想されるアフリカや、海面上昇や極端な降雨不足の影響が懸念される小島嶼国において、貴重な水資源を少しでも有効に活用する技術の開発・定着が必要である。今まで砂漠化防止や土壌侵食防止などの取り組みのなかで、ワジ(枯れ川)の河川敷での浅井戸による畑作、微生物農法など、土壌の団粒化による保水力の向上、貯水タンクなどによる雨期の洪水の有効利用などの技術が実証されてきているが、今後はこれらの水資源の維持管理技術と併せて、節水農業を組み合わせた総合的な取組みや、環礁島における淡水レンズを持続的に活用した農法の開発などにも取組んでいきたいと考えている(写真4、図3)。

写真5 短時間の降雨での洪水(エチオピア)
写真5 短時間の降雨での洪水(エチオピア)

[3]リスク管理手法の開発・普及
 IPCC第4次報告書では、2080年代までに、非常に多くの人々が海面上昇により、毎年、洪水に見舞われると予測されている。これらの洪水の他、降雨強度の増大により、ため池などの施設が決壊して、多大な被害を及ぼすことも予想される(写真5)。このような気候変動によって頻発が予想される災害については、そのリスクを幅広く啓発することによって、犠牲を最小限に食い止めることができる。それぞれの地域社会が有する適応力の活用・強化も含めて、災害に強いコミュニティづくりを行っていくことが必要である。現在、地球観測システムの確立などを通じて、気候変動の観測・予測および影響評価に関する取組みが開発途上国も巻き込んだ形で進められているが、このような調査研究から得られた情報を的確に住民に伝達する体制づくりや、防災訓練、災害ボランティアの訓練なども含めた災害に強いコミュニティづくりへの支援も重要であると考えている。

4.おわりに
  我が国が、「人間の安全保障」「持続可能な開発」という基本理念の下にコミュニティベースで進めてきた農業農村開発の協力は、今後の気候変動への対応にも、その重要性は全く変わるものではない。むしろ、今後、国際社会で援助協調が進められるなかで、我が国は先駆者としてその経験・技術を発信していくべきである。

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