―国際機関の動向―
アジア開発銀行における水資源セクター支援戦略の動向

アジア開発銀行 水資源セクター
上席専門官 横山謙一

 近年の水問題に対する世界的な関心の高まりや国連ミレニアム開発目標などにおける関連国際公約を踏まえ、アジア開発銀行(ADB)では2001年1月に「水政策」(※1)を制定のうえ、水資源分野(都市・農業用水、流域水管理)を重要課題として加盟途上国を支援している。今般、外部有識者により上記政策の5年間の実施評価がなされ、それを踏まえた行動計画が策定された。本稿では、これらの基本的内容と今後の動向について概括する。

〈「水政策」の基本内容〉
  水政策では、アジアの多くの地域で乾期を中心に水需給がすでに逼迫しており、今後も急激な人口増加・都市化による食料・水供給問題の深刻化および環境悪化と水災害の頻発が予想される点を踏まえ、加盟国における戦略的・効率的な水資源管理と開発が急務なことを基本認識とし、これを支援するための7項目の基本原則を定めている。
  具体的には、(1)水資源セクターの制度改革(政策・法整備、組織改革)推進の公約、(2)流域別の総合水資源管理の推進、(3)(流域管理機関と水供給機関の分離と)供給機関の独立収支機関化・官民協調の推進と水利用者へのアカウンタビリティの確保、(4)水利用効率向上のための水価や水利用規制の推進、(5)国際河川における国際協力の推進、(6)流域管理・水供給機関の意思決定における住民参加、(7)ガバナンス向上のための法令整備や関係機関の機能向上、である。
  さらに、ADBの行動指針として、これら原則の実効化のためには中長期的な取組が必要であることに鑑み、関係加盟国において他の援助機関とも協調して、包括的なセクター改革の行程表を策定し、個別融資案件はその実施に資するよう融資条件を具備すべきとしている。

〈近年の水資源部門の融資動向と水政策実施評価〉
  前記の「水政策」における意図や事業投資の必要性とは対照的に、2000〜04年の水資源分野の融資承認額は年平均8億ドルと、前5か年平均を2億ドル下回った(灌漑排水部門は年1億8千万ドルから1億2千万ドルに減少、なお年融資額は約56億ドル)。主要因としては加盟国の要請、とくに新規水資源開発案件の減少、農業・都市用水案件の総体的に低い完了後評価と「水政策」を踏まえた融資条件の厳格化などがあげられる。
  こうしたなか、2005年にオランダ、インドなど加盟国の有識者により、広範な関係者からの意見聴取も踏まえた水政策実施評価が行われた。報告書(※2)では、ADBの水資源プロジェクトと「水政策」の整合性や加盟途上国における水資源政策などの基本的骨格の策定に進展が見られる点は評価しつつも、前記の基本原則の実効化とインフラ整備が迅速でないことに深刻な懸念が示された。
  また、これらの加速への重点課題として、(1)加盟国の首脳レベルでの水問題の重要性の認識向上、(2)関係実施機関の実施能力の改善、(3)総合水管理の実務の明確化と組織機構改革推進、(4)農業・都市用水事業における維持管理の抜本的改善などを指摘のうえ、勧告事項として(5)水資源部門の融資・技術協力の強化、(6)加盟途上国における援助機関協調と市民参加による制度改革・インフラ整備行程表の明確化、(7)ADBの融資形態や案件策定プロセスの改善(長期・段階的融資の導入など)と水資源スタッフの量的・質的向上を指摘した。これらを踏まえ、ADBでは2006年に今後5か年で水資源部門の年融資承認額倍増を目標とする水資源融資計画(※3)を策定し、その他の勧告についても、順次実施していく予定としている。

〈今後の動向〉
  前記の通り、水資源部門の支援を倍増する意図が表明されたところであるが、その実施については加盟国の要請や制度改革、関係機関の実施能力向上によるところが大きく、予断を許さない。
  灌漑排水部門について見ると、参加型灌漑管理の原則の適用による既存システムの改善を主体に、年間約2億5千万ドルの融資承認を概ねの目標としているが、過去の完了案件における灌漑計画面積と実面積の乖離や不十分な維持管理が深刻な問題として指摘されており、これを抜本的に改善することが不可欠である。最近の動向としては、小規模システムを対象とする案件では、建設工事開始前に水利組合の十分な育成を行い、維持管理を組合に完全移管することによって、所定の効果が達成・維持される実績が積み上がりつつある。しかしながら、水利組合と水供給機関との共同管理が当面必要な中・大規模システムでは、より複雑なインフラ改善はもとより、一般的に事業実施機関の側に受益者へのアカウンタビリティ(所定の水供給を約束・履行する仕組)の欠如という構造的問題があり、その解決のために組織、実施監理体制、水利組合法などの包括的な制度改善が必要とされる場合が多く、融資先機関による改革の受入れと中長期的な取組が大きな課題といえる。

〈詳 細〉
(※1) http://www.adb.org/Documents/Pol icies/Water/water-policy.pdf
(※2) http://www.adb.org/Water/Policy/ pdf/review-panel-report.pdf
(※3) http://www.adb.org/Water/Operati ons/WFP/default.asp

写真
バングラデシュ小規模水資源開発プロジェクト。1996年に開始された同プロジェクトでは、2000年以降受益者の7割以上の水利組合への参加登録を個別計画採択の条件として、計画段階で組合育成強化を実施し、受益者による維持管理に一定の成果を収めている

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