食料vsバイオ燃料と日本農業の方向

農林中金総合研究所
特別理事 蔦谷栄一

構造的変化が起こりつつある穀物需給
 このところ穀物、食料をめぐる情勢はあわただしい。需給逼迫による飼料価格の高騰、穀物在庫率の低下がもたらされているが、この主たる要因は第一にアメリカにおけるエタノール向けトウモロコシ需要の急増である。第二が中国の人口増加と所得向上にともなう食肉・飼料穀物需要の増加である。そして第三に地球温暖化によるとみられる干ばつなどの異常気象発生にともなうオーストラリアの不作をあげることができる。
  こうした動きからは農産物がこれまでの単なる食料としての供給からエネルギー資源としてのウェイトを急激に高めていると同時に、エネルギー資源としての利用の背景には地球温暖化にともなっての二酸化炭素排出規制が大きく影響している構図がみてとれる。
  食料もエネルギーも人類が生存していくためには絶対に欠かすわけにはいかない基礎的資源である。ところが農産物はエネルギー資源とはなりえても、食料は基本的には農産物以外からの調達は不可能である。今後農産物をめぐっての食料としての需要とエネルギー資源としての需要の競合はますます激化するものとみられる。そこで食料自給率40%(カロリーベース)、エネルギー自給率4%(原子力発電を除く)と、生存していくのに必須の基礎的資源のきわめて多くを海外に依存している日本は、こうした情勢変化をどう受け止め、いかに行動していくべきなのであろうか。食料・エネルギー資源が不足しながらも、これらを購入する財政的能力を有していない開発途上国も多い。すでに限られた資源をめぐっての国どうしのぶつかり合いは頻発しており、我が国の今後の食料、エネルギーをめぐる行動は、地球全体の持続性、ひいては世界平和にまで大きな影響を及ぼしかねない。
  そこで本稿では、第一次的にはこうした情勢変化を整理することをねらいとし、あわせて日本農業の在り方をはじめとして、我が国の目指すべき方向性についても触れていくこととしたい (※1)。

食料需給のカギを握るブラジル
 世界の人口は2005年で64億6千万人となっており、2050年には90億人を突破して、現在の1.4倍近くに達するものと見込まれている。
  一方、食料の生産をみると、収穫面積はすでに減少傾向をたどっており、単収の増加によって増え続ける人口に対応した生産量増加を可能にしてきた。しかしながら現状は単収の増加も頭を打ちつつあると同時に、8億5千万人もの栄養不足人口を抱えているのが実態である。
  経済協力開発機構(OECD)をはじめとして多くの将来予測が発表されているが、食料需要増大のポイントとなるのが中国であり、生産増加のほとんどを担うことになるのがブラジルであるという点についての見解はほぼ一致しているといえる。レスター・ブラウンはこれを「食品貿易はここ数十年、米日関係―穀物、大豆、肉の最大輸出国・アメリカと最大輸入国・日本―を主軸としていた。しかし、大豆部門ではすでにブラジルと中国の関係が、それよりも太いパイプになりつつあるようだ」(※2)としており、さらに大豆を含めた穀物、食肉のブラジル、中国両国の間での輸出入が大きく増加する可能性があることを指摘している。
  中国は13億人もの人口を抱え、21世紀前半には15億人になるとも16億人になるともいわれている。しかも経済の急成長とともに食肉消費の増加などによって、穀物需要が大幅に増大しつつある。一方、中国は日本よりもさらに1戸当たり耕地面積は狭小であり、機械化などが遅れ労働生産性は低いことからコストが高く、米を除く穀物は国際競争力を有していない。01年には中国もWTOに加盟したが、これにともなって大豆の輸入は急増している。また、これまで大量の在庫を抱え輸出にまわしていたトウモロコシも在庫が縮小し、輸入へと転じている。中国政府は食料自給率95%以上は確保するとはしているものの、当面は一段と輸入が増加して、国際穀物市場における最大の買い手となることは間違いない。こうした流れが、一方での農地面積の減少と、“黄河断流”に象徴される水不足、砂漠化の進行によって増幅することが懸念される。
  これに対して世界の供給増の期待を一身に背負ったかたちとなっているブラジルは、アマゾン流域とその南端に拡がるセラードが耕地拡大の可能な地域として想定されている。「(1)強酸性、(2)アルミニウム成分が多い、(3)リン分が少ない、(4)保水力に乏しい」セラードの土壌は、「石灰の散布、多量の肥料、アルミニウム成分に強い品種づくり、といった総合的な対策により、増産体制が整えられ」てきた。セラードには耕作可能な土地がアメリカの穀物と大豆の作付面積に相当する7500万haあると推測されており、アメリカ農務省は「ブラジルは世界シェアの三分の一を占める現在の大豆生産量を、さらに三倍に増やす可能性をもつ」とみている。
  しかしこうした可能性はもちながらも、内陸のセラードから東海岸の各輸出港まで、平均すると1600 kmもあり輸送コストがかかること、小麦やトウモロコシは大量の肥料投入が必要とされるとともにアメリカに比較して収量が低いこと、森林破壊は土壌の浸食や劣化をもたらし、内陸への水循環を脅かすおそれがあること、そして何よりも「ブラジルのみならず、全地球の生物多様性が想像しがたい規模で失われる、史上最大の大量絶滅」となりかねないことなどが指摘されている。その意味ではブラジルへは大きな期待が寄せられてはいるものの、大豆をはじめとする穀物の大増産は「経済的にも、生態学的にも非常に難しい」という見方も根強い。
  このように先行き増加する穀物需要に対して仮に環境を無視して生産を増加させた場合には、ブラジル農業の持続性・安定性を喪失することが大いに懸念されるだけでなく、ブラジルへの国際貿易の過度の集中・依存は輸入側にとってのリスクを高めることにもなる。

バイオ燃料増加がもたらす穀物争奪戦
 ところで原油価格の高騰にともなって、穀物需給のかく乱要因としてにわかに台頭してきたのが、「バレルからブッシェルへ」とも言われるような、アメリカでのエタノールを中心としたバイオ燃料原料としてのトウモロコシなどへの需要急増である。05年に成立した米エネルギー法によって12年までにガソリンの5%にあたる75億ガロンのエタノールを使用することが義務付けられた。さらにはブッシュ大統領による本年の年頭教書で、今後10年間でガソリン消費量の20%を再生可能燃料によって置き換えていく方針が明らかにされた。こうした中、エタノール生産に対して1ガロン当たり51セントの政府補助金が支出されているが、原油価格が1バレル55ドルを上回れば補助金なしでもガソリンとの価格競合は可能であり(※3)、05年には1バレル60ドルを超えエタノールの生産コストがガソリン価格をも下回った。このため06−07穀物年度のアメリカのトウモロコシのエタノール需要は輸出需要とほぼ肩を並べ、需要全体の18%を占めるに至るとともに、トウモロコシの期末在庫率は6.4%にまで低下した。今後トウモロコシのエタノール需要がさらに増加していくことは必至であり、輸出需要との競合関係が強まり、我が国の飼料価格が上昇し畜産経営が大きな影響をこうむることになる可能性は高い。
  ところでバイオ燃料はエタノールとバイオディーゼルとに分かれるが、バイオ燃料は、現在、世界の液体燃料市場の約1%を占めているとされており、05年の世界での生産量(予備推計)はエタノール365億リットル、バイオディーゼル燃料35億リットルとなっている。エタノールの生産はブラジルとアメリカで約90%を占めており、バイオディーゼル燃料は、ドイツを筆頭にスペイン、イタリアなどのヨーロッパが90%近くを占めている。バイオ燃料は大気中の有毒排出物質の減少、炭素排出量の削減、小規模分散型などのメリットを有している一方で、現状の生産は広大な農地を利用しての単作型による生産であることから肥料の大量消費、地力の減退、生物多様性の喪失など環境への負荷も大きいといえる。そして何よりも現状では食料としての利用と燃料としての利用が競合の度を増しており、今後の食料増産が必ずしも容易ではないことを勘案すれば、バイオ燃料の原料は穀物以外の木材、多年生草木などの多様な資源が商業ベースで活用可能となるよう研究・技術開発が急がれるのである。

加速化する温暖化と急がれる対応
 こうしたバイオ燃料需要急増の背景にあるのが地球温暖化である。世界各地で異常気象が頻発しているが、二酸化炭素を中心とする温室効果ガスが地球温暖化・異常気象に大きく影響していることはほぼ定説となってきている。20世紀の百年間で地球の気温は0.6℃上昇したとされているが、+2℃は海洋の大循環が止まったり永久凍土が急激に溶けてメタンが大発生したりして温暖化が加速し、地球システムが変調をきたしかねない限界値であるとの説も知られている(※4)。その一方では国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第一部会からの、21世紀末の地球の平均気温は20世紀末比で最大6.4℃上がる可能性があるとの報告も発表されている。
  こうした中で注目されるのが昨年10月に英国財務省から発表されたスターン報告である。これは地球温暖化が世界経済に与える影響を初めて経済学的にとらえた包括的研究成果であるとされるが、そのポイントの一つが、温暖化対策に今すぐ着手し、長期的、継続的な取組が行われれば、これにかかるコストは世界の各年のGDPの約1%で済むのに対して、対策が遅れるほどコストがかさみ、手遅れになりかねないとの見解である。このかけがえのない地球を次世代以降に価値を減少させないで引き継いでいくためには、あらゆる分野において、あらゆる可能性に早急にチャレンジしていくことが求められているのである。

必要な持続的循環型社会への転換とその中での日本農業
 以上のような情勢を踏まえて、食料自給率40%、エネルギー自給率に至ってはわずか4%にすぎない我が国はどのような方向性をもって対処していくべきであるのか、農業の在り方を中心にポイントだけあげておきたい。
  あくまで基本とすべきは極力自給していくという姿勢、哲学を明確にすることが出発点となる。そしてそのためには持続的循環型社会を追求していくことを柱に、食料、エネルギー、環境、福祉、教育などを組み合わせ、地域循環を形成していくことが肝心である。
  食料・農業については食料自給率を向上させていくことが最大の課題となる。レスター・ブラウンは我が国の食料自給率低下の原因を、(1)農地の非農業用途への転用、(2)穀物から付加価値の高い青果物への転換、(3)農業労働者の都市への流出による二毛作・二期作の衰退に求め、これを工業化以前から人口密度の高い国に穀物減産をもたらすものとして「ジャパン・シンドローム」と呼んでいる(※5)。筆者は切り口を変えて、自給率低下の主因は食生活の変化、食と農の乖離にあるというところから出発すべきであると考える。すなわち、主食であるとともに完全に自給可能な米のウェイトが大きく低下して主食の座が揺らいでいるともいえる一方で、国際競争力に欠け輸入に依存する割合の高い畜産物、油脂類が増加しているものであり、食生活の洋風化が大きな要因をなしているのである。
  食料自給率低下の主たる要因が食生活の変化にあるとするならば、戦後60年かけて変化してきた食生活を一朝一夕に変えていくことは難しく、20年、50年かけての地道な取組が必要といえる。したがって健康をも強調しながらの食生活の見直し努力とともに、食と農の接近を模索していくことになる。しかしながら自然条件に規定された農業では適地適作が基本となり、飼料穀物であるトウモロコシや大豆を我が国で大規模経営によって生産していくことは質的にも量的にも無理がある。“瑞穂の国”では水田稲作がもっとも適した作物となるが、米消費量の減少から4割もの生産調整が行われている。したがって生産調整対象水田を飼料穀物生産と結び付けていくこと、すなわち水田の畜産的利用がポイントとなってくる。その重点となるのがコスト面からしてホールクロップサイレージ(稲発酵粗飼料)となる。イネの茎葉もともに刈り取ってロールしラッピングして発酵させて、牛に供与するものである。また、これまで我が国では「お米は人間が粒で食べる」ものであるという固定観念に、あまりにも囚われすぎてきたといわざるを得ない。ベトナムの麺、フォーをはじめとしてアジアでは広く米粉が活用されてきたが、我が国ではせんべいなどの和菓子に限定的に活用されるにとどまってきた。米粉を小麦粉に代替させ、一部学校給食などに導入されつつある米粉パン、米粉麺などの普及を推進していくことも必要である。さらには水田での放牧も水田の有効活用につながるであろう。
  我が国にとって、食料自給率の向上よりも難しいのが、バイオ燃料の推進である。農産物の国際競争力に欠けることから、米を含めた穀物によるバイオ燃料の確保はハードルが高い。しかしながら国土の3分の2を占める森林がさほど活用されずに荒廃しつつあり、木質バイオや生産調整対象水田を活用してのエタノール生産への取組は国土保全といった観点から絶対に必要である。また温帯のモンスーン地域にあって有機物の生産能力が高いことから草木類、さらには大量に存在しコストのかからない食品残渣、廃棄物などを活用していくことが必要であり、そのための研究開発、技術開発が急がれなければならない。
  これらへの取組を我が国の場合はアメリカやブラジルなどの大規模単作型ではなく、あくまで地域複合的、技術集約的に、かつ有機農業を含む環境保全型農業によって推進していくことが求められる。ここでは大規模単作型に経済コストでは劣後はするものの、消費者、市民と産直、地産地消などによって提携を強めながら、地域循環の輪を形成し暮らしの中に取り込んでいくことが必要条件となる。そしてこうした方向性での取組と成果をもって、同じ米文化圏にある北東アジア、さらには資源や資金に乏しい開発途上国の持続的循環型社会への移行を支援し、国際貢献を果たしていくことが日本の役割であると考える。

〈注〉
(※1)特に注釈のないものについては、レスター・ブラウン『フード・セキュリティー』、同『プランB2.0』、ワールドウォッチ研究所『地球白書2006−07』、同『地球環境データブック2006−07』、『世界と日本の食料・農業・農村に関するファクトブック2006』(JA全中)、新聞各紙を参照。
(※2)『フード・セキュリティー』242頁
(※3)『地球白書2006−07』118頁
(※4)山本良一『気候変動+2℃』(ダイヤモンド社)
(※5)『フード・セキュリティー』210頁

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