アジア地球環境プロジェクト

中央大学経済学部・大学院 教授
経済研究所・環境と経済研究会 幹事
緒方俊雄

 中央大学は、海外の諸大学100校と国際交流協定を締結し、海外共同研究・現地研修を拡充しています。なかでも、筆者が所属する経済研究所の環境と経済研究会(アジア地球環境プロジェクト)では、アジアの途上国において生態的に有効な土地活用事業や環境保全事業を開発し、「緑のネットワーク」を組織する地球環境協力プログラムを運営しています。緒方研究室には、毎年50名前後の学部学生および大学院生が登録し、(1)生態経済学(Ecological Economics)に基づく経済学の再構築、(2)「アジア・インターンシップ」による海外調査および現地研修、(3)「アジア地球環境フォーラム」および「環境セミナー」に参加しています。そこでは、アジア諸国の地域開発と環境保全を具体化するための理念と制度を再構築するとともに、アジア・ビジネスの環境パートナーとして、内外諸機関とも協力・提携関係を深めています。

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写真1 「日越合同ゼミ」(ハノイ国民経済大学)

1. 生態経済学とアジアの持続可能な開発モデルの形成
  生態経済学は、生態学(エコロジー)と経済学(エコノミー)を融合した新しい経済学です。エコロジーとエコノミーという言葉の冒頭の「エコ」は、生態学者E.P.オダムによると、ギリシャ語の「家」あるいは「生活の場」を意味するoikosに由来しています。生態学は、文字どおり「生活の場」である地球環境における生物の研究あるいは生物とその環境の相互関係の科学と位置づけられています。かつてケンブリッジ大学の生物学者C.ダーウィンは、経済学者R.マルサスの「人口論」(人口増大と食糧生産の限界)からヒントを得て『種の起源』を書きました。したがって、当時の生物学は経済学と類似の用語と領域を扱ってきました。たとえば、太陽光エネルギーを利用して水と二酸化炭素の光合成から植物が「生産」され、昆虫や動物がそれらを消費し、食物連鎖という循環が起こるという議論です。その後、ドイツの生物学者E.ヘッケルが「エコロジー」という用語を作り、独立した科学になったわけです。
  他方、伝統的な経済学は、人間生活の基礎である物質的財貨の生産・分配・消費の過程と、それに伴って発生する人間の社会的関係を研究する学問として、主として物理学の方法に基づいて発達してきました。確かに、経済学は産業革命を通じて物質的財貨を増加させ貧困を削減することには成功しましたが、経済学における「生産」は生物学における「生産」とは本質的に異なる側面を持っていること、さらに生物学には微生物などの「分解」という過程があり循環型システムであったのに対して、経済学は化石資源の大量消費、廃棄物の大量化、そして自然環境破壊という非循環型システムであることに気付いていませんでした。
  その問題に最初に警鐘を鳴らしたのは、ケンブリッジ学派経済学者のA.マーシャルでした。彼は、マルサスとダーウィンの伝統を活かして、経済学が生物学から学ぶべきことを主張しましたが、英国経済が世界の工場から脱落する時期でしたので誰も耳を貸すものはいませんでした。そして世界経済は、有限資源の乱用と自然生態系の破壊の上に成り立ったまま現在に至っています。その結果、宇宙船地球号の自然資源の社会的費用や環境の非可逆性の問題は、21世紀の経済発展の制約条件になりつつあり、環境保全と両立する経済開発が追究されるようになったと思います。
  こうして、現代では「持続可能な開発」の研究が主流になってきました。現代の多様な文明を現代世代のみならず将来世代も享受できるように、また先進国のみならず開発途上国でも享受できるようにするためには、世界が力を合わせて地球環境を保全することが不可欠です。

2.「アジア・インターンシップ」と人材育成

  アジア諸国の「貧困のディレンマ」は、主として人材の不足に由来します。現代でも貧困が貧困を生み、貧困が環境破壊の原因の一つとなっています。そのために、貧困を削減し、持続可能な開発を維持するためには、人材育成が不可欠です。しかし、これまでの経済の展開や諸制度から、現代の人々が自然の価値や社会的費用についての理解のないまま、経済開発の先頭に立たされてきたのが実情です。
  緒方研究室は、日本の学生がアジアの諸大学の学生や諸研究機関の若手と「対話」をする機会を作り、21世紀の若い世代の共通の課題と研究教育の協力体制を組織しています。最近では、ベトナムの大学と事前にテーマを設定し、夏季休暇期間に現地で研修活動を実施しています。日本から参加する学生は、事前に共通論題を学習するとともに、現地で交換する論文を作成します。最近のテーマは、「バイオマス」と地域開発、「道の駅」と農村開発、地域開発金融とマイクロ・クレジット、廃棄物管理、水資源管理と「ヴァーチャル・ウォーター」、環境教育と社会的共通資本などで、日本とベトナムの学生の認識のズレや取り組みの違いを相互に理解するとともに、今後の対策について意見交換をしています。また、現地大学生からアンケートを集め、「日越学生意識調査」の分析をしています。さらに、遠隔TV会議システムを活用して両校につなげ、春学期にはまだ言葉の障害で論議に加われない学生も、夏季休暇の現地研修では意思疎通が進み、秋学期のTV会議では相互の研修成果と国際交流に花を咲かせています。
  ベトナムの大学進学率は低く、大学生は少数のエリートで、しかも国家試験の準備に集中しています。日本の学生のほとんどは農林業の実態を知らず経験を持っていません。そのために、若い世代は自然環境の重要性や生態系の知見を持ち合わせておりません。そこで、現地大学および人民委員会の許可を得て、地域農村の調査時に植林用地を確保し、「日越友好の森」合同植林活動を実施することにしました。現在、現地の生態系に調和するアカシア系の苗木や国連が「21世紀の魔法の樹木」と呼んでいるニームの苗木などを植林し、毎年、樹木の成長の記録を作成しています。一度植林を経験した学生のなかには、翌年も「リピーター」として参加し、自分の植林した樹木の成長ぶりに感動を味わっている者もいます。

3.アジア諸大学との提携と地域経済のフィールド調査(共同研究)

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写真2 「日越友好の森」合同植林活動(フエ大学)

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写真3 森林管理の野外講義(フエ大学)

 アジアの異なる歴史や制度のもとで持続可能な開発モデルを展開するためには、アジア諸国の大学や研究機関と提携した情報収集が不可欠です。緒方研究室は、中国の清華大学、広西大学、アモイ大学、マレーシアのプトラ大学、シンガポール大学、タイのタマサート大学などと現地共同研究を進めてきました。そのほか、インドシナ諸国のカンボジア、ラオスの大学との研究交流を深めていますが、とりわけ、ベトナムのハノイ国民経済大学、フエ大学、カントー大学、森林大学とは、ベトナム戦争時の枯葉剤被害地域調査、ホーチミンルートの平和的再開発データの収集、商業開発に伴うマングローブ林喪失調査、地域開発と少数民族調査、排出権取引とクリーン開発メカニズム(CDM)の研究、「日越友好の森」の拡張と企業の社会的責任(CSR)など、具体的な調査研究を実施してきました。
  そして、現地でのフィールド調査と土地活用事業のパイロット・モデルを展開するために、全体として3万ヘクタールの土地利用の許可を得ています。ベトナムの地域開発と環境を保全する農民参加型の社会開発と環境ビジネスのモデルを形成するとともに、地域経済のフィールド調査に基づいて、生態系にふさわしい地域開発計画を支援するものです。
  アジア諸国における開発は、企業と行政(官僚)などとの癒着を生み、環境破壊を引き起こす傾向がありました。緒方研究室では、現地の大学と行政機関、地域住民との調整役を担い、クリーン開発を支援する体制を整えています。具体的には、「クリーン開発パートナーシップ委員会」を組織し、学術的な立場から地域開発モデルを分析し、土地活用事業を支援する役割を担っています。

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写真4 地域農村・少数民族の調査
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写真5 ホーチミンルートも、いまや地域開発の経済基盤

4.「クリーン開発パートナーシップ委員会」と環境ビジネス支援
  地域開発事業の事例では、(1)環境保全を目的とした環境林とCDMを活用したCO2排出権取引の支援、(2)産業林(木材、パルプ材、家具材、果樹・茶・コーヒーなど)の造林とそれらの資源の安定供給基地化、(3)バイオマスを通じたエネルギー開発の支援、(4)歴史遺産やトロピカル・フルーツ・ランドなどを活用したエコ・ツーリズムと地域社会開発のプログラム化、(5)「日越友好の森」の拡充とCSRの支援などの環境ビジネスのモデル化です。
  従来、環境政策はコスト高をもたらす厄介物という誤った認識が支配していましたが、最近のOECD諸国の実証研究によると、環境税などの環境政策の導入により環境保全補助に寄与するという意味でプラスの効果があるとともに、環境投資による雇用創出効果が汚染企業の排除による失業分を上回る純効果もっていたという「二重の配当」があることが実証されています。それは、石油や石炭などの枯渇性資源の限界を克服し、新しい環境ビジネスを成長させ、自然と経済の調和をもたらす産業エコロジーを育成するものです。
  また、こうした経験は、途上国が先進国の経験した環境破壊と同じ軌道を歩むことなく、「学習効果」と「環境協力」を得て、地球環境を保全しながら経済開発を進め、アジアの経済開発の持続性を導くことを示唆しています。今後もこうした要望に応え、先進国と途上国の橋渡しをするために、大学の社会的使命を果たしてゆきたいと考えています。

*お問い合わせ先
〒192-0393 東京都八王子市東中野742-1 中央大学経済学部2929号室 緒方研究室 
メールアドレス
HP:http://ogata-lab.com

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