人類にとって地球は狭い

お茶の水女子大学
名誉教授 内嶋善兵衛

1.はじめに
 約100年ほど前までは、『80日間世界一周』(ジュール・ベルヌ著)という書物があるように、地球は大きな広い惑星であった。そして、人々は地球上に生活の場・生産の場・資源の場そして廃棄物の場が、それぞれ分離してあるという感覚で生きていたようである。しかし、世界人口の爆発と生産活動の巨大化によって、そのような古い感覚では生きてゆけないと実感しはじめたのが20世紀後半であった。
 古い感覚で広大と思っていた地球が、意外に小さく狭いことを思い知らされる現象とか事件が、今世紀に入ってから頻発している。豪雨・干ばつ・台風・異常高温などの異常気象から地球温暖化の進行がそうである。そこで、人類と多くの野生生物が生を委ねている、地球の大きさについて、すこし立ち戻って考えてみたい。

2.地球の大きさと広さ
 太陽系の第三惑星である地球は半径6380kmの天体である。6380kmというと大変な距離と思われるが、最新ジェット旅客機では約7時間足らずの飛行距離である。大きな球と考えると、地球に関しての次の値がえられる。

全表面積:510億ヘクタール
海洋面積:361億ヘクタール
陸地面積:149億ヘクタール

 3780万ヘクタールというと狭い国土に、密集して生きている日本人には非常に広大と感じられる。そして、活躍できる土地がまだまだ地球上には相当あると思ってしまう。しかし、いま現在、地球上には65億人が住み、50年後には90億に達する。この値を利用して、1人当たりの陸地面積を計算すると下のようになる。

2005年
2050年
ヘクタール/人 
全表面積
7.85
5.67
海洋面積
5.55
4.01
陸地面積
2.29
1.66

 1ヘクタールは100m×100mの広さで、地方の小学校の運動場がこの規模である。このスケールになると、上に挙げた陸地の広さを、実感することができる。このように、2005年でも、1人当たりの陸地面積はわずかに約2.3ヘクタール(152m×152m)で、2050年には約1.7ヘクタール(130m×130m)になってしまう。ごく最近、世界人口が百人だったらという書物が注目を惹いたが、1人当たりの陸地面積が2.3−1.7ヘクタールということは、地球上での人類と野生生物群との生存にとって重要な意味を持っている。すなわち、多くの野生生物の生存を計りながら、人々は生活し夢を叶えなければならない。しかも、生活の場・生産の場・資源の場・廃棄物の場の全てが狭い面積内に、止めどもなく混在することを意味している。

3.陸地のすべてが生命に優しくはない

 陸地は半径6380kmの地球上に、それなりの地球科学的な理由から、それぞれの位置に配置されている。太陽から地球へ入射する太陽光の強さは、陸地の位置と季節で大幅に変化する。それゆえ、各地域の気候条件(日射の強さ、気温・降水量・湿度などの年平均値と季節変化の程度)も大きく変化する。
 このため、陸地上には種々な気候帯が形成されている。これら気候帯を土台に、多くの植生帯(例えば熱帯多雨林、熱帯季節林、温帯常緑林、温帯落葉林など)が生み出されている。このような植生帯(より正しくは植生気候帯)を背景に、稲作地帯・ムギ作地帯・雑穀栽培帯などの農業地帯が大陸上に生まれている。
 地球上の気候域を植物群の生長に必要な温度資源と水分資源との豊かさから区分する仕事は、約70年前にドイツの学者ケッペン博士によって始められた。彼は温度資源と水分資源とがほど良く満たされている気候区とそうでない気候区と大別した。前者を樹林気候区、後者を非樹林気候区と呼んでいる。その後の研究を参照すると、全陸地面積(148.9億ヘクタール)は下のように大別できる。

樹林気候域面積 54.8%(81.6億ヘクタール)
非樹林気候域面積 45.2%(67.3億ヘクタール)

前者の気候域では、温度と水分が一年を通じて程よく供給され、植物は良く生長して、葉の繁った樹林・灌木が育つ。一方、後者の気候域では、温度や水分の供給が季節で、また年間を通じて途絶えるために、植物の生長は強く抑制され、草原や半砂漠そして砂漠が発達してくる。
 現在の気候下で、二つの気候区の割合はほぼ55:45となり、地球上の陸地は樹林気候域と非樹林気候域とに、ほぼ等分されていることがわかる。すなわち、陸地の半分近くは気候条件が不良で、多くの生物の生息にとっては余り好適でない。このように陸地の気候条件は、その地理的な位置によって、植物生長に適した地域と適していない地域とに別れている。

世界人口と1人当たりの陸地面積の時代変化
図1 世界人口と1人当たりの陸地面積の時代変化

  ここ2000年間における世界人口の増加資料を利用して、1人当たりの土地面積がどのように変化したか示すと、図1のようになる。図にみられるように、世界人口は西暦1200年前後までは、2億人代で経過し、ほとんど停滞していた。そのあと増加し始め、とくに産業革命期(17世紀後半)から急増して、現在に至っている。産業革命以降の世界人口の増加は正に爆発的と呼べる程で、地球が急に狭くなり始めた。
世界人口の増加とは逆に、1人当たりの陸地面積は、西暦1000年以降とくに1700年代以降急減している。気候資源が程よく恵まれている陸地の1人当たり面積は、1700年代に10ヘクタールの線を切り、その後急減している。西暦2000年には僅か1.5ヘクタールになり、この傾向が続くと2050年に1ヘクタール以下になる可能性がある。この面積は、人類と多くの野生生物群とが共存するには、余りにも狭い面積である。

4.人類による地球の利用
 人類は地球の全てを自らの資源として利用する方向へ突き進んでいる。そのなかで生物として人類が生きるために、地球(陸地と生物資源)をどのように利用しているかが図2にまとめられている。

 

人類による土地資源と生物資源の利用
図2 人類による土地資源と生物資源の利用(西暦2000年頃の資料より作成)

  図に見られるように、地球から人間圏へのエネルギーと物質の流れには四つのルートがある。このなかで利用されている土地資源(普通耕地・永年作物・牧草地および森林)は87.8億ヘクタールになり、先に説明した植物の生長にほど良い気候の陸地面積(81.6億ヘクタール)を少し上回っている。これに民生用の土地利用(約3億ヘクタール)を加味すると、すでに人類の利用面積は更に増大し、地球はいっそう狭く感ぜられるようになっているだろう。このために、地球生態系を通じて人類の仲間であり、人類の生存を支えてくれている多くの野生生物群へ、厳しいインパクトが発生するだろう。

5.おわりに
 いま地球温暖化の問題との関係で二酸化炭素・メタンなどの温室効果ガスに多くの関心が集まっている。しかし、本小論では視点をかえて、地球が増加し続ける世界人口と肥大する経済活動のまえには、あまりにも狭くなっていることを指摘した。このような状況を放置すると、全ての生物群を扶養する地球生態系の崩壊を招き、それは遅かれ早かれ人間圏へ波及することは避けられない。熱帯地方や北方針葉樹林帯(タイガともよばれ、シベリアからアラスカ・カナダ北部を経て欧州の北部にいたる周極地帯に広がっている)で生じている森林破壊は止まることなく続いており、多くの野生生物が進化の歩みを断ち切られている。この動きにブレーキをかける政治的な決定と技術開発を急ぐ必要がある。なかでも、既存の農林地の生産力を、周辺環境にインパクトを与えることなしに、飛躍的に高める新しい高収性農業技術と高収性林業技術の開発が重要である。それと同時に、多くの生産物の浪費を抑えて大事に使用するという習慣付けが必要である。

前のページに戻る