ジャワ中部地震に関する現地調査の概要

農林水産省 農村振興局 整備部 設計課 海外土地改良技術室
課長補佐 宮崎雅夫

1.はじめに
  2006年5月27日早朝、インドネシアのジャワ島中部でマグニチュード6.3の地震が発生し、約6000名の尊い人命が失われるとともに、50万軒以上の家屋が倒壊や破損するなど大きな被害が出た。
  そのような状況のなかで、農林水産省は中川大臣の指示のもと、現地の農業生産施設やインフラなど農業分野についての被害把握と復興支援も含めた支援ニーズやその方策を調査するために、6月6日から13日まで、現地調査団3名(団長:永田生産局種苗課審査室長―当時)をインドネシアに派遣した。
  筆者は、現地調査団の一員として、主に灌漑分野を担当し、インドネシア関係機関との協議および特に被害の大きかったジョグジャカルタ特別州バントゥール県と中部ジャワ州クラテン県を中心に現地調査を実施した。
  本文では、灌漑分野を中心として、現地調査の概要について報告する。

2.農業の状況
  被災地であるジョグジャカルタ特別州と中部ジャワ州は、インドネシアの主要作物であるコメの50%以上を生産するジャワ島のなかでも、コメを中心とした農業がとりわけ盛んなところとされている。
  本地域の農家はジャワ島の他地域と同様に小規模農家であり、農地所有規模が0.10〜0.24haとなっている世帯数がもっとも多く、小作農も多い(ジャワ島の平均水田経営規模は0.28ha)。
  本地域の灌漑農地では、一般的に、稲作(10月〜)+稲作(3月〜)+メイズ・キャッサバなどの畑作(6月〜)の3期作が行われている。
  なお、今回の現地調査では、畑作よりも稲作が多く見られ、また、田植え後1、2か月といった状況の稲が多く見られたが、田植えを行っている場所やごくわずかであるが刈り取りを行っている場所など、一つの地域のなかでも稲の生育ステージが錯綜していた。

写真1 写真2
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3.灌漑の状況
  ジョグジャカルタ特別州では、5万8253haの農地のうち4万8645haが灌漑され、中部ジャワ州クラテン県では3万3494haの農地のうち3万3014haが灌漑されており、灌漑用水の安定的な供給が本地域の農業生産を支えている。

灌漑の状況

  インドネシアでは、現在、3次水路以下の施設については、基本的には農民で組織される水利組合が維持管理を行うこととなっており、基幹的な施設については、3000haまたは州境を跨ぐ灌漑システムは国が、1000〜3000haまたは県境を跨ぐ灌漑システムは州が、1000ha以下の灌漑システムは県が維持管理および改修などを行うこととなっている。
 ジョグジャカルタ特別州では、州東部を流れるProgo川から取水し、東西に伸びる幹線水路により周辺農地を灌漑するとともに州西部を流れるOpak川に水量を補給し下流農地に灌漑用水を供給するMataram灌漑など大規模な灌漑システムもあるが、相当数の中小規模の灌漑システムも存在している様子である(国際協力銀行の資料では580システムとなっている)。
 クラテン県では、国営地区の受益地が一部含まれている様子であるが、大部分は、1000ha以下のもので、県が維持管理を行っている。県の担当者からの聞き取りでは、最大の灌漑システムの受益面積は1000ha程度で、100〜150ha規模のものが多数あるとのことであった。
 ジョグジャカルタ特別州、クラテン県とも河川には多数の取水施設があり、流域変更や河川への注水、複数の取水施設からの受益地への供給などが行われており、用水系統は非常に複雑である。言い換えれば、限られた用水を積極的な反復利用を行うことで、有効活用を図っている状況である。
施設の状況としては、頭首工は、洪水吐は固定堰となっており、魚道は設置されていなかった。幹線水路は、コンクリートまたは練石積のライニングがなされているが、3次水路以下の末端水路は、一部コンクリートライニング水路がなされているが、その大半は土水路である。現地を見た限りにおいては、4次水路以下の水路はあまりなく、用水は田越しで配水され、ほ場レベルでの用排水分離も行われていない様子であった。

4.地震による一般的な被害の状況
  現地での情報では、被害は震源から北東方向に線上に基本的に集中しており、ジョグジャカルタ特別州バントゥル県、中部ジャワ州クラテン県の人的被害が大きくなっている。

地震による被害
図1 地震による被害(ジョグジャカルタ特別州と中部ジャワ州)

  現地調査の印象では、ジョグジャカルタ市内では一部家屋の被害が出ている様子であるが、地震の被災地というほどのものではなく、その機能は通常と変わらない様子であり、クラテン県においてもその中心部にとくに被害はなく、被災地の大部分は農村地域であると考えられる。
被害の大きい上記両県を含め被災地域全般的に道路、鉄道などのインフラ関係にはとくに大きな被害が出ていない様子であり、今回の現地調査においても車での移動にとくに支障になるような状況は全くない。
 その一方で、構造上の問題などから、とくに農村部の住宅の被害は甚大で、集落のほとんどの住宅が崩壊しているような状況も見られる。

写真3 写真4
写真3 写真4

  農業面では、現在のところ、地震によるとくに目立った農地や農作物への被害は見られないものの、畜舎、貯蔵施設、乾燥場、農機具など建物やそれによる被害が原因での被害が出ている。

写真5 写真6
写真5 写真6

  被災した農民の多くは現在、被災した住宅の後片付けに追われ、物理的に農作業に時間が割けないことや地震による精神的なダメージ、後述する被災した灌漑施設の下流の受益地での用水不足、加えて今回の地震で貧しい農民が更に金銭的にも苦しい立場に追い込まれることなどから、現時点での被害は限定的であっても、今後の作物の収穫や新たな作付けの準備などへの悪影響が懸念される。

5.灌漑施設の被害の状況
  前述のとおり、被災地域の大部分が灌漑水田であることから、灌漑システムによる灌漑用水の安定供給が農業生産に不可欠である。
  今回の地震により一部の頭首工や幹線用水路などの施設が被災しており、そのなかには、下流への用水の供給が全くできないものもあることから、緊急な対応が必要である。

写真7 写真8
写真7 写真8

  ジョグジャカルタ特別州およびクラテン県が取りまとめた灌漑施設の被害状況の報告では、ジョグジャカルタ特別州では、頭首工5か所、用水路4路線(9か所)、クラテン県では、頭首工5か所、水路11路線が被災している。

写真9 写真10
写真9 写真10

 なお、住宅への被害が甚大であることに比べれば、全般的に見ればその被害は道路等のインフラ同様に限定的なものと考えられる。
 現地調査および関係機関からの聞き取り等では、ジョグジャカルタ特別州では、灌漑面積約4万8600haのうち、用水路の寸断などにより、現時点で用水供給ができない地域は約1300ha、それらを含め施設の被害により、約4000ha相当の用水不足が生じ、被災した施設の復旧がなされなければ、将来的には、支配面積に相当する約8500haの農地に影響が出るものと想定される。
 また、クラテン県で灌漑面積約3万3000haのうち、被災した施設の支配面積が約5500haとなっており、数千ha相当の用水不足が生じているものと想定される。
 現地では、被災したいくつかの施設について調査したが、被害が大きな施設では、砂質系の材料による高盛土部分が地震によって滑り、その上の構造物がそれにより崩壊したと見られるものや、また、被災した水路などでは、地震前に側壁にクラックが入るなど、構造的に弱点となっている箇所が、今回の地震で大きなダメージを受けたと思われるものも見られ、被災した施設の復旧と同時に、施工および維持管理面についても、改めて検討することも必要であると思われる。

6.灌漑施設の復旧
  灌漑施設は、被災地域の農業を支える重要な基盤であり、今後の被災農民の自立を支援するためにも早急な対応が必要である。まず、本格的な改修工事を開始する前に、現時点でできるだけ早急に、用水路の破損箇所への土嚢の設置による下流への用水確保や特に被災した水路橋など、施設が危険な状況になっているものについての被害拡大を防止するための対応など、応急的な措置を行う必要がある。
  応急的な措置とともに、被災した施設については、被災の程度が異なるとともに、通水および取水の現在の状況も異なることから、被災した施設の改修に当たっては、その優先度を検討し、可能なものについては、現在の乾期に工事を終了させるべきである。なお、復旧工事に当たっては、今回の地震により農民が経済的なダメージを受けていることから、被災した農民を積極的に雇用するなどの配慮も必要であると考えられる。
  さらに用水不足が懸念される地域においては、限られた用水を効率的に使うために、行政関係者から水利組合代表者などに被害の状況や用水供給の見込みについて情報を提供するとともに、ブロックローテーション灌漑の実施なども含めた、今後の対応について十分検討することが必要である。
  被災した施設の復旧等に要する費用については、関係部局の現時点の試算では、ジョグジャカルタ特別州209億ルピア(約2.7億円)、クラテン県24億ルピア(約0.3億円)となっている。
  基幹的な灌漑施設を所管する公共事業省水資源総局では、緊急に対応が必要な箇所については、自国予算で10月まで(乾期が終わるまで)に復旧工事を終了させる予定とのことであった。
  また、今後の復興については、6月14日インドネシア支援国会合がジャカルタで開催され、世界銀行、アジア開発銀行、国際協力銀行が中心となり取りまとめたダメージアセスメントの結果などが示された後、インドネシアの援助窓口機関が、各セクターの復興のためのアクションプランを作成するとのことである。

7.その他
  今回の地震へのインドネシア政府の対応としては、被災者に3か月間3000ルピア(約40円)/人/日、コメ10kg/人/月の支給と住宅の再建のために3000万ルピア(約40万円)を支給することを決定している。

8.おわりに
  今回の現地調査を踏まえ、農林水産省では、国連食糧農業機関(FAO)への拠出金を活用して、現地関係機関の協力の下、日本のNGOを活用した詳細な被害調査やニーズ調査を実施し、そのなかでとくに緊急性が高いとされた農業資材(例えば肥料)などについて、農民グループに対する支援を行うこととした。
  FAOインドネシア事務所の今井専門家によれば、上記調査は順調に終了し、その結果に基づいて、肥料の緊急援助が既に実施されているとのことである。
  今回のジャワ中部地震の発生後もジャワ島東部で地震が発生し、津波による被害が報告されている。2004年12月に発生したスマトラ島沖での大規模な地震による津波でインドネシアだけでなく周辺各国において甚大な被害が発生し、その復興に向けた努力がなされているなかで、このようにまた地震による被害が農村部を中心として発生したものである。
  近年、このように自然災害が多発するなかで、農林水産省でも緑資源機構への補助金のなかで、紛争や自然災害からの復興を支援するための調査を実施しているところであり、その成果などを活用して、農村部の復興に向けた支援を行っていきたいと考えているところである。
  最後に、今回の地震により被災した地域が一刻も早く復興することを願うとともに、今回の現地調査についてご協力いただいた関係者の皆様に感謝申し上げる。

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