ジブチの沙漠緑化における農村モデル

東京農業大学 地域環境科学部
教授 高橋 悟

 

1.まえがき
 FAO新聞(2002.12.17)によると、1996〜2001年の6年間を見ても、アフリカの19か国で食料不足が生じており、食料不足の原因のうち、内戦・難民・貧富格差などの人災が44%、干ばつ等の天災が38 %であると報じている。このような状態からみると、図1に示すように、沙漠化の主たる原因は「飢餓」「食料不足」「貧困」「人口増加」「干ばつ」「樹木伐採」「過放牧」「土壌荒廃」などを項目としたサイクルのなかにある。
 そして沙漠化の影響の社会的側面として、アフリカ乾燥地域の多くの国々では人口の7割近くを占める農民が都市へ移動することに伴う、農村人口の減少およびこれに付随した農村の放棄・農地の荒廃がある。したがって、沙漠化防止のためには図1のように沙漠化進行のサイクルを崩し、止めることが必要であり、そのことが貧困削減にもつながるといえる。その方法として、沙漠化地域の環境保全、回復、農地の復元による食料の確保、すなわち農業・農村の復興、開発が最重要といえよう。そこで、1991年以来、農村開発まで考えた沙漠緑化についてジブチを対象に行っている内容について述べる。

図1 乾燥地での沙漠緑化・農村開発の背景
図1 乾燥地での沙漠緑化・農村開発の背景

2.農業・農村開発の考え方と対応
 沙漠化地域の農業・農村開発の考え方として、沙漠化が迫り農村を呑み込もうとしている状況においては、まず持続的食料生産を考えた沙漠緑化が大切であると考える。すなわち、沙漠化地域における開発は、ただ単に緑化するのではなく、緑化を生産環境再生として捉え、森林と農業の共存を図る技術体系の確立を行っていくことが必要である。沙漠化地帯における緑化も、森林の造成によって農業ができる環境を造ることである。そのためには、現地に存在する植物を積極的に導入し、そこにある自然の自らの復元力を最大限に発揮させ、沙漠の生態系を徐々に改善するようにしてやることである。そして海外援助に頼らず現地農業者が自ら永続的に農業生産ができる方式を確立していくことである。
 すでに、アフリカをはじめとする熱帯、乾燥地域の沙漠緑化、農業開発に先進国の援助が数多く行われている。しかし、これまでは、援助国の技術水準のもとでの大規模で高価な大型機械、機材の援助が中心であった。そのため、援助が終わると被援助国であるアフリカ諸国では、施設の維持管理の資金、技術、さらには部品の調達などができず、つくられた施設は使い物にならなくなる。
 技術協力の基本は、「“協力者はそこに定住しない”。いつかは現地の人に、一から十まで協力者無しで、やってもらわなければならない」ということである。そのためには、現地の人が持続、実行できる技術移転を考えなければならない。したがって、対象国の自然に適合した手法、つまり「風土」に適合した技術、特にその国で行われている農業などの状況をよく見て、その中で悪いところを改善・改良していくことからスタートすることが大切である。「風土」を観察し、その国の政治・経済・文化・慣習を考慮し、緑を増やして農業のできる環境を作っていくこと、すなわち、「風土」に適合した技術対応が大切である。
 自然環境改善には4つの方向性がある。(1)現地の自然を否定的に見ないで、現地の自然状況を引き出して利用する。(2)少ないながらも、良質の水源である雨をまず利用する。(3)地域にある低コストの材料を利用して改善する。(4)農家の人でも実行可能な緑化、農業を考える。これらを念頭において、現地の人と共に汗を流し実証試験を行い、現地の人自身が目で見て納得し、最終的に一から十まで現地の人のみでできる技術の移転を実施することが重要である。

3.ジブチにおける事例
 1991年以来、14年間にわたり関ってきている東アフリカのジブチの事例を述べる。

写真1 ワジ農業(クリックすると拡大写真がみられます)
写真1 ワジ農業

3.1 ジブチの社会・自然的特徴と農業の概要
 ジブチは、アフリカ大陸東部のエリトリア・エチオピア・ソマリアの3国に隣接した面積2万3千km2(四国の1.2倍)、人口56万6千人(1995)の国である。産業別GDP構成は主としてエチオピア貿易のための鉄道・港湾を中心としたサービス業が約76%、農業はわずか3%で食料自給率は3%である。
 収入の大部分が食料購入に充てられており、図1に示した沙漠化サイクルのなかにある典型的な国といえる。
 自然的特徴を見ると、降雨は年平均138.3mmと少なく、変動率も大きく、1年のうちの短期間に集中することから水食を伴う。土壌温度は最高90℃近くまで達し、乾燥状態で、有機物を欠き、土壌構造は緻密で不透水状態であるが、地表下70cm下層には少ないながら植物の生育に有効な水分を保持する。このような自然状況下、緑化はフランス、EUなどの援助を基に苗木の移植とタンクローリー車による汲み上げ地下水の散水により行われている。
 一方、農業関係就業人口は総人口の約1/4であるが、主体は遊牧である。このようななか、本格的農業としては細々ではあるがワジ(涸れ川で年間に4〜5か月ほど水が流れる)周辺に展開されるワジ農業と呼ばれるものがある(写真1)。ワジ農業の構成は、ワジ周辺に掘られた井戸から、はねつるべ、またはポンプにより地下水を貯水槽に汲み上げ、それをコンクリートまたは土水路を通して各圃場の畝間部分に配分し、この水をコントロールしながら耕すものである。この方法は、多量の灌漑水の汲み上げによる水源の枯渇とアルカリ塩類化などの水質の悪化、土水路の漏水などによる20〜30%程度の低い水利用効率、塩類集積などの問題点を持っている。

3.2 緑化への対応
 沙漠化地域の生産環境再生としての風土に適合した緑化の例を見てみよう。現在のジブチの緑を観察してみると、自然の窪地の植生・山の谷部の水の通り道での植生が旺盛であることが分かる。このことは1つの流域に降った雨を貯留して、その水量にあわせた土地および水利用システムの改善を試みていけば、緑が再生できることを意味している。したがって、そのための工法を今後実践していけば、熱帯の乾燥地とはいえ、緑化、ひいては農業生産へと発展できることを示唆している。
 一方、ジブチの自然特性として地表面に多数の直径15〜20cmの岩塊があること、降雨が直接土壌に浸透するのではなく大部分が地表を流去すること、さらには地中のある深さにおいては相当の水分が保持されていることがあげられる。ジブチの緑化はこれらの特徴を考慮して考えると、適応工法はウォーター・ハーベスティング工法、ストーンマルチ工法、ダブルサック工法と呼ばれる、ジブチの風土に基づく工法が考えられる。これらは、表1に示すような定義、特徴、適用地をもつ風土に適合した工法である。

工法名 ウォーター・ハーベスティング工法 ストーンマルチ工法 ダブルサック工法
定 義 乾燥地において、降雨による流出を緑化農業に利用するために、収集貯留して利用する技術 地表面に石を敷き詰め、石と石との間で植物を育てる技術 乾燥土壌中に断熱効果の高い材料を用いて外サック、内サック内を植物が生育しやすい環境にする
特 徴
・低コストの材料の利用
・一般住民や農民によっても行える
・少ないながらも、良質の降雨が利用できる
・土地条件に合わせた大きさを自由につくれる

・地温の上昇を緩和し、土壌水分の保持を持続
・土壌からの蒸発を抑制
・水食または熱帯特有の強風に伴う風食などによる土壌表面浸食の防止
・沙漠地帯の昼夜の温度差がもたらす結露による水分補給
・ヤギなどによる根こそぎの食害防止
・ダブルサックにより側方の熱を遮断する
・土壌面から蒸発をできるだけ抑え、土壌水分を長時間保持する
・植物の根を下層まで短時間で伸ばし、下層土壌中の水分を吸って、植物自体が自立して成長するようにさせる
・少量の雨をできるだけ集水する
適用地 岩石沙漠 岩石沙漠、土沙漠、砂沙漠 土沙漠、砂沙漠
表1 ジブチにおける緑の再生方法

3.3 農業への対応
 食料生産への対応としては、農業の改善を伴う風土に適合した農業技術の実践である。ジブチの降雨は標高によって低位標高地域(200m以下)、中位標高地域(200〜500m)、高位標高地域(500m以上)と3タイプに分けられると同時に、低位標高地域(10〜3月)、中位標高地域(7〜9月)、高位標高地域(5、6月以外)と各標高によって、最低3か月以上の比較的降雨量の多い時期がある。
 この特徴を有効活用した農業技術改善方法として、(1)作物植付、定植から収穫までの生産サイクルは大部分3か月以内であることをうまく使う栽培法、(2)アグロフォレストリー、(3)地表面に多数存在する人頭大の石を用いた灌漑用貯水施設の建設、(4)損失水量60〜70%の灌漑水路の不透水水路への改良の実施、などが考えられる。
 さらなる次の段階として、各作物の的確な必要灌漑水量、灌漑時期を把握し、無秩序な水利用から脱却して、計画的な潅水の方法を確立し、必要最低限の水量による灌漑が必要となる。また、余水を貯留施設に貯留して耕地の拡大、干ばつに備える用水とする、いわゆる水管理が重要となる。そして地域農家で協力する組合を組織し、各農家の無秩序な水管理を話し合いで規制し、過剰使用による地下水などの欠乏および水質悪化を抑えていくことが大切である。これらの技術を利用し、最終的に農業生産ができる場としての農村の建設が課題で大切となる。

4.農村モデルへの道
 ジブチの風土に基づいた緑化、アグロフォレストリーなどの農業生産基盤の設定を行うことで農業生産が可能となったことから、次の段階としてその国の風土と住民が一体となった社会づくり、すなわち農村開発が考えられる。そこでジブチの風土に合った農村開発モデルを述べる。そのヒントは東京農業大学の初代学長横井時敬によって書かれた小説「模範町村」2)にある。横井はその理想農村として、農学者の立場から農村の再生、自立という点を中心に、社会的生活、文化的生活の面で都市に依存しない「自立した農村づくり」を提案している。すなわち、農村に食料生産能力を十分に持たせると同時に都市への人口流出を抑え、農村の荒廃を防ぐため、都市の文化的生活を農村内に導入することである。
 さらに横井の考えはそれだけに止まらず、自立していると同時に食料生産の他、ゴミの堆肥化、クリーンエネルギーによる発電や植林と伐採のバランスを保つなど、その土地にある生態系を破壊しないとした「地域循環型の農村づくり」である。

図2 循環型新生ワジ農業村落形態
図2 循環型新生ワジ農業村落形態

 これは現代の農村開発にもつながる考え方であり、この明治時代に横井の描いた農村形態は今日においても、色あせない先駆的な提案といえる。
 横井の考え方を基に、ジブチにおいて具体的な農村プランを提案してみよう。農村づくりは自然環境、農業改善同様、風土・国民性が緑化と一体となったものが大切である。すなわち、沙漠化地域の自然環境を否定的に見るのではなく、有効利用することである。
 これまでのジブチの農業は、ワジ沿いで比較的地下水位が浅く、豊富なところに営まれてきており、数は少ないながらも長い歴史がある。これを利点と捉え、活用・継承し、不合理な部分を改善していくことがジブチの農村開発の基本と考える。具体的には、今後はワジ沿いの低標高から高標高への、図2に示すような環境に優しい循環型新生オアシス農村集落形態が提案される。
 これは、低標高地における高温環境を緩和する樹林帯の創出と耕地および灌漑施設の整備であり、中標高地での放牧地と堆肥生産をかねた草地の造成、そして高標高地での薪炭材供給と、地下水涵養を目的とした樹林帯の形成などである。さらに、目を農村内にむけると、都市の文化的生活機能を導入して、農村に居ながらにして都市と同じレベルの生活が営めるようにすることである。農村内の住居地の施設として考えるべき要点としては、(1)人々に農業技術などの知識を与え、後継者・リーダー等の育成のための学校、(2)人々が健康な生活を送るための病院、(3)村にいながらでも情報が得られ、より快適な生活を送るための情報施設、(4)人々が親睦を深め、くつろげる場所としての公会堂などの、農村共同体・コミュニケーション施設をまず率先的に配置することが、農村集落には重要である。
 その他の施設の機能は、熱帯の乾燥地域の風土としての無尽蔵な太陽エネルギーを最大限に活用し、エネルギーの確保、造水・合理的な水利用機能を持たせる。それらの例としては、塩分濃度の高い水や濁水を蒸留して利用する海水・汚水の浄化、湿・温度に着目した大気中水分の取水があげられる。更に高台に吹く風の力を利用する風力発電や、ヒトや動物の排泄物・食べ物のカスなどを処理し、有効利用するバイオマス・エネルギーなどもあげられる。
 このように沙漠化地域の自然環境を否定的に見るのではなく、積極的に色々な角度から有効活用し、風土に基づいて住民にでもできる地域循環型・自立型の農村づくりが大切である。

図3 ジブチの農村モデル
図3 ジブチの農村モデル

5.まとめ
 熱帯の乾燥地における農村開発まで考えた沙漠緑化についてジブチの実践を通し、農村モデルまで述べてきた。図3で示すように沙漠緑化の基本はその地の「風土」を見据え、生産基盤を整えるための緑を増やし、持続的な農業を展開していくことにあり、それにより沙漠化サイクルを断ち切ることができると確信する。
 さらに、豊かな暮らしを目指すために、初代学長の横井時敬の地域循環・自立型の農村づくりの思想を基に、農村に風土を最大限に利用した循環型のシステムを取り入れて、自治、教育を確立させ、都市に劣らない魅力を持たせることである。それによって、農村から都市への人口流出を防止し、問題を解決して自立した豊かな暮らしができるものと確信する。

 すなわち、熱帯乾燥地の農業・農村開発は、対象となる地域を否定的に捉えず、従来の考え方とは違った目線で見ることが、これからの「乾燥地開発」の鍵になると同時に、世界の「安定した食料生産」につながるヒントになると言えよう。
 そして、これらの考え方は、同じ地球上に生きる私たち自身の生活にも取り入れられなければならない。

〈参考文献〉
1)高橋悟 他4:アフリカ沙漠化地域の農業開発について、農業土木学会誌73巻第3号p21〜p25(2005)
2)横井時敬:小説模範町村、読売新聞社(1907)

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