灌漑農業開発におけるNGOの役割
〜東方インドネシア開発15年の経験〜


日本工営株式会社 理事 佐藤周一

1.はじめに
 わが国で初めての米国国際開発庁(USAID)との協調融資として円借款がインドネシアの小規模灌漑管理事業(Small Scale Irrigation Management Project、以下SSIMP)に供与され、灌漑開発が開始されてから丸14年が過ぎた。筆者は、1988年度に実施された初年度SAPROF(JBICによる案件形成促進調査)を担当し、さらに引き続き1990年から今日に至るまで、SSIMPの案件実施管理に責任を持ち開発の結果も見届けてきた。本稿では、SSIMPの事業実施において、農民参加の円滑な実施に果たすNGOの役割と意義について経験を紹介したい。

2.SSIMPの概要

プロジェクト位置図(クリックすると拡大して御覧いただけます)
図1 プロジェクト位置図

 SSIMP事業の目的は、インドネシアでもっとも開発が遅れている貧しい東方地域で、灌漑農業開発を通じて農業生産を増大させ、農民の所得向上を図り、地域の安定に資するとともに、将来の開発と管理を担う人材を育成することにある。
 SSIMPは、多数の中小規模灌漑農業開発案件を並行して実施するパッケージ型の円借款プロジェクトである。事業内容には、ハード(水源開発、灌漑施設の新規開発および改善)とソフト(水管理組織強化、維持管理・営農指導、人材育成)の両者を含み、これらを包括的かつ継続的に実施している。
 SSIMPはこれまでの14年間に、3期にわたる事業が継続して実施され、合計約8万haの農地に対する灌漑システムが整備された。灌漑の直接受益者は100万人を超えている。新規灌漑施設としては、ダム灌漑7地区、ため池灌漑1地区、頭首工灌漑18地区、井戸750本が完成し、既存灌漑施設の改善も10地区で実施された。
 現在、順調かつ持続的に灌漑営農が行われており、開発便益もほとんどの地区で当初の予定を達成し、農民の純所得も3〜12倍に増えている。引き続き2003年に第4期SSIMP(DISIMP)【SSIMP4期事業から英語名称がDISIMPに変更された。DISIMPはDecentralized Irrigation System Improvement Project in Eastern Region of Indonesia の略。日本語名は変更なし】が開始され、東方8州(バリ州、ヌサトゥンガラ2州、スラゥエシ5州)の27地区にて、15万haの灌漑農業開発が進中である。

第1期SSIMP-1
第2期SSIMP-2
第3期SSIMP-3
第4期SSIMP-4
ローン額(億円)
18
81
167
270
実施時期(年)
1990-94
1995-98
1998-03
2003-08
対象州の数
2
3
6
8
案件数
3
11
40
27
案件のタイプ
新規
新規
新規+改善
改善+新規
灌漑面積(ha)
3,100
15,600
60,342
150,000
水道受益者数
0
10,000
240,000
50,000
水源施設
ダム(数)
1
3
3
1
ため池(数)
1
0
0
10
頭首工(数)
0
6
12
15
井戸(数)
248
192
310
250
表1 SSIMPの概要

3.灌漑農業開発における農民参加の意義
 灌漑農業開発は貧困削減を達成するための手段として非常に有効であるが、施設が完成しただけでは目的を達成したことにならない。完成した灌漑施設の維持管理が適切に行われ、受益農民が自立的・継続的に農業生産活動を行って初めて成功と言える。
 このためSSIMPでは1990年の開始当初から、「計画段階からの農民参加」を積極的に図ってきた。これまでの経験に照らし、灌漑開発における農民参加の意義は以下の点にあると言える。
・計画および設計段階に参画することで、農民の希望が取り入れられ、施設が自分たちのためのもの、との意識が芽生える。
・農民が開発にかかわることで、土地収用手続きに伴うトラブルが減少する。
・灌漑施設完成後、直ちに施設利用と維持管理が行われ灌漑便益の発現が早まる。
・農民が灌漑システムを理解することで、維持管理に対する責任意識が高まる。
・水管理組合がより強固なものとなり、継続性が増す。
 SSIMPでは、農民参加を促すにあたり、地域の状況に応じて異なる取り組みを行ってきた。すなわち。南スラゥエシ州など、相対的に開発水準が高くNGOの活動が活発な地域ではNGOを雇用して推進する一方、経験あるNGOが限られているヌサトゥンガラ地域では、コンサルタントがアシスタントを直接雇用して、農民への働きかけを行い、成果を上げてきた。

ティモール島初のティロンダム(クリックすると拡大します)
ティモール島初のティロンダム(SSIMP3)高さ45mのロックフィルダム、有効貯水量1800万トン

4.農民参加の推進に果たすNGOの役割
(1) インドネシアにおけるNGOの特徴
 インドネシアにおいてNGOなどの非営利団体が開発の担い手として本格的に台頭してきたのは、スハルト大統領退陣の結果、NGOへの規制がなくなってからである。NGOの数は1998年を境に急増し、現在では全国で7000以上のNGOが活動していると言われている。インドネシアのNGOの形態には、(1)アドボカシー(人権や環境など、特定の考え方や利害を守る運動)、(2)政府系、(3)開発系、(4)慈善福祉主体、に分けられる。インドネシアのNGOは、日本のように賛助会費や補助金などの活動資金源をもつNGOとは異なり、契約に基づきサービスの対価として収入を得る、ビジネスとして活動している組織が大半である。したがって、非政府組織というより、「非営利の開発コンサルタント」と表現できる【西田基行「インドネシアにおけるJICA-NGO連携について」2000】。インドネシアのNGOの財務基盤は一般に脆弱である。

(2) SSIMPのNGO活用の経緯と経験
 SSIMPは当初USAIDが開始し、1995年以降は円借款の単独事業となったが、NGOの灌漑開発への活用はUSAIDが先駆けであった。USAIDは無償資金にて1990年から1994年にかけて、南スラウェシ州および西ヌサトゥンガラ州のSSIMP地区で、水管理組合設立および維持管理トレーニングのため、NGOを雇用した。この時に契約したのはLP3ES【 Lembaga Penelitian, Pendidikan dan Penerangan Ekonomi dan Sosial(Institute for Social and Economic Research, Education & Information)、1970年設立の全国レベルNGO】という全国レベルのNGOで、農民参加や水管理組合設立などに豊富な経験をもち、スタッフも充実していた。円借款SSIMP1期事業で建設したティウクリットダム灌漑地区(1800ha)の水管理組合組織設立はUSAID側が担当し、LP3ESが実施した。東方地域で初めてNGOを雇用して実施された、水管理組合設立が円滑かつ成功裡に進したことは、インドネシア政府関係者がNGO雇用の価値を認識する大きなきっかけとなったのである。
 その後、LP3ESの下で南スラウェシ州地域を担当していたアグスティニ女史らは、地元での農民支援を積極的に進めるため、1995年にLEPPSEM【Lembaga Pengembangan dan Pembinaan Social Ekonomi Masyarakat(Institute for Community Economic and Social Development)、1995年設立の南スラウェシ州NGO】を設立した。そこで筆者らは、SSIMP2期事業の下で実施したアウォ堰灌漑拡張(2200ha)とサロメッコダム灌漑地区(1722ha)の水管理組合設立および農民トレーニング業務をLEPPSEMに委託した。実は、この委託に至るまでには紆余曲折があった。当時、ローンを使用してのNGO雇用は、公共事業省(PU)には前例がなかったためである。しかし、USAIDが実施し、成果を出したNGO利用の価値が南スラウェシ州政府内で認識されていたため、時間がかかったものの関係者の了解を取り付けることができた。LEPPSEMは円借款SSIMPが育てたNGOであるといっても過言ではない。
 さて、この2地区でのNGO雇用は非常に有効で、水管理組合を円滑に設立するという目的を超える、大きな成果を得た。特筆すべき点としては、(1)水路用地の取得が円滑に進んだ、(2)現場での問題を迅速に解決できた、(3)水管理組合への農民の参画意識が強化された、(4)灌漑施設が完成し、灌漑開始と同時に円滑な水管理が行われた、などが挙げられる。さらに、アウォ堰灌漑では、開発全体が完成する予定の9か月前に、上流地区(1000ha)の灌漑を早期に開始し、便益が早く出て、大いに喜ばれたが、このアイディアは現場をよく知るLEPPSEMからの提案であった。
 この南スラウェシ州でのNGO雇用の成功を受けて、政府PU関係者はOECFローンをNGO雇用に使うことに理解を示すようになり、その後のNGO活用が容易となった。SSIMP3期事業で開発する灌漑地区の水管理組合設立のためLEPPSEMを投入した際の業務内容は、南スラウェシ州内の農民トレーニングのみならず、南スラウェシ州以外の州のNGOの管理も含まれている。これまでに行ったNGO雇用契約は15を上回り、今後も増えることになる。

NGOによる農民トレーニング(クリックすると拡大します)
NGOによる農民トレーニング

(3) 農民参加へのNGO活用の意義と問題点
 灌漑開発における農民参加を円滑に進めるために、地元NGOの雇用が適している理由を纏めると、以下の通りである。
・NGOには、農民たちと直接に接触し、円滑に事を進める経験と意欲をもつ専門スタッフが存在する。
・NGOは、農村地域に住み込んで活動することをいとわず、農民が親近感をもつ。
・農民は自分たちの意向を汲み上げる身近な存在として、NGOを受け入れる。
・NGOはコンサルタントの直接管理よりコストが低い。
 ところで、NGOを雇用する際に、以下の問題点が生じることがあり注意を要する。
・NGO選定にあたって、通常の入札方式は適さない。業務実施条件を厳しく指定すれば、応札可能なNGOがほとんどなくなり、一方、緩めると弱体なNGOが入り込み、問題をより複雑化する危険性がある。
・インドネシアの大半のNGOは契約ベースで業務を行っており、財政基盤が弱く、契約が途切れると存亡の危機に陥る。
・財政基盤が弱いため、経験を積んだ専門スタッフを継続雇用するのが難しい。
・資金や組織的業務管理の経験と能力が不足しており、指導が必要である。
・NGOメンバーの多くは一匹狼的で、組織の一員として責任を果たす意識が乏しい者も多い。
・NGOを雇用した場合、業務管理が容易ではないうえ、最終成果が見えにくく、評価も難しい。

4.おわりに
 SSIMPではUSAIDが先駆けとなり、比較的早い時期からNGOを雇用し活用してきた。これまでの経験から言えることは、灌漑開発の成功にとって、NGOは必要なパートナーであるものの、信用して丸ごと任せるのではなく、開発コンサルタントが契約したNGOを適切に業務管理することを通じて、所定の成果を出すことが不可欠であるということである。また、既存のNGOの質と能力は玉石混交であり、その選定には慎重な配慮が必要である。経験豊かで信頼できるNGOは、円滑な開発事業の実施に大きく貢献するが、そうでない場合には資金のムダ使いとなるうえ、なかには開発の足を引っ張る事例も生じたからである。
 近年ますます、開発の円滑な推進にあたって、受益者や住民の合意や納得を得るための手続きが重要になり、優秀なNGOの必要性が高まっている。このため、インドネシアのNGOの組織や財務基盤が弱体である点に鑑み、開発のパートナーとして協力しあえる優秀なNGOの育成へ向けた配慮が欠かせないといえよう。

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