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灌漑維持管理改善における行政の責任と農民の力
〜カンボジア、コンピンプイダム灌漑地区における水利組合活性化の取組みより〜

カンボジア JICA専門家 小國和子
【プロジェクトでの担当は農民組織・参加型開発】

1.はじめに
 カンボジア北西部バッタンバン州では、2003年4月から3年計画でJICA技術協力プロジェクト「バッタンバン農業生産性強化計画」(以下、プロジェクト)を実施中である【同プロジェクトでは州農業局を主要な実施機関として3つの活動((1)稲作栽培技術向上、1(2)営農多様化、(3)農民組織)を幅広く展開しているが、本稿では、第三の活動に含まれる水利組合組織強化支援のみを取り上げる】。州都バッタンバンから北へ約30km、未舗装道路を揺られていくと、コンピンプイダム灌漑受益地区に着く。本稿では、私が担当しているこの灌漑地区での水利組合組織活性化支援の現状を中心に、水利組合形成の経緯と諸特徴、展望について、農民組織運営の観点から紹介したい。

2.コンピンプイダム灌漑地区の概要

コンピンプイダム受益地
図1 コンピンプイダム受益地

 コンピンプイダム灌漑地区は計画灌漑面積が1万3500haのカンボジアでは大規模な灌漑地区で、用水源はコンピンプイダムである。
 コンピンプイダムは、流域面積が345km2の比較的平坦な場所に建設された、堤高8m、堤長6.5kmの均一型フィルダムである。有効貯水量が7850万トンであるのに対し湛水面積が4400haもあり、地元で「お皿のような」と形容されている広く浅い貯水池を形成している。ダムには北部と東部にそれぞれ8門、10門の取水ゲートを有するが、北部の8門は未改修のままである。
 この灌漑地区は、1970年代後半、ポルポト政権といわれる急進的な共産主義の民主カンプチア時代に、米の増産を図るため、都市部住民の移住と強制労働によって建設された。しかしながら、当時建設された大半の灌漑施設と同様、本地区も計画から施工まで技術的に問題が多く、灌漑用水が利用可能な面積は計画全体の中の一部に過ぎない。さらに、長く続いた内戦の結果、施設の維持管理が殆ど行われず、機能が著しく低下している。ダムからの漏水量も多いと報告されている。
 同ダム灌漑地区の管理は、バッタンバン州の水資源気象局(以降、水資源局)の管轄下にある。水資源局では、20年以上にわたって同灌漑施設の維持管理を細々と担当してきた職員が中心となり、安定的な自己予算のない悪条件の下、期間限定的な外国援助機関の支援を受けつつ、同地区の水利組合強化および施設の維持管理改善を推進してきている。
 2000年から2002年にかけて、イタリアのNGO団体APSおよび日本政府の草の根無償協力事業により、受益面積2850haを対象として、幹線水路54.5kmの改修および二次水路15ヵ所の新設工事が実施された。この事業地区は、2郡(srok)、3コミューン(khum)、10村(phum)にまたがっている。

3.コンピンプイ水利組合の形成
(1) 水利組合の形成
 APSは、事業実施にあたって水資源局内に事務所を構え、同局灌漑農業部の技術者を雇用して支援を実施した。水路改修および新設工事と並行して、水資源局はAPSの協力の下で水利組合形成を行った。表1の通り、2000年にはAPSステップI(APS-T)とよばれる最上流部700haにて、既存の6つの受益地区(TSA:Turnout Service Area)の受益農家集団を核とする水利組合が形成された。この水利組合の下部組織として、サブコミッティー(以下SC)が5つ形成された。2001年にはAPSステップU(APS-U)の下で、1200haをカバーする5SCが追加された。さらに、2002年には日本の草の根無償協力で、下流域950haを受益地とする幹線水路改修および二次水路建設が実施され、この受益地を対象に5SCが形成された。
 こうして2850ha を受益地とし、15SCをもつ現在のコンピンプイ水利組合が形成されるに至った。SCごとに、チーフ1名、副チーフ2名および会計1名の4名が関係農家による選挙を通じて選出され、さらに、水利組合のトップ役員は、SC役員間の選挙で4名が選出された。

整備年度
支援機関
対象面積
現状
TSA
受益農家
2000 APS 700 ha 完工 6 459
2001 APS 1200 ha 完工 5 447
2002 日本政府 950 ha 完工 5 331
2005 GVC 2200 ha 手続中 - -
表1 水路補修工事の経緯と受益地およびTSA
注:GVC(Gruppo Volontariato Civile)は、APSと同様にイタリアのNGOであり、直訳すれば「市民ボランティアの会」となる。現地スタッフは2000-2001年のAPSスタッフと同一人物である。

(2) 水利費の徴収と組合規則の設定
 水利組合の形成に併せ水利費の徴収も行われている。最上流部のAPS-T(700ha)では2001年度から水利費徴収を開始した。APSメンバーの強力な指導もあり、初年度の徴収率は50%を記録したという。ただし、これは実耕作面積265haを算定基準として計算されたものであり、受益地全体(700ha)に対する徴収率は20%未満である【ヘクタールあたり2.5トン以上の収量がある場合で籾100kgを水利費徴収基準とし、母数を26.5トンとして計算。これを本稿後半で紹介する2004年度雨季と同様、単純に700ha全体で計算すれば、目標値の20%に満たない】。
 その後、籾での水利費徴収はその保管上の困難が生じることなどから、水利費を現金で支払うように変更され、2002年には役員の機能や水利費徴収ルール、罰則などが盛り込まれたコンピンプイ水利組合規則も設定され、水利費徴収用紙など、運営に必要な書類が作成・配布された。これら水利組合形成活動は、日本の草の根無償事業の受益地を除く地区で、APSのイタリア人農業専門家の精力的な支援を受けて、水資源局職員が行ってきた。

4.プロジェクト開始時の水利用の現実
 さて、2002年末にAPSの援助事業が終了した後、担当していた水資源局職員は、予算不足のため、それほど頻繁には受益地を巡回できなくなった。さらに2002年の旱魃により、2003年は、雨季の補給灌漑すらおぼつかない状況となった。
 私たちが今のプロジェクトを開始したのは、APSの援助終了直後だった。当時、水利組合としての経験は実質的にはAPS-T(700ha) 地区が1年ほど有しているのみで、残り2150haをカバーする10SCは組織とは名ばかりで、水利費徴収どころか、「灌漑用水の利用」すら未経験で、水利組合の全体像が認識されていない状況だった。組織として十分な経験のないまま、旱魃とAPS援助事業の終了を同時に迎えた水利組合は、灌漑施設の維持管理組織としての実体を培う間もなく、機能停止に近い状態だったのである。
水資源局職員によれば、水利組合形成にあたって、水門管理や水路維持についてのマニュアルが作成され、全SC役員に対して説明がなされたという。実際に作成されたマニュアルは絵図入りのわかりやすいもので、それ自体に問題があるわけではない。しかし、実際に問題に直面したときに組織として対応するだけの経験がないため、問題が放置されたまま不満がたまることとなった。
 また、多くの受益農家は「水路が整備されれば乾季作ができる」と期待して改修工事を見守ったが、受益地全体に対して乾季に配水できたのは、APS-Tの一部を受益地とする2001年だけだった。その後、ダム貯水量の不足もあいまって、乾季作はおろか雨季作の補給灌漑も、効率的な配水計画、栽培計画なしでは十分に管理できない状況にある。
 私が着任した当時、同水利組合は、ダム貯水の灌漑利用計画をもたず、基本的にはSCからの要求が出るたびに水資源局にお伺いを立て承認を得て、そのつど開門するという状態だった。
 また、将来計画地区をも含めた灌漑受益面積(1万3500ha)を想定して幹線水路が設計されているため、既存灌漑地区2850haに配水するときに、幹線水路の水位が低く予定通りの分水ができない、下流に水が来ない、などの問題が、「水利組合は何もしてくれない」という不満の原因になっていた。
 さらに、水利組合形成時に何回も行われた会議は、回を重ねるごとに出席率が下がり、結果として、水利組合の活動や目的について認識していない農家が「受益者数」にかなり含まれることとなった。APS-T(700ha)の5SCではAPSが農家名簿作成と耕地面積測量を実施したが、APS-Uおよび草の根無償の対象地では、水利組合にかかわる農家名簿も十分に準備できていなかった。水利組合の意義と活動について認知されないまま、水資源局と一部の熱心な水利組合役員は水利費徴収率の低下を憂い、どうすれば水利費を徴収できるかに頭を悩ませていた。

観光客でにぎわうクメール正月のダム(クリックすると拡大します)
写真1 観光客でにぎわうクメール正月のダム

5.当事者にとって切実なニーズの把握
 同水利組合は、カンボジアとしては大規模であり、ダムの有効貯水量(7850万トン)の規模から見ると、現状の2850haの灌漑は問題ないように思えるが、現実は容易ではない。貯水池の「内側」に膨大な水田を所有する権力者達の存在、ルール無視で開門されている北側8ゲートなど、簡単に解決できない社会的問題が少なくない。
 また、コンピンプイダムは、灌漑のみに利用されているわけではない。乾季には「どうしても牛にやる水が必要だ」という農民の要望に応えて開門を余儀なくされることもある。さらにはカンボジアの習慣に従って、どんなに旱魃の年でも年に3回、クメール正月、中国正月そしてプチュンボンと呼ばれるお盆には必ず観光客のために開門して水を「ふるまう」必要がある。
 これらは、ダム貯水量の利用計画には反映されていないが、実態として水資源局も容認せざるを得ない。
 私たちは、このようなコンピンプイダム灌漑地区の現実を社会的前提として受け止め、2003年度に現状把握調査【関係者インタビュー、SC.会議、SC.役員とのフィールド踏査などによる】を行った。これにより、水利組合が抱える具体的な諸問題が表2のように明らかにされた。
 そこで水資源局スタッフと協力して、現状改善計画を立てた。計画立案にあたって重視したのは、「現実路線でいくこと」である。
 ダムの有効貯水量が大きいとはいえ、現実として貯水量不足は否めないため、限られた貯水の効率的かつ公平な配水を徹底するように努めた。出来るだけ具体的に農家の直面する問題、緊急性の高いニーズを把握して地道にそれに応えていくこと、そして、水利組合役員の地道な努力を広く農家に情報伝達する事で、水利組合の存在意義に対する認識を改め、信頼を高めるとともに、実質的な受益農家数を同定することを最優先課題とした。

 
問 題
ダム水量の不足。
施設の技術的な不備と圃場状態の悪さ。
田越し灌漑が多い(10枚以上の例あり)。
役員のリーダーシップにばらつき。
メンバーリスト未整備のため、実質受益者が不明瞭。
組合内規の認知度合の低さ。
水利費徴収にかかる技術・知識不足とルールの不徹底。責任不明瞭。
水利費使途に関する透明性の欠如。会計記録簿整備の不徹底。
情報伝達網・伝達手段の不足。
10 長期的・自律的運営計画の欠如。ドナー援助の受動的な受入。
11 コミューン議会など、地方行政との協力体制が弱く、水利組合の活動に権威づけがなされない。


表2 水利組合が抱える問題分析結果

6.現場主義での現状改善アプローチ
 本プロジェクトは、農業省との協力による農業生産性強化事業であるため、長期の灌漑専門家は1人も派遣されていない。水利組合支援は、農業の効率性を高めるための基盤部分として位置づけられ、既存灌漑施設には技術的、水量的には問題なく灌漑が可能であることが前提とされ、貯水ダムを含む灌漑施設の大規模な改修は、当初プロジェクトの対象外だった。
 前述の通り、現実はその前提には程遠いものであり、私たちは深刻な思いに直面させられたのである。とはいえ、農家は直面する厳しい現実の中で懸命に農業を営んでおり、その中で様々な問題を抱えていた。そこで、まずは水不足の現状を受け入れたうえで、農家が直面する問題解決にできるだけ細やかかつ具体的に取り組んでいく方法を採った。すなわち、「本来こうあるべき」という「べき論」を排除し、既存のリソースの最大利用を重視する現実路線での現状改善アプローチである。このいわば「現場主義」は、特にカンボジアでの灌漑農業開発には重要かつ不可欠と考えられる。同国では国際援助機関やNGO、各国政府ODAによる援助が様々な形で進められている。コンピンプイの農村部ではワールドビジョンをはじめとする複数のNGOが長年にわたって地道な活動を続けてきている。灌漑受益地に限定しても、冒頭にあげたイタリアAPS、日本政府、アジア開発銀行による水利組合モデル開発や、国連食糧計画によるフードフォーワークの対象になってきている。しかし、その多くは、「べき論」に基づいて実施されていると感じられる。数々の援助の結果として、同水利組合は、組合規則、維持管理マニュアル、会計簿など、「こうあるべき」を指し示す資料は、既に豊富に有している。しかし、根本的な問題の所在は、「灌漑水を適切に配る」ための基本条件が整えられていないことであり、水管理の実践経験を通して資料を使いこなす人材が育っていかないことだった。
 水利組合の関係者は、「ドナーがいる間は良い事をやってくれるかもしれないが、数年で終われば、また違うドナーが来て新しい事をはじめる。それぞれの間に調整はない」とため息をつく。それは、私たちがやろうとしていることに対する牽制ともいえるだろう。そこで私たちは、まず既存のマニュアル、規則、資料を調べた上で、プロジェクトでは新しいものをつくらず、既存のものを活用していく方針を決めた。さらに、プロジェクト終了後の持続性に配慮し、全ての水管理および維持管理活動を水資源局職員が中心となって行うように仕向け、外部からの投入は、同職員の自発性を損なわない範囲にとどめるようこころがけてきた。

7.活動進捗の中間報告
 プロジェクトでは、水資源局やJICAとの協議を通じて、既述の11の問題分析結果それぞれに対する対策を講じ、包括的に水利組合の活動の活性化を図ってきた。
 これまでに実施してきた主な活動は、(1)エントリー活動としての費用の受益者一部負担よる施設整備、(2)「目に見える変化」としてのモデル開発、(3)全体的な組織力、自治性を高めるための計画立案、情報伝達および会計指導の3つにわけられる。以下に、進捗状況を紹介しよう。

(1) エントリーとしての施設整備
 灌漑施設維持管理に必要な農民組織強化の前提は、農村内で完結できる他集団とは前提が異なり、当然ながら「まず水ありき」である。施設が整って配水できる環境条件がなければ、いくら組織を形成しても、目的を見失ってしまうのは自明の理である。プロジェクトでは、受益地内で最も取水が困難な地点での問題解決に向けて、幹線水路内の水位確保のためのチェックを建設した。また、水路から灌漑用水を取り込むためのパイプも設置した。最も緊急性の高いニーズに対してまず応えることで、「やれば変化がおきる」という実感を受益者にもってもらうためである。
 これらの工事にあたっては、チェックの建設では工事費全体の1割にあたる870ドルを、コンクリートパイプでは約2割をSC農家が負担するようにした。パイプの設置は、水資源局の技術職員による場所確認の上、SC農家が自力で設置するという、責任・労働分担で実施した。これらを1年目に行う事で、水利組合が動き出すきっかけづくり、エントリー活動の機会が提供できたと思われる。

(2) モデルエリア開発
 次に、「灌漑施設があっても水は得られない」や、「便利になっていない」といった認識が農民に蔓延していた状況を改善するため、各圃場に配水するための小水路を建設し利用を促す事で、目に見える水管理改善のモデル地区を整備することとした。全15SCの話し合いを通じて、灌漑地区内に二ヵ所のモデル地区を選定し、農家自身による小水路の建設を促した。水路の位置選定はあくまでも水利組合と関係農家の判断と合意に任せたため、全体役員会議、候補SC間での調整会議、関連SC内の農家全体を対象とする会議と、選定プロセスに約2ヶ月を費やした。水路設計にあたっては、JICA短期専門家を招聘し、同専門家と水資源局スタッフの手によって小水路の測量と設計が行われた。また、プノンペン近郊で実施中のJICA灌漑技術センタープロジェクト(TSC)からも技術的なサポートを継続的に受けた。

末端水路ごとの維持管理会議と実践(クリックすると拡大します)
写真2 末端水路ごとの維持管理会議と実践

 モデル地区では、2004年雨季作に向けて、2004年4月および7月から各々建設が開始されたが、2004年雨季作の開始時点で、一ヵ所目は約90%、2ヵ所目は50%の工事進捗率であった。完成した水路部分は全て農家に利用された。雨季作終了後に実施した評価アンケートによれば、取水にかかる時間の軽減、田越しの枚数の減少、安定的な配水を評価する声があがると共に、「小グループのリーダーに相談して問題を解決する」など、圃場ごとの小グループでの水管理を積極的に肯定する声が聞かれた。
 これらの結果は水利組合全体に還元すると同時に、次季作では小グループの水管理を更に徹底する計画である。さらに、プロジェクトの稲作栽培技術指導チームとの協力により、水利組合のSCグループを優良種子利用グループと見なし、水管理のグループに参加することが「よりよい稲作」の手段と実感してもらえることを目指している。

(3) 計画立案・情報伝達・会計指導
 私たちは既述の問題群を参照し、「水利組合として必要な活動を自分たちで設定すること」、「それに必要な費用を捻出し、且つ記録の透明性を保つこと」、「これら計画や必要経費についての全ての情報を、あらゆる手段で受益地農家全体に伝達し、理解を得ること」を同時並行で進めてきた。
 2004年度開始の時点では、「配水計画を作る」、「地元行政との連携を強化する」など、まるでスローガンのような計画しか立案できなかったが、その後の1年で、実際に水資源局の技術指導を受けて雨季作のローテーション灌漑をはじめて経験し、「水のコントロール」への第一歩を踏み出した。これは同時に、「水管理のために水利組合役員が働いている」というアピールにもつながり、収穫後の水利費徴収に向けた役員の自負心向上にも結びついた。また、収穫期目前に行ったワークショップで、水利組合全体の2005年の年間計画と必要経費を話し合い、役員報酬含め、1100万リエル(約2750ドル)の暫定年間予算を概算した。総額をみて意気消沈するSC役員に対して、水利組合長は「2850haのうち、2000ha分の水利費を獲得できれば、4000万リエルにもなる。我々の計画は十分実現可能なはずだ」と各SC役員に呼びかけ、実質的な水利費として、ヘクタールあたり2万リエルの統一基準を設定した。水利費徴収期間は1月1日から2月25日までと設定された。その後、再び年間計画について協議がもたれる予定である。
 各SCは、地域の行政組織であるコミューンや村の役員と協力して農家に必要情報を流すと同時に、プロジェクトとの費用分担によって情報掲示板を設置し、配水スケジュールなどの掲示とともに組合活動内容のピーアールに利用している。また、重要事項を宣伝カーで村全体に情報提供したことで、水利組合の認知度はさらに高まった。
 水利費徴収の現状は、1月末時点で約1100万リエル、彼らの計画予算まであと一歩である。「2850haで本来集まるべき額」には遠くおよばないが、農家自身で出来る現状改善の第一歩としては十分な成果といえよう。
 プロジェクトでは、水資源局職員と水利組合役員との協力で巡回指導にあたり、OJTを通じて具体的な会計簿の記帳、関係農家の同定、名簿作成指導などを行っている。集中的に会計トレーニングを行う案も出たが、文字に慣れていない多くの農家を対象とする場合、数日の教室型研修で彼らが会得するものは多くはない。逆に、毎日の現実的な実践経験を経て、各SC役員は積極的に質問し、自らの記録に工夫もみせるなど、前向きの姿勢が出はじめている。

モデルエリアにおける末端水路建設(クリックすると拡大します)
写真3 モデルエリアにおける末端水路建設

8.おわりに〜残された問題と今後の展望
 以上、活動進捗を紹介してきた。無論、一部の問題が改善されたに過ぎず、現状としては問題が山積みである。そもそもの水量の限界は非常にシビアであり、特に雨量が十分でなかった今季を経て、来雨季シーズンが危惧されている。今後、計画通りダム受益地が拡大されれば、より高度な配水計画と水管理が必要となり、さらに実践的な指導が求められるだろう。また構造問題として、土地所有面積が大きい不在地主が存在し、耕作や水管理に消極的であるなどの問題が指摘されている。各SCのリーダーの能力には非常に差があり、一部でもSCの水管理活動が停滞すれば、先進的なリーダー達のモチベーションにも悪影響をおよぼすだろう。
 私とともに活動している水資源局スタッフは、フルタイムが1名、パートタイムが1名のみであり、上記にあげたような細やかな巡回型活動を全15SCに対して行うには無理がある。プロジェクト期間のみ集中的に巡回指導員を増やすことは簡単だが、それでは将来的に水資源局と水利組合が持続していくのは困難であろう。プロジェクトの支援が終わった後も水利組合が自律的に運営できるように促すことこそが、「住民組織強化支援の基本」だと私は考える。
 コンピンプイ水利組合は自律的運営にむけて一歩を踏み出した。しかし、何千ヘクタールにもおよぶ灌漑施設の維持管理運営は、農家レベルの責任に全てを帰すには余りにも負担が大きい。動き始めたといっても、組織としてはまだまだ骨格を組んだばかりである。これから何年もかけて実践能力を高めていかねばならない。そのためには、行政が継続的に技術サポートを提供する事が必要条件となろう。
 組織強化という点では、水資源局にも人材が徐々に育ちつつある。コンピンプイ水利組合における、「住民の自立的な組織運営」が成り立つためには、今回紹介したように、継続的な水管理と維持管理にかかる巡回指導をはじめ、様々な技術的サポートが、水資源局をはじめとする行政によってきちんと果たされることが必要不可欠である。現在のようなカンボジア行政の非効率さと自己資金の決定的不足、その結果としての地方行政組織の弱体ぶりと予算不足を考えると、これは非常に息の長い話である。
 私が専門とする農村開発では、基本的には住民が自らの潜在能力を最大限に花開かせ、外部資源を効率的に活用しながら主導的に開発を進めて行くことが期待されている。しかし、幾つもの村やコミューンにまたがる開発計画とならざるを得ない大規模な灌漑施設開発の場合、まずは「灌漑水がきちんと供給されること」が水管理組織の存在意義の大前提である。すなわち、ソフトの改善には、ハード(灌漑施設)の整備が不可欠である。さらに、開発や施設維持管理を担う行政側の体制が整わずして一足飛びに「住民参加」を推進すれば、持続的成功がおぼつかず、さらには行政の無責任さを助長することになりかねない。カンボジアの厳しい現状を前提に、いかなるサポートをどこまで行うのが望ましいのか、という問題提起への答えはまだ模索中である。「ドナーは良い事をするが、調整なく立ち去っていく」という現地の言葉を胸に刻み、徹底した現場主義で、地方行政と農民組織の効果的な連携による持続的な維持管理体制作りを目指す毎日である。

付記:本稿で述べた活動についての所感は筆者個人の責任に帰するものであり、いかなる組織を代表するものでもないことをここで確認しておく。また、頁数の関係上、割愛せざるを得なかったが、筆者が現地で専門分野を超えた広範な活動を実施してこられたのは、ひとえにプロジェクトのチーフアドバイザー時田専門家、児玉短期専門家、JICA灌漑技術センター(TSC)プロジェクトのチーフアドバイザー宮崎専門家、(株)日本工営の開発コンサルタント佐藤周一氏(在インドネシア)等からの的確な助言とご指導あってのことであり、末筆ながら御礼申し上げます。

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