2004年国際コメ年

アジアモンスーンにおけるコメの需給展望

東京大学 大学院 農学生命科学研究科
助教授 川島博之

世界の三大穀物として
 コメは世界で5億8900万トン(2003年FAO、以下穀物の生産量はFAOによる2003年の値)生産されており、小麦5億5600万トン、トウモロコシ6億3800万トンと並んで、世界の三大穀物の一角を占める。世界の穀物生産は20億7500万トンであるから、コメの生産量は世界の穀物生産の28%を占める。コメはそのほとんどがパキスタン以東のアジア、いわゆるアジアモンスーン地域で生産・消費されている。このことは、小麦、トウモロコシが広く世界で生産・消費されていることと、際立った違いを見せる。
 本稿ではアジアのなかでも、近年、とくに注目を集めるASEAN+3を中心に、コメ需給を展望する。周知のことではあるが、このASEAN+3とはASEANにわが国と中国、韓国を加えた地域であり、お隣であると同時に、近年わが国との経済関係がとりわけ重要になっている。ASEAN+3の主食は言うまでもなくコメであり、世界のコメの約60%はASEAN+3で生産・消費されている。

人口増加を上回っていたコメの増産 

 図1(↑)には、1961年以降の世界コメ生産量の変遷を示す。1961年に2億1600万トンに過ぎなかった生産量は42年間で2.7倍にまで増加している。同じ時期の世界人口の増加は約2倍であるから、20世紀後半において、コメの生産量は人口の伸びを上回ったことになる。もう少し詳しく、増加の様子を見てみよう。コメをもっとも多く生産している国は中国である(1億6600万トン)。ASEANにおける生産量の合計も1億6100万トンと、ほぼ中国に匹敵する。中国とASEANのコメ生産量に比べれば、日本(974万トン)と韓国(607万トン)の生産量はきわめて少ない。両国の生産量はASEAN+3の中で4.6%を占めるに過ぎない。
 2002年における中国の人口は12億7000万人であるが、ASEANの合計は5億3400万人である。中国はASEANの2倍以上の人口を抱えながら、コメの生産量はASEANと同程度と言うことになる。中国のコメ生産量が人口の割に少ないのは、ASEANはコメだけであるが、中国は小麦も作っていることによる。2003年における中国の小麦生産量は8600万トンにも及ぶ。中国では伝統的に、長江の流域を中心とした南部ではコメ生産が行われ、華北平原では小麦が生産されている。華北平原は降雨量が少なく、コメ作りには向いていない。
 図1を見ると、世界のコメ生産量は1999年に6億1000万トンを記録するまでは、増加基調にあった。しかし、それ以降は横ばい、もしくは減少となっている。ASEAN+3では、もう少し早く1990年代半ばごろから横ばいになっている。これは中国の減少によるところが大きい。中国のコメ生産量は1997年の2億300万トンをピークに、減少に転じている。この理由は後に記す。

単収増が支えたコメ増産

 図2(↑)には1961年以降のコメ作付面積の変遷を示す。世界のコメ作付面積は1970年代半ばまでは増加傾向にあったが、それ以降は横ばいになっている。ASEAN+3に目を転じると、この傾向は一層はっきりする。中国では、近年、コメの作付面積の減少が顕著である。作付面積が横ばいであるのに生産量が増大したことは、単収(単位面積当たり収量)が増加したことによる。
 図3には、ASEAN+3における1961年以降の単収の変遷を示す。ほぼ全ての国で、単収は増加している。インドネシア、ベトナムの単収は、すでに4トン/haを超えており、日本などに比べても遜色がない。だが、カンボジア、ラオス、ミャンマーなどでは、その単収は日本の約半分程度にとどまっている。
 1961年以降において、コメの単収がもっとも伸びた国は、中国である。中国の61年における単収は2トン/ha程度とASEAN諸国のそれと大差なかったが、現在では日本と並んで6トン/haを超えるまでになっている。これは中国の1人当たりの農地面積が、ASEAN諸国よりも少ないことの反映とも考えられる。新生中国の誕生以来、少ない農地で、いかにして多くの国民を養うかは、中国政府の大きな課題であった。中国では1haの農地で8.4人を養わなければならない。それに対して、ASEAN平均では5.6人にとどまる。ちなみに日本では26.6人、韓国は25.5人と非常に大きい。日本、韓国は、少ない農地で多くの人間を養わなければならない宿命にある。なお、世界の平均は4.1人であるから、ASEAN+3は農地面積の割には人口が多い地域である。

 図3(↑)に示す単収の増加から、その国の政策を垣間見ることができる。1960年代から70年代半ばごろまでの韓国、70年代から80年代のインドネシアでは単収の伸びが著しい。これは、両国において開発独裁政策が華やかだったころと一致する。コメの生産増と自給達成は、独裁政権にとって目に見える成果であったのであろう。90年代のベトナムでも、継続的な単収の増加が見られる。これには、ドイモイ以降の経済開放政策が寄与しているものと思われる。

食として、文化としてのコメ
 コメは自給傾向が強い作物である。世界全体で穀物は2億8000万トン(2002年)も交易されている。これに対して、コメは2700万トンしか交易されていない。穀物交易量全体の1/10以下である。生産量では28%あるのだが、交易量は小麦(1億3300万トン)やトウモロコシ(8500万トン)に遠く及ばない。

 図4(↑)にはASEAN+3におけるコメの自給率の変遷を示すが、マレーシアでは一貫して自給率が低く、一方、タイでは一貫して輸出が多い。両国を除けば、自給率は100%前後と1961年以降大きな変化がない。この理由は幾つか考えられる。コメを生産・消費している国は、日本を除き、そのほとんどが途上地域であった。小麦は主にヨーロッパで交易され、トウモロコシはアメリカから広く世界に輸出されている。しかし、コメはそもそも交易量自体が少なく、これまで、自給自足的経済が営まれていた地域で生産されてきた。また、トウモロコシはそのほとんどが飼料として用いられ、小麦もヨーロッパでは飼料としての利用が多い。しかし、コメはほとんどが食用である。飼料の場合は、いわば工場の原材料と同じであるから、少しでも安いものを用いようとする。これに対し食用の場合は、食味へのこだわりもあり、ただ安いだけでは売れない。
 最後に、文化としてのコメ問題がある。日本ではコメの輸入に対して、今でも根強い反対論が存在する。文化をあげつらうことは、つまるところ経済的背景を合理化するための衣装との考えもあろうが、アジアではコメがその文化のバックボーンとなっていることは紛れもない事実である。コメ作は水管理を通じ、共同体意識の強いアジア型文化を育んだ。どんな世界でも、文化と考えているものの輸入には抵抗感がある。

ASEAN諸国のコメ増産能力

 以上を踏まえ、今後のコメの需給を展望してみたい。コメの需給に最大の影響を与えるものは、人口である。図5(↑)には、ASEAN+3の1961年から2050年までの人口の推移を示す。2005年以降は国連による推定値(中位)である。ASEAN+3の人口は1961年には10億2000万人であったが、2002年には20億1000万人と約2倍に増えている。ASEANにおける増加は、中国、日本、韓国での増加率より大きく、この傾向は21世紀前半まで続く。2050年におけるASEANの人口は7億6600万人と予想される。これに対して、日本、中国、韓国の合計人口は15億6000万人(2050年)にとどまる。2050年の人口は2001年に比べて、ASEANで47%増なのに対し、日本、中国、韓国の合計は7%増でしかない。この3国の合計人口は2030年ごろにピークを迎え、その後は減少に転じる。ASEAN+3の人口は、21世紀には20世紀ほどは増加しない。人口から考えるとき、コメの需要も横ばいに転じると予測される。
 人口以外の要因もコメ需要の横ばいを示唆する。1人当たりのGDPが増加するにつれて、コメ消費量は減少する傾向にある。経済学の用語では、コメは所得が増加すると消費量が減少する劣等財である。もう少し正確に言えば、1人当たりのGDPが700〜800ドルまでは、GDPが増加するにつれ消費量が増加する(奢侈財)が、700〜800ドルを超すと劣等財的要素が強くなる。
 ASEAN+3のなかでは、中国の割合が大きい。開放改革以後の経済成長により、最近の中国では、コメは明らかに劣等財的傾向を示している。中国の驚異的な経済成長は各方面で話題となっているが、21世紀において、中国のコメはいっそう劣等財的要素を強めよう。わが国における昨今のコメ需要と似たような様相になる。先ほど述べたが、1998年ごろより、すでにその傾向が現れ始めている。ただ、この98年ごろよりの減少には、次に述べる要因も考える必要がある。
 喧伝されるところによると、1995年に出版されレスター・ブラウンの著書“Who Will Feed China”(邦題『だれが中国を養うのか?』)は中国社会に大きな衝撃をもたらした。その結果、中国はレスター・ブラウンに反論する意味で、穀物を増産した。穀物価格の政府による支持が効果的だったといわれる。しかし、刺激が過ぎたため、すでに消費が減退していたコメはすぐに過剰ぎみになり、一転して98年ごろからは生産が抑制された。中国がWTO加入を意識し、価格支持政策が採り難くなったことも大きいとされる。生産量の減少は穀物価格の高騰を招き、都市部の貧しい階層を苦しめていることが一部で報道されている。報道によれば、都市の貧しい人々は農村からの出稼ぎであり、穀物価格の高騰は中国社会の不安定さをより高めたとされる。
 ASEANにおいても、マレーシア、タイでは、経済発展に伴い、1人当たりコメ消費量は減少している。しかし、両国を除いたASEANでは、需要はまだしばらく増加しよう。ASEANは、その需要増に対応できるのであろうか。
 私は、ASEAN諸国はその需要増を十分支えられると考えている。その理由は、ASEAN諸国の単収が、日本や中国、韓国に比べれば、未だ低い状態にとどまっていることにある。今後、施肥量の増加、農薬の効果的使用、灌漑面積の拡大などが行われれば、次の50年でASEAN諸国の単収を、現在の2倍程度に増大させることは、さほど困難ではない。もちろん、今後も定常的な農業生産に対する投資が必要とされることは言うまでもない。21世紀のコメを考えるとき、着実な農業投資を行っていけば、ASEAN+3において、さほどの困難に遭遇することはないと考える。

わが国の需給動向と今後のコメ戦略
 最後に、わが国のコメ需要について言及する。わが国のコメ需要は21世紀においても定常的に低下するであろう。人口が減少に転じることも大きいが、高齢化社会の到来も需要低迷の大きな要素になる。運動部に所属する若者がどんぶり飯3杯を平らげることは、さほど不思議もないが、老人の食欲はそれに遠く及ばない。日本におけるコメ需要は高齢化の進展に伴い、人口の減少を勘案する以上に低下する。
 また、わが国のコメ需給を考えるとき、中国東北部の黒龍江省における短粒米の生産に言及する必要があろう。これまで、コメと一括して述べてきたが、コメは大きく分けて短粒米と長粒米に分けられる。日本では短粒米のみが消費されている。しかし、コメ全体のなかで短粒米は少数派であり、日本の他、韓国、台湾と中国の一部で生産・消費されるにすぎない。中国でも主流は長粒米である。ASEANで生産されているコメは、そのほとんどがインディカ米(長粒米)である。
 しかし中国では、所得の増加に伴い短粒米の需要が増大している。これに呼応するように生産が増大している。黒龍江省では、20年前にはほとんど生産されていなかった短粒米が、現在1000万トンほど生産されている。この生産量は日本の全生産量に匹敵する。黒龍江省での生産コストは、日本の数分の一程度と推定されている。黒龍江省の生産余力がどの程度あるかについては、議論のあるところであるが、アメリカ以外にも短粒米輸出余力がある国が出現しつつある。中国東北部の1人当たりのGDPを考えるとき、中国が日本を輸出先として考えることは十分ありうる。わが国のコメ生産はいっそうの規模拡大を図るなどして、アメリカだけでなく中国東北部との競争にも備えることが重要である。また、日本の米作の今後を考えるとき、中国の沿岸部、韓国、シンガポール、マレーシア、タイなどをターゲットとする戦略は有効であろう。これらの地域では、日本の平均所得水準とそれほど差がない豊かな階層が出現しつつある。その数は、やがて数億人にも上ろう。日本の短粒米は豊かな階層に人気がある。わが国のコメも、これらをターゲットとした積極的な市場展開が求められる。

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