中国とラオス・タイ・ミャンマーの国益をめぐって
翻弄されるメコンの流れ

メコンの船舶の航行を改善する
 130年以上前、フランスの探検隊が、メコンデルタを上流に向けて出発した。目的はただ一つ、中国への内陸水路の発見である。しかし、中国との交易を狙った野心はくじかれた。全長4800キロメートルのメコン川は、チベット高原のタンクゥラァ山脈に端を発し、尖った岩が点在する荒瀬やゆったりとした砂洲を流れ、ときには命取りにもなる大きな渦を巻きながら南東に蛇行している。1930年代当時は、水路が多少改良された後でも、南シナ海からラオスまで船で37日も要した。現在では、障害物が見えやすい日中に、60〜100トン程度のフェリーや貨物船が上流域を定期的に往き来している。
 ラオスとカンボジアの国境に沿った下流では、“4000もの島がある”と言い伝えられる複雑な流れもあり、また、急流が10キロメートル近く続く流れもあり、船の航行を妨げている。メコン川の流れは、これら自然の障害物があるために、開発という運命を免れてきた。
 しかし、それも永久に続くわけではない。1992年には中国が、大型貨物船の通年運行を目指し、北部流域を拡大する水路改造計画に着手した。この500万ドル規模のメコン川上流域船舶航行改良プロジェクトには、中国とミャンマーの国境からフエサイまでの331キロメートルの区間にある危険な浅瀬や急流、岩礁など21か所をダイナマイトで爆破する作業も含まれている。
 中国の第一の目的は、内陸の雲南省からタイやラオスを含めた東南アジア一帯に向けて、輸出を促進することにある。浚渫と水路工事が完了すれば、メコン川の年間輸送量は2001年の400万トンから2007年には1000万トンに拡大し、500トン級の船舶が航行できるようになる。


ラオスのビエンチャン北方 の急流1867年

貿易の恩恵は誰のため?
 ラオス、ミャンマー、タイの3か国は、2000年にこの改良工事に合意した。さらに、中国がこの船舶航行協定に署名し、いずれかの加盟国で登録した船舶は、中国のスマオからラオスのルアンプラバンまでの886キロメートルの区間で、メコン川沿いの自由な貿易が認められた。これは、第一次大戦後の3国による初めての公式共同事業として、歴史的に重要な意味を持つ。各国はまた、河川沿いの港の開発と船舶の通行や通関手続きの円滑化を約束した。
 山に囲まれた内陸のラオスは東南アジアでも、もっとも貧しく、繁栄を遂げたタイに比べ、ほとんどの経済指標や社会指標で少なくとも30年の遅れをとっている。たとえば1人当たりの国内総生産をみれば、タイが2070ドル、中国が950ドルであるのに、ラオスは280ドルでしかない。
 20世紀はフランスの植民地主義や強権的な共産主義体制、ベトナム戦争に苦しめられ、現在は遅れを取り戻そうと必死の努力を続けている。いまだに共産主義国家ではあるが、10年前に中央計画経済を放棄し、開発を促進する取り組みのなかで、自由市場経済へと積極的な方向転換を行った。

 貿易拡大に向けたメコン川の開発によって、ラオスは中国の好景気の間接的な恩恵を期待すると同時に、540万の国民の大半を自給自足の農業経済から解放したいと考えたのである。メコン川は水力発電でも計り知れない可能性を秘めており、十分に活用すれば、ラオスは東南アジアの発電所という地歩を固めることもできる。
 しかし、中国の南部地域と東南アジアとの交易は、新たな航路がなくても、2000年の中国の世界貿易機関への加盟で拍車がかかり、急速な拡大を遂げた。2001年には雲南省とタイ北部の国境沿いの町チエンセーンとの間で一定の貨物と乗客の輸送サービスが始まり、静かだった町が活気のある商業地域へと変身した。現在では、150トン級の貨物船がコメを積んだ荷船や漁船と係留場所を争っている。中国とチエンセーン、そしてさらに下流のチエンコンとの間の2001年の貿易高は、前年の2倍に当たる8800万ドルを上回った。
 ただ、国際河川ネットワークのアヴィヴァ・インホフは、「貿易の将来性はともかく、ラオスの流域住民の多くは、メコン川の浚渫で恩恵を受けることは、ほとんどないだろう」と警告する。中国は、新しい航路の往復に使われる大型船の大半を所有し、また下流域の国に比べ、近代的な桟橋や施設を備えている。タイのチエンライ県職員の報告によれば、2001年にチエンセーンに入港した2400隻を超える貨物船のうち、4分の3以上は中国から来ていた。ラオスやタイの村民は、「中国船の入港で市場に安価な農産物や繊維などの輸出品が溢れれば、地元の商店主や農民がダメージを受けるのではないか」と不安を抱いている。その価格差は、最大で国産品の5分の1ほどである。
 住民や政府関係者はまた、河川の流れを変えて、すでに深刻な状態にある河岸の浸食に拍車がかかれば、地域の農業がさらに弱体化するのではないかと懸念している。ラオスは農業に適した土地が国土面積の4%しかなく、そのほとんどは堆積物が豊富で肥沃なメコン川沿いに位置している。
 しかしながらラオス政府は、波風が立つのを恐れてか、こうした懸念を軽視してきた。1999年の中国から同国への投資は8700万ドルに達しており、また中国が進める開発計画からも約5億ドルの恩恵を得ている。2001年11月、北京は爆破作業を助成するため、ラオスとミャンマーへの500万ドルの資金供与に同意した。もっとも、両国ならびにタイでの爆破作業に指名されたのは中国の企業である。

メコン川支流の漁師

環境への影響は分からぬまま 
 批判的な人々は、メコン川での爆破や水路工事が環境に与え得る影響についても懸念している。中国が出資して2001年9月に完了した合同環境影響評価は、影響が及ぶのは実際に爆破をする場所すべてを合わせた3キロメートルほどであり、プロジェクトの影響は無いに等しいという結論を出した。しかしタイの監視団体テラなどの批評家は、この調査の妥当性に疑問を抱いている。この調査は大部分が技術的なものだった(主な参加者は水力技術者で、漁業の専門家や社会科学者は含まれていない)だけでなく、6か月足らずで終了している。しかもテラによれば、現地調査はたったの2日間だったという。
 2001年10月、メコン河委員会(5か国で構成され、各地域の河川管理を監督する組織。中国は流域国としては唯一加盟していない)は、独自の専門家によるこの評価の再調査に資金を提供した。作業に当たったメルボルン大学の環境応用水文学センターのブライアン・フィンレイセンは、「基本的なデータや情報が欠如し、大雑把で根拠の無い分析」だと指摘した。また、別の調査は、このプロジェクトがメコン川の漁業に及ぼす影響への懸念を示した。


2匹の巨大ナマズ(Pangasianodon gigas)

 ラオスの貿易相は2003年4月、ロイター通信に対し、爆破作業は漁業にわずかな影響を及ぼすだけであり、「大きな損害ではないから受け入れられるはず」だと語った。しかし地元の漁業労働者や村民は、川を改変することの長期的な影響を、より深刻に案じている。流域の総人口は650万を超えるが、そこで消費される食物タンパク質のおよそ80%は川からの恵みである。魚が今でも主な食料資源となっているラオスではメコン川は命綱である。
 漁業労働者は、大型貨物船による波で船が転覆しそうになったり、伝統的な漁法に支障が出ていると、すでに不満をこぼしている。しかし生態学者によれば、最大の被害は水面下で起こるという。メコン川の危険な急流は船舶航行の障害となる一方で、数百種の回遊魚に重要な生息地を提供している。これらの魚は、餌をとり繁殖するため岩場から岩場へと遡上していく。また激しい急流は水面に落ちてきた葉や小枝、木の幹といった植物性の物質を粉々に分解し、水系の食物連鎖に養分を与えている。

 国際自然保護連合(IUCN)の推定では、メコン川は、生物多様性の点でアマゾン川とコンゴ川に次いで第3位に位置する。タイのチエンコン付近の岩場や急流は、絶滅に瀕している巨大ナマズの産卵場所として唯一知られた場所である。巨大ナマズは重さが300キログラムを超え、体長が3メートルに達するものもある。また、川床に生育するカイという高タンパクの草は、魚だけでなく人間にも重要な栄養源になっている。科学者は、メコン川には1200種以上の魚が生息すると見ているが、魚や植物、軟体動物など水生生物の多様性については、全容は分かっていない。
 2003年2月、東南アジア河川ネットワーク(SEARIN)やラオス政府、そしてIUCNが資金を提供し、3日間にわたってメコン川上流の独自の調査を行った。その結果、ラオスとタイの100キロメートルほどの区間に、80種の魚と70種の鳥が確認された。しかし、この地域の生態系の基礎的データを収集するこの試みも、爆破作業がすでに始まっていることを考えると、遅すぎたのではないかと懸念する声もある。

多少は耳を傾ける中国
 高まる懸念にもかかわらず、船舶航行プロジェクトへの抵抗は歩みが遅く、とくにラオスでは共産主義の指導者が国民の反対を抑え込んでいる。国際河川ネットワークのインホフは、「爆破の影響を直接受ける人々が計画作成のプロセスから除外されており、彼らが意見を述べたり政策決定に関与する公開討論の場もない」と指摘する。
 同様にこのプロジェクトを批判しつづけてきたSEARINの報告によれば、大半の地域住民は、2002年に爆破が始まるまでプロジェクトについては何も知らなかったが、河岸の浸食の進行や堆積物の増加、かつてなかった流量の変化には気づき始めたという。伝えられるところでは、環境影響評価が求めた「国民の認識を高める運動」はわずか5日間行われただけで、しかも一般市民ばかりか地方自治体ですら参加を拒まれた。ラオス政府は、爆破の影響を受けているいくつかの地域で、地元の抵抗や不満を抑えるために軍の増強を迫られている。
 隣国の地域共同体は、ラオスに比べはるかに声高に意見を述べてきた。チエンコン自然保護団体のチラソク・インタヨスによれば、2002年6月には、タイ北部の1万2000人以上の住民が集まり、環境保護の見地から爆破計画に反対した。ミャンマーでは、12月に52の団体がタイとラオスの政府に申し立てを行った。そのなかで、「このプロジェクトはビジネスエリートと軍部を利するだけだ」と論じ、「中国を説得して、プロジェクトを中止させるよう」に主張した。大半の住民は、大型船舶用の水路よりも、新しい道路や小型の荷船を望むだろう。

ラオスの市場にて

 一方で、中国政府がこれらの意見に耳を傾けているかもしれないという動きもある。2002年後半、同国は大規模なインフラ・プロジェクトのために、包括的な環境影響評価を求める初めての法律を成立させた。2003年6月には、500トン級の船のためにメコン川から障害物を除去する拡張工事を続けるのではなく、プロジェクトを第一段階で中止して、爆破の規模を縮小すると発表した。当局者は、これまでに確保した水路に満足していると述べた。同時に、より包括的な環境影響評価が入手できるまでプロジェクトの中断を求めるメコン河委員会の要請や、生活への影響を懸念する下流諸国の声の高まりなど、社会や国際的な監視の目が強まっている点にも言及した。
 しかし、プロジェクトを批判する人々の多くは、この発表が必ずしも中国の計画中止を意味しないことを危惧している。「中国当局が強く望んでいるとすれば、外部の意見などお構いなしに続けるはずだ」とインホフは言う。そして、中国が長期にわたってメコン河委員会への加盟を拒否するのは、河川の協調的管理の先行きを曇らせるものだと指摘し、「この流域全体に経済的な影響力を拡大させようとする中国が問題だ」と述べた。それでもインホフは、新しい環境影響評価を求めるメコン河委員会の要請に対し、同国が示す柔軟な姿勢は一定の評価に値すると認めている。

中国の思惑は?
 仮に航行計画を縮小しても、中国は下流国の市場に向けて、まだ数多くの開発案を準備している。万里の長城から世界最大の三峡ダムにいたるまで、大規模なインフラプロジェクトの長い歴史がある。たしかに河道の整備は、メコン川を「改善」しようとする中国の一連の計画のなかでは、もっとも破壊的でないものの一つかもしれない。
 中国内のメコン川沿いに少なくとも8基のダムを建設しようという中国の計画には、三峡ダムと同様、論争が起きている。ダムの建設は、下流域の生活や漁業や水位にはるかに深刻な影響をもたらすだろう。乾期のメコン川は、ほぼ完全に中国の氷河の雪解け水に依存している。その川をダムでせき止めれば、自然の洪水のサイクルが崩れるだろう。下流の肥沃な氾濫源に向かう堆積物の流れが遮断され、農民は河岸の畑での種まきのタイミングを図るのが、いっそう困難になる。
 建設済みの2基のダムと、2012年には完成するはずの3基目のダムに伴って、村民はすでに水位の変動を伝えている。2002年12月の乾期には、タイの農民は予期せぬ洪水で野菜の作付区画が全滅する光景を目のあたりに見た。この洪水は、中国が貨物船を通すために川の水位を上げようと、上流にある1つのダムの水位調整門を開けた直後に発生した。中国は下流諸国に放水の予定を常に連絡するとは限らず、またメコン河委員会に加盟していないことで、いまだに非協調的で支配的な立場を維持している。
 中国は「大メコン川流域圏構想」という国際プロジェクトを快諾している。これは流域に高速道路や送電網、大型ダム、観光客を誘致するため、アジア開発銀行が1992年に着手した400億ドル規模のプログラムである。2002年にはまた、ASEAN加盟国とともに、世界最大の自由貿易地区をつくる協定に署名した。高い経済成長率の維持をめざす中国の姿勢は、メコン川沿いに住む人々に、期待というよりは不安をもたらしているようだ。

リサ・マストニー(Lisa Mastny)
(出所:ワールドウォッチ誌 Vol.16、No6)

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