前のページに戻る

地域住民を主役にした流域管理の能力づくり

〜東南アジア大陸部諸国の事例〜
名古屋産業大学環境情報ビジネス学部
教授 大矢釼治

1.森林政策のパラダイムシフト
 アジア諸国では近年、地域住民を森林管理の主役として位置づける政策への転換が進められている。この政策転換は、森林破壊による環境荒廃、林野利用をめぐる利害対立、農山村住民の貧困問題など、従来の政策では対応しきれない諸問題の解決をめざして着手されたものであり、長年にわたる森林の国家管理の伝統をもつアジア諸国では、まさに森林政策のパラダイムシフトともいえる画期的な取り組みである。
 森林政策の転換は3つの側面から見ることができる。
 第1は、政策目的の転換である。伝統的な森林の国家管理のもとでは、用材や林産物の販売収益、民間企業への伐採権付与による収入を通じて国家財政に寄与することが最優先の目的であった。しかし、新たな政策では地域住民や村落組織を森林管理の主役として位置づけ、地域住民の生活ニーズの充足、農業生産性の向上、地域環境の保全などが重視されている。
 第2は、林野の権利関係の変更である。森林・林野の国家所有は従来の政策の根幹であったが、新たな政策ではこの国家所有体制を維持しながらも、地域住民や村落組織に対して、林野の用益権を付与する方針が採用されている。
 第3は、政策実施アプローチおよび行政の役割の転換である。従来は中央集権体制のもとでトップダウンの指令規制型森林行政が展開されていたが、新たな政策における森林行政の役割は、地方分権体制のもとで、地域住民や村落組織が自力で森林の適切な利用管理ができるように、側面から支援することに重点が置かれるようになった。
 森林政策の転換をうながした要因としては、国の森林行政だけではもはや広大な国有林野を適切に管理することは困難であるとの、為政者側の認識の変化を挙げることができる。そのため、森林に依存して暮らす地域住民との連携協力関係を構築して、適切な森林管理が実現できるように、政策転換を図ることが課題となったのである。地域住民は長年にわたる経験から、森林の適切な利用管理の方法をもっともよく熟知しており、現在および将来の生活基盤としての森林林野に係わる権益が保証されれば、地域住民や村落組織は責任ある管理主体となりうる可能性が大きい。
 ここでは、アジア諸国における森林政策のパラダイムシフトの潮流を念頭に、中国雲南省、ラオス北部、タイ北部(図1)を事例に、地域住民を主役にした森林管理の動向と課題を紹介してみたい。


図1 東南アジア大陸部の中国雲南省、ラオス北部、タイ北部

2.森林再生による水土保全事業:中国雲南省の事例
 中国南西部の高原に位置する雲南省は、数多くの少数民族が暮らす山郷であり、長江をはじめイラワジ河、サルウィーン河、メコン河、紅河など、東南アジア大陸部の大河川の水源域を形成している。この高原地域に散在する山村は、急速な人口増加、森林荒廃、土壌侵食、貧困などの諸問題に直面しており、流域管理の観点からも緊急を要する状況にあるとの判断から、雲南省政府は1980年代後半、山間地域の森林再生と貧困軽減を一体化させた取り組みに着手した。
 その取り組みのひとつとして、雲南の省都、昆明市の水源地域における森林再生による水土保全事業がある。この事業は、計画立案の段階から地域住民の参加を得て推進され、山間部の生態環境修復と地域住民の生活改善に成果をあげたと報告されている。事業推進に寄与した要因として、
(1)農家生産責任制のもとで実施された林野配分と用益権の付与により、農民の林野管理への取り組み意欲を高めたこと、
(2)郷鎮企業の振興で創出された就業機会を通じて、森林・林野への人口圧力の軽減が可能になったこと、
(3)行政支援と引き換えに、地域住民が遵守すべき林野利用の規則が、村落レベルで合意されたこと、
などを指摘することができる。
 一方、1990年代初頭から推進された地方分権化政策による行政改革を通じて、伝統的な上意下達方式を補完するボトムアップの意思決定メカニズムが構築され、これによって村や郷鎮政府の自治機能が高められた。しかし、雲南省における多くの山村地域では、分権的な行政機構づくりが、必ずしも森林再生や水土保全事業の推進には、結びついていないとの指摘もある。
 郷鎮政府とっての緊急の課題は、地域住民の生活向上や貧困対策に必要な財源を確保することであり、流域管理のように広域的な調整を必要とする行政は、後回しにされる傾向が強いからである。郷鎮政府のなかには財源確保のために森林伐採を加速するところも多かった。中央政府が1998年に制定した伐採禁止は、地方分権的な森林管理の失敗をまさに認めるものであったともいえる。


写真1 中国雲南省の山地少数民族の集落

3.林野配分事業と焼畑の安定化:ラオス北部の事例
 社会主義国ラオスでは、国民の共有財産である土地や森林は、もっぱら政府がその配分・管理を行うことを原則としている。しかし、計画経済から市場経済への移行を目的に、1986年に始まった「新経済メカニズム(NEM)」政策の下で、従来の土地慣行を尊重しつつ、個人や法人に土地権利証書を交付する事業が開始された。
 とくに「土地法」と「森林法」が制定された1996年以降、山間部の焼畑地域を対象とした林野配分事業が、全国規模で推進されるようになった。この事業は、林野配分を通じて農民の土地保有・利用・相続などの諸権利を公式に認め、耕作地に対する課税を強化するとともに、村落に対して森林・林野の管理義務を課すことをおもな内容としている。
 国民の8割以上を農村人口が占め、しかもその多くが山間部で焼畑耕作を営むラオスでは、次の2つの理由から林野配分事業は森林保全に寄与するものと考えられる。
 第1は、土地の保有・利用・相続権を付与することで、土地生産性の向上や土地利用の集約化が期待でき、これが焼畑耕作の削減・安定化をもたらし、ひいては森林・林野の持続的な利用・管理につながるからである。
 第2は、村落土地利用計画を通じて、林野を画定することによって、村落は合法的な管理主体として、村落境界内の森林・林野を長期的な視点から、利用・管理することができるようになるからである。ラオスでは、この新たな土地制度の可能性を引き出して、山村住民の生活向上につなげることが、焼畑の安定化と農村開発の鍵となる。


写真2 中国雲南省昆明市ディアン池上流域における畑作からマツ植林地への転換


写真3 ラオス北部の畑作地帯における陸稲栽培

4.林野利用をめぐる利害対立と村落開発:タイ北部の事例
 タイ北部の高原地域は、主として焼畑耕作で生計を立てる多くの少数民族が暮らす地域である。麻薬の原料となるケシ栽培が行われている「黄金の三角地帯」の一角をなす地域としても、広く知られている。タイ政府は、この北部高原地域の森林管理を推進するため、古くから一連の施策を講じてきた。
 1960年代から70年代にかけて実施された施策のなかには、ケシ栽培や反政府活動を押さえ込むために、山地少数民族の村落を平野部へ強制的に移転させる事業も含まれていた。こうした強圧的な施策は、山地少数民族の人々のあいだに、政府に対する強い不満を抱かせただけでなく、政府や平野部農民との林野利用をめぐる、利害対立を激化させる原因でもあった。
 1990年代初頭、タイ政府はそれまでの政策の非を認め、山村住民を森林・林野管理の主役として公式に認知し、彼らの生活向上への取り組みを支援することで、森林・林野の適切な管理を推進する政策に転換した。この政策転換のさきがけとなったのがサムムン高原開発事業である。この事業は、王室林野局をリード機関として、地方行政局をはじめ関連部局が協力する総合地域開発事業として計画された。
 とくに注目される取り組みは、
(1)山地少数民族の人々に対して林野用益証書の交付を受ける要件であるタイ国籍の取得を支援したこと、
(2)山村生活の向上を目的とした住民協同活動の自治組織(たとえば、ライスバンク、生活協同組合、貯蓄信用組合など)の設立と運営支援、
(3)行政担当者と村落住民が一緒になって林野調査を行い、対話を通じて村の抱える林野利用・管理の問題を共有化し、相互に知恵を出し合って問題解決に当たる参加型林野利用計画の導入、などである。


写真5 タイ北部高原地域のキャベツ栽培

5.森林の地域社会管理のための能力形成
 森林の地域社会管理への転換を進めるうえで現在求められていることは、森林管理を担う地域住民とそれを支援する行政の双方の能力形成である。地域住民が森林の利用管理の方法を熟知しているといっても、商品経済の浸透や外部社会との接触が深まるなかで、迫りくる新たな状況に対応するためには、地域住民はみずから組織化を進めて、能力を高めていかなければならない。また、森林管理に関する地域社会の仕組みやルールを新たにつくり出していくには、地域住民がみずからの置かれた状況に対する洞察力を深め、民主的な手続きによる意思決定と集団的行動を持続させる、自己管理能力を高めていくことが求められる。
 一方、行政側も地域住民の自主的な森林管理を効果的に支援するための能力形成を推進しなければならない。これは、たんに人材育成だけでなく、行政機構の改革や意思決定・計画策定の手続きなどの変更をともなう、組織全体の能力形成である。もちろん、これを実行するために万能の指針があるわけではなく、施策を進めるなかで試行錯誤を重ねざるを得ない。
 そこで、もっとも重要なことは、地域住民との共同学習プロセスを優先させることである。こうすることによって、はじめて地域住民のニーズや可能性に関する情報を共有することができ、問題解決策を地域住民と共同で探り出しながら、地域の実情に合った森林再生や森林管理の仕組みを、地域住民が自分たちの力で構築・運営していくのを支援する能力を、行政側は高めていくことができるからである。

参考文献
Dupar, M. and Nathan Badenoch, Environment, Livelihoods, and Local Institutions: Decentralization in Mainland Southeast Asia, World Resources Institute, 2002.
大矢釼治「東南アジア大陸部の流域マネジメント:参加型資源管理のプロジェクト経験に焦点を当てて」、『環境情報科学』31−4、2002
大矢釼治(1998)「森林・林野の地域社会管理:ラオスにおける土地・林野配分事業の可能性と課題」、『アジアの環境問題』(東洋新報社、1998年)

前のページに戻る