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干ばつモニタリングの
最前線

長崎大学 工学部

助手 立入 郁

  

1.はじめに
 1960年代後半から1970年代の前半まで続いたサヘル地域(西アフリカのサハラ砂漠南縁地域)の干ばつは、砂漠化・干ばつの問題を国際社会に提起した。これによって、食糧援助をはじめとする、干ばつ時の人道的援助に対する先進国の関心が、以前と比較して格段に大きなものになっている。 
 干ばつは、しばしば1年ないしそれ以上にわたってほとんど雨が降らず、地域の食糧供給を著しく困難にさせ、人々を飢餓の危険にさらす悲劇的現象であるが、一般に年平均降水量の小さい地域ほど降水量の年変動率が大きく、干ばつは乾燥した地域では数年から十数年に1度は起こる一般的な現象である。
 すなわち、干ばつを当然起こりうる現象として受け入れた上で、いかにその被害を小さく抑えるか、を考えるのが現実的である。
 本格的な干ばつ発生の前に、その時期と規模を予測することができれば、迅速かつ適正な援助活動により、干ばつ被害を小さくすることができる。そのためには、干ばつ現象に対する科学的知見の蓄積と、それに基づく実効的なモニタリングシステムの実現が必要である。

2.干ばつ進展のメカニズム
 現在までの干ばつ研究を総合すると、図1のように干ばつ現象を理解することが可能になる。異常な少雨はその後、時間差を置きながら、土壌水分量の減少、光合成量の減少、植生量の減少、収穫量の減少へとつながり、さらに価格の変化を経て、最終的に人々の栄養状態の低下へとつながる。地域によってはエルニーニョなどの海表面温度の異常が、降水量異常に先立って観測できる場合もある。
 図1に含まれる現象のうち、降水量の減少は「気象学的干ばつ」、土壌水分量や貯水池水位の低下は「水文学的干ばつ」、光合成量の低下は「生態学的干ばつ」、収穫量の低下は「農学的干ばつ」、価格や栄養への影響は「社会・経済学的干ばつ」などと呼ばれることがある。
 図1に見られる変化のうちいくつかを監視し、干ばつを早期に検知しようとするシステムを、干ばつ早期警戒システム(Drought Early Warning System, 以下DEWS)と呼ぶ。

3.砂漠化対処条約と干ばつモニタリング
 砂漠化対処条約(1994年採択、1996年発効)の第3条第2項では、締約国は、小地域的、地域的及び国際的な段階において協力及び調整を改善し、資金や人材を割くべきである、とされている。これをふまえ、干ばつ・砂漠化に関する活動では、数か国からなる小地域(Subregion)が単位となる場合も多い。
 小地域は比較的似通った条件を共有する国々からなり、例えばアフリカにおいては西アフリカのCILSS(Comit・Inter-Etas de Lutte contre la S残heresse au Sahel)、東アフリカのIGAD(Inter-Governmental Authority for Development)、北アフリカのUMA(Union du Maghreb Arabe)そして南部アフリカのSADC-ELMS(Southern Africa Development Committee- Environment and Land Management Sector)が存在する。アフリカのDEWSは、こうした小地域を最大の単位とし、国家ごとのモニタリング結果がまとめられる。

図1.干ばつの進展

 一方、アフリカと並ぶ砂漠化・干ばつ被害地域であるアジアにおいては、モンゴルなどの例外はあるが、被害地域は中国、インドなどの大国の一部である場合が多く、似通った数か国による協力という考えがアフリカほど進んでいない。アジアにおいてのDEWSは、少なくとも今のところは国家単位で行われているといってよい。また、このような状況はアメリカなどにおいても、もちろん同様である。
 以下では、こうしたDEWSのなかでもっとも進んだものとされる、マリとケニアのDEWSについて詳しく見ていく。

4.マリのDEWS 
 世界に先駆けて整備されたサヘル地域のDEWSの中でも、データの種類と頻度においてマリのものが最も優れているといえる(表1)。
 マリのDEWSは、食糧危機のより効果的な予測と、食糧援助の効率改善のために、土地管理省により設置されたものであり、基礎データとして降水量、農作物の成長、牧畜、市場価格、移民の数、食習慣・食糧備蓄、保健状態などの情報が含まれる。 データ収集の対象となるのは、過去に食糧危機に陥ったことがある地域であり、具体的にはほぼ北緯14度線を境界とし、それ以北にある173の郡があてはまる。

表1 サヘル諸国におけるDEWSに関するデータ収集の状況(Egg&Gabas、1997をもとに作成)

 

頻繁に更新するデータ

1年から数年に1度更新するデータ

農業調査

備蓄

家畜市場

穀物市場

家畜調査

穀物バランス

農業センサス

家畜モニタリング

人口・世帯

ブルキナファソ

 

ガーボベルデ

 

 

準備中

 

準備中

チャド

 

 

 

 

ガンビア

 

 

 

 

ギニアビサウ

 

 

 

マリ

モーリタニア

 

 

 

 

ニジェール

 

 

セネガル

 

準備中

 

調査国数

3(1)

5(1)

3(1)

 収集されるデータの流れは以下のようなものである。まず一次情報は地方行政官によって集められ、郡から県庁所在地、地域ごとの中心都市を経て、首都バマコに集められる。 収集されたデータは、月1回バマコへ送る前に、地域開発委員会の担当部署によって検査される。通常の情報だけでは状況判断が難しい場合は、社会的・医学的・栄養学的質問を含むアンケートを実施する。
 バマコでは、地方から集まった情報が解析され、その結果が月別報告に編集され、国の報告として出版された後、国や地方の官庁、国際機関に配布される。
 この報告は、勧告と総括(当月の指標・地域の状況を含む)から成り、基礎データから地域ごとの総合評価を行っている。その評価は、状態のいい方から「徴候なし」、「軽度の社会経済的困難」、「深刻な社会経済的困難」、「食糧供給が困難」、「食糧危機」、「飢きん」の6段階でなされる。「食糧供給が困難」の段階から食糧援助が必要になる。
 この他、食糧不足が始まってからの経過期間や食糧不足季(世帯内の蓄えが尽きて食糧状況が厳しくなる時期。通常年でも収穫直前の5〜7月にはそのような時期になる)が始まる時期なども、評価要因として勘案される。
 マリのDEWSの重要な役目として、干ばつ被害者数の予測推定と、これを用いた食糧援助必要量の推定がある。これは「食糧供給が困難」、あるいはそれより厳しい評価を受けた地域の推定人口に9kg/人・月と推定被害継続月数を乗じて算出され、結果が食糧援助必要量として公表される。マリでは基本的に、DEWSによる予測値をもとに食糧援助量が決められる。

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図2.ケニアにおける干ばつモニタリング対象地域(着色部)とモニタリング本部(枠内の地名)のあった(ある)都市


5.ケニアのDEWS
 東アフリカの地域連合であるIGADの本拠地はジブチであるが、この地域の情報の多くは、地域の中心国ケニアの首都ナイロビに集められる。IGADでは、1989年に干ばつ早期警戒・食糧情報計画が3年計画で始められた。
 国家〜地方レベルのDEWSは、1988年に北部に位置する(図2)トゥルカナ県で稼動が始まり、その後、サンブル、マルサビット、イシオロ、ワジル、マンデラ、ガリッサ、タナ川、バリンゴへと拡大された。
 この間、DEWSの運営には4つのプロジェクトが関係し、現在は乾燥地資源管理プロジェクトが活動している。これらのプロジェクトの本部はロドワ(トゥルカナ県)からマララル、イシオロ、ナニュキを経て現在は首都ナイロビにおかれている。 
 ケニアでは、海表面温度や降水量、植生量(衛星画像から推定)などの自然的データはナイロビの干ばつ監視センターにおいて収集されているが、穀物・家畜の価格や家畜頭数、子供の栄養状態などの社会科学的なデータは県ごとにオランダ、ドイツなどの欧州系の異なる機関によって収集されている。フィールドでのデータ取得は委託して行われるが、調査対象は家畜の処理頭数・ミルク生産量などに及び、調査方法も細かく定められている。  
 筆者が調査した1999年当時に活動していたDPIRP(Drought Preparedness, Intervention and Recovery Programme)では、自然的データと社会的データを総合し、Normal, Alert, Alarm, Emergencyの四段階の評価を下していた。
 四段階の評価のうち、Alertは環境指標の値が季節変動だけでは説明できない、もしくは世帯の資産レベルが不十分になり食糧不安が大きい状態をさす。Alarmは環境指標および農牧畜業指標がともに季節変動から外れている状態であり、牧畜民(しばしば農耕民も対象となる)が食糧不安の脅威にさらされる。Emergencyは全ての指標が異常な値を示し、県の市場経済システムだけでなくローカルレベルの生産システムも崩壊した状態である。住民の穀物に対する購買力が急落し、飢きんが発生してもおかしくないところまで生活水準が下がる。
 DPIRPは月ごとに速報、季節ごとにまとまった報告を出していた。なお、衛星画像を用いた植生量推定は、先行プロジェクトでは含まれていたが、DPIRPでは用いられていなかった。

6.さらに有効なDEWSの実現に向けて
 以上見てきたような、世界でも進んでいると考えられるマリやケニアのDEWSが、一定の成果を上げていることは間違いないが、より綿密な情報分析によって、さらに早く警告を発することが可能だと思われる。この点の改善のためには、衛星画像解析や地理情報システムの導入による収穫高の予測や、乾燥地に生きてきた農牧畜民に伝わる経験則の再評価が有効であると考えられる。  
 すでにケニアにおいては、北部の乾燥地域に住む人々の生活の中に生きる干ばつの予測、早期検知、対処手法をDEWSのなかに生かそうとする試みがTraditional Early Warning System(TEWS)の名で始まっている。
 また、有効なDEWS実現には、自然科学と人文社会科学の融合が不可欠である。とくに基礎データを材料に総合評価を下す人間は、自然科学と人文社会科学の双方にまたがる資質を有し、干ばつ・飢きんへの有効な対応を実現するために必要な知識を、積極的に吸収していく姿勢が要求される。


参考文献:
ALRMP and DPIRP (1998): Drought Monitoring in the Arid Lands of Kenya, 38pp+Annexes.

Egg, J. and Gabas, J. J. eds. (1997): Preventing Food Crises in the Sahel -Ten Years of Network Experience in Action 1985-1995-, OECD, Paris, 200pp.

Syst塾e d'Alerte Pr残oce (1993-1997): Bulletin SAP..

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