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(ガーナ)

中国華北地域における節水灌漑管理

筑波大学農林工学系 教授 佐藤政良
筑波大学大学院農学研究科 博士課程 任永懐
中国水利水電科学研究院水利研究所 副所長 楊継富

 

1.はじめに
 中国では13億人にのぼる膨大でかつ増え続ける国民の食糧を確保するため、灌漑農業を推進しているが、一方で、水不足が深刻化している。特に、華北地域においては、面積当たりの年間利用可能な水資源量は約388mmで、全国平均の約14%に過ぎない(銭ら、2001)。
「南水北調」などの水供給事業計画はあるものの、現時点での対策の中心は、全使用水量の約75%を占めている灌漑用水の節水である。このため、中国政府は大型灌区(受益面積おおよそ2万ha以上の灌漑用水)に対し、積極的な投資による用水路改造やスプリンクラー導入などの技術対策、水管理部門の独立法人化や参加型用水管理の導入による管理体制の改革と水利費の徴収強化などの対策で節水灌漑を進めているところである。しかし、中国の灌漑用水の利用効率は未だに低く、40%程度と推定されており、節水の余地が大いにある。節水灌漑の普及は、中国の農業ひいては社会の安定的発展にとって大きな課題である。本文は中国華北地域における節水灌漑管理について、大型灌区の1つである石津(Shijin)灌区を中心に紹介する。

図1 石津灌区の位置

2.石津灌区の概況
 石津灌区は渤海湾に注ぐ海河水系沱河(Hutuohe)の中流部にある。所在地は河北省であり、北京の南西約300キロのところにある(図1)。灌区は省都である石家庄市をはじめとする3つの市にある14県1467か村を含んでいる。
 灌区の現在の水路系統は旧日本軍によって1942年に造られた石津運河と晋藁渠(Jingao-qu)を基に造られた。1953年、灌区の名称を現在の「石津灌区」に変更した時の灌漑面積は2.2万haであった。
 現在、灌区の灌漑面積は約11.5万haであり、華北地域最大、中国の大規模灌区148個のなかでも8番目の大きさである。その内、「渠灌区」(以下、灌区)と呼ばれる地表水の灌漑面積は約6.5万haで、「井灌区」と呼ばれる地下水の灌漑面積は約2.2万ha、地表水と地下水を併用できる「渠井双灌区」の灌漑面積は残りの約2.8万haである。
 この地域の年平均降水量は507mmと少なく、しかも、6月から9月までの降水量が年降水量の80%以上を占めるため、冬期の主要穀物である小麦の生育期(10月上旬〜6月上旬)には降水量が少なく、安定して高収量を得るためには灌漑が必要かつ有効である。
 こ沱河上流部には2つのダム、岡南(Gangnan)ダムと黄壁庄(Huangbizhuang)ダムがある。近年のダムの平均実績貯水量(2月)は約8億m3で、その内約5.2億m3が灌区の水源として使用されている。
 灌漑面積が大きいので、灌区の用水路は総幹渠、幹渠、分幹渠、支渠、斗渠、農渠の6段階もある。総幹渠の長さは134.7kmで、全水路延長の80%以上は土水路である。

3.管理組織
 灌区の管理体制は政策決定機関である管理委員会と執行機関である灌区管理局に分けられる。また、末端用水の管理のために、各村が組織する「用水組」がある。
 委員会は制度上、灌区の最高決定機関であるが、現在では、その役割の多くは実質的に管理局によって行われるようになった。管理局は図2に示すように、その下に配水站、管理所など11部門を設けている。灌漑站は管理所に所属し、複数村の灌漑を管理している。また、これらの村が用水戸協会を設立し、灌漑站と協力して管理に当たることもある。

4.灌漑管理
 灌区の水管理は主に灌漑科、配水站、管理所、灌漑站と村の用水組からなるシステムによって行われている。
 灌漑用水は灌漑科によって配分される。配水站と管理所は配水の操作、測量などを担っている。灌漑期において、配水量は総幹渠から斗渠への取水口まで、すべての分水地点で毎日2回測定される。写真1は灌区の職員による支渠の流量観測の様子である。

図2 灌区の管理組織


5.村レベルの灌漑管理と水利費の徴収
(1) 渠灌区の灌漑管理
 渠灌区の村においては、村によって共同管理と個人による請負管理がある。
 共同管理の場合、用水組は灌漑站との連絡、取水量の確認、灌漑期の用水路の見回り、農家の管理、水利費の徴収と水利施設の維持などを行っている。用水組は村長が兼任する組長と村メンバー2人の計3人からなる。灌漑期において、用水組は十数人の農民を雇って、用水操作に当たっている。
 請負管理の場合、灌漑站との連絡は用水組によって行われるが、その他の用水操作は請負人によって行われる。請負人は灌漑期の前に入札によって決定される。用水組が設定した水利費の範囲内で、もっとも安い料金で入札した者が落札して請負人となる。
 渠灌区における灌漑方式はボーダー灌漑である。耕区区画は長辺長150m〜350m,短辺長2〜10mと一般に細長い。用水路は短辺に沿う斗渠だけで、長辺の方向には水路(毛渠)がほとんど設けられていない。灌漑する時に、斗渠の流量は比較的大きいため、4〜5枚の耕地が同時に灌水される。
 渠灌区の水利費は灌区運営の財源であり、管理局職員の人件費、灌漑施設の維持費と運営費などはすべて水利費でまかなわれる。管理局が村から徴収する水利費は従量制で、1.65円/m3である。村が農家から徴収する水利費は面積割りであり、管理局の水利費のほか、灌漑站が徴収する工程費と用水組の配水費などを含んで、村によって3375円/haから7800円/haまで差がある。灌区の資料によれば、農家が支払った平均水利費は農作物による純収益の約38%を占めている。
 農家にとって、水利費が高いにもかかわらず節水動機が起きないのは面積割りの水利費制度にある。筆者らが調査した駱村灌漑站では、16村のうちの15村で、平均年間取水量が必要とされる水量を大幅に上回っている。

写真1 支渠の流量測量


(2)井灌区の灌漑管理
 井灌区の水源は村が所有する井戸であり、各村はそれぞれ自由に水管理を行っている。ただし、渠灌区で灌漑が始まらないと地下水位が十分上がらない。小麦の灌漑方式は渠灌区と同じボーダー灌漑であるが、村はポンプの運転時間によって水利費を徴収するため、農家は、積極的に節水しようと努力することになる。
 石家庄市近郊のA村では、灌漑用のポンプはプリペイド式カードで、各農家が運転するようになっている。写真2はプリペイドカード式のポンプの制御装置である。
 この村の農家Bが耕作する耕地区画の1つは長辺約150m、短辺4mと小さい。この耕地は畦畔によって、さらに小さいブロックに分けられており、長辺方向に幅60cmの小用水路(毛渠)が設けられている(図3)。農家は1つのブロックに灌水しては次のブロックに移るという方法で区画内の均等配水を図り、節水を実現している。
 井灌区においては、灌区への水利費負担はなく、電気代と村の管理維持費のみで、2250円/haから3600円/haと渠灌区より安い。

写真2 プリペイドカード式揚水機制御装置
※クリックで拡大表示
図3 農家Bの耕地区画


5.おわりに
 管理局の収入源は従量制の水利費であるため、管理局自体が農家に多くの水を使ってもらいたいという立場をもつ。一方、農家は面積割りで水利費を支払うため、自家の耕地に多くの水を灌漑したいと考えるのも当然なことである。つまり、渠灌区における現行のシステムでは管理局と農民の双方とも、節水灌漑に向かうようになっていない。水利費制度などの抜本的な改革が求められる。
 一方、井灌区においては、農家は目前の現金支出を抑えるために節水に工夫しているものの、節水を実現するため15%を越える耕地がつぶされている。その上、農家の節水するための労働支出、村のポンプ制御装置への投入などは、節水のコストである。これらのことは、農家の収入と社会全体の利益の面から総合的に評価すべきであろう。
 経済が急速に発展している中国、特に華北地域において、緊迫する水資源問題の解決のために節水灌漑がますます注目されるであろう。

《参考文献》
銭正英、張光斗(2001):中国可持続発展水資源戦略研究綜合報告及各専題報告、中国水利水電出版社、p29.


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