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(カンボディア)

不耕起栽培の展望

滋賀県立大学 環境科学部 教授 矢部勝彦

 

1.はじめに
 古来より農業生産のためには田畑を耕起して、そこに播種あるいは苗を移植する作物栽培が行われてきた。一方、傾斜地を含む畑地全面を耕起しないで畑地の一点に棒などで穴を掘り、そこに播種あるいは苗を移植する作物栽培も行われてきた。しかし、不耕起による大規模栽培では、大量の農産物を効率よく生産できないという理由で、先進国ではごく最近まで行われてこなかったのも事実である。
 近年、地球環境破壊が叫ばれ出してから、環境保全型農業や低投入持続型農業の実現のために不耕起栽培が注目されている。不耕起栽培は、わが国では主に水田を対象に、アメリカなどでは畑地を対象に取り組まれてきた。その結果、不耕起栽培は耕起栽培よりも環境に与える負荷を軽減できる可能性のある農法であるが、栽培管理などの仕方によっては問題が発生する可能性のあることもわかってきた。
 そこで、本報告では、これまでの検討事例や筆者らの試験結果なども考慮しながら、水田における不耕起栽培について論を進めることにする。

2.不耕起栽培と耕起栽培
 これまで農業生産のためには不耕起より浅い耕起、浅い耕起より深い耕起の方が作物の生育上、土壌を膨潤にし、新鮮な空気を土壌の間隙中に供給し、雑草の除去にも効果的であるということから、不可欠な行為とされてきた。しかし、最近の報告によると、耕起栽培では、土壌の物理・化学的特性や生物学的特性を悪化させ、自然環境を劣悪化するが、不耕起栽培では、耕起・耕耘などの労力や農業機械導入費用の節減や土壌侵食防止(畑地栽培の場合)などに有効であることが指摘されている。
 わが国における不耕起稲作栽培は、有機栽培との組み合わせで行われることが多い。しかし、除草・防除や施肥のために化学物質の量を軽減して使用する場合もある(例えば、こだわり農産物生産と低投入型農産物生産など)。また、不耕起栽培といっても多種類の農法があり、播種や苗の移植に注目すると「不耕起直播栽培」と「不耕起移植栽培」方式がある。
 継続的な不耕起栽培による効果は、文献等によると以下のとおりである。
1)水稲の根の腐朽・分解により形成される根穴構造の発達に伴う透水性の増大とこれに伴う地下水位の低下。
2)年々、亀裂等の発達により酸化層の厚さが増大し、還元層(グライ層)の出現位置が深くなる。
3)栽培期間を通じて酸化還元電位(Eh)が高く維持され、根の伸長・発達が良好で根株が太くなり、安定した収量が期待できるとともに幼苗の浮苗・転び苗の防止が可能になる。
4)年々、地耐力が上昇し、農業機械作業が容易になる。
5)耕起・代かき作業をしないことによる、省労力化および農作業機械導入経費の節減。
6)発生するメタンガスの量の抑制による、環境保全効果が期待できる。
7)無農薬、不耕起栽培では除草に合鴨やアヒルなどを導入した収入増を期待できる。
 以上、不耕起栽培による効果を挙げたが、逆に課題も考えられる。まとめると、以下のとおりである。
1)透水性の増大に伴う栄養分の浸透損失。特に、窒素成分の損失と環境への負荷増大。
2)作業機械走行による地表面の圧密を継続的に受け、地耐力上昇による浅根性化の傾向が維持される恐れがある。
3)移植後の幼苗の活着遅れ、対処の仕方によっては分けつ数の抑制を招く。
4)雑草繁茂との生存競争による施肥効果の低下および生育不良による、収量低下の可能性がある。
5)透水性増大に伴う用水量の増加の可能性が大きい。
6)雑草繁茂防止のための労力増大の可能性が大きい。これを避けた省力化を望むと、環境に負荷を与える除草剤投入が必要となる。

 このように不耕起栽培は、現在のところメリットとデメリットが多々存在している。以下に、筆者が携わった不耕起水稲栽培と耕起水稲栽培における試験結果について述べる。

3.不耕起水稲栽培と耕起水稲栽培試験について

(1)目的
 筆者の居住している滋賀県は環境保全には先進的に取り組んできたといわれ、環境保全型農業が盛んに行われている。しかし、環境にやさしいといわれる不耕起水稲栽培は篤農家が主である。そこで、筆者らは強制排水をせず、しかも化学農薬や化学肥料を用いない不耕起栽培と従来の耕起栽培との比較試験を行い、慣行の耕起栽培における収量と同程度確保でき、しかもより環境負荷の軽減が可能な不耕起栽培法の確立をめざした。

(2)試験方法
 まず、1年目の比較試験における試験区構成として、強制排水をしない不耕起無排水区、耕起試験区として表層5cmのみ耕起するが強制排水をしない半耕起無排水区、慣行通り耕起をするが強制排水をしない耕起無排水区、慣行とおり耕起をして強制排水も行う慣行排水区の4試験区を設定した。
 2年目の比較試験における試験区構成として、強制排水をしない不耕起無排水区、耕起するが強制排水をしない耕起無排水区、慣行とおりの耕起をして強制排水も行う慣行排水区の3試験区を設定した。なお、1年目の不耕起無排水区では常時10cm前後の湛水状態にし、鯉を除草目的で放流した。また、両年度における供試作物はコシヒカリで、施肥は5cm耕起と不耕起栽培で有機肥料、無農薬とした。

(3)試験結果と考察
 1年目の試験について、草丈と茎数および収量の結果を表1に、試験期間中における水質の変動幅の結果を表2に示す。
 まず、草丈と茎数は耕起栽培の強制排水をしない試験区と不耕起栽培区との間にはほとんど差異が見られないが、強制排水を行った耕起栽培区において最高の結果が得られた。
 つぎに、水質に関しては、すべての強制無排水試験区で高い全窒素および全リン濃度の値を示すが、外部への強制的流亡はない。これに対して、強制排水の耕起栽培区が低い全窒素および全リン濃度を示すが、強制排水により水田外にかなりの窒素やリンを流亡させて環境に負荷を与えることがわかる。
 収量に関しては、残念ながら1年目の試験結果では不耕起栽培区が最低となった。2年目は、不満足な水管理ではあったが、不耕起栽培区で耕起栽培区の収量に近い結果を得ることができた。
 1年目の強制排水を行った慣行区よりも、強制無排水の不耕起および耕起栽培区において生育および収量の面で劣っていたのは、移植苗や水管理の未熟さや有機質肥料の施肥管理など不十分な点が多々あり、それらが生育不良と分けつ不足などによる成長抑制などに作用したものと考えている。
 これに対して、2年目は不十分ながらも中干し期や収穫前の落水を含む深水・浅水管理に蒸発散・浸透による減水を行えて、結果的に改善できたと考えている。一方、多くの検討課題も残された。

表1 最大草丈・総茎数・収量結果

  草丈
(cm)
有効茎数
(本)
収量(1年目)
(kg/10a)
収量(2年目)
(kg/10a)
不耕起無排水区 82.9 11.3 260 420
半耕起無排水区 79.6 11.3 370
耕起無排水区 80.1 15.3 360 450
慣行排水区 88.5 25.0 540 509

表2 各試験区における水田内の水質

 

pH

EC
(mS/m)

COD
(mg/
リットル)

T-N
(mg/
リットル)

T-P
(mg/
リットル)

不耕起無排水区

6.8-7.5

8.4-11.2

13.6-29.7

1.53-4.46

1.05-4.75

半耕起無排水区

6.6-7.1

5.9-10.4

16.9-23.3

1.51-4.22

1.38-6.56

耕起無排水区

6.6-7.5

6.2-12.7

2.4-21.9

0.41-6.86

0.11-2.36

慣行排水区

6.8-7.3

6.0-13.9

 3.5-25.6

0.46-3.43

0.11-2.36


4.おわりに
 強制排水をしない不耕起栽培と耕起栽培では生育結果にほとんど差が見られないが、不耕起栽培区のように常時、深水管理をすると収量の低下となる。しかし、強制排水による中干しや深水・浅水管理を行う慣行の耕起栽培では従来どおりの生育および収量が確保できるが、肥料分等の流亡による環境への負荷を与えた。
 飛躍した結論になるが、不耕起栽培や耕起栽培でも強制排水を行わず、蒸発散・浸透による減水管理を行えば環境保全につながり、安定した収量確保は可能である。一方、化学物質である農薬・肥料を用いない環境にやさしい不耕起栽培および耕起栽培を確立することは薬草の利用により可能であろう。また、環境にやさしい不耕起栽培で安定した収量確保と省力化への検討が必要である。

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