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青ナイル川流域の水文GIS

データベースの開発

神戸大学大学院自然科学研究科

教授 畑 武志
博士後期課程 Anil Mishra

  

 世界最長河川であるナイル川は本川流路長6700km、流域面積300万km2に及ぶ国際河川である。流域関係諸国での急速な人口増加により、その水収支はますます逼迫化してきている。特にナイル川流入量の55%強を占める青ナイル川の水資源としての重要さは非常に大きなものがある。関係諸国の協調した持続的な水利用を実現する上で、よりオープンに活用できる水資源情報を整備することが重要と考え、情報が特に不足している青ナイル川における水文関係のGISデータベース化を目指している。

1.ナイル川と水利用
 それぞれ東と西に位置する主要な2つの支川、青ナイル川と白ナイル川はスーダンの首都ハルツームで合流し、ナイル川となる(図1)。青ナイル川はエチオピアとエリトリアの高原地帯を主な水源域とし、タナ湖から主河道が始まる。一方、白ナイル川はビクトリア湖を含む赤道近くの大湖沼地帯を水源にして南からタンザニア、ブルンジ、ルワンダ、ケニヤ、ウガンダ、コンゴそしてスーダンの流域国を経てエジプトに流入する。
 ナイル川水量の85%はエチオピアに依存するが、その大半はエジプトとスーダンで利用される。近年、流域国の人口増加とエチオピアの水資源開発に伴い、ナイル川の水資源需要は急激に高まってきている。
 ここでは、青ナイル川の有効な水利用のため、関係データの目に見える形での集積としてデータベース化を目指しているが、水紛争の発生を予防しつつ、持続的な水利用を進めるため、ナイル川全域でのデータベース化も視野に入れている。
 ナイル川本川については紀元620年来の水位観測データに見られるように、多くの調査研究が行われてきたが、青ナイル川流域、とくに水源エチオピアにおける水文データについては研究例が少なく、水資源開発度も低い、非常に限られた情報しか得られていない。そのため、ナイル流域では大いなる未知の地域といわれている。
 ナイル川の水利用については1929年のナイル水協定で取り決められたが、エジプトの年間480億m3に対してスーダンは40億m3の利用が認められたに過ぎなかった。残りの320億m3は未配分となった。59年の協定ではエジプトへの555億m3の配分に対し、スーダンには185億m3となったが、他の流域国はこの協定には含まれなかった。
 流域各国の人口増加と食料増産その他による水利用の増大は、今後の水紛争の火種となっている。そのため、流域各国は相互利益をもたらす協調的な開発の必要性を認識して、Nile Basin Initiative(ナイル流域先導会議)の設立へと歴史的な歩みを始めた。そして1999年2月に上記流域10カ国の水関係大臣協議会によって、公式に発足し、同地域の貧困との戦いと社会経済的発展のための、ナイル川水資源の有効活用による流域全体としての取り組みを始めた。

図1ナイル川流域
(http://www.nilebasin.org/nilemap.htm)


表1 ナイル川水資源量(FAO、1997)
水源河川 年平均流量 流量割合
  (km3) (%)
青ナイル川 50.1 55.5
アトバラ川 10.6 11.7
白ナイル川 29.6 32.8
計(アスワンダム地点) 90.3  100.0


2.青ナイル川流域水文GISデータベース
 情報の共有、流域管理の改善、とくに水文特性に関するデータベースの構築はナイルの水と資源を知る上で基礎になる。利用可能水量、気象データ等について、情報を整理しようとしているが、このデータベースは、水供給、洪水調節、水質管理の計画と実施において流域関係国でも有用な資料となろう。
 広大なナイル川の場合、水文データの欠如と相まって、通常の降雨流出モデルの適用が難しい。水文GISデータベースの場合、地理、気象、その他物理情報を格子上に配置できる。数値地形データから水文地形情報を表現でき、流向、流水長、水系網、集水域がArcView-GISで容易に表出できる。青ナイル川流域についても、より精度の高い水文モデルの開発のために、水文情報と地理情報を併せ持つ水文GISデータベースが必要である。
 流路と集水域に関する青ナイル川流域の描出にはUSGS GTOPO30DEMから抽出したDEMデータセットによった。これは経緯度30秒に相当する地表を一つの格子として表している。即ち、各格子面積は1km×1kmである。図2にはアフリカ北部地域に関するデータを示した。

図2 ナイル川流域を含むUSGの数値地形情報


3.水文モデル
 青ナイル川水文モデルについては、水利用上重要な逓減期流量予測のモデルを作成した。毎年の乾期の冬作灌漑利水計画を立てる上で、逓減期流量を事前に予測できるか否かは、その年の農業生産高を左右する重要事項であり、従来の予測法を改善したこの方法は、現在スーダン灌漑水資源省での水利用への適用が検討されている。しかし、ここでは流域を格子分割して、流域地形、土壌、その他の格子情報を基に、実際の流況に近い流れのモデル化を図る。
 
 図3は数値地形情報から青ナイル川流域の水系網を作成し、流域分割を行ったものである。流向に関するデータは重要で、集水域や河川網、流下距離等を引き出す基礎データとなる。ラスターデータの水文地形解析にはジャンセン・ドミニコのアルゴリズムが用いられる。1つの格子内の水は周囲8格子のうち最も急勾配の方向にある格子へと流れる。周囲格子よりも低い格子に関する事前処理を行えば、流水網が決まり、任意の格子上流の格子数即ち集水面積もデータとして保持される。

図3 青ナイル川の水系網と流域分割図


4.関係データ
 限られた観測データの流域について、どのように必要な流量等水文情報を確保するかについて、ここでは、web上の各種情報を用いて、どの程度のモデル化が可能であるかを検討することも、目的の1つとしている。現在使用しているデータとして、以下のようなものがある。
・USGS HYDRO1K DEM data:これは地球を覆う地形情報データであり、河川経緯度30秒単位の標高が得られる。
・FAO土壌図:世界全域の土壌図(原図は500万分の1)として活用されており、CD-ROM形式でFAOから販売されている。
・CLIMATE data:降水量と気温のデータが提供されており、衛星データを基にNOAAの気象予測センター(CPC)で解析されたデータが入手できる。
・USGS LAND USE/LAND COVER DATASET:地球上の地被特性についても、衛星情報として1kmの分解能で提供されている。

5.むすび
 青ナイル川の水文情報の収集は緒についたばかりである。貴重な水資源の保全のためには利用効率の向上が重要であり、乾燥地域の灌漑用水量の最適利用に関係して、スーダンのゲジラ灌漑地区を例に計画管理用モデルを開発している。
 ナイル川10カ国によって始められた協調的な取り組みが今後とも長く継続し、関係国による平和で安定的なナイル川との付き合いが続くために、多くの有用な情報がオープンな形で提供され、相互に利用できることが重要であろう。関係国との情報ネットワークをより強くしていく必要がある。


参考文献: Abdelhadi, A.W., Takeshi Hata, et al: Agric. Water Management, Vol.45, pp.203-214 (2000), Sudan Jr. of Agric. Research, 2, pp.79-95 (1999), Nordic Hydrology, 31(1), pp.41-56 (2000).

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