前のページに戻る

地域農業・農村地域とライフサイクル・アセスメント(LCA)的思考
―環境保全型農業へのLCA適用の試み―

茨城大学農学部地域環境学科

助教授 小林 久

はじめに
 砂漠化問題や地球温暖化問題に見られるように、人間活動を地域環境・地球環境との関係から考察することが、近年強く求められている。また、製品・サービスの資源利用効率や環境負荷の大きさは、使用・消費段階だけではなく生産〜消費〜廃棄に至るまでの全ライフ・ステージについて、総合的に検討されるべきであるという認識も一般化されつつある。しかしながら、地域農業や農村地域のあり方を考えるとき、このような地域外や間接的な部分までを含めたアプローチが今までに充分であったかというと、必ずしもそうとはいえない。
 一方、農村地域における環境問題の解決方策として、地域外から持ち込まれる物質量の抑制、地域内物質循環の構築、総合的な地域資源管理など、地域外との関係を検討対象とする事例も取り上げられつつある。
 それでは、このような環境問題の解決方策はどのように選定され、その妥当性はどのように評価されるべきであろうか。その答えの1つとして、人間の諸活動による環境への負荷を総合的に評価し、その低減をめざすというライフサイクル・アセスメント(LCA)の適用が考えられる。LCAは、自然資源採取から資材生産、製造、使用、廃棄、リサイクルまでを含めた全ライフサイクルにおける資源消費や環境負荷を算定し、その製品・サービスの資源利用効率や環境負荷を広域的あるいは地球的な環境影響量として分析・評価する手法である。生産現場では、製品やサービスなどを対象にこのLCAが急速に発展し、各種の材料・製品の生産プロセスにおける物質収支インベントリーの整備が進んでいる。ただし、こうした製品などを対象としたLCAに対しては、「収支の算出に果てしない厳密性が求められる」「異なるサービス間での比較が困難である」「有限な環境を評価因子のなかに遺漏なく取り込むことが困難である」などの問題点も指摘されている。しかしながら、厳密性を欠くことがあっても、環境の限界を考慮し、物質循環から人間活動を総合的に把握・評価する視点としてのLCA的思考(LCA-thinking)が重要であることに変わりはないだろう。
 さて農業は、自然の物質循環のなかに生産力の基礎を置いている訳で、その環境問題の検討には、LCA的手法の導入が不可欠であろう。本文では、このような観点から窒素流出の低減を目標として検討された、施肥に関する環境保全策へのLCA的手法の適用例を紹介し、地域農業や農村地域におけるLCA的思考の意義を考えてみたい。
表1 代替案(シナリオ)の概要

代替案
基本的考え方

年間窒素流出量
(t/ha)

対現況の割合
(%)


現 況 281.5 100.0

シナリオ−1
作付け体系の変更
養分投入の平準化:工芸作物の栽培時期の組み合せを工夫し、養分投入・負荷発生を平準化する。 268.8 95.5

シナリオ−2
適正施肥の徹底
養分投入の削減:適正施肥という視点から、現況の工芸作物に対する施肥量を20%削減する2)。 260.2 92.4

シナリオ−31)
肥料内容の変更
緩効性肥料の導入:工芸作物の施肥において負荷低減効果のある緩効性肥料への転換を行う3)。
(シナリオ−3についてはaとbの2案を設定)
a: 238.8
b: 246.0
a: 84.8
b: 87.4

シナリオ−4
リサイクル型農業の導入
コンポスト化:未利用有機質の農地への養分還流(リサイクル体系)を導入する。 279.3 99.2

注:1)シナリオ−3のaは導入実績のある5月上旬に肥効調整型の緩効性肥料を用いるパターン。bは県農試が提案する基肥時に同肥料を用いるパターン。
  2)県農試の試験によると生産量低下を起こさない削減割合である
  3)窒素投入の約65%、リン投入の約70%を転換。

1.分析の対象と方法
1)分析対象の概要:LCAの手法を農村地域の環境対策に適用するためには、第一に分析の対象項目・範囲を明らかにし、第二に検討対象となる解決代替案(シナリオ)を用意し、第三に各代替案についてのライフサイクル全体にわたる環境負荷量を算定するという手順が必要となる。ここでは、小流域を対象として、既に検討されたハード、ソフト各種の窒素流出低減に関わる代替案のうち、施肥に関わる表1のような代替案(現況を含めた5つのシナリオ)を分析対象とする。
 対象地域は集落、農地、林地からなる2397haの海岸平野上の流域で、水系の富栄養化が認められる。ここには35集落があり、人口、戸数はそれぞれ1万942人、2831戸である。農家は全戸数の約50%を占める。主要農産物は工芸作物、水稲、イチゴ、トマト、メロン、キャベツ、ナシで、全体として多肥型の農業が営まれている。
 対象とするシナリオは、地域の営農実態や導入実績を考慮して選定され、その窒素流出の低減効果は表1のように水収支・窒素動態モデルのシミュレーション結果から求められる。表1によれば、低減効果が最も大きいのは現況に対する低減率が15%程度となる緩効性肥料導入のシナリオ−3、最も低減効果が小さいのはコンポスト化のシナリオ−4となる。
2)分析の前提条件:分析では、水系の富栄養化への関与が大きく、化学肥料としての製造エネルギーが大きい窒素とリンを対象施肥成分とする。環境負荷の評価項目には、非再生資源の消費、地球温暖化を評価視点としてエネルギー消費量、CO2排出量を選定する。
 ライフサイクルの分析範囲は、年単位の物質フローに関連する直接消費とその生産・供給プロセスに限定し、活動やサービスの基盤整備に関わる項目までは遡上しない。したがって、耐久財や財貨・サービスの生産・輸送等の設備・機器等の資本財に関わる部分は、本分析の検討外とする。また、作物の呼吸・土壌呼吸、農(副)産物生産量(炭素固定量)や施肥以外の共通する農作業などに関しても、シナリオ間で差異がないものとして検討対象としない。化学肥料に関しては基礎データとして試算済みの数値を用い、施肥作業時のエネルギー消費およびCO2排出量は燃料消費から求められる量のみを分析に含めることとする。
3)シナリオの施肥モデル:シナリオ設定の基礎となる現況の施肥モデルは、空中写真の判読結果と栽培実績資料の対比に基づいた作物栽培のグループ化1)とその分布図作成、実態調査を参考にした作付けパターンごとの施肥条件(月別投入量、投入肥料形態など)の設定という手順で決定される。各シナリオの施肥条件(形態、量と回数)は、地域の営農実態や導入実績を考慮して、月別の窒素およびリンの投入モデルが設定される。

2.適用するエネルギー消費量とCO2排出量
 化学肥料のエネルギー消費・CO2排出量は、わが国における肥料の流通実態を考慮して、表2のように肥料形態別(単肥、複合、緩効性)の試算値として求める。
 コンポスト化にともなうエネルギー消費量は、そのプロセスに投入される燃料・電力量から求める。CO2排出量は、燃料・電力消費によるもの(エネルギー消費量にCO2排出原単位を乗じた推定値)と有機物の分解にともなう炭素放出の合計値とする。分解にともなうCO2排出量を求めるためには、施用するコンポスト量を試算・決定して、処理対象物の炭素含量と生産コンポストの炭素含量の差を算出しなければならない。本分析では、コンポストの需給バランスと農(副)産物のコンポスト化における物質収支の試算に基づき、工芸作物残さの全量と稲副産物の65.9%をコンポスト化するシナリオを想定する。
 農作業(施肥)時のエネルギー消費量、CO2排出量は、作物別作業体系における燃料使用量(農業機械学会、1992)のうち、施肥に関わるものを抽出して算出する。 

表2 肥料形態別のエネルギー消費量とCO2排出量
(窒素・リン成分1kg当たり)

製品・処理等

エネルギー消費量

CO2排出量

窒素肥料

単肥

37.26MJ

1.54kg

 

複合

43.95MJ

2.01kg

 

緩効性

50.40MJ

2.46kg

リン肥料

単肥

67.78MJ

4.61kg

 

複合

73.76MJ

5.03kg

 

緩効性

80.20MJ

5.48kg


3.分析結果の概要
 試算される各シナリオの現況に対する窒素流出、ライフサイクル・エネルギー消費量(LC−エネルギー)、農(副)産物の炭素量を勘定に含めない場合およびこれを含めた場合のライフサイクルCO2排出量(LC−CO2)の割合は、図1に示すとおりである。図1は、窒素流出の低減に最も効果のあるシナリオ−3(緩効性肥料の導入)のLC−エネルギー、LC−CO2(年間ha当たり19.6〜19.8GJ、7040〜7053kg-CO2)が、現況(年間1ha当たり19.2GJ、6992kg-CO2)を上回り最も大きくなること、LC−エネルギーが最も小さい対策は化学肥料の投入量を削減するシナリオ−2(年間ha当たり16.5GJ)であること、LC−CO2が最も小さい対策はコンポスト化による養分リサイクルのシナリオ−4であること(年間1ha当たり4036kg-CO2)などを示している。これらの結果より、化学肥料の削減をともなわない低減策はLC−エネルギー、LC−CO2排出を大きくする傾向があり、ライフサイクルにわたるエネルギー消費を小さくするためには、地域外からの養分投入量の抑制が有効であるといえる。また、農(副)産物の循環利用は、農業生産のライフサイクルにわたるCO2排出量の削減に大きな効果があると考えられる。

図1 各シナリオの現況に対する環境負荷低減効果


4.おわりに(意義と課題)
 このような検討結果は、どの評価項目を重視するのかという問題は別にして、農業の環境対策の評価に多面的な視点が必要であることを示している。ことに、地域外から持ち込まれる物質の抑制や循環型農業の構築などの改善効果は、直接的な効果だけでなく、それらの対策に関連する間接的な影響を含めて、総合的に評価するという視点が求められる。
 さらに、再生産性資源の生産・利用を内部化でき、長期的にはカーボン・ニュートラルを達成することが可能な農業や農村地域を対象に環境対策や地域資源管理を検討する場合は、本分析で試みたようなLCA的思考に基づくアプローチが有効といえるのではないだろうか。ただし、ここで試みた分析は、施肥という一農作業項目を対象としているに過ぎない。
 このようなアプローチを地域農業や農村地域の諸活動の有効な評価手法として、より確かなものにしてゆくためには、今後さらに実証的・事例的研究を進め、理論面やデータの精度面での改良を行うことが必要といえる。地域の持続性や適正な地域資源管理を検討するという視点からは、地域の生態系の維持を指標とする項目として水資源、バイオマス量、養分循環量(炭素、窒素、リンなど)を分析対象に選定することも、今後は必要となるであろう。


注)窒素流出の計算モデルあるいはエネルギー消費・CO2排出に関わる化学肥料の基礎データ、コンポスト化の試算などに関しては、基本的に筆者らの分析・検討成果を用いた。また、窒素流出低減の代替案に関しては、「農村地域資源リサイクル環境整備検討調査報告書」(農村環境整備センター、1998)あるいは「流域環境管理のための地域資源の循環利用方策」(小林・久保田、1999、農土誌66(12)、25〜30)等を参照されたい。


前のページに戻る