2025.8 AUGUST 72号

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「世界の農業農村開発」第72号 特集解題

 海外情報誌企画委員会 委員長  角田 豊


 2022年8月にチュニジアで第8回アフリカ開発会議(TICAD8)が開催されてから3年を経て2025年8月20日~22日の日程で第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が横浜で開催される。TICADは3年毎に日本とアフリカで交互開催されており、今回は日本開催の番となる。

 この3年の間にTICAD9に向けた2つのイベントがあった。一つは、1993年に第1回会議が東京で開催されてから30周年となる2023年、TICAD30周年記念行事が開催された。日本はTICADを通じて、アフリカ諸国との緊密な関係を構築し、アフリカ開発支援や人材育成を進めてきた。地域の平和と安定、人材育成、民間セクターの育成、持続可能な開発、農業、気候変動、防災など広範な分野でアフリカとのパートナーシップが構築されてきた。TICAD30周年の基調講演において林外務大臣(当時)は、食料・エネルギーの価格高騰がアフリカの土台を揺さぶる中、アフリカ自身による食料増産が重要であり、日本はアフリカ各地においてコメ増産イニシアティブ(CARD)を推進し、生産技術の移転から技術指導の可能な普及員の育成まで幅広い人材育成を実施していることを述べている。もう一つは、2024年、東京で開催されたTICAD閣僚会合2024である。上川外務大臣(当時)は、2022年のTICAD8以降も日本はアフリカに対する人への投資や質の高い成長を重視した様々な取り組みを進めてきたとしつつ、TICAD9に向けた議論の加速化を呼び掛けた。TICAD9に向け、保健、教育、気候変動、食料問題、ブルーエコノミーといった社会課題について日本とアフリカから世界に発信する課題解決策を積み上げていきたいと述べている。

 ロシアによるウクライナ侵攻やガザ問題等により国際情勢は不安定化し、世界の食料安全保障、気候変動問題への対応に重大な懸念が生じている。その影響を大きく受けるのは政治経済社会体制の脆弱なアフリカ諸国である。TICAD9の議論に注目したい。

 今号は、Opinion1編、Keynote4編、Report&Network4編で構成する。


Opinion  アフリカの食料安全保障

 東京農業大学名誉教授、(一財)ササカワ・アフリカ財団顧問の板垣啓四郎氏の提言である。

 FAOによると、安全で栄養価の高い食料への十分なアクセスができない「食料不安」人口は、アフリカ人口の58.4%(2023年)と突出して高くなっているという。この背景として、内戦や紛争などの政治的混乱と気候変動により、農地、灌漑、道路など農業生産インフラが放置され、度重なる干ばつと洪水が農業の生産性を阻害していると指摘している。

 食料不安の要因として、①人口の増加と都市化の進展による食料の需要増大と多様化、②低い土地生産性(トウモロコシの単収は世界平均の1/3)、③ポストハーベスト、市場、農業金融など制度・政策面の遅れの3つの側面があると分析している。

 食料増産に向けた方策として、気候変動に対応しつつ土壌・水資源の保全と土地生産性を回復させる「気候変動に配慮した農業(CSA)」を提言している。その一例として、炭素の土壌貯留、土壌の有機物増加により作物の生産性を高める「環境再生型農業(RA)」を紹介している。不耕起・最少耕起、マルチング、輪作・間作・混作などの栽培体系であり、堆肥の施用、表土流出の防止、雨水の貯留といった既存の技術を総合的に運用するもので、ササカワ・アフリカ財団では、環境再生型農業技術の実証を行っていることを紹介している。

 一方、こうした環境再生型農業の普及定着には中長期の時間を要することから、まずは現行の農業開発政策や農業開発プロジェクトの在り方を適切に評価し実効性の高いものに見直しを進めて推進していくべきであるとしている。


Keynote1 カンパラCAADP宣言とJICAのアフリカ食料安全保障イニシアティブ

 JICA経済開発部次長の藤家斉氏から、TICAD8を踏まえて推進している「JICAアフリカ食料安全保障イニシアティブ」について、FAOが定める食料安全保障の4つの柱、①食料生産(Food Availability)、②農家の育成・民間農業開発(Food Access)、③栄養改善(Food Utilization)、④気候変動対策(Food Stability)に従って、イニシアティブの内容と進捗状況についての解説である。

 ①アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)は、フェーズ2(2019年~2030年)でコメの生産を2800万トンから5600万トンへ倍増を目指している。2025年現在CARDには32か国が加盟し、2022年時点のコメの生産量は3400万トンまで伸びてきている。一方、コメの消費量はそれを上回っており、CARDの取り組みをさらに加速していく必要があるとしている。②市場志向型農業振興(SHEP)は2006年にケニアから始まり2023年末時点で世界60か国でSHEPアプローチの普及事業が展開され約33万人の農家や普及員が習得している。TICAD7における「SHEP100万人宣言」の下、更なる普及を目指している。③食と栄養のアフリカイニシアティブ(IFNA)は、2019年のTICAD7からアフリカ全域を対象として農業分野と保健などの分野が連携して栄養問題に取り組むアプローチである。④地域密着型小規模灌漑(COBSI)は、農家が地域で入手可能な資材を用いて自力施工で行う小規模灌漑で、気候変動対策(適応策)として注目されている。マラウイ、ザンビアで成果を上げており、TICAD9でアフリカ域内での展開を打ち出す予定であるとしている。

 本年1月、ウガンダのカンパラでアフリカ連合サミットがあり「包括的アフリカ農業開発プログラム(カンパラCAADP宣言2026-2035)」を承認、「強靭な農業食料システムの構築」に対する強いコミットメントが示された。

 こうした状況も踏まえ、TICAD9では、「アフリカ食料安全保障イニシアティブ」の着実な進展がコミットされることを期待したい。


Keynote2 東アフリカにおける農業機械の普及・戦略について

 株式会社クボタ機械海外総括第二部の田中麻衣氏の寄稿である。

 クボタのアフリカ進出は、1980年代のODAによる農業機械の供与から始まったという。その後の商業ベースの市場調査で大規模農場の存在や農業機械のレンタルビジネスの可能性を確認できたことからケニアにマーケティング会社を設立し、各国に販売ディストリビューターを設立、2024年末時点で14か国34拠点まで拡大、販売台数は累計2万台を出荷しているという。これはCARDによるアフリカの稲作生産の拡大とも連動しているのではないかと思われる。

 コメの生産が盛んなタンザニアには2010年からクボタのコンバイン導入が開始された。コンバイン導入のメリットとしては、労働生産性の向上(手刈りに対して労働力は3%)、収穫ロスの低減、(手刈に対してロスは1/4)、適期の収穫があげられる。トラクターやコンバインのような大型農業機械は高価で一般の農民が私有するのは困難であり、村落ごとに農業機械に対して投資可能な者が民間ベースで購入し、投資回収を目指してレンタルビジネス(賃刈、賃耕)を行うことが農業機械の普及を図るモデルとなる。各国のディストリビューターに対する指導と育成を行い、ユーザーに対して適切なサービスと部品供給行うことが重要であると述べている。

 アフリカにおける稲の収穫の機械化は労働力不足や収量向上へのニーズの高まりから関心が高まってきており、今後の普及が期待される。安価な中国・インドブランドが拡大しているが、日本メーカーの強みであるきめ細かなサービス体制を強化してアフリカ市場への拡大を図りたいとしている。

 農業機械の普及は、フードバリューチェーンの生産段階での生産性向上に不可欠のものである。民間企業によるアフリカ戦略として大いに期待したい。


Keynote3 マダガスカルの養分欠乏水田に適した施肥技術及び新品種の開発と普及

 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の辻本泰弘氏から、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)で進めてきたアフリカ稲作における研究成果についての報告である。

 マダガスカルの水田稲作は灌漑排水設備の未整備、肥料や農薬など資源投入量が低く、窒素とリンの不足がある上に、土壌のリン吸着能が高いという問題がある。そこでリン欠乏水田での施肥技術として、P-dipping(稲の苗にリン肥料を混ぜた泥を付着させて移植する手法)を試みたという。これはリン吸着能の高い鹿児島の火山灰土壌で行われた農法からヒントを得たものである。苗の根に付着しやすいリン肥料の材料、濃度、浸透時間を工夫しP-dippingの手法を開発し、マダガスカルのリン欠乏水田に施用し検証を繰り返した。この結果、イネのリン吸収の向上、生育期間の短縮、初期生育の改善、低温や水不足などの様々なストレスに有効であることが確認できた(2023年)。農家圃場での安定的な効果を確認できたことからJICAの技術協力プロジェクトで3000戸の農家に技術移転を行い、コメの平均収量が3.7トン/haから4.8トン/haへ30%増加するという成果を得た。

 次に、イネのリン吸収能力を高める「Pulp遺伝子座」を導入した新品種の開発を行った。マダガスカルのイネの主力品種であるIR64に「Pulp遺伝子座」を導入した系統群の育成と選抜を繰り返し、「FyVary32」として新品種登録に至った。2023年には約20トンの認証種子が生産され、今後の普及が期待されている。2025年からP-dipping農法と新品種FryVary32を広域に普及させることを目的としたJICAの社会実装型技術協力プロジェクトが開始されたという。

 アフリカ有数のコメ生産国にもかかわらず、生産性が低位にとどまっているマダガスカル稲作の発展に貢献する新たな協力の展開に期待したい。


Keynote4 アフリカの食料安全保障と国連世界食糧計画(WFP)の取り組み

 WFP日本事務所代表の津村康博氏の寄稿である。

 WFPは、国連唯一の食料支援機関であり、紛争や災害、経済危機などで食料へのアクセスを失った人々に緊急食料支援を行っている。世界120か国と地域に拠点を置いて2024年には約1億2400万人に支援を行い、サハラ以南アフリカでは44か国6900万人を支援したという。

 WFPは、緊急支援にとどまらず食料不安の構造的改善とレジリエンス構築に向けた包括的なアプローチを行っている。具体的には、「学校給食プログラム」により子供たちの教育と栄養改善を図るとともに、学校給食に現地農家の農産物を活用する「地産地消型アプローチと農家支援」を行っている。また、WFPは食料支援をインセンティブとして住民参加型のインフラ整備事業(Food For Work)を行い住民参加による灌漑排水事業や森林整備を進めている。さらに気候変動対応農業や農民の自立支援などの分野で現地発イノベーションの育成と資金支援を行っている。

 日本とWFPのパートナーシップについても紹介している。外務省の食料援助無償資金協力をはじめ、農水省からWFPに拠出している西アフリカ小規模農家支援事業は、Food for Workによる灌漑施設整備、水田整備、ネリカ米の普及など西アフリカ諸国の食料増産に貢献してきている。また、JICAと共同でスーダンにおける「小麦バリューチェーン強化計画」を推進している。この他、民間企業や財団とも連携し、医療、栄養、職業訓練、車両整備人材育成など多様な分野で協力を進めている。

 津村氏は15年間WFP職員としてアフリカ6か国に勤務した経験があり、アフリカの人々の日本に対する高い評価と信頼を感じているという。TICAD9は官民を挙げて日本とアフリカが協力して未来のビジョンを描く機会であり、その中で食料安全保障と持続可能な農業開発は最も基本的かつ戦略的なテーマの一つであると指摘している。


Report & Network

 日本工営の大塚恵哉氏から「アジア開発銀行(ADB)によるラオス北部の農村インフラ整備・農業バリューチェーン開発とプロジェクトマネジメント」についての報告である。日本工営は。1970年代より50年にわたりラオスの農業農村開発に取り組んでいる。ADB案件の事例としても参考になる。

 NTCインターナショナルの國安法夫氏から「ルワンダにおけるハードとソフトが連携した灌漑開発の成果」についての報告である。ルワンダにおける無償資金協力による灌漑開発事業(ハード)と灌漑水管理能力向上プロジェクト(ソフト)の連携による灌漑開発の効果について紹介している。

 前国際協力機構技術審議役の北田裕道氏から、JICAが2024年10月に策定した「農業農村開発協力における気候変動対策の取り組み戦略」についての紹介である。農業生産性向上と気候変動対策の両立により経済・社会・環境を調和させた農業農村開発を目指すことを指摘している。

 最後に、東京農業大学グローバル連携センターの子浦恵氏らから、「アフリカにおける農業農村開発に向けた人材育成を目指した東京農業大学とアフリカ協定校との国際交流プログラム」についての報告をいただいた。


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