2025.8 AUGUST 72号
REPORT & NETWORK
1 はじめに
弊社農業部門のラオス国(以下「ラ」国)における取組は1970年代にさかのぼる。首都ビエンチャン近郊ナムグム河沿いの「タゴン農場建設工事(ADB融資)」以来、約50年にわたり、「ラ」国の灌漑・農村インフラ整備プロジェクトに取り組んできた。特に1997年からは、ADB融資による北・中部および南部の東西経済回廊沿いの農村インフラ整備およびインフラを活用した農業ソフト分野支援プロジェクトに取り組んできた。
筆者は、2019年より「ラ」国のアジア開発銀行(ADB)融資の農村インフラ整備事業にコンサルタントチームリーダーとして従事してきた。本稿では、「ラ」国北部4県におけるADB融資「北部農村インフラ整備セクター事業(追加融資)(Northern Rural Infrastructure Development Sector Project-Additional Financing)(以下NRI-AF)」を例として取り上げ、ADBによる農村インフラ整備・農業バリューチェーン開発とADBプロジェクト管理のポイントについて報告する。
2 北部農村インフラ整備セクター事業(追加融資)の概要
(1) プロジェクト実施の背景と目的
「ラ」国北部地域の灌漑開発の歴史は300年以上前にさかのぼる。北部地域では急峻な地形の中で、河川用水を効率的に利用するための木材等による簡易な堰および用水路が建設され、灌漑農業が実施されてきた。簡易な施設のため、毎雨期の洪水により灌漑施設が被害を受け、その修復に農家グループは多大な労力を払わなければならなかった。そのなか「ラ」国政府は、このような伝統施設を恒久的な施設とすべく、灌漑インフラ整備を進めてきた。
このような背景の下、「ラ」国政府は、北部4県(ポンサリ、ボケオ、ルアンナムタ、ウドムサイ)の灌漑および農村インフラ整備と、灌漑施設を利用した農業生産性と生計向上を目的として、「北部農村インフラ整備セクター事業(NRI)(2011年~2017年)」を実施した。NRIの成功を踏まえ、「ラ」国政府およびADBは小規模案件形成準備調査を通じて、継続プロジェクトスコープの確定、融資の継続を決定し、2017年より「北部農村インフラ整備セクター事業(追加融資)(NRI-AF)」が開始された。
NRI-AFの目的は、農業関連インフラ整備(灌漑・農村道路)、営農、加工・流通の支援を通じたバリューチェーンの改善と農村地域の生計向上を目指したものである。
(2) プロジェクトの対象地域
図1に示すとおり、NRI-AFの対象地域は、「ラ」国北部山岳地域の4県(ポンサリ、ボケオ、ルアンナムタ、ウドムサイ)である。豊かな自然環境が残り、エコ・ツーリズム等の観光産業が盛んである一方、中国と国境を接し、近年、中国企業との農産物をはじめとした国境貿易が活発化している地域でもある。国際機関や中国の資金援助もあり、高速鉄道(ラオス中国鉄道)、幹線国道等の交通インフラは近年、飛躍的に整備されつつあるものの、多くの灌漑施設はいまだ整備が進んでおらず、かつ農村道路の整備が遅れて市場アクセスが難しい状況にある。
(3) プロジェクトの内容
NRI-AFは、以下の4つのコンポーネントから構成されている。
・コンポーネント-1:農村インフラ開発
・コンポーネント-2:ソフト支援
・コンポーネント-3:組織強化
・コンポーネント-4:プロジェクト実施管理
図1 プロジェクト対象位置図

出典:NRI-AF
1)コンポーネント-1:農村インフラ開発
NRI-AFでは、小規模灌漑および農村道路整備を対象として開発を実施した。対象とするインフラ整備(サブ・プロジェクト)は、プロジェクト形成調査において、35カ所のロングリストが作成され、本プロジェクト内でF/Sを実施し、ADBおよび「ラ」国政府の基準を満たした22カ所がサブ・プロジェクトとして承認され、工事実施に至っている。ADBおよび「ラ」国政府のサブ・プロジェクト適格基準は表1に示すとおりである。
1)-1サブ・プロジェクト
4県22カ所のサブ・プロジェクトを4期分けとして、インフラ整備を実施した。対象灌漑面積は約9,000haである。灌漑インフラ整備の例を写真1に示す。
写真1 コンポーネント1により整備された灌漑排水施設

改修された頭首工および魚道(ウドムサイ県)

コンクリートライニングにより整備された幹線用水路(ボケオ県)
出典:NRI-AF
1)-2 インフラ開発におけるコンサルタントの役割
コンポーネント-1:農村インフラ開発におけるコンサルタントの役割を以下に列記する。
・F/S実施のための県・郡政府職員指導(写真2に示すとおり、県・郡エンジニアへの指導、設計基準に係るセミナー等を開催)
・F/Sレポートの作成と「ラ」国政府およびADBサブ・プロジェクト適格基準(List of compliance with subproject selection criteria)(表1)に基づく実施妥当性の評価
・詳細設計コンサルタントへの技術指導・品質管理
・建設工事に係る調達管理支援
・建設工事施工監理支援
・その他建設工事に係るADBのSafeguard要求事項への対応
写真2 インフラ開発推進のための支援業務

県・郡エンジニアおよび詳細設計コンサルタントに対する設計指導(ルアンナムタ県)

灌漑局・県農林事務所技術者が参加した設計基準最終化に係るセミナーの開催(ビエンチャン首都圏本省灌漑局)
出典:NRI-AF
表1 サブ・プロジェクト適格基準
No. |
項目 |
基準 |
1 |
県・郡の社会経済開発計画との整合性 |
項目への合致 |
2 |
環境影響が最小限であること |
ADBカテゴリーB |
3 |
大規模な住民移転・土地収用がないこと |
NRI-AFのResettlement Frameworkの基準との整合性 |
4 |
受益者が農業を主の生計手段としていること |
項目への合致 |
5 |
農業生産性の向上と市場アクセス改善に貢献すること |
項目への合致 |
6 |
受益者のプロジェクトへの参加意欲が確認されていること |
項目への合致 |
7 |
投資費用が0.7百万ドル~2百万ドル/サブ・プロジェクトであること |
項目への合致 |
8 |
建設後のO&M費用が担保されること |
項目への合致 |
9 |
内部収益率(EIRR) |
12%以上 |
10 |
他投資事業との重複がないこと |
項目への合致 |
11 |
開発対象地域が水力発電、鉱山開発、経済特区等、の影響を被らないこと |
項目への合致 |
2)コンポーネント-2:ソフト支援
ソフト支援は、整備されたインフラ施設の成果を最大限発揮するための活動を支援するものである。
インフラ運営維持管理(O&M)体制の強化、土地利用計画・管理計画作成支援、農業生産・加工・流通促進、流域管理計画およびパイロット事業、ジェンダー配慮、土地登記支援、周辺環境への影響評価等、などインフラ整備に付随するソフト面の多くの活動を含んだものである。
2)-1 女性を中心とした生計向上活動とバリューチェーン開発(Female focused extension services)
ADBプロジェクトにおいては、ジェンダーバランスへの配慮に常に重点が置かれており、NRI-AFもその例外ではない。
女性のプロジェクトへの参画に重点がおかれ、ソフト支援実施の枠組み検討において工夫が求められた。このため農業生産・加工・流通促進の上で、Female focused extension services(FFES)と称し、対象サブ・プロジェクトの村内で女性グループを設立し、家畜飼養・高付加価値作物の栽培・販売振興、中国企業との契約栽培など、多くの生計向上活動に取り組んだ。コンポーネント2で取り組んだ組織強化に係る活動を写真3に示す。
写真3 ソフト支援の事例(1/2)

水利組合(WUG)設立支援(ルアンナムタ県)

女性グループによる有機栽培・高付加価値作物振興、中国企業との契約栽培を振興している(ウドムサイ県)
出典:NRI-AF
2)-2 土地登記支援とその効果
「ラ」国では、土地登記が進んでおらず、未だ国全体で土地の所有権が不明瞭な状況にある。政府は段階的に、土地登記を進め、所有者・資産状況の明確化を図る方針を持っている。これに呼応して、近年、国際機関の支援で、都市部を中心に土地登記が進められてきた。NRI-AFでは、農地の資産・所有権を明確にすることで、水利費徴収および土地税徴収を促進する、という政府方針のもと、灌漑地区内農地の登記に係る支援を実施してきた。
加えて、担保が不足することで金融機関へのアクセスが難しい農村部の人々にとっては、本コンポーネントを通じて保有する農地が登記され、資産として認知されることで、担保価値が創出されることは大きなメリットとなるものである。この結果、農村金融へのアクセスが促進され、長期的な生計向上に大きく貢献するプロジェクト活動の一つとなった。高付加価値農業および土地登記にかかる取り組み状況を写真4に示す。
写真4 ソフト支援の事例(2/2)

施設園芸による有機農業普及
市場の需要に応じた高付加価値農業に取り組む(ウドムサイ県)

土地登記のための測量作業(ルアンナムタ県)
出典:NRI-AF
3)コンポーネント-3:組織強化
3)-1 コンポーネントの内容
本コンポーネントは、「ラ」国政府のプロジェクト実施管理能力向上のためのサービスである。「ラ」国農林省灌漑局内のプロジェクトモニタリング体制構築、能力強化トレーニング実施等から構成される。
3)-2 灌漑サブ・セクター・レビュー・スタディを通じた政策提言
国際水管理研究所(IWMI)およびWorld Fish Center (国際NPO)と連携し、「ラ」国政府の灌漑サブ・セクター・レビュー・スタディを実施した。本スタディでは、「ラ」国における灌漑開発の実績、制約要因および課題を整理し、政策提言として取りまとめた。その結果は「第9次国家社会経済開発5カ年計画 (2021-2025)」に反映されるとともに、ADBの「ラ」国農業・農村開発の支援方針にも盛り込まれた。
4)コンポーネント-4:プロジェクト実施管理
事業進捗モニタリング、ADB Safeguard Policy Statementに基づく自然環境・社会環境管理と、そのモニタリング、等の支援が含まれる。それらの成果を報告書等に取りまとめ、定期的にADBに報告した。
3 ADBプロジェクト管理のポイント
ADBの規定の理解が何より重要である。NRI-AFのコンサルティングサービスを通じて筆者が感じたADBプロジェクト管理のポイントを以下に述べたい。
(1)「ラ」国ADBプロジェクトにおけるコンサルタントの役割
「ラ」国ADBプロジェクトにおけるコンサルタントの役割・位置づけを図2に示す。
・国家プロジェクト管理事務所(National Project Management Office:NPMO)が施主である「ラ」国灌漑局(Department of Irrigation: DOI)内に設立され、全体プロジェクト管理の責任を担う。
・コンサルタント(Grant Implementation Consultant:GIC)(以下GIC)は全体プロジェクト管理に係るNPMOの支援を実施する。
・NPMOとの契約で、各種技術サービスを担うNational consultantsが雇用され、プロジェクト実施を支援する。NRI-AFにおいては、詳細設計、ベースライン調査、外部モニタリング、その他サービスを担うコンサルタントが雇用され、協働でプロジェクトを実施する。GICの役割は、これらのコンサルタントが業務を実施するためのガイドライン作成、指導のためのワークショップ開催、アドバイス、成果品のチェックである。
図2 ラオスADB事業におけるコンサルタントの役割・位置づけ

出典:筆者作成
(2) 調達手順
調達の成否がプロジェクト進捗に大きく影響するのは、円借款事業、JICA技術協力プロジェクト等でも同様だろう。プロジェクトの調達計画(Procurement plan)の熟知および実施中の進捗を踏まえて、施主およびADBに報告・協議していくことが肝要である。
(3) SAFEGUARDはADBの最優先事項
Safeguardは、「自然環境(Environmental safeguard)」および「社会環境(Social safeguard)」の2本柱からなる。プロジェクトモニタリングにおいて、Safeguardは、ADBが最も着目する点であり、格段の注意が必要である。特に灌漑・農村インフラ整備プロジェクトにおいては、社会環境(土地収用・補償)に係るADBの要求事項をタイムリーにクリアすることが、プロジェクトを円滑に実施する最重要ポイントとなる。
・自然環境:ADBおよび「ラ」国関連機関の初期環境影響評価(IEE)あるいは環境影響評価(EIA)承認が必要である。NRI-AFはカテゴリーBのため、F/S時にIEE報告書を作成しADBからの承認を取り付ける。加えて灌漑地区受益者に対してPublic consultationを実施したうえで、「ラ」国において県レベルで環境管理を担当する県自然資源・環境事務所の承認を得る。
・社会環境:「ラ」国政府内で明確な規定がない。これまで灌漑プロジェクトにおいて、「ラ」国では、土地収用・補償が行われておらず、過去のプロジェクトにおいては、土地収用が必要な場合でも、“Voluntary contribution”と称して、補償金は支払わずに、政府⇔住民間でプロジェクト実施に係り、土地拠出合意書を交わし、工事に着工していた。国の社会環境に対する意識の向上やADBのSafeguardに係る要求事項の厳格化に伴い、近年は補償対応を適切に実施する必要性が生じてきている。NRI-AFにおいては、プロジェクト負担(ADB無償資金)により補償を実施することとなった。
(4) モニタリング:ADBへの報告機会として有効活用
ADB融資プロジェクトにおいては、ADBによる多くのプロジェクトモニタリングの機会がある。「定期ミッション」と「Safeguardモニタリング・ミッション」の2つが主なものである。施主である政府機関・ADBとともに、課題に対して協働で取り組んでいくために、これらのミッションを戦略的に利用し、プロジェクトの後押しとなるようにすることが肝要である。写真5に初期環境影響評価(IEE)に係るWalk-throughおよびADBによるReview Missionでの協議状況を示す。
写真5 Safeguardモニタリングおよびレビュー・ミッション

IEEのPublic Consultationでは受益者と協働でWalk-throughを実施(ボケオ県)

Review Missionでの灌漑局・ADBとの協議(1週間程度の工程で現地視察・会議を実施)
出典:NRI-AF
(5) プログラム・マネジメントの必要性
冒頭に述べたとおり、弊社農業部門では「ラ」国において20年超に亘り一貫してADBプロジェクトのコンサルティングサービスに従事してきた。この経験を通じて、ADB融資プロジェクト管理のチームリーダーに求められる能力が変わってきていると感じている。「ラ」国農業・農村開発関連のADB融資プロジェクトは以下の2点が顕著となっている。
・National consultant活用の進展:当該国内コンサルタント活用によるプロジェクト実施管理の体制が進んでいる。意思決定と行動の迅速化のために、適切な権限移譲とフィードバックメカニズムをチーム内で機能させることが重要である。
・プロジェクトコンポーネントの変化とプログラム化:プロジェクトのマルチセクター化、さらにはプログラム化が進んでいる。
ここでプログラム化とは、「個別プロジェクトでは得ることが出来ないベネフィットを複数プロジェクトの相乗効果で実現する集まり」と定義する。NRI-AFにおいても、ソフトからハードまで幅広いサービスを通じた農業バリューチェーン開発と農村地域の生計向上を達成することを目的としていた。各々のコンポーネントがプロジェクトであり、
・各コンポーネントの利害関係者の明確化、見解や関心のマネジメント
・コンポーネント間での資源の使用の最適化
・期間、費用、品質等リソースの最適な活用
・コンポーネント間の調整を考慮したリスクマネジメント
・期間中の社会・環境変化に応じた対応
など、全体をプログラムとして管理することでベネフィットが実現できるものである。ADB融資農業・農村開発プロジェクトのコンサルタントチームリーダーには、インフラからソフト支援まで各々の専門性を持つコンサルタントを効果的に活用しつつ、全体として成果をあげるような視点と能力が一層求められてくるものとなる。
4 おわりに
本稿では、ラオスにおけるプロジェクト経験をもとに、ADB融資による農村インフラ整備、農業バリューチェーン開発およびプロジェクト管理の教訓を共有した。
ADBをはじめとした国際機関案件市場は、「JICAと比較して報酬が低い」、「経験を持つ要員の確保が困難」などの理由により、本邦コンサルタントの参画が必ずしも活発ではない。しかしながら、いまだADB市場において農業・農村開発分野は高いシェアを占めており、加えて欧米・アジアのコンサルタント企業が、切磋琢磨しつつアジア各国のプロジェクトに参画している。本邦コンサルタントも、このような各国コンサルタント企業との協働体制を強めることで継続的にADB市場に取り組み、要員・組織の経験値を高め、もって農業農村開発に貢献していくことが肝要となろう。