2024.2 FEBRUARY 69号

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REPORT & NETWORK

大雪土地改良区と国際協力
~国別研修「流域水資源管理」等を実施して~
大雪土地改良区(北海道旭川市) 総務課長 佐々木 洋文

 大雪土地改良区は、石狩川の最上流に広がる上川盆地の約11,000ヘクタールの水田が受益エリアであり、873名の組合員により組織されている。農業用用排水施設や農道の維持管理、新設又は変更、区画整理などの土地改良事業を行う農業サービス業が主業である。

 本稿では、大雪土地改良区が行う国際協力について紹介したい。

1 大雪土地改良区と国際協力の経緯と背景

 現在から22年前の2001年、当時の旭鷹土地改良区(現大雪土地改良区)に独立行政法人国際協力機構(以下、「JICA」という。なお、2001年当時は国際協力事業団。)より水管理技術習得のための研修生受入について打診があり、実験的な受入を試みたというのが国際協力の始まりだった。実験的な受入とはいえ、地域農家への農業サービスが主業である土地改良区にとっては、未経験の世界へ飛び込む感覚での判断であり、英語ができない土地改良区職員にとってはこの上ない不安があった。当時は、グローバルな昨今とは程遠い時代であり、北海道の田舎の農村地域に海外から研修員が来ることは、大きな刺激となった。

 しかし、実験的な受入を皮切りに22年間継続してきた研修員の受入れは、現在に至るまでアジアから16か国146名、アフリカから18か国94名を受け入れており、地域のイベントに参加するなど、今となってはこの地域にとって当たり前の光景となっている。本年度も地域の名物イベントである「田んぼアート」の田植え作業に研修員が参加し、農業関係者約250名とともに水田に6種類の稲を植えた(写真1)。彼らが植えた稲は、見ごろを迎えたころにはしっかりと田んぼに描かれた絵の一部となっている(写真2)。長年にわたり継続的に取り組んできたため、彼らは積極的にコミュニケーションを取り、地域の農業者および関係者と研修員が一体となってイベントを楽しむ様子が地域に馴染んでいる印象的な光景である。

写真1 田んぼアート田植えに参加する研修員
写真1 田んぼアート田植えに参加する研修員


写真2 田んぼに描かれた絵
写真2 田んぼに描かれた絵


 これまでに、当土地改良区では、課題別研修や国別研修、青年研修などの研修事業に加えて、農民参加型灌漑農業基本技術普及事業(草の根技術協力事業(草の根協力支援型))に取り組み、事業期間3年間で12名の当土地改良区職員がラオスに渡り技術移転活動を実施した。職員は、現地に長期滞在(最長2か月)しながら活動し、数十年前の日本のような現地で、課題解決に向けて奔走した。ここで、課題別研修実施の背景と目的について説明したい。

①背景

 北海道はおよそ150年前に政府主導により本格的な開発がスタートし、短期間で急激な発展を遂げた。その間、土地改良区は行政の働きかけと支援を受けて確立・強化され、単なる水利組合としての機能だけでなく、農民の主体的参加を奨励し地域を活性化させるという地域振興の役割も担ってきた。このような本州とは異なる歴史と特徴を持つ北海道の土地改良区は、農村開発を進める開発途上国にとって大いに参考となる成功事例といえる。

②目的

 アジア・アフリカ諸国では、灌漑施設の維持管理に関し、農民の主体的な維持・管理体制が確立されてないことから、施設の保守や維持がうまくいかず、適切公平な水配分ができないという状態が散見されている。こうした状況から、土地改良区の経験やノウハウをアジア諸国に移転すべく、2005年度より地域別研修「アジア地域農民参加型用水管理システム」と題し、2013年度より課題別研修「アジア地域農民主体型用水管理システム」に名称を変更して課題別研修を実施してきた(写真3)

写真3 本邦研修で真剣に受講する研修員
写真3 本邦研修で真剣に受講する研修員


2  国別研修「流域水資源管理」の概要

 カンボジアは豊富な水資源賦存量を有するが、灌漑や発電の利用に適した支流の水資源は限定的であり、関係機関相互の調整を欠いた状況で計画されていることから、将来的に流域内での水需給が逼迫し、農業用水と他の水利用者との競合、農業用水間での競合が激化することも予想される。

 JICAでは技術協力プロジェクト「流域水資源利用プロジェクト」(2014年5月~2019年5月)を実施し、水資源利用を調整する組織的枠組みの構築や流域水資源開発計画策定等を通じて水利用者による水利調整の実現を目指し、プルサット流域及びボリボ・ボムナック流域の2流域において流域管理委員会を設立した。また、プルサット流域の流域管理委員会は、カンボジアで初めての試みとなる流域水資源を適正に利用するための計画を策定した。持続可能な水管理を実現していく上で、実際に業務を行う水資源気象省関係職員や流域管理委員会の関係者、特に農家水利組合(FWUC)等の水利用者が主体となって適切な実施を進める必要があり、先進事例として農民が主体的に水管理を行う大雪土地改良区の成功例を通じた人材育成により水管理に関する基礎的能力向上が必要なことから、国別研修「流域水資源管理」を実施することとなった。

 これまで、長年にわたり実施した課題別研修「アジア地域農民主体型用水管理システム」にもカンボジアから多くの研修員が参加している。帰国研修員は帰国後も水資源気象省での業務継続率は高く、中には次官レベルに昇進した者もいる。若手の行政官や技師から管理職クラスの人材に至るまで土地改良区の仕組みは知識として共有されており、研修で学んだ水管理や施設管理の仕組みをFWUCに移管する試みも行われていることからも、将来に渡って研修で学んだ技術・知識の維持、継承は期待できる(写真4)。また、今回の国別研修はクメール語(カンボジアの現地語)を言語として実施される。英語を使用する課題別研修では、語学力に乏しい現地の農業者が参加することは難しいため、本研修には、農業者をはじめとする水管理に直接的に携わる農業関係者に参加してもらうことも狙いである。さらには、単年度内に本邦研修と在外研修を組み合わせて行うことで、参加者の気持ちの熱を維持しながら本邦研修で得た知見の定着や現地取組みへの反映を効果的に行い、アクションプランへの継続的なフォローと現地の状況に応じた研修内容にすることができるのが本研修の特徴である。

写真4 カンボジアでの農業者とのディスカッションの様子
写真4 カンボジアでの農業者とのディスカッションの様子


3  研修員とのエピソード

 本研修は、2022年から2024年までの3年間で実施され、初年度はカンボジアからプルサット州副知事や行政官、水利組合長など8名の研修員を約3週間受け入れた。流域の90%以上が農業用であることから、土地改良区の概要や運営、法制度、水・施設管理方法について等の講義を行い、日本の管理体制や法制度に関する知識共有を行っている。しかし、多くの講義を行ってきたものの、やはり「百聞は一見に如かず」の言葉どおり、現地の様子を見てもらうことが一番の刺激になるようである。生産性の高い大区画の圃場や末端まで整備が行き届いており機能発揮できている灌漑施設、農業者により保全されている農村環境など目に映る光景に感心する様子が見え、その驚きと止まる事のない質問からも彼らの熱意がひしひしと伝わってくる。日本での研修を終了した後、彼らのアクションプランをフォローアップするために、同年度に2週間ほどの期間で当土地改良区から4名の職員がカンボジアへ渡った。研修員は、慣れない土地に赴いた私たちを大量のビールで温かく迎えてくれた。現地のスタイルでの飲み会で、更にプロジェクトのゴールに向けて結束を強めた。

 また、現地での活動は、当然ながら農村エリアが主戦場となる。多くの途上国は強いトップダウン行政になっており、カンボジアもそれに類する。農業者が声を上げにくく、現地調査の際に本音を聞かせてもらえないことが多いため聞き出すための関係性が必要になる。『チョムリアップスゥオ』(こんにちは)カンボジアでは、手を合わせて挨拶をする文化がある。はじめは日本人の我々に対し、なんだか警戒している雰囲気だが、私たちが手を合わせ現地語で挨拶をすると、彼らも手を合わせ、一瞬で笑顔になる。たかが挨拶だが、親しみを持ちコミュニケーションを図ることで、徐々に信頼を構築し、彼らの想いを聞き出すことができる。彼らの文化を理解しながら互いに認め合い、関係を深めることが研修の中で重要であると感じることが多いエピソードである。

 都市部と農村地域の生活水準は日本では想像できないような大きな格差がある。農村地域へ現地視察に行った夕方の時間帯、用水路に飛び込み水浴びをして、用水路の中で一日の汗を流している姿には大きな驚きを感じた。

4  効果

 第1項で述べたように、当土地改良区が22年間国際協力を実施してきた中で、カンボジアには日本の灌漑技術や組織運営など灌漑の仕組みを理解する人材が蓄積されてきている。その中で、政府は負担軽減のため灌漑施設の水管理や維持管理を行政から農業者で組織されるFWUCに徐々に移行している。水配分や賦課金徴収など多くの課題はあるものの、一部のFWUCには成功事例も生まれ、その波及を進める段階に到達してきている。人材育成や組織強化などのソフト面の強化は着実に効果を上げているものの、有効に機能発揮することができない不十分な灌漑施設と圃場の現状から、管理組織の運営が好転しないことは大きな課題である。雨季になると洪水により水路が破壊され、乾期になると水が不足してしまうなどの過酷な気候条件であるが、有する機能を発揮できる灌漑インフラ整備ができた暁には、我々が長年積み重ねてきたものは、さらなる効果を期待できるだろう。

 一方で、国際協力事業は組合員からの賦課金により土地改良事業を行う土地改良区にとって本来業務とは異なる事業であり、私たちにとっての効果がなければ本事業の実施が妥当なのかと議論にならざるを得ない。私は、当土地改良区にとって3つの効果があると考えている。

 一つ目は、研修の講師に若い職員を積極的に抜擢することで、相手に知識や技術、仕組みを伝えるための能力を学び、資料作成や伝え方を繰り返すことで職員の成長を促すという人材育成の効果(写真5)。これらの能力は、土地改良事業を推進する上でも大きく発揮する。

写真5 若手職員による講義風景
写真5 若手職員による講義風景


 二つ目は、他国の農業に触れることで自分たちの地域の農業の立ち位置がわかり、自分たちの優位性を見出す視点ができるという効果(写真6)。研修内では研修員から学ぶことも多くあり、今の日本では農業水利施設や水管理の仕組みは当たり前に整っているが、水の大切さや農業水利施設の重要性、そしてそれらを共同で守り後世に繋ぐことの大事さを思い出させてくれる。

写真6 組合員による現地講義風景
写真6 組合員による現地講義風景


 最後に、本事業を通じて国内外の専門家や関係機関との繋がりが増えることで幅広い情報交換ができ、広範な影響力を持つことができる効果。インターネットが普及してITの進化と共に言葉の壁も薄くなりつつあり、研修員ともシームレスに情報交換が可能になっている。豊富な繋がりから広範囲の専門的な情報が入手できることは、この上ない強みと言える。

 いずれの効果も組合員に還元されるものであり、大雪土地改良区が日本国内はもとより世界に認知されることはこの地域にとっても大きな効果といえるだろう。

5 今後

 近年、気候変動による温暖化は急速に進行しているように感じられる。ここ北海道は、避暑地として親しまれてきたが、夏季には30℃を超える日が続き、湿度の高い日も増え、エアコンの活躍する日が増えてきている。今となっては、突如発生する線状降水帯からの豪雨が「異常気象」ではなく「通常気象」になってきているのではないだろうか。これら気候変動による災害の発生やコメ消費の減少、更には高齢化による農業者の減少は、人手が必要な地域農業に大きなダメージを与えている。農業を取り巻く状況が大きく変化している中で、地域農業も急速に成長を遂げなければならない。

 世界に向けて競争力を持った農業経営が必要な中、その生産の基盤となる灌漑や圃場などは切っても切り離せないため、農業インフラを担う土地改良区が行う事業には、より一層広い視点とアイデアが必要となる。これまで取り組んできた国際協力によって培ってきた知識や技術、人との繋がりが、これらの課題解決に大きく貢献することは間違いないだろう。

 今後も目まぐるしいスピードで変化する時代に対応し、日本の食糧基地である北海道の農業をリードしていくためにも、本研修を通じて多くを学び研鑽することを継続していきたい。


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