2024.2 FEBRUARY 69号

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Keynote 2

「大学の立場から今後の農業農村開発協力を考える」
"Considering Future Agricultural and Rural Development Cooperation from a University Standpoint."

東京大学 名誉教授 山路 永司

1 はじめに

 農業農村工学そして農業農村整備事業は、わが国の農村振興の要である。そして、その成果は農業農村開発協力を通じて、とくに途上国の農村振興に寄与してきた。このことは農業農村開発協力事業に携わる技術者の技術向上にも繋がった。筆者は大学教員として農業農村工学を学び、伝えてきたのであって、開発協力の現場については疎いが、若干の経験を踏まえて、これまでの農業農村開発協力を振り返り、今後のあり方を考えてみたい。

2 大学の立場から

 大学教員は文部科学省的にいうと教育職であって研究職ではない。しかし実際には、教育と研究と両方をおこなっている。教育職としては主に農業農村整備事業に携わる人材を養成している。他分野に就職する卒業生も少なくはないが、農村振興・農業農村整備事業への理解を持ってもらったうえで他分野で活躍していただくのも悪くはない。研究職としては現場の課題解決に資する研究もあれば、基礎研究もある。筆者の若い頃、現場研究は主に国内各地であったが、少しずつ海外にも広げてゆくことが出来るようになった。基礎研究の成果は国内外を問わず、農業農村開発の現場に適用できるため、農業農村開発協力の一助となっているといって良いだろう。

 良い教育・研究を実践するためには、時間と資源と知恵が必要である。とくに研究においては予算、実験設備、図書、研究補助者等の資源が重要である。ところが文部科学省は、旧国立大学の運営費を毎年減額させている。もともと十分でなかった運営費が減少するなかで、科学研究費(文部科学省、日本学術振興会)、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム:SATREPS(科学技術振興機構)、各種財団の助成金などを得ることが必須となっている。しかしそれぞれの競争は激しく、時間をつくり知恵を絞った申請書を書いても、なかなか通らない。

 教育は大学の学部学生、大学院生が主対象であるが、近年では社会人を対象とした講義、高校への出前講義なども必須になりつつある。またJICA、学会、社団法人等での講義を担うこともある。大学での教育は、卒業論文作成段階からは研究をおこなうための教育が中心となり、大学院生の教育にあっては研究という位置づけが非常に重くなってくる。

3 大学間での協力と支援

 大学が他国の大学と交流することは、間接的な農業農村開発協力と言える。交流にも対等な協力とそうでない支援があり、とくに途上国の大学の支援は農業農村開発協力に少しだけ直接性が増してくる。

 全国の大学は世界各国の大学と交流協定を結んでいるが、ここでは東京大学農学部・大学院農学生命科学研究科の交流協定を紹介する。まず国別に見たものを表1に示す。22か国48大学と協定が結ばれており、一つの大学で複数の協定もあるため、協定の総数は81にのぼる(注:研究所との協定2件を含む)。

表1 東京大学農学部・大学院農学生命科学研究科の交流協定数

大学数

国 名

14

中国

5

タイ

4

インドネシア

台湾

3

韓国

2

ベトナム

モンゴル

ドイツ

1

フィリピン

バングラデシュ

ネパール

ミャンマー

インド

カンボジア

スリランカ

マレーシア

トルコ

アルゼンチン

米国

英国

フランス

スウェーデン


 台湾とは、国立中興大学、国立台湾大学、国立台湾海洋大学、国立屏東科技大学と協定を結んでいる。特に国立台湾大学は、東京大学として今後の戦略的なパートナーシップ(通常の大学間交流協定を超える総合的・互恵的で特別な関係)構築が見通せる相手として、農学生命科学研究科が主幹部局となって2015年度から合同カンファレンスや教員・学生の相互派遣を行ってきた。台湾大学生物環境システム工学科と東京大学生物・環境工学専攻の間でも合同セミナーの開催等を続ける中で共同研究の実施や他のアジアの大学なども巻き込んだネットワークの構築等について協議しているところである。

 インドネシアとは、ガジャマダ大学農学部、ボゴール農科大学、ムラワルマン大学、ランプン大学農学部と協定を結んでいる。ボゴール農科大学と東京大学との協定は1988年10月に締結され、その後も更新されてきた。当初の協定では、日本学術振興会拠点校方式による学術交流、すなわち、研究者交流、合同シンポジウムの開催、学生交流、学術情報の交換などを進めた。1997年には東京大学の資金によって、ボゴール農科大学内に「東京大学東南アジア生物資源開発研究拠点」を設置している。最新の協定は、2021年12月28日に締結されており、継続した交流が続けられている。

 大学間の協定ではないが、大学教員を支援するプログラムもいくつか存在する。

 日本学術振興会は、国際的な共同研究等の促進、国際研究支援ネットワークの形成、若手研究者への国際的な研鑽機会の提供、諸外国の優秀な研究者の招聘、といった事業をおこなっている。これらによって、国際頭脳循環を推進し、国際的な研究ネットワークの構築・強化を支援することをねらっている。

 多くのプログラムの一つに、論博事業がある。これは、アジア・アフリカ諸国の優れた研究者が、日本の大学において大学院の課程によらず論文提出によって博士学位を取得することを支援するプログラムである。学位取得のために必要な経済的支援を継続的におこなうことにより、アジア・アフリカ諸国全体の学術研究水準が向上し、また当該国との学術交流関係がさらに発展することを目的としている。論博事業による論文博士取得者数は、1988年度〜2022年度で、831人にのぼっている。取得者数の多い国は、タイ225人、インドネシア152人、フィリピン96人、韓国80人、中国78人となっているが、取得者1名の国も14か国ある。

4 ボゴール農科大学(IPB)の支援

 インドネシア政府は農学分野における大学院教育の充実、学位取得者の育成等を図るため、1980年代から農学高等教育の最重要拠点とされるボゴール農科大学(IPB)の大学院整備計画を進めてきた。その一環として、JICA無償資金協力により農業工学部の大学院施設を、1986年に完成させた。しかし、ハード整備だけでは不十分であるのは自明で、インドネシア政府は、同大学院の充実には、施設整備だけでなく教員のレベルアップ、大学院教育の強化が必要であるとして、同大学院の教育研究への技術協力を我が国に要請した。そして、JICAは1988年から93年まで、プロジェクト方式技術協力「ボゴール農科大学大学院計画」を実施した。

 本プロジェクトはIPBの教育・研究機能の強化を目的に、共同研究・セミナー等の実施を通して大学院生・職員の研究技術の水準の向上を図る、としている。上位目標を「インドネシア農業部門全体で大学院教育、研究能力が向上する」と置き、プロジェクト目標を次のように掲げた。1)IPB農業工学部で学術水準が向上し、到達した水準が維持、発展される。 2)IPB農業工学部で修士・博士の学位取得者が持続的に育成される。 3)IPB農業工学部と他研究機関との学術交流が促進される。

 このプロジェクトには、多くの農業土木の大学教員(現役、OB)および若干の民間の専門家を長期専門家および短期専門家として派遣しており、5年間の専門家延べ数は長期29名、短期33名であった(JICA業務調整員を含む)。また同期間に研修員としてIPB教員延べ27名を受け入れている。以上のように、このプロジェクトは大学の協力なくしては成立しなかった事業である。

 本計画は、研究者の育成や学術交流等に着実な成果を上げたが、さらなるレベルアップを図るため、協力期間終了後も、インドネシア側の要請に基づき、2名の個別専門家を派遣し、研究・教育への指導を継続してきた。さらに1998年4月から2年間プロジェクト方式技術協力「ボゴール農科大学大学院計画アフターケア」がおこなわれた。これについて大賀(2002)は、教育や人材育成という課題に対してあまりに短い、と述べている。だからこそ、先述した大学間協定を軸とし、様々なソースからの予算獲得による研究・教育の交流の継続が重要なのである。

5 日越大学の支援

 ベトナム社会主義共和国は、近年着実な経済成長を遂げているが、大学・職業訓練校等で一定の教育もしくは訓練を受けた労働者の割合は低く、中間管理職や技術系管理者、熟練労働者の不足が指摘されている。高等教育を担う大学においては、学生数の増加に対する教員数の不足、資機材・資金不足による低い教育・研究レベル等の課題が顕在化しており、産業振興を担う人材の育成が喫緊の課題となっている。

 かかる状況下、ベトナム政府より、質の高い大学創設の協力要請があり、日越首脳会談において、「日越大学(VJU: Vietnam Japan University)構想」の早期実現が確認された。これを受け、2016年9月、ベトナム国家大学ハノイ校のメンバー大学として、VJUが開学した。

 JICAは、2015年4月より「日越大学修士課程設立プロジェクト」を開始し、VJUの組織体制の整備や修士課程の開設を支援している。さらに2020年4月から5年間、VJUの教育・研究ならびに運営能力を強化することにより、学部から大学院に至る一貫した質の高い教育・研究・運営の基盤を確立する事業がおこなわれている。

6 JICA草の根技術協力事業による開発協力

 草の根技術協力事業(以降、草の根事業)とは、日本のNGO、大学、地方自治体および公益法人の団体等がこれまでに培ってきた経験や技術を活かして企画した途上国への協力活動をJICAが支援し、共同で実施する事業である。草の根事業は、開発途上国の住民を対象として、その地域の経済および社会の開発または復興に協力することを目的としている国際協力活動であり、大学が取り組むことのできる事業の一つである。

 草の根事業は3種あり、表2にその比較を示した。協力支援型は大学も応募できる枠組みである。協力支援型の採択案件数は2003年度から2022年度までに295件あるが、大学が実施したものは87件であった。その年次変化を図1に示す。最初の採択からしばらくは毎年2プロジェクト前後で推移したが、2010年台は増加を続けている。87件のうち農業農村開発協力分野と判断できるものが15件あり、その採択年次を図1に示すとともに、プロジェクトの対象国および案件名を表3に示す。

表2 草の根協力事業3種の比較

分類

対象

実施期間

金額の上限

採択数

採択率(%)

草の根協力支援型

支援実績が少ないNGO等

3年以内

1,000万円

295

39

草の根パートナー型

豊富な実績を有しているNGO等

3年以内

1億円

440

34

地域活性型

地方公共団体

3年以内

6,000万円

500

61

採択率の計算にあたっては、応募総数の明示されていない年度分は除いた。


図1 草の根協力支援型のうち大学が実施したものの年次変化
図1 草の根協力支援型のうち大学が実施したものの年次変化


表3 大学が実施したもののうち農業農村にかかわるプロジェクト

採択年度

対象国

案件名

2007

バヌアツ

フツナ島村落経済開発 

2010

モンゴル

ウランバートル市における野菜栽培によるゲル地区住民の生活改善プロジェクト 

2011

ベトナム

ベトナム国ハノイ市農村部における環境保全米の生産・管理能力強化計画 

2015

ネパール

ネパールにおける農業高校の教育強化プロジェクト 

2015

フィリピン

台風ヨランダからの集落復興と持続のための防災コミュニティ育成支援事業 

2015

ベトナム

アンザン省における農地の土壌改良と農民所得向上支援パイロットプロジェクト 

2016

モザンビーク

無電化村落の住民によるジャトロファバイオ燃料を活用した小規模電化プロジェクト

2016

ブータン

ブータン王国シンカル村における所得向上と住民共助による生活基盤の継承・発展 

2017

マレーシア

マレーシアにおける漁村活性化モデルの構築と推進 

2019

ベトナム

農村体験型ツーリズム推進のための青少年教育プログラム構築 

2019

カンボジア

カンボジア王立農業大学によるため池を活用した乾季農業の実証モデルの形成と地域での実証プログラムの実践  

2019

ミャンマー

ミャンマー酪農生産性向上プロジェクト

2020

カンボジア

カンボジア・トンレサップ湖における水上集落住民参画型プラスチック汚染対策事業

2021

マラウイ

マラウイ農村部における就学前教育アクセスの向上と質の改善 

2022

スリランカ

教育環境改善を通した紅茶農園コミュニティ・リーダー育成事業


 2011年度に採択されたプロジェクトの一つは、筆者らによるものであった。このささやかな経験を簡単に紹介する。なお詳細は、「ARDEC第57号」等を参照されたい。

 東京大学農業環境学研究室は、草の根協力支援型の資金を得て2012年5月から2014年2月までの期間「ハノイ市農村部における環境保全米の生産・管理強化計画(PAMCI-SAFERICE事業:Production and Marketing Capacity for Sustainable Agriculture, Farmer Empowerment, Rice Improvement, and Cleaner Environment)」に取り組んだ。具体的には、対象とした3集落において、①低投入型稲作技術としてのSRI農法の技術移転、②トレーサビリティ確保・品質管理・消費者への直売を含む集落ビジネス能力向上、を目標としたアクションリサーチ事業であった。

 対象3集落の取り組みは一様ではなく、成果にはばらつきが見られたが、集落単位でまとまった活動を行った集落では、集落全体でのトレーサビリティ確保体制、販売活動が可能となった。栽培面では有機SRIによって収量が減ったが、販売価格は2倍以上となり、収益性は向上した。また化学農薬を使用しないことによって、 コメの安全性が向上するとともに、農民自身の健康にも心配がなくなった。さらに、農家集団のマーケティング能力も大いに向上した。

 本事業は、終了以降も活動は定着し2集落ではむしろ広がりを見せている。

写真1 SRI農法の講習を受ける参加農民
写真1 SRI農法の講習を受ける参加農民


写真2 生産者の写真入りのお米
写真2 生産者の写真入りのお米


7 今後のあり方

 以上、これまでに大学・大学教員がおこなってきた農業農村開発協力への取り組み、そしてその活動をサポートするJICA、日本学術振興会の事業などを紹介してきた。とくにJICAは情報・資金を豊富に有していることもあり、各大学は、とくに開発協力関連の研究科や専攻を持つ大学は、JICAとの連携を進めてきた。筆者が在籍していた専攻でも協力関係を築いていた。筆者自身も短期専門家派遣、草の根事業、青年海外協力隊赴任地訪問、科研費による海外調査等を通じて、現場を知り、学ぶことができた。また、開発コンサルタントによる現地事業、国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の現場等も大いに勉強になった。

 大学が取り組む農業農村開発協力においては、JICA、国立研究機関、一般社団法人、民間企業、NPO等との連携を、さらに進めることが望ましい。連携に加えて、大学の構成員がNPOを設立する、参画することもあってよい。

 国際協力活動をおこなうNPOの連携プラットフォームとして国際協力NGOセンター(JANIC)がある。教育機関としてアジア学院は正会員であり聖心女子大学は団体協力会員である。一般の大学が、とくに農業農村開発協力をおこなう大学であっても、JANICの会員レベルの活動をすることは困難であるが、情報共有という方策はあるだろう。

 大学は教員・技術職員・事務職員、研究員、大学院学生、学部学生で構成されている。とくに前途のある学生に現場に出る機会は有益で、大学自身もそうして予算を用意しているが、大学外の機関も予算化いただき、学生を育てる機会をさらに増やすことが必要と考えている。


[主要参考・引用文献]
・大賀圭治:農学分野における人づくり協力―東京大学農学部とボゴール農科大学との協力の経験―、農学国際協力、Vol.1、29-34、2002.
・国際協力機構人間開発部:ベトナム国日越大学教育・研究・運営能力向上プロジェクト詳細計画策定調査報告書、2020.
・国際協力事業団:インドネシア・ボゴール農科大学大学院計画アフターケア調査団報告書、1997.
・山路永司・井上果子:ベトナムにおけるSRI農法─農民組織による有機SRI稲作の実践─、ARDEC、57、2017.


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