2023.8 AUGUST 68号

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「世界の農業農村開発」第68号 特集解題

海外情報誌企画委員会 委員長  角田 豊


 第68号のテーマは、「農業農村開発とデジタルトランスフォーメーション(DX)」である。

 2022年の日本人の出生数は初めて80万人を割り、死亡者数は150万人を上回った。我が国の人口の自然減は加速化しており、今回初めて全都道府県で人口が減少するという局面になっている。中でも農村地域の人口減少、農業者の減少は先行する大きな問題である。一方、気候変動、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻により世界各地で食料システムが寸断され、食料安全保障が脅かされる事態になっている。

 こうした状況で、我が国は農業者の減少に対応しつつ、安定的な食料生産とサプライチェーンの確保、農村地域の維持発展を図っていかなければならない。そのためには、限られた農業者が効率的に農業を営めるイノベーションが不可欠である。ここ20年の間に情報通信技術の進展や通信インフラの整備が進み、ロボット、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)等の先端技術やデータを活用したスマート農業の実用化が進んできた。農業・食関連産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の導入と普及定着が今まさに求められている。

 一方、世界の農業を見るとコロナ禍を経てデジタル化とグリーン化が一気に進む様相を見せている。例えば、アフリカでは、固定電話網を飛び越えて携帯電話が普及し農業のデジタル化基盤が進み、小規模農家への支援、情報サービス、金融決済までデジタル化の動きが広まっているという(本紙第66号鶴谷氏寄稿)。また、気候変動やSDGsに対応するため、農業のグリーン化が世界の潮流になっている。我が国も「みどりの食料システム戦略」を発表し、農業生産の拡大と環境保全をイノベーションを基に実施する方向を打ち出し、世界の食料システムにおけるルールメーキングをリードする姿勢を明確化した(本紙第67号岩間氏寄稿)。このように、人口減少下において持続可能な農業を推進するためには農業DXは不可欠なツールとなっている。

 今号は、Opinion1編、Keynote3編、Report & Network等4編で構成する。特集テーマに沿って解題を試みたい。


Opinion 加速する農業・農村のデジタルトランスフォーメーション

 株式会社日本総合研究所 創発戦略センターエクスパートの三輪泰史氏の提言である。三輪氏は、2021年に農水省が打ち出した農業DX構想の座長を務め、食料・農業・農村審議会委員として食料・農業・農村基本法の検証・見直しに参画している。三輪氏は、農業生産額、農業者数、農地面積がいずれも減少する中で、我が国農業を再生していくためには、先進技術を駆使した生産性の高いスマート農業が切り札になると指摘している。また、農村地域の人口減に対しては、デジタル技術の活用によって生活の不便さを一定程度解消できれば農村の住民や関係人口を上向きに転じさせることも可能ではないかと指摘している。

 食料・農業・農村基本法の検証・見直しにおいて、スマート農業は主要な4本柱の一つに据えられている。具体例として、スマート農業の「眼」として、ドローンや人工衛星によるリモートセンシング技術によって作物生産や土壌の状況を見える化する。スマート農業の「頭」として、スマートフォンの農業生産管理アプリケーションによるデータ分析から圃場ごとの栽培状況の把握、作業計画の最適化で経営改善を図る。スマート農業の「手」として、GPSを活用した自動運転農業機械、ドローンによる種子、肥料、農薬の散布、収穫ロボットや除草ロボットなどを示している。スマート農業のハードルは導入コストの高さであり、地域がスマート農業機械をシェアリングしたり、専門の事業者や中核的農家がデータ分析や作業受託する農業支援サービスがスマート農業の普及のカギであると指摘している。

 一方、農村のDXは、スマート農業に比べて遅れていると指摘する。農業生産と生活サービスの間のデータ連携や農業インフラと生活インフラを農村デジタルインフラとして連携する必要があるという。農村DXの具体例として、再生可能エネルギーを活用した農村エネルギーの域内循環、農産物の集出荷と宅配事業の連携、ドローンによる総合農村モニタリングモデルを例示している。

 普及が本格化したスマート農業を皮切りに農村全体をデジタルトランスフォーメーション化していけるかどうかが農業農村再生の重要なカギになるとしている。


Keynote1 開発途上国における農業農村開発とDX

 東京大学大学院農業生命科学研究科の溝口勝教授他2氏による開発途上国の農業分野のDXについての論考である。

 まず、DXの特徴として、過去の産業の技術革新は先進国を中心に起きていたが、デジタル化は開発途上国を含めて同時進行的に起きていると指摘している。様々な規制がある先進国よりも規制の少ない途上国においてリープフロッグ(カエル跳び現象)と言われる革新的なデジタルサービスが登場しやすく、グローバルなDX化は、特に開発途上国で急激かつ不可逆な現象であると指摘している。

 国別にDXの傾向を紹介する中で、インドネシアとインドのDX化の進展に注目している。インドネシアは、2024年までにインターネット普及率を75%に引き上げ、デジタルスタートアップ企業を2万社に増やすなどの意欲的な目標を掲げている。農業系のスタートアップ企業として、営農資金の農民への融資と農産物の流通に関するデジタルサービスや圃場でのデータ計測サービスの企業を紹介している。インドも国民総背番号制を導入してDXを推進しており、これまで金融システムの外にいた農民が金融口座を開設できるようになった。農業分野でも多くのスタートアップ企業が出現し、リモートセンシングによる収量予測、農家への営農アドバイス、金融支援、農業資材の販売など農業DXが進展している。農業系のスタートアップ企業には日系企業も含まれているという。

 農業分野のデジタル化の課題としては、農業バリューチェーン(投入資材の供給→農業生産→加工・保管→輸送・流通→販売・消費)全体で見た場合、農民融資を通じた投入財の供給や農業生産はデジタル化に親和性があるが、加工、輸送、消費の段階はデジタル化が難しく、バリューチェーン全体でDXを進めていくことが必要であると指摘している。また、アフリカではデジタル化が急激すぎて営農技術の指導や灌漑施設などのインフラ整備がデジタル化に追い付いていないという課題もある。さらに、デジタル化にはコストがかかるので、農業DXサービスが持続できるようなコスト負担や資金の回収方法を検討することが重要であると指摘している。


Keynote2 日アセアンみどり協力プランの意義

 元農水省輸出・国際局審議官の松本雅夫氏から「みどりの食料システム戦略」の海外展開についての寄稿である。

 我が国は、2021年、「みどりの食料システム戦略」を農林水産業の生産性向上と持続性の両立をイノベーションで実現するための政策方針として打ち出した。気候変動対応が世界の潮流となる中で、持続可能な食料システムに関する国際的なルールメーキングをリードしていこうという意図もあると指摘している。

 その第一弾が、2021年9月の国連食料システムサミットであった。日本は、この場でアジアモンスーン地域のモデルとしての「みどりの食料システム戦略」を発表するとともに、持続可能な農業生産と食料システムについて東南アジア各国と閣僚レベルで合意した共同文書を紹介した。これによって、農業と環境保全は世界が共通して取り組むべき課題であるが、万能の解決策はなく、地域ごとの実情を踏まえた食料システムが重要であることへの理解が広がったという。

 国連食料システムサミットの成果を踏まえ、東南アジア各国との連携をさらに深めるため、2022年10月、ASEAN+3(日中韓)農林大臣会合を活用して「日アセアンみどり協力プラン」を提案し、ASEAN各国大臣の賛同を得た。このプランはアジアモンスーン地域の水田主体の農業形態において持続可能な農業及び食料システムを構築することを目的としている。具体的な協力プロジェクトとして、水田のメタンガス発生を抑制する水管理技術、ドローンを活用した病害虫防除、スマート農業実証事業、気候変動に対応した灌漑排水施設、少ない窒素肥料で高い生産性を示すBNI小麦の開発などがリスト化されている。

 2023年5月のG7広島サミットでは、食料安全保障を含む首脳宣言と強靭なグローバル食料安全保障に関する広島行動声明が発出された。ロボット、AI等を活用したスマート農業の実用化、農業生産から食関連産業まで含めたDXに関する技術革新によって持続可能な農業、食料生産システムを実現することが国際的な潮流となった。

 スマート農業やDXなどの新しい技術の開発には、データや規格の標準化、民間投資の促進が重要であり、規模の経済からもASEANをはじめとする海外市場を視野に置くことが必要であると指摘している。


Keynote3 衛星データを活用した気候変動への対応

 株式会社天地人の岡田和樹、木村俊太、米陀敬次郎3氏による寄稿である。

 株式会社天地人は、2022年にJAXA(宇宙航空研究開発機構)の出資を受けた、JAXAベンチャー認定企業である。JAXA衛星をはじめとする地球観測衛星等の宇宙ビッグデータを活用する情報プラットフォーム(天地人コンパス)を運用して、農業分野のDXにも進出している。人工衛星からの観測データは全地球的に一定の頻度で観測され、センサや波長などの組み合わせによって様々なデータを取得することが可能であるため、農業農村DXへの活用が期待されているとして3つの事例を紹介している。

 1例目は、地球温暖化に伴う水稲栽培の課題解決への活用である。水稲の高温障害への対策として、広範囲に点在する圃場について過去から現在までの気象データ、植生データ、土壌データを衛星データとして取得する。これを活用して最適品種の選定、生育期の施肥管理、水管理の最適化、収穫期の積算温度に基づく収穫時期の最適化が期待できる。衛星データと農業技術を組み合わせた新たな栽培管理方法の開発は水稲の高温障害対策に有効であると提言。品種に最適な圃場の選択、適切な水管理に焦点を当てた栽培実証で一定の成果が得られたことを報告している。さらなる実証栽培の成果が期待される。

 2例目は、アフリカ・ブルキナファソにおける降雨観測と通知システムについてである。気象レーダーや雨量計が未整備な地域において、携帯電話など既存の通信用アンテナの電波の減衰程度から降雨量を推定し、衛星が観測した降雨データを補完することにより追加コストをほとんどかけずに観測網を広げ、ブルキナファソ全土で通用する降雨観測システムを構築した。また識字率の低い個人農家が使いやすい通知システムを構築し、開発途上国の農村への適用を図った。

 3例目は、ダムのDX化である。衛星データで降水量・貯水量・水質などの情報をリアルタイムで収集し、ダムの送水など管理運営に役立てることを目指す。特に国際河川に位置するダムの運用では、国際間で公平な水の放流と配分を判断することができる。さらにダムの堆積土砂の管理にも有用であることを示唆している。

 人工衛星データによる農業DXへの活用技術は、海外での適用も視野に入れ、国内での積極的な技術開発と農業関係者に使いやすいシステムの開発が望まれるとしている。


Report & Network

 今号では、Report & Network3編を掲載している。

先ず、元ルワンダ派遣専門家の田中卓二氏からは、ルワンダ国ルワマガナ灌漑地区の農業支援についての報告である。日本の協力事業としてルワマガナ地区を選定した経緯や灌漑施設リハビリ事業のモデルケースとしての意義について解説している。専門家が派遣国の農業政策や事業立案にどのように関与したのかがわかって興味深い。

 元FAO(国連食糧農業機関)派遣準専門家の横川華枝氏から、農水省拠出のFAOトラストファンド事業(アジア・アフリカ地域の水田農業における課題の調査と灌漑効率・水生産性向上)についての報告である。対象国はスリランカ及びザンビアでそれぞれの国の灌漑施設の整備状況に応じた課題と方策について解説している。また、FAOのデジタルトランスフォーメーションの推進状況について報告している。

 NTCインターナショナルの星誠氏から、フィリピンのアグリビジネス振興・金融アクセス強化の円借款事業(フィリピン土地銀行へのツーステップローン)について報告している。このプロジェクトは、農協や中小企業の支援を通じて農民の金融アクセスの改善と雇用創出を図り、農業バリューチェーンの強化を図ることを目的としている。


Follow Up

 令和5年4月、ウクライナ政府の視察団が、東日本大震災で被災し発展的復興を遂げた仙台東地区を訪問した。この模様は全国ニュースでも大きく取り上げられ、ウクライナ復興支援に対する日本の役割という視点からも注目を集めるものとなった。現地で対応にあたった東北農政局農村振興部長の川村文洋氏から寄稿をいただいた。視察団はウクライナ農業政策食料省の次官をはじめとする政府高官で、仙台東地区の復興後の営農状況を視察し地元土地改良区との意見交換を行った。日本の震災復興の経験をウクライナの農業復興の参考にしたいとの熱意が伝わってきたという。今回の視察が日本のウクライナ農業復興の本格的な支援に発展することを期待したい。


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