2023.3 MARCH 67号

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Keynote 1

OECD農業委員会での議論、特に気候変動と食料安全保障について

農林水産省大臣官房審議官(兼輸出国際局) 牛草 哲朗
(OECD農業委員会議長)

1 はじめに

 OECD(経済協力開発機構)は、先進諸国を中心とする経済分野の協力のための国際機関であり、①安定的財政の下での持続的な高い経済成長・雇用の実現、②加盟国・非加盟国の健全な経済拡大への貢献、③多角的で差別のない貿易拡大への貢献を目的(OECD設立条約)とし、現在、欧州諸国を中心に日米を含む38か国が加盟している。農業委員会を含む約30の委員会が設けられており、それぞれ、エビデンスに基づく事務局による経済分析と加盟国間の議論を通じて、政策提言を発信している。

 年配の読者の方の中には、OECDと聞くと、貿易自由化一辺倒の組織と捉える向きもあるのではないだろうか。実際、OECDは1980年代半ばの農産物過剰基調の時代に農業保護の削減の必要性を強く打ち出し、各国の農業政策による生産者への移転を計測するPSE(生産者支持相当量)は、ガット・ウルグァイラウンド農業交渉で参考とされ、WTO農業協定の国内助成の約束水準を定めるAMS(助成合計量)の母体となったことで知られている。

 上記OECD設立条約に定めた目的にあるように、貿易の有用性を主張するその基本姿勢が変わった訳ではないものの、この約20余年の間に、バイオ燃料需要の増大やリーマン・ショックを契機とした食料価格の高騰があり、加盟各国での環境問題の高まり、国連SDGs目標の設定、パリ協定の締結等を経て、OECD農業委員会の議論も、農業貿易だけに焦点を当てるのではなく、より農業政策全般を見据えたものに変化してきている。

2 OECD農業大臣会合での議論:トリプル・チャレンジ

 去る2022年11月3-4日、6年ぶりとなる閣僚レベルの農業委員会(農業大臣会合)が開催された。①農業は温暖化ガスの排出源であると同時に、気候変動の影響を大きく受ける産業であり、農業施策が気候変動の緩和(mitigation)や適応(adaptation)にどう貢献できるかが問われ、②パンデミックによるサプライチェーンの寸断を契機に食料安保への関心が高まる中、さらに③ロシアのウクライナ侵攻が重なり、気候変動等の環境問題と食料安保に大きく焦点が当たった会合となった。

 日本からは、野中厚副大臣が参加し、①ロシアによるウクライナ侵略は、食料や肥料などの生産や貿易に更なる混乱と価格上昇をもたらし、世界の食料危機をさらに深刻化するものであるとしてロシアを強く非難するとともに、②食料安保の確保に向けては、輸出規制に対する規律の強化や、持続可能で強靭な農業生産が重要であること、③そのためにはイノベーションとその普及が重要であり、我が国は「みどりの食料システム戦略」に基づいた取組を推進していることを発言された。また、本会合中の閣僚昼食会では、野村哲郎大臣が、ビデオ・メッセージを通じ、スマート農業の導入時のコスト削減の取組事例を紹介した。

 とりまとめられた閣僚宣言は、「持続可能な農業と食料システムに向けた変革を導く解決策に関する宣言」と名付けられ、まず、ロシアのウクライナ侵略を強く非難しウクライナへの連帯を表明した上で、農業・食料システムが直面する課題として、

① 増加する世界人口のために食料安全保障と栄養を確保すること

② 気候変動及び生物多様性の損失を含む環境課題に対処すること

③ 家族経営を含むすべての農家、および食料サプライチェーンの中で雇用されているその他の人々に生計の機会を提供すること

の3つを挙げ(「トリプル・チャレンジ」)、これらを解決するため、農業・食料システムの持続可能性と強靭性を高めるための変革の必要性・緊急性を指摘している。このトリプル・チャレンジの考え自体は、農業問題を農業生産だけでなく関連するセクターを含めたフードシステムとして捉えるべきとの考えとともに、前回2016年のOECD農業大臣会合以来、提起されてきた。農業大臣会合は、通常事務レベルで活動している同委員会に中長期的指針を与えるための会合であり、今回の大臣会合で改めて明確に枠組みとして示されたことにより、少なくとも今後5~6年は、このトリプル・チャレンジを如何に解決するかが、農業委員会の中心課題となることになる。

3 トリプル・チャレンジの解決に向けてのポイント

 同大臣会合の宣言の概要は別紙のとおりであるが、今後も論点となっていくであろう特徴的な点について、私見も交えつつ触れてみたい。


(別紙)

2022年OECD農業大臣会合

持続可能な農業と食料システムに向けた変革を導く解決策に関する閣僚宣言

(概要)


ロシアによるウクライナに対する不当な侵略戦争を、明白な国際法違反として最大限の強い言葉で非難。戦争が、国際食料安全保障そして適切な食料を得る権利に深刻なリスクをもたらすことを認識。

2021年の国連食料システムサミットにおける国連事務総長「行動宣言」及び東京栄養サミット2021における東京栄養宣言を歓迎。

農業及び食料システムが直面する、①増加する世界人口のための食料安全保障及び栄養の確保、②気候変動及びその他の環境問題への対処、③農家及び食料サプライチェーンに関わるその他の人々への生計の機会の提供、という3つの課題に対処するため、持続可能性と強靭性の確保に向けた変革が緊急に必要であることを認識する。


持続可能な農業と食料システムへの変革に向けた解決策

さらなる持続可能性と強靭性に向けた農業と食料システムの変革を支援するため、以下に取り組む(パラ1)

・一貫性があり効果的な政策パッケージの策定と実施、

・包摂的なプロセスを推進する取組の強化

・研究開発とインフラへの投資拡大

・研究協力及び知識の共有の強化

・優良事例の共有をはじめとした国際協力の強化

・貿易及び円滑に機能する市場の貢献の強化

・3つの課題に対処するため、地域、国、世界の食料システムのための方策の策定。


食料安全保障と栄養の確保

SDG 2に整合する形で、飢餓及びあらゆる栄養不良を終わらせるために包括的な行動をとる。(パラ5)

SDG 2.4に整合する形で、持続可能な生産性の向上を実現するための行動をとる。(パラ6)

SDG 12.3に整合する形で、食品ロス・廃棄を削減し、その測定方法を改善する。(パラ7)

不当な輸出禁止・制限など、世界の食料安全保障を損なう不当な貿易制限措置を課さない。(パラ10)

市場の透明性を高めるために、農業市場情報システム(AMIS)への支援の強化を継続する(パラ11)


持続可能性の強化

農業と食料システムからの排出削減や炭素貯留の効果的な増大により、気候変動緩和の取組を増大し、2050年までの経済全体の温室効果ガスのネット・ゼロの実現に貢献する。(パラ18)

持続可能な生産性の向上を促進し、気候変動の緩和と適応に関する解決策を提供できる研究、イノベーション、普及サービスに投資する(パラ20)

2030年までに森林の喪失や土地の劣化をくいとめ、反転させるため協働する。(パラ22)

より持続可能な農業及び食料システムに移行するための農業政策の改革又は方向転換の努力を強化する。(パラ24)


生計の改善

農業者、特に最も脆弱な者が、より頻繁で予測できない有害事象に対処することを可能とする、リスク管理政策を策定する。(パラ34)

指導的地位を含め、農業部門における女性のより多くの機会を促進するための方策を強化する。(パラ36)

一貫した持続可能で責任ある包摂的な農業と食料システム活動を促進し、農村開発を強化する。(パラ37)

デジタル技術及びその他のイノベーションへのアクセス、取り込み、適用を促進する。(パラ39)


※あわせて、OECD加盟国の取組を支援するために、OECDに対して、持続可能な農業生産性の向上の測定(パラ14)、環境に有害及び有益な支援策を精査し、環境に与える影響を改善するための改革支援(パラ29)、農村開発に貢献する農業のイノベーション政策とそれに伴う制度、投資、知識移転の特定(パラ44)等、各種の分析作業を通じて、各国の努力を支援するよう要請


(以上)


OECD農業大臣会合の結果概要について(農水省HP:概要、宣言英文、宣言仮訳):https://www.maff.go.jp/j/press/y_kokusai/kikou/221105.html

(1) イノベーション

 上記トリプル・チャレンジの肝は、この3課題を同時に解決しなければならない点にある。特に、①食料安保を確保するための増産を、②農業生産による環境負荷を減じつつ達成するためには、「少ない資源で多く生産する(produce more with less)」ことが必要になる。OECDでは、SDGs目標2である「飢餓ゼロ」とパリ協定の目標に沿った農業からの温暖化ガス排出削減を両立させるためには、2020~2030年までの10年間に農業生産性を28%向上させる必要があると試算している。2010~2020年の実績は約10%なので、かなり高いハードルである。これを実現するためには、各種イノベーションが不可欠になる(宣言パラ6, 20)。そして、新技術に向けた研究・開発だけでなく、その新技術が実際に活用されるための普及サービスや人材育成、またインフラへの投資が必要になる。

 OECD農業委では、2015年以降、各国のイノベーション政策のレビューを順次行ってきており、日本については2019年に報告書が公表されている。同報告書では、担い手への農地の集積による生産性の向上等、我が国の農政改革を評価する一方、人口減少と高齢化への対応のため、①官民連携や他分野との共同を通じた研究開発の推進、②農業者がイノベーションを活用しやすくするための職業教育の強化や他分野人材の呼込み、③全ての農業者が農業環境の改善に取り組める政策枠組みの構築を提言している。

 我が国は、まさに今、「みどりの食料システム戦略」の推進を通じて、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を官民を挙げたイノベーションで実現しようとしている。消費者を含む幅広い関係者の理解を得て、行動変容につなげていく取組の方向は、多くのOECD加盟国とも共通するものである。

(2) 政策の転換(re-orient)

 OECDは、毎年のモニタリング報告書において、非加盟国を含む計54か国について、農業政策による農業者への支持額を推定している

 以前より、OECDは、貿易歪曲を避ける観点から、これらの支持、特に、貿易歪曲度合が強いとされる市場価格支持や、生産量とリンクした補助金の削減を提唱してきたが、近年では、環境問題への対応の文脈で、環境に悪影響を与える農業支持をやめて、その分をイノベーションへの投資に回すべきとの考えが台頭している。政策の「方向転換(re-orient)」(大臣会合宣言パラ24)である。このような考えは、近年、気候変動や生物多様性を含む環境に関する国際会議や、国際機関によるレポートで盛んに聞かれるようになっている

 2022年のモニタリング報告は、上記(1)のイノベーションにつながる研究開発・インフラ投資・普及等への支持(一般サービス)は、農業政策による支持全体の13%しかないことを指摘し、イノベーション促進のために政策のre-orientationの必要性を主張している。

(3) 補助金と環境

 上記(2)と密接に関係するが、「環境に悪い補助金をやめて、環境に役立つ補助金に転換する」ことに異を唱える国はいない。問題は、「何が環境に悪い補助金」なのかを特定することだが、ある施策の環境への影響は、その土地固有の条件や農業生産の状況、クロスコンプライアンスの要件等に左右されるので、杓子定規に決めることはできず、“No one size fits all”とよく言われる所以である。このような中、一部の農産物輸出国や途上国は、往年の生産刺激的措置イコール貿易歪曲的措置との考えをそのまま持ち込んで、生産刺激的措置(すなわち市場価格支持や生産量・生産要素とリンクした支払い)イコール環境に有害な措置との主張を展開しがちである。政策的に生産を刺激すれば一般的にその分、生産要素を多く使用することになるので、OECDの文書ではこれらの措置を“potentially environmentally harmful”と記述した上で様々なcaveatを付けているが、こうしたcaveatを意識的に省いた議論を耳にすることも多い。

 一方、平均気温の上昇を1.5度以内とするパリ目標の達成のためには、環境に良い農法を採用することに経済的インセンティブを与える必要があるとの考えから、米国では、climate smart agricultureと銘打ち、インフレ調整法の下、今後10年間で190億ドル規模の各種プロジェクト支援を進めると発表している。OECD農業委員会の下部作業部会においても、農業による炭素貯留等のエコサービスを農業による公共財共有として捉え、望ましい政策措置を考える議論が始まっている(90年代の農業の多面的機能の議論をほうふつとさせるものがある)。これに対しては、これらの動きを「グリーン・ウォッシュ」(環境に名を借りた農業保護)だと見て警戒する国々もいる。

 このように、人類の存亡にも関わりかねない気候変動問題への対応策の議論が、ややもすれば各国の農業貿易上の利害を反映した矮小化した議論に陥る可能性をいつも否定できない。それでも、他のマルチの場に比べれば、先進国及びその予備軍として一定の共通認識を有しているOECDであるからこそ、客観的なデータ分析に基づき、トリプル・チャレンジの真の解決に貢献する議論ができないかと、模索しているのが現状である。


1 日本の温室効果ガス排出に占める農林水産分野のシェアは約4%に過ぎないが, 世界では, 農業・林業・その他土地利用(AFOLU)による排出量は全体の1/4に上る.
2 ロシアはOECDの一部活動にパートナー国として参加するとともに, 加盟に向けた審査が行われていたが, 加盟審査は, 2014年のクリミア侵攻を機に停止されていた. 今回のウクライナ侵攻を受け, 22年3月8日のOECD理事会において, ロシア及びベラルーシのOECD機関への参加を即時停止する決定がなされている. また, OECDでは, 農業以外の分野も含めウクライナ支援や復興についての分析を積極的に行い発信している(https://www.oecd.org/ukraine-hub/en).
3 OECD, FAO (2022) Agriculture Outlook 2022-31
4 PSE(Producer Support Estimate生産者支持推定量)=[関税や価格維持制度により生じる消費者から農業生産者への所得移転(MPS: Market Price Support:市場価格支持)]+[補助金により生じる納税者から農業生産者への所得移転]
PSEに政府による一般サービス(個々の農業者への移転ではなく農業セクター全体への支持である研究・開発やインフラ, 検疫や普及サービス等)や消費者への支持を足したTSE(Total Support Estimate: 総支持推定量)でみると, 2019-21年平均で, 54か国の合計は8170億ドル. OECD加盟国合計が3460億ドル(うちEU:1170億ドル, 米:1140億ドル, 日本:480億ドル), また, 非加盟の新興国11か国合計では4640億ドル(うち中国:2810億ドル)となっている(上記の通り, これは, 市場価格支持を含んでいるので, 54か国合計での政府による財政支持は約5000億ドルと推定されている).
5 repurposeとの語も使われている. 例えば, FAO, UNDP, UNEP (2021) A Multi-Billion-Dollar Opportunity
(https://www.undp.org/publications/multi-billion-dollar-opportunity-repurposing-agricultural-support-transform-food-systems)
6 OECD (2022) Agricultural Policy Monitoring and Evaluation 2022
(https://www.oecd.org/agriculture/topics/agricultural-policy-monitoring-and-evaluation/)


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