2023.3 MARCH 67号

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BOOK GUIDE

朝倉書店

「農業工学」

 本書は、朝倉書店が刊行する≪朝倉農学体系≫の第6巻として創刊された。これは、「農学」の基礎となる領域についての最先端の成果を含む内容を全12巻にまとめて解説するものである.現在は本書の第6巻まで刊行されており、後続の巻も今後引き続き刊行されるようである。他の学問領域と同様に、「農学」については細分化が進むとともに領域をまたぐ境界領域の研究も多くなっているなかで、このように「農学」の基本的な学術体系を再認識できるシリーズが今の時代に刊行されることには意義があると考える。「農学」と名称のついた大学の学部も以前は減少傾向にあったが、近年は農学部に名称を戻す大学や新たに農学部を新設する大学も見受けられる。この傾向は、「農学」という学術領域の社会的ニーズや重要性が一時期よりも増してきたと捉えることもできるだろう。

 その「農学」を構成する主要分野である「農業工学」について解説した本書では、その分野の基本的な構成と内容について俯瞰的にわかりやすく解説している。本書の序論にもあるように「農業工学」は「基本的には、農業における生産性の確保や向上に関わる、生産の基盤や手段の開発・整備や改良を工学的手法によって考究する学術体系」である。そして、土木工学と機械工学を軸とした農業と農村に関わる技術や学術に寄与する分野である。その構成は大きく分けて「農業土木学」と「農業機械学」の分野に大別される。

 一方、「農業工学」という言葉は近年あまり聞かなくなっている。大学においても農業工学という名称の付いた学科はたぶん現在は見当たらない。農業土木という名称も現在は農業・農村工学とされる場合がほとんどである。筆者自身も、たいした根拠もなく場面によってほぼ直感的に、農業工学、農業農村工学、地域環境工学などの名称を使い分けている感がある。このことは、分野に馴染みのない人や学生にとっては、いったい農業工学あるいは農業・農村工学とはどのような学問なのか十分理解することが難しい一因であろう。このような、一見わかりにくいかも知れない農業工学の成り立ちと学術体系について、その歴史とともに本書の「第0章農業工学の成り立ち」において整理されているので、本書を手にした際はまず一読されたい。

 続く第1章から第3章では、「農業土木学」体系の主要な対象である「水」、「土(農地)」、「里(農村)」について「第1章 農業水利」、「第2章 農地〜土」、「第3章 農地〜里」というタイトルのもと基本的かつ重要な概念および現状や課題について解説している。「農業水利」の章においては、水循環、灌漑、排水、用水システム、水環境について節立てで解説してある。「農地〜土」の章では 土壌、農地、土壌の物理と水文、環境保全と生産性の向上、次の「農地〜里」の章では、農村空間、農村計画、農地整備、居住地整備、環境整備、農業農村整備、についての解説となっている。よって、最初の3章を読むと水・土・里の重要な事項について体系的に学ぶことができる構成となっている。第4章から第6章では、「農業機械学」の主要な対象である「圃場機械」、「農産物の収穫後技術」、「農業気象と環境調節」を順に解説している。「圃場機械」の章では、エネルギーと動力、農用トラクター、耕うん機・整地機械、播種・移植機械、圃場管理機械、収穫機械、飼料生産機械、ロボット機械、について節立てている。「農産物の収穫後技術」の章では、穀物(米)の収穫技術、青果物の収穫後技術、農産物のトレーサビリティ、「農業気象と環境調節」の章では、農業生産と農業気象、環境に対する植物反応、施設園芸における環境調節について述べられている。

 このように、本書は農業における水・土・里についての概念と根底となる理論、そしてそれらを維持管理していく技術などについて前半の3章で述べられており、後半の3章では農地を維持管理、さらに農地から収穫した生産物が消費者に届く過程における、主に農村で使用される機械や技術について解説している。すなわち、一読すれば「農業工学」体系がどのようなもので構成されているか理解できるものとなっている。

 本書を編集され、また第一章の執筆を担当された渡邉紹裕先生は現在ICID副会長として活躍なされている。第2章を執筆なされた長野宇規先生はICID日本国内委員会委員を務められており、海外農業への造詣が深い。また、第3章を執筆なされた山路永司先生も海外での研究に今まで多数関わられてきた。本書は大学生、大学院生、専門技術者、研究者の入門書あるいは参考書となることを意図して執筆されたものだが、海外で活躍されている技術者および研究者にとっても技術協力や調査研究活動の現場においてヒントとなる内容が多数含まれている。後半第4章〜第6章の「農業機械学」分野についても同様である。

近畿大学農学部 松野 裕


以下に,目次および各章あるいは節,項の担当執筆者を紹介する。

第0章 農業工学の成り立ち〔渡邉紹裕・飯田訓久〕

0.1 農業工学の構成

0.2 農業工学の歴史概説

0.2.1 農業土木学・農業農村工学

0.2.2 農業機械学:農業環境工学および農業情報工学

第1章 農業水利〔渡邉紹裕〕

1.1 水循環

1.1.1 地球の熱収支と水文循環

1.1.2 水資源

1.1.3 流域水循環

1.1.4 水文素過程

1.2 灌漑

1.2.1 農地の水条件

1.2.2 水田灌漑

1.2.3 畑地灌漑

1.3 排水

1.3.1 農地排水

1.3.2 地区排水と排水計画

1.4 用水システム

1.4.1 水利施設

1.4.2 用水管理組織

1.4.3 農業用水の機能

1.5 水環境

1.5.1 灌漑排水と水質

1.5.2 農業水利と生態系保全

第2章 農地~土〔長野宇規〕

2.1 土壌

2.1.1 土壌の生成・分類

2.1.2 世界の土壌

2.1.3 日本の土壌

2.2 農地

2.2.1 農業の形態と構成要素

2.2.2 農用地造成

2.2.3 水田

2.2.4 畑地

2.3 土壌の物理と水文

2.3.1 土壌の3相構造と物理性

2.3.2 土壌の保水性

2.3.3 土壌水分計測

2.3.4 土壌水分特性曲線

2.3.5 土壌の透水性

2.3.6 不飽和流の方程式

2.3.7 浸潤強度

2.3.8 土壌中の熱移動

2.3.9 溶質移動

2.3.10 土壌中のガス移動

2.3.11 土壌-植物-大気系

2.3.12 微分方程式の数値解法

2.4 環境保全と生産性の向上

2.4.1 水質汚染

2.4.2 土壌劣化と砂漠化

2.4.3 地球温暖化対策

2.4.4 水田における生産性向上

2.4.5 畑地における生産性向上

第3章 農村~里〔山路永司〕

3.1 農村空間:農村・里とはどんなところか

3.1.1 農村空間のイメージ

3.1.2 農村空間のなりたちと変容

3.1.3 社会の変化と対応

3.2 農村計画:制度と主体

3.2.1 土地利用の変化

3.2.2 土地利用計画

3.2.3 農村土地利用計画

3.2.4 市街化区域の変更と調整

3.2.5 一体的な土地利用計画

3.3 農地整備:生産基盤を整える

3.3.1 良い農地

3.3.2 圃場整備の内容

3.3.3 平坦地水田の整備

3.3.4 傾斜地水田の整備

3.3.5 普通畑・樹園地の整備

3.3.6 居住地整備のために

3.3.7 換地制度

3.4 居住地整備:生活環境を整える

3.4.1 生活環境整備

3.4.2 生活環境整備のための事業

3.4.3 中山間地域の現状

3.4.4 中山間地域の活性化

3.4.5 外部人材の呼び込み

3.4.6 中山間地域等直接支払制度(直接支払い,直払い)

3.5 環境整備:農村空間の環境価値を発揮する

3.5.1 農村の多面的機能

3.5.2 農地生態系

3.5.3 水環境保全

3.5.4 農村資源

3.5.5 農村景観

3.5.6 農村の顕彰

3.6 農業農村整備:農村空間を良くするための事業制度

3.6.1 農政の基本

3.6.2 農業農村整備事業

3.6.3 農村が目指すべき未来

第4章 圃場機械〔飯田訓久〕

4.1 エネルギーと動力

4.1.1 エネルギー

4.1.2 内燃機関

4.1.3 電動機

4.2 農用トラクタ

4.2.1 トラクタの種類

4.2.2 構造と機能

4.2.3 けん引性能

4.3 耕うん・整地機械

4.3.1 耕うん・砕土・整地の役割

4.3.2 ロータリ耕うん機

4.3.3 プラウ

4.3.4 ハロー

4.3.5 ローラ

4.4 播種・移植機械

4.4.1 播種機

4.4.2 移植機

4.5 圃場管理機械

4.5.1 中耕除草機

4.5.2 防除機

4.5.3 施肥機

4.6 収穫機械

4.6.1 穀物収穫機

4.6.2 根菜類収穫機

4.6.3 イモ類収穫機

4.6.4 葉菜類収穫機

4.7 飼料生産機械

4.7.1 主な粗飼料収穫体系について

4.7.2 モーア

4.7.3 テッダとレーキ

4.7.4 ヘイベーラとラッピングマシン

4.7.5 フォレージハーベスタ

4.7.6 ホールクロップハーベスタ

4.8 ロボット農機

第5章 農産物の収穫後技術

5.1 穀物(米)の収穫後技術〔川村周三〕

5.1.1 乾燥調製貯蔵

5.1.2 精米(搗精)

5.1.3 炊飯

5.2 青果物の収穫後技術〔内野敏剛〕

5.2.1 調製

5.2.2 選別

5.2.3 鮮度保持

5.2.4 低温流通

5.2.5 包装

5.3 農産物のトレーサビリティ

5.3.1 米のトレーサビリティ〔川村周三〕

5.3.2 青果物のトレーサビリティ〔内野敏剛〕

第6章 農業気象と環境調節

6.1 農業生産と農業気象

6.1.1 露地圃場における農業気象〔吉越恆〕

6.1.2 温室における農業気象〔松田周〕

6.1.3 農業生産と気象災害〔吉越恆・松田周〕

6.2 環境に対する植物反応

6.2.1 光〔河崎靖〕

6.2.2 温度〔河崎靖〕

6.2.3 二酸化炭素濃度〔河崎靖〕

6.2.4 湿度〔河崎靖〕

6.2.5 地下部環境〔徳田進一〕

6.3 施設園芸における環境調節

6.3.1 光〔黒崎秀仁〕

6.3.2 温度〔黒崎秀仁〕

6.3.3 二酸化炭素施用〔畔柳武司〕

6.3.4 湿度〔黒崎秀仁〕

6.3.5 灌水・施肥〔徳田進一〕


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